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 何の変哲もない安アパートの一室に、端末から鳴るバイブレーションの音が響いた。
「あ? なんだこれ」
 高橋加琉音は、スマートフォンに届いたらしい通知を確認した。加琉音の疑問はもっともで、彼がインストールしているアプリの通知では見ることのない、ピンク色のマークが画面に表示されているのだ。
 おまけにその内容が非現実的なものだったときたら、忌々しささえ覚えるのも致し方ないことだ。

『四月二十日、あなたの幼なじみである九条凛音さんとセックスしたくありませんか? それを可能とする条件を以下に記します。
 一、期間内は絶対にオナニーをしないこと。
 二、所有しているアダルトビデオやエロ本も見ないこと。
 三、九条凛音と直接の接触を行うこと。
 以上です、検討を祈ります』

「……は?」

 加琉音がこれを読み終えてから真っ先に考えたのは、自分と凛音の関係を知っている誰かが送って来たイタズラか何かだということだ。
 しかし、そのメッセージを削除しようとしても方法が見当たらなかった。削除ボタンもなければ、そもそも身に覚えのないアプリなのだから当たり前の話である。
 加えて、勝手にインストールされていたアプリのことだ。
 恐怖を覚えるのは当然で、イタズラでなければウイルスでも混入したのではないかという考えが加琉音の脳内を巡った。
 その時、スマートフォンが光り輝いた。

「うわっ!」

 加琉音は、思わず手元から端末を落としてしまった。現実とは思えない光景に、一瞬わが目を疑って床に落ちたスマートフォンを見下ろした。
 加琉音はそれを拾い上げると、少し、少しだけではあるが前向きにメッセージの内容を考え始めた。
 オナニーが出来ない、というのは非常につらい選択であるため、彼はどうするかを考え始めた。
 しかし、一つの思考が加琉音に、目の当たりにした非現実的な光景を真剣に考えさせる時間を奪っていく。

 “九条凛音と性交できる”、このワードが加琉音の妄想開始を促したのだ。

 加琉音の頭の中は、到底他人に見せることなど出来ない、秘密の花園と化していた。凛音のイメージが徐々に膨らんでいき、実体のごとく鮮明に浮かび上がった。
 ある時からあまり交流することはなくなったが、加琉音の幼なじみで同い年。ゆえに、容易に想像できたのだろう。
 妄想は止まらない。時間を掛け、より洗練された具体的な内容へと発展していく。
 自室のベッドの上、甘い言葉を交わしながら徐々に肉体を密着させていく加琉音と凛音。彼女の長い前髪を優しく払い、キスをする。互いの舌は丁寧かつ深く、それでいて激しさを伴って絡み付いた。
 堪能し、口を一旦離すと、粘っこい唾液が糸を引いて、離れたというのに、二人はまだ繋がっているようであった。
 加琉音は下半身が熱く高鳴り、何か生き物のように膨張していくのを如実にとらえていた。
 煩悩が思考の全てを支配し、破裂しそうなほどに荒ぶる性欲。
 そして凛音は加琉音のパンツを脱がし微笑みながら、固く熱い男性器を口にズルリと引き込む……

 ここまで考えた時点で、痛いほどに勃起している愚息を諫めんと、加琉音は部屋着を脱ぎ捨てる準備に入ろうとした。

「一旦抜くか……いや待て、ダメだろ」

 改めて加琉音は考えた。
 さっきの不思議な光の存在が、まるであのメッセージが現実に起きるような気さえ加琉音に思わせていたのだ。

「オナニー出来ないなんて辛すぎるけど、これはワンチャンあるかもしれない。バカみたいだけど」

 決意をし、いつの間にか収まっていた短小なマラを宥めると、加琉音は明日に向けて計画を練り始めた。無い頭で。
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