吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第33話 Suddenly so sad Sado 突然とても悲しい佐渡

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 超高速船ジェットフォイルで新潟港から佐渡島さどがしま両津りょうつ港まで一時間強。

 沼崎は十五年ぶりに故郷の地に立った。

 港は帰省客と観光客でごった返していた。

 毎年八月下旬の三日間、島では「アース・セレブレーション」というビッグなイベントが開かれるのだ。

 沼崎は野外フェス会場へ向かうらしい浮かれ気味の白人男女数名のグループに紛まぎれて路線バスに乗り込み、何食わぬ顔で途中下車した。

 村の停留所が補修もされずに十五年分古びていたことに沼崎は軽い目眩めまいを覚えた。

 村は特に新しい建物が増えたふうでもなく沼崎の記憶のまま残されていた。

 平成の大合併で、佐渡島の全市町村が合併して「佐渡市」になるという話もあったが、結局立ち消えになった。

 そこに十五年前の沼崎家のひとり息子が起こした詐欺さぎまがい事件がどの程度影を落としていたのかは不明だ。

 野外フェスの野の字もない村のメインストリートを沼崎は家に向かって歩いた。

 道路はところどころに大きなひび割れが出来ていたが、五年前の地震の傷痕きずあとなのか、単なる老朽化なのかよくわからなかった。

 幼い頃よく通った佐藤商店の前に差しかかった。

 昔は村の子供が集う駄菓子屋だったのが、沼崎が上京する前後に店の半分をレンタルビデオ店に改装して、図書館、書店と共に村の文化活動を担になっていた。

 佐藤商店はすでに廃業してずいぶんたつようだった。

 沼崎は〈ビデオハウス・サトー〉のさびたシャッターを前に、これも自分のせいのような気がして居たたまれなくなり足早に去った。

 沼崎は遂に家の門の前まで来た。

 広い庭のある瓦屋根かわらやねの大邸宅に変わりはなかった。

 庭の右奥に鎮座ちんざする大岩も変わりがなかった。

 それは縄文時代の遺跡で以前はよく大学の研究者が調べに来たが、幼い沼崎の遊び場でもあった。

 オリバー少年との思い出の土蔵どぞうもまだ残っていた。

 沼崎は門の前に立ったまま、それらを眺めていた。

 家族には一応葉書で帰郷は伝えてあった。

 沼崎はサングラスを外し、キャップも脱いだ。

 知り合いに見つかるのを怖れて、船内もバスの車中もずっとこのスタイルで通していた。

 沼崎は鞄から土産の雷おこしを取り出した。

 気まずくなったら、これだけ置いて帰ろうと思った。

 突然、背後でクラクションが鳴った。

 驚いた沼崎は雷おこしを落としていた。

 振り向くと、車の窓から父親が顔をのぞかせていた。

 嘱託しょくたく勤務をしている村役場から昼食を取りに帰ってきたところのようだ。

「六一郎、よく帰ってきたな」

 父親は今まで一度も見たことがない満面の笑顔で言った。

 かつて沼崎の伯父の前ではひたすら萎縮いしゅく、沼崎の母親の前では絶対服従しか能のなかった婿養子むこようしの十五年後の姿らしかった。

 人が変わるとはこのことだ。

 沼崎は陽気な父親に背中を押され、戸惑いながら敷地の中へ入って行った。

 沼崎は玄関で白髪だらけの小さな婦人と対面した。

 死んだ伯父と一緒に一族ににらみを利かせていた女性の十五年後らしかった。

 母親はエプロンをしてカレイの煮付けを作っている最中だった。

 沼崎が家にいた頃、料理は家事代行の女性が作っていた。

 母親が料理をしている姿は物心がついてから数回しか見たことがなかった。

 沼崎は用意してあった挨拶を述べる間もなく、昼食の食卓に座らされていた。

「早かったのね、六一郎。夕方に着くかと思ってたわよ」

 母親は穏やかな表情を浮かべて出来たばかりの鰈の煮付けをテーブルに並べた。

 体長二十五センチほどの食べ頃のマコガレイだ。

 もちろん地魚じざかなである。

 鰈の黒い背中に入れられた白い切れ目がまぶしかった。

「おいしそうだな。うん、いい匂いだ」

 父親が鰈に鼻を近づけうなずいていた。

 沼崎は目を疑った。

 これは、どちらのご両親だろう。

 何だ、この一家団欒だんらんは?

