Killers Must Die

42神 零

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英国上陸篇

05:高揚

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 堕落者ネフィリムの男性は静かに笑うと展開していた砲台の土台から何かを発射させ、零児が乗る機関車を標的に飛ばした。その何かは先程零児が遭遇したアイアン・メイデン型の装置だった。それらが零児の周囲に囲むような形で突き刺さると同じように胸部部分が開き出して、中からデーモンやハーピーが次々と出てくる。

 装置の大きさと出てくる悪魔の量が比率してないので、どうも中身はただの空洞ではなく無限に続く空間が広がっているらしい。とどのつまり、この装置を壊さない限り悪魔が無限に湧いて出てくることを意味する。



「大層なマジックだな。けどくだらねぇ」

『くだらなくねぇだろ!?こいつァ食い放題だぜェ!?』



 悪魔に囲まれているというのに零児は呑気に欠伸をかいて肩を回す。これから殺し合いが始まるというのにまるでランニング前の準備運動程度の気持ちで肩を回し、この間に襲ってきたデーモンの眉間を撃ち抜いて戦闘を開始する。

 背後から襲ってきたハーピーを避け、次に来たデーモンを蹴り飛ばして大鎌を構え、アイアン・メイデンに斬撃を仕掛ける。アンブラで構成された鋭すぎる刃とアイアン・メイデンが持つ鋼鉄のボディが接触し___



「!!」

『何ィ!?』



 ___たが、ここで珍しく零児は目を見開く。大鎌形態の特徴である鋭すぎる斬撃が刃を通らない。ただ周囲にいた悪魔や通り過ぎる木々が真っ二つに割れているのに対し、アイアン・メイデンは鉄と鉄が互いにぶつかり合う音だけ残し、切断どころか傷一つ付けることが出来なかった。

 流石にこればかりは予想外だと驚き、背後から爪で攻撃してくるデーモンの攻撃をバク転して回避し、距離を空けて身構える。その間にもアイアン・メイデンは容赦なく数多くの悪魔を出現させ続ける。どうも零児一人相手に数で押し潰そうという戦法らしい。



(外部からの攻撃は効果が薄いか…どうやらただの鉄じゃないらしいな)



 大鎌から大槍に切り替え、次々と飛んでくるデーモンやハーピーを貫きながら思考を過ぎらせ考える。鉄どころか黒曜石すら真っ二つにする程の切れ味を持つ大鎌でも効果がないとしたら他の方法で攻撃しても結果は同じだろう。

 だがあくまでそれはという限定的な話。というと、零児はあることにひとつ思い付いてニヤリと笑う。

 近付いてきたデーモンの頭部を鷲掴みにすると口の中にピンを抜いた手榴弾をぶち込んだ。何をされたのか理解出来ないデーモンは困惑しながらも体をよろけさせ、その隙に零児は腹部に蹴りをお見舞し吹き飛ばす。

 手榴弾を口にくわえたデーモンはそのまま吹き飛ばされ、周囲のデーモンやハーピーを巻き込みながら胸部部分が大きく開いたアイアン・メイデンの中へと吸い込まれる。自分の中に何かを入れられ、開いた胸部部分を閉じて防御の体勢を取るも大きな爆発が発生し、自慢の鋼鉄のボディを無視しながら四散する。



「ビンゴ!やっぱり内部からの攻撃には弱いな!」



 アイアン・メイデンが持つ鋼鉄のボディは一瞬にしてバラバラに砕け散り、その残骸が悪魔や零児の足元に転がる。それを見た零児は鼻で笑うと同じ要領で大槍を回転させながら構え、別のアイアン・メイデンに狙いを定めて一気に投げつける。真っ直ぐ飛んで行った大槍は胸部部分を開いた先にある無限の空間へ吸い込まれると再び形を変えてひとつの球体となって内部から外部へと貫通する数千本の棘に変換される。

 当然内部からの攻撃に脆いアイアