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第35話 電力少女かく語りき
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潮里は高圧線の鉄塔の上のほうに座って、脚をブラブラさせながら、黒い炎に包まれた〈にしはた荘〉を見下ろしていた。
炎の中からシンクロナイズドスイミングの団体競技みたいに何本もの腕や足や顔が飛び出すのが見えた。
もっとみんなでシンクロさせればちょっとはましに見えるのに。
たぶん、地震か津波か大事故で一度に纏めて死んだ人たちだ。
自分は絶対あんな合体霊にはならないぞ、と潮里は思った。
チホとチホの母親が、潮里の真下の路上に立ちつくしていた。
今日のチホは全然自分に気づいてくれなかった。
目の前で手を振っても見えないようなのだ。
アコーディオンカーテンに爪を立ててがりがり音も出してみたが、聴こえないようだった。
鉄塔の下ではドンビたちがまだ動きつづけていた。
潮里はつまらないので、千葉へ帰った。
電線の上を忍者のように走ったり、ケーブルからケーブルへオランウータンになった気分で渡っていった。
東京の杉並区から千葉みなとのマンションまで五分もかからなかった。
本線から枝分かれしてマンションへ向かう電線にぶら下がっていると、庭で芝を刈る管理人の姿が見えた。
潮里が苦手な説教じいさんだった。
ついこの前も成仏することの大切さを説かれたばかりだ。
潮里には本来帰るべき場所があるといういつもの論理だった。
どいつもこいつもこの世から自分を消したくてしょうがないようだ。
潮里は管理人に寄生している宇宙生命体はいつになったら自分の星へ帰るのか、とやり返した。
管理人が困った顔で白髪の頭を掻いていると、管理人の入れ歯を抉じ開けて白くて長い宇宙生命体が顔を覗かせた。
ぼくらは説得に失敗した、と一言感想を述べてすぐに引っ込んでしまった。
潮里は枠林に見つからないように〈1420〉の部屋に入った。
リビングへ向かうと、テーブルを囲む四脚の椅子に四人が大人しく腰かけていた。
潮里は天井から四人を見下ろすように部屋の中に漂っていた。
ふと、潮里は壁かけ時計の下のボードの写真の中に見慣れない一枚を見つけた。
間近で見ると、それは先々月行われたイベントの写真だった。
いつから飾ってあったのだろう。
チホったら全然言わないんだもの。
潮里は口を尖らせた。
写真はイベントの最後に全員で写した集合写真だった。
チホと世良彌堂の二十四人の彼女たちだ。
彼女といってもみんな中年のおばさんばかり。
写真を見る限り、保険外交員の慰安旅行みたいだ。
都内の創作料理の店を借り切って行われた───
〈第一回血鬼血鬼さよなら彌堂君の夕べ〉
発起人はチホで、二十四人がそれぞれ世良彌堂にどんな仕打ちを受けたかをみんなの前で披露し、話し終わったら「彌堂君人形」を一発殴って忘れるという趣旨だった。
被害を話すところまではよかったが、人形を殴る段になって抱き締めて泣き崩れる女性が続出し、チホのもくろみは見事に外れたが、世良彌堂は満足していた。
実はこの時まだ彼は生きていて、会場の隅に置かれたポリタンクの中で彼女たちの様子を窺っていたのだ。
潮里はベースドラムそっくりの重低音で笑ったり、鼠みたいに高く舌打ちしていた二個のポリタンクを思い出した。
潮里はテーブルのほうを見た。
椅子の一つには、このイベントで使った「彌堂君人形」が座っていた。
会に参加した彼女たちは自分たちが抱き締めていたのが、本物の世良彌堂の皮だと知ったらどうなっていただろう。
壮絶な争奪戦が起きていたかもしれない。
セラミド君、もうそろそろ死んだかなと潮里は思った。
会が終わると、世良彌堂は安堵したのか急激に衰えていった。
ポリタンクの中でイトマキ症の症状が現れていた。
世良彌堂はチホと潮里に言った。
おれはおまえたちの前で死ぬことはできない。
死に場所は自分で決めたい。
世良彌堂はあれほど嫌っていた日本吸血者協会に入会し、協会の施設に入る契約をした。
やがてリムジンがマンションの前に横づけされ、世良彌堂が入ったポリタンク二個は白い手袋をした運転手の手で鄭重に車内へ運ばれた。
チホは見送りには出ずに、部屋の窓から去っていくリムジンを見送っていた。
セラミド君、無事に死んだかな。
潮里は世良彌堂の空気人形の前に立ち、じっとその顔を見詰めた。