 疑念は渦巻くが、謝罪が先だった。

 うまそうな鰈の前から離れ、沼崎は板の間に土下座した。

「お父さん、お母さん、長年にわたる、ご迷惑、ご心配、大変申し訳ございませんでした」

 沼崎は額を板の間に押しつけて言った。

 沼崎にとっては数十秒の沈黙に感じられたが、実際は五秒だった。

「おいおい六一郎、真昼間からどうしたんだ?」

 父親が素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。

「え、何なの⁉ びっくりさせないでよ、本当に……」

 母親も裏返った声でつづいた。

「こいつは帰ってきた早々何を言い出すかと思ったら」

「この子はまったく、昔から大げさよ、ねえ」

 真に明るいお似合いの老夫婦だが、沼崎は初対面の気がした。

(まさか二人して変な宗教に入信していないだろうな?)
 そんな疑いが頭をもたげてきた。

 床から顔を上げ、沼崎は食卓へ戻って黙々と鰈をおかずに佐渡産コシヒカリを食べ始めた。

 何かおかしい、何かがおかしいが、鰈はおいしかった。

 翌日は本家に向かった。

 伯母に伯父の葬儀を欠席した非礼を詫わび、仏前に手を合わせた。

 伯母は沼崎と伯父との確執など何もなかったかのように沼崎に優しかった。

 伯母にいたところでは、十五年前の詐欺まがい事件についてあれこれ言う村人も特にいないという。

 あのあと佐渡では沼崎の罪が可愛らしく思えるほど大規模で悪質な別の詐欺事件も起きていたようだ。

 むしろ周辺市町村に比べ、村では沼崎の件が注意喚起となって目立った被害が出なかったくらいだという。

「だから六一郎ちゃんのあれはワクチンみたいなものなのよね」

 伯母に変なほめられ方をされ沼崎は恐縮するしかなかった。

 その夜は親戚の飲み会に呼ばれ、昔話と近隣の市町村の悪口に花を咲かせた。

 どこどこの村のあの家からドンビが出た、隣町のある有力者の長女の婚約者がドンビで婚約破棄に、などなど。

 親戚たちは沼崎一族からもこの村からもまだSES患者が一人も出ていないことを誇りに思っているらしかった。

 従兄いとこに東京のドンビ事情をかれたが、アパートの中庭で集団で放し飼いになっているとは言えなかった。

 裏日本大震災、原発事故と放射能汚染、それにつづくドンビ騒動、終わらない政治的社会的混乱状態……ここ数年に起きた大災害大異変の前では、沼崎のかつての悪行など問題ではなくなっているのだった。

 沼崎が理解したところでは、本家の伯父の死を境に沼崎家は村の権力の座から滑り落ち、様々な婦人会で権勢を誇っていた沼崎の母親の存在感も薄れる一方のようだ。

 パワーバランスの変化は沼崎の父親にも波及し、一族の地盤沈下により因循いんじゅんと養子縁組の中で息を潜めていた彼元来の性格が数十年ぶりに解き放たれ、あの陽気な父親が出現したらしかった。

 沼崎家の凋落ちょうらくは激しく、村の疲弊ひへいも相当なものだが、期せずして沼崎は故郷を満喫してしまった。

 滞在中、老婆に追いかけられることもなかったし、うしろ指も指されず石も飛んで来なかった。

 親戚中から吊し上げられるどころか、都会暮らしですっかりあか抜けたと持ち上げられてしまった。

 訪れる前の決死の覚悟は何だったのだろうか。

 沼崎はフェス帰りの客で混雑する前に東京へ戻ることにした。

 三日目の早朝、父親の車で港まで送ってもらった。

 笑顔の母親に見送られ、村を離れた。

 車中二人きりになると、沼崎は念のため父親に訊いてみた。

 本当はみんな自分に対して怒っているのではないか?

「おまえ、まだ気にしているのか」

 父親は呆れたように言った。

 あんなことで一族が没落したり、市町村合併がご破算わさんになったりするものか。

 十五年前、沼崎の仕業しわざに伯父は確かに激怒したが、二、三年たてば沼崎を許して養子にする予定だったのだという。

 その後、伯父の建設会社が経営不振となり、伯父も体調を崩して話は自然消滅した。

 父は言った。

義兄にいさんにも母さんにも悪いが、わたしはおまえの養子縁組には最初から反対だった。結果オーライだ。もう何も気にするな」

 沼崎は港ですっきりとした気持ちで父親と別れた。

 ここは往路おうろの両津港ではなく、南の赤泊あかどまり港。

 ここからフェリーで新潟県長岡市の寺泊てらどまり港へ渡るのだ。

 寺泊は裏日本大震災の被災地の北限にあたり、破壊された港湾の修復が完了し航路が再開してからまだ半年しかたっていなかった。

 沼崎は島に滞在中、心に余裕が生まれたせいか、被災地に黙祷もくとうささげたくなって復路ふくろを変更したのだった。

 それは、封印されていた過去と向き合ったこの三日間の締めくくりにふさわしい行動に思えた。

 出船までまだ間があった。

 沼崎が港内をぶらぶらしていると、岸壁の上からじっと自分をにらんでいる老人がいることに気づいた。

 きっと自分をフェスに訪れた余所者よそものだと思っているに違いない。

 フェスで大騒ぎをして本土へ帰る人間に文句がある島民だっているだろう。

 老人の厳しい視線を浴びながら沼崎は歩いていった。

 五十メートルほど離れてから振り返ると何とまだ睨んでいた。

 観光客はほかにもいるのに、何故おれだけが?

 沼崎が釈然しゃくぜんとしない気分でたたずんでいると、突然甲高い声が響き渡った。

 こらー。

 この死神がー。

 空耳かと思ったが、確かにそう聞こえたのだ。

 老人は口か頭が不自由なのか、あとは意味不明な奇声を上げるだけだった。

 老人は沼崎を睨みつけたまま震える足で歩き出した。

 ドンビのようにも見えるが、怒れに我を忘れた老人にも見えた。

 沼崎は乗船を開始したフェリーに向かって五十メートル六秒九の全速力で走って逃げた。

 背後でまた奇声が響いていた。

 その老人が、以前伯父の家に出入りしていた企画会社社長の十五年後の姿だと気づいたのはフェリーが動き出してからだった。

 親戚の宴会で聞いた、市町村合併がふいになって割を食って倒産した業者の話も思い出した。

 沼崎の体に急激に船酔ふなよいの症状が現れていた。

 フェリーが寺泊港へ到着するまでに、沼崎はトイレで二度、吐いた。



(つづく)
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