吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第24話 宇宙フナクイムシ・ヒトノエ 後編

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「死神、死神、待てーぇ、死神、待てーぇ」

 沼崎は杖を振り上げ鬼の形相で追いかけてくる老婆から逃げていた。

 やっと振り切ったかと思って安堵あんどしていると、前から別の老婆が向かってきた。

 沼崎はびっくりして、また逃げ出した。

「本当の神についてお話しさせてください」

 りない笑顔をうかべてこの老婆もどこまでも追いかけてくる。

「……死神、待てーぇ」

 最初の老婆の声がまた聴こえてきた。

「……死神」

 こちらも負けずに執念深い。

「神には二種類います……」

 二番目の老婆もあきらめる気はないようだ。

「良い神と悪い神の違いは……」

 老婆にも二種類。

 前門の死神老婆、後門の神様老婆だ。

 沼崎はふらふらになりながらどことも知れないぼんやりとした風景の中を逃げつづけた。

 闇雲に逃げているうちに徐々に狭い場所へ追い込まれているような気がした。

 T字路に突き当たってしまった。

 立ち止り、どっちへ逃げようか思案していると、右から「……死神」と声が聞えて来た。

 左へ逃げようとした。

「本当の神についてどうお考えですか……」左もダメだ。

 T字だと思っていた道がいつの間にかI字になっている。

 これでは逃げようがない。

 両手を同時につかまれた。

 両手に老婆。

「……死神」

「本当の神……」

「ああーやめてくれぇぇぇーーーッ!!!」





*  *  *





「ああーやめてくれぇぇぇーーーッ!!!」

 ……叫びながら目を覚ます沼崎。

 そこは中華テーブルのようなまるい台の上だった。

 沼崎は台に縛りつけられたままだった。

 天井のライトが煌々こうこうと輝いている。

 沼崎は目をらした。

 自分の横にトレーが置かれていた。

 その上に置かれた注射器や鉗子かんしが目に入った。

 よく見ると、そこは手術室に似ていた。

 体温が一挙に二、三度下がった気がした。

 幸いあの奇妙で不気味な老人たちの姿はない。

 沼崎は自宅スポーツマンの腕力を振り絞って、抜け出そうとした。

 このままでは絶対にヤバそうな手術を施ほどこされてしまう。

 何も悪くない場所にメスを入れられてしまう。

 不思議なほど力が湧いて、右腕を縛ったひもがじりじりと伸びていく。

 遂に右側の紐を引きちぎってしまった。

 左手の紐を解いた。

 脚のベルトも取り外した。

 逃げよう。

 沼崎は台から飛び降りて白い部屋から出ようとした。

 ドアがなかった。

 白い壁にはぎ目がどこにもない。

 まるで卵の内側にいるようだった。

 試しに壁を叩いてみる。

 硬い金属だった。

 沼崎は叫んだ。

 「開けろ!」

 「ここから出せ!」

 叫んでいるうちに、だんだんのどが詰まってきた。

 苦しい。

 喉元を抑えて耐えていると、口が内側から押し開けられていった。

 白い舌が飛び出して、どんどん長くなっていった。

 口から数十センチは伸びてしまった。

 唖然あぜんとしていると、舌の先がぐにゃりと曲がって自分のほうを向いた。

 赤い小さな眼に、驚愕きょうがくと苦痛に歪んだ沼崎が映っていた。

「都民沼崎」

 白い舌が言った。

「振り向くな、都民沼崎」

 ギザギザの歯が並んだ口を大きく開けて、自分の舌が自分の鼻にみつくような仕草をして見せた。

 沼崎は叫んだ。

 舌を奪われているため、叫びは声にならなかった。

(ギャアァァァァーーーーッ!!!!)





*  *  *





(ギャアァァァァーーーーッ!!!!)

 ……舌を突き出したまま声にならない叫びを上げて、沼崎はまた目を覚ました。

 うずたかく積み上げられたダンボール箱が汗をびっしょりかいた自分を見下ろしていた。

 自分の部屋の中だった。

 ここは杉並区の〈にしはた荘〉だ。

 沼崎は恐る恐る自分の舌を出してみた。

 普通の長さのピンクの舌だった。

 ここまで全部が……夢、だったのだろうか?

 夢の中でまた夢を見ていたような、変な感じである。

 今この瞬間も、まだ夢を見ているのではないか。

 そんな不確かな、変な感じである。

 窓の外で、ごーん、がーん、ごーんと鐘が鳴り出した。

「はい、お父さん……」

 西機夫人の声が小さく響いていた。

 何の変哲へんてつもないアパートの日常だった。

(いや、しかし────)

 おそらく、自分は記憶を書き換えられている。

 そうとしか思えない。

 だが、証拠がない。

 証拠を探さないと。

 もうだまされないぞ、と沼崎は思った。



(つづく)
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