長野の山村で見た時はもっと大人びた子供だったが、これは細部が省略されてずいぶん子供っぽい顔になっていた。
世良彌堂だけではない。
隣に座る理科斜架、蜘蛛網も生前より子供だった。
世良彌堂が部屋を去ると、チホは包丁とキッチン鋏を持って、理科斜架の部屋へ向かい、繭を切り裂き始めた。
潮里はチホが狂ったのかと思ったが、そうではなかった。
蜘蛛網の部屋でも同じように繭を切り裂いた。
チホは色違いの服を着た人形の姉妹を綺麗に拭いて、髪を梳かし、椅子に座らせた。
切り裂いた繭は箱に詰めて、宅配便で協会理事長宛てに送った。
着払いだった。
もう一体、つい最近この部屋にやってきた「冴」は大人の女性だが、マネキンのように整いすぎていた。
今、チホと潮里はこの四体の空気人形と一緒に暮らしていた。
「紅茶を淹れてちょうだい」
理科斜架さんが言った。
「ダージリンにバラの花びらを二つ浮かべたいつものやつをお願い」
「ふん。貴様、誰に言っているのだ。この部屋に使用人はいないはずだが」とセラミド君。
「わたし、淹れてきましょうか……」
冴さんがおずおずと言った。
「よせ、新入り。それよりも、ルールを決めよう。集団生活に規則は必要だ」
セラミド君らしい提案だ。
「ワタクシノモノハ、ワタシクノモノ」
蜘蛛網さんが口を開いた。
「ミンナノモノモ、ワタクシノモノ」
潮里は思った。
蜘蛛網さんはこうじゃない……どんなだっけ?
チホがいない時間、暇つぶしに潮里はこうして空気人形の中へ入ってモノマネをして遊ぶのだ。
理科斜架と世良彌堂の真似が得意だった。
冴は生前を知らないので想像でやっていた。
一度チホの前で四人を演じて見せた。
今度やったら殺すと言われた。
潮里は思った。
四人のうち誰か霊になってくれたら楽しいのに。
吸血者は自分みたいに浮遊霊にはならないのだろうか。
吸血鬼の幽霊が出てくるホラーって聞いたことがない。
吸血鬼自体がもう死んでいて幽霊みたいなものだから?
そういえば、ドンビの幽霊も見たことがない。
あの人たちもゾンビみたいにもう死んでいるのだろうか。
これからどんどん人口が減って霊になる人も減って、みんな成仏して最後は自分一人だけになるのかもしれない。
それは、寂しい世の中だ。
四人のモノマネも五周もすると飽きてしまった。
潮里は思った。
チホ、早く帰って来ないかな。
完
炎の中からシンクロナイズドスイミングの団体競技みたいに何本もの腕や足や顔が飛び出すのが見えた。
もっとみんなでシンクロさせればちょっとはましに見えるのに。
たぶん、地震か津波か大事故で一度に纏めて死んだ人たちだ。
自分は絶対あんな合体霊にはならないぞ、と潮里は思った。
チホとチホの母親が、潮里の真下の路上に立ちつくしていた。
今日のチホは全然自分に気づいてくれなかった。
目の前で手を振っても見えないようなのだ。
アコーディオンカーテンに爪を立ててがりがり音も出してみたが、聴こえないようだった。
鉄塔の下ではドンビたちがまだ動きつづけていた。
潮里はつまらないので、千葉へ帰った。
電線の上を忍者のように走ったり、ケーブルからケーブルへオランウータンになった気分で渡っていった。
東京の杉並区から千葉みなとのマンションまで五分もかからなかった。
本線から枝分かれしてマンションへ向かう電線にぶら下がっていると、庭で芝を刈る管理人の姿が見えた。
潮里が苦手な説教じいさんだった。
ついこの前も成仏することの大切さを説かれたばかりだ。
潮里には本来帰るべき場所があるといういつもの論理だった。
どいつもこいつもこの世から自分を消したくてしょうがないようだ。
潮里は管理人に寄生している宇宙生命体はいつになったら自分の星へ帰るのか、とやり返した。
管理人が困った顔で白髪の頭を掻いていると、管理人の入れ歯を抉じ開けて白くて長い宇宙生命体が顔を覗かせた。
ぼくらは説得に失敗した、と一言感想を述べてすぐに引っ込んでしまった。
潮里は枠林に見つからないように〈1420〉の部屋に入った。
リビングへ向かうと、テーブルを囲む四脚の椅子に四人が大人しく腰かけていた。
潮里は天井から四人を見下ろすように部屋の中に漂っていた。
ふと、潮里は壁かけ時計の下のボードの写真の中に見慣れない一枚を見つけた。
間近で見ると、それは先々月行われたイベントの写真だった。
いつから飾ってあったのだろう。
チホったら全然言わないんだもの。
潮里は口を尖らせた。
