22 / 35
第22話 宇宙フナクイムシ・ヒトノエ 前編
しおりを挟む
沼崎が目を覚ました。
彼の意識は朦朧としており、自分がどんな状況にあるのかわかっていなかった。
ただ体の自由は奪われているらしいことだけは理解できた。
彼は中華テーブルのような丸い台の上に四肢を縛りつけられていた。
大の字になった沼崎を囲むように三人の男が立っていた。
いずれも身長190センチ級の大男でしかも年寄りだった。
白目をむいた老人たちの口からは、それぞれアサリの出入水管のように寄生生物ヒトノエがはみ出していた。
ヒトノエたちは時折、沼崎の顔や体のすぐ傍まで白く長く伸びてきた。
赤い小さな眼で沼崎を睨回すと、また老人の口元近くまで収まっていくのだった。
三匹のヒトノエが沼崎の体の上でメルセデス・ベンツのエンブレム「スリーポインテッドスター」を描くように集結した。
三匹は互いに顔を見合わせ会議を始めた。
「この男をどう見るか」
「この男が聖なる戦士か、否かという意味か」(注1)
「然り」
ヒトノエたちは声のトーンがみな同じで、三匹のうちどれが話しているのか判別がつかない。
「この男はぼくらを追ってこの星までやって来た聖なる戦士なのであろうか」
「聖なる戦士はぼくらと敵対する者。対にして敵となることを運命づけられし者」
「この男が聖なる戦士なら、古式に則り鄭重に処刑せねばならない」
「この男がただの人間である可能性も否定できない」
「ただの人間を処刑することはできない」
「ただの人間はぼくらと共にある宿となりし者」
夢うつつの沼崎の中へ三匹の会話が流れ込んで来る。
何やら紛糾していることはわかるが、原因が自分だとは知る由もない沼崎である。
「この銃は聖なる銃に似ているとは思わないか」
「機構も動力も実に原始的だ。この銃でぼくらと敵対しようなどとは笑止」
「この鎖状の甲冑は聖なる戦士のものだろうか」
「ぼくらには聖なる甲冑についての伝承はない」
三匹は沼崎の体の横に置かれた7つ道具や週刊誌など、ナップサックの中身について互いに捩れたり巻きついたりしながら活発に議論していた。
背後の老人たちは白目をむいたまま微動だにしない。
眠っているようだ。
「聖なる戦士が、このような低俗な刊行物を所持する理由とは」
「もしや伝承にある聖なる戦士の聖典『宇宙船喰蟲虫下し読本』ではないのか」
「否。この星の低俗な定期刊行物の一種であることは明白だ」
「聖なる戦士にも俗なる欲望があるという証拠ではないのか」
「聖と俗の間を移ろう者はただの人間であろう」
「然り」
「だが、この銃の形状は伝承にほぼ忠実だ」
「ぼくらにはこの男が聖なる戦士であると断定し得る情報が決定的に不足している」
「然り。では決を採ろう。ぼくらはこの星で多数決を学んだ」
「処刑に反対するぼくらは挙手を」
沼崎は夢うつつのまま腕を上げようとした。
台にがっちりと縛りつけられた腕はびくともしなかった。
「面妖な。何故反対で決を採る」
「ぼくらは骨の髄まで否定的感情に支配されている」
三匹の動きが止まった。
言葉を発するのをやめ、互いに顔を見合わせている。
「待て。挙手。挙手とは何だ」
「然り。ぼくらには腕がない」
「骨の髄。ぼくらには骨も髄もない」
三匹はほぼ同時に鎌首をもたげた。
何かに気づいたようだ。
「ヒトノエジョークだ!!!」
悲鳴のような歓声が上がった。
耳の奥まで突き刺さってくる高い音に、沼崎は反射的に耳を塞ごうとしたが、その手は台に固く縛りつけられている。
「高度な文化だ!!!」
「ぼくらはこの星でユーモアを学んだ!!!」
三匹は感極まったのか一つに絡まり合いソフトクリームみたいな螺旋を描いていた。
やや頭がはっきりとしてきた沼崎が呆然とその様子を眺めていると、螺旋がこちらを向いてドリルのように回転しながら迫ってきた。
思わず顔を背ける沼崎。
捩れて頭部を寄せ合った三匹が順に告げていく。
「東京へ去れ、都民沼崎」
「二度と千葉へ来るな、都民沼崎」
「都民沼崎。振り向くな、都民沼崎」
徳川家の家紋「三つ葉葵紋」のようになったヒトノエの三つの顔を見詰めているうちに、催眠術にかかったように抗い難い感情が沼崎の中に溢れ出していた。
沼崎は言った。
「……OK、サバイバル」
(つづく)
(1)聖なる戦士
ヒトノエの天敵。地球へやって来る以前、ヒトノエの祖先は「聖なる戦士」と数億年に亘って戦っていた。ヒトノエの壮大な叙事詩『さらば大マゼラン・彗星流れ旅・銀河兄弟船』において「聖なる戦士」はヒトノエの永遠のライバルとして讃えられている。ヒトノエと「聖なる戦士」の関係は、地球上でいうとシロアリと害虫駆除業者の関係に近い。