写真はイベントの最後に全員で写した集合写真だった。
チホと世良彌堂の二十四人の彼女たちだ。
彼女といってもみんな中年のおばさんばかり。
写真を見る限り、保険外交員の慰安旅行みたいだ。
都内の創作料理の店を借り切って行われた───
〈第一回血鬼血鬼さよなら彌堂君の夕べ〉
発起人はチホで、二十四人がそれぞれ世良彌堂にどんな仕打ちを受けたかをみんなの前で披露し、話し終わったら「彌堂君人形」を一発殴って忘れるという趣旨だった。
被害を話すところまではよかったが、人形を殴る段になって抱き締めて泣き崩れる女性が続出し、チホのもくろみは見事に外れたが、世良彌堂は満足していた。
実はこの時まだ彼は生きていて、会場の隅に置かれたポリタンクの中で彼女たちの様子を窺っていたのだ。
潮里はベースドラムそっくりの重低音で笑ったり、鼠みたいに高く舌打ちしていた二個のポリタンクを思い出した。
潮里はテーブルのほうを見た。
椅子の一つには、このイベントで使った「彌堂君人形」が座っていた。
会に参加した彼女たちは自分たちが抱き締めていたのが、本物の世良彌堂の皮だと知ったらどうなっていただろう。
壮絶な争奪戦が起きていたかもしれない。
セラミド君、もうそろそろ死んだかなと潮里は思った。
会が終わると、世良彌堂は安堵したのか急激に衰えていった。
ポリタンクの中でイトマキ症の症状が現れていた。
世良彌堂はチホと潮里に言った。
おれはおまえたちの前で死ぬことはできない。
死に場所は自分で決めたい。
世良彌堂はあれほど嫌っていた日本吸血者協会に入会し、協会の施設に入る契約をした。
やがてリムジンがマンションの前に横づけされ、世良彌堂が入ったポリタンク二個は白い手袋をした運転手の手で鄭重に車内へ運ばれた。
チホは見送りには出ずに、部屋の窓から去っていくリムジンを見送っていた。
セラミド君、無事に死んだかな。
潮里は世良彌堂の空気人形の前に立ち、じっとその顔を見詰めた。
長野の山村で見た時はもっと大人びた子供だったが、これは細部が省略されてずいぶん子供っぽい顔になっていた。
世良彌堂だけではない。
隣に座る理科斜架、蜘蛛網も生前より子供だった。
世良彌堂が部屋を去ると、チホは包丁とキッチン鋏を持って、理科斜架の部屋へ向かい、繭を切り裂き始めた。
潮里はチホが狂ったのかと思ったが、そうではなかった。
蜘蛛網の部屋でも同じように繭を切り裂いた。
チホは色違いの服を着た人形の姉妹を綺麗に拭いて、髪を梳かし、椅子に座らせた。
切り裂いた繭は箱に詰めて、宅配便で協会理事長宛てに送った。
着払いだった。
もう一体、つい最近この部屋にやってきた「冴」は大人の女性だが、マネキンのように整いすぎていた。
今、チホと潮里はこの四体の空気人形と一緒に暮らしていた。
「紅茶を淹れてちょうだい」
理科斜架さんが言った。
「ダージリンにバラの花びらを二つ浮かべたいつものやつをお願い」
「ふん。貴様、誰に言っているのだ。この部屋に使用人はいないはずだが」とセラミド君。
「わたし、淹れてきましょうか……」
冴さんがおずおずと言った。
「よせ、新入り。それよりも、ルールを決めよう。集団生活に規則は必要だ」
セラミド君らしい提案だ。
「ワタクシノモノハ、ワタシクノモノ」
蜘蛛網さんが口を開いた。
「ミンナノモノモ、ワタクシノモノ」
潮里は思った。
蜘蛛網さんはこうじゃない……どんなだっけ?
チホがいない時間、暇つぶしに潮里はこうして空気人形の中へ入ってモノマネをして遊ぶのだ。
理科斜架と世良彌堂の真似が得意だった。
冴は生前を知らないので想像でやっていた。
一度チホの前で四人を演じて見せた。
今度やったら殺すと言われた。
潮里は思った。
四人のうち誰か霊になってくれたら楽しいのに。
吸血者は自分みたいに浮遊霊にはならないのだろうか。
吸血鬼の幽霊が出てくるホラーって聞いたことがない。
吸血鬼自体がもう死んでいて幽霊みたいなものだから?
そういえば、ドンビの幽霊も見たことがない。
あの人たちもゾンビみたいにもう死んでいるのだろうか。
これからどんどん人口が減って霊になる人も減って、みんな成仏して最後は自分一人だけになるのかもしれない。
それは、寂しい世の中だ。
四人のモノマネも五周もすると飽きてしまった。
潮里は思った。
チホ、早く帰って来ないかな。
完
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