彼の意識は朦朧としており、自分がどんな状況にあるのかわかっていなかった。
ただ体の自由は奪われているらしいことだけは理解できた。
彼は中華テーブルのような丸い台の上に四肢を縛りつけられていた。
大の字になった沼崎を囲むように三人の男が立っていた。
いずれも身長190センチ級の大男でしかも年寄りだった。
白目をむいた老人たちの口からは、それぞれアサリの出入水管のように寄生生物ヒトノエがはみ出していた。
ヒトノエたちは時折、沼崎の顔や体のすぐ傍まで白く長く伸びてきた。
赤い小さな眼で沼崎を睨回すと、また老人の口元近くまで収まっていくのだった。
三匹のヒトノエが沼崎の体の上でメルセデス・ベンツのエンブレム「スリーポインテッドスター」を描くように集結した。
三匹は互いに顔を見合わせ会議を始めた。
「この男をどう見るか」
「この男が聖なる戦士か、否かという意味か」(注1)
「然り」
ヒトノエたちは声のトーンがみな同じで、三匹のうちどれが話しているのか判別がつかない。
「この男はぼくらを追ってこの星までやって来た聖なる戦士なのであろうか」
「聖なる戦士はぼくらと敵対する者。対にして敵となることを運命づけられし者」
「この男が聖なる戦士なら、古式に則り鄭重に処刑せねばならない」
「この男がただの人間である可能性も否定できない」
「ただの人間を処刑することはできない」
「ただの人間はぼくらと共にある宿となりし者」
夢うつつの沼崎の中へ三匹の会話が流れ込んで来る。
何やら紛糾していることはわかるが、原因が自分だとは知る由もない沼崎である。
「この銃は聖なる銃に似ているとは思わないか」
「機構も動力も実に原始的だ。この銃でぼくらと敵対しようなどとは笑止」
「この鎖状の甲冑は聖なる戦士のものだろうか」
「ぼくらには聖なる甲冑についての伝承はない」
三匹は沼崎の体の横に置かれた7つ道具や週刊誌など、ナップサックの中身について互いに捩れたり巻きついたりしながら活発に議論していた。
背後の老人たちは白目をむいたまま微動だにしない。
眠っているようだ。
「聖なる戦士が、このような低俗な刊行物を所持する理由とは」
「もしや伝承にある聖なる戦士の聖典『宇宙船喰蟲虫下し読本』ではないのか」
「否。この星の低俗な定期刊行物の一種であることは明白だ」
「聖なる戦士にも俗なる欲望があるという証拠ではないのか」
「聖と俗の間を移ろう者はただの人間であろう」
「然り」
「だが、この銃の形状は伝承にほぼ忠実だ」
「ぼくらにはこの男が聖なる戦士であると断定し得る情報が決定的に不足している」
「然り。では決を採ろう。ぼくらはこの星で多数決を学んだ」
「処刑に反対するぼくらは挙手を」
沼崎は夢うつつのまま腕を上げようとした。
台にがっちりと縛りつけられた腕はびくともしなかった。
「面妖な。何故反対で決を採る」
「ぼくらは骨の髄まで否定的感情に支配されている」
三匹の動きが止まった。
言葉を発するのをやめ、互いに顔を見合わせている。
「待て。挙手。挙手とは何だ」
「然り。ぼくらには腕がない」
「骨の髄。ぼくらには骨も髄もない」
三匹はほぼ同時に鎌首をもたげた。
何かに気づいたようだ。
「ヒトノエジョークだ!!!」
悲鳴のような歓声が上がった。
耳の奥まで突き刺さってくる高い音に、沼崎は反射的に耳を塞ごうとしたが、その手は台に固く縛りつけられている。
「高度な文化だ!!!」
「ぼくらはこの星でユーモアを学んだ!!!」
三匹は感極まったのか一つに絡まり合いソフトクリームみたいな螺旋を描いていた。
やや頭がはっきりとしてきた沼崎が呆然とその様子を眺めていると、螺旋がこちらを向いてドリルのように回転しながら迫ってきた。
思わず顔を背ける沼崎。
捩れて頭部を寄せ合った三匹が順に告げていく。
「東京へ去れ、都民沼崎」
「二度と千葉へ来るな、都民沼崎」
「都民沼崎。振り向くな、都民沼崎」
徳川家の家紋「三つ葉葵紋」のようになったヒトノエの三つの顔を見詰めているうちに、催眠術にかかったように抗い難い感情が沼崎の中に溢れ出していた。
沼崎は言った。
「……OK、サバイバル」
(つづく)
(1)聖なる戦士
ヒトノエの天敵。地球へやって来る以前、ヒトノエの祖先は「聖なる戦士」と数億年に亘って戦っていた。ヒトノエの壮大な叙事詩『さらば大マゼラン・彗星流れ旅・銀河兄弟船』において「聖なる戦士」はヒトノエの永遠のライバルとして讃えられている。ヒトノエと「聖なる戦士」の関係は、地球上でいうとシロアリと害虫駆除業者の関係に近い。
0
あなたにおすすめの小説
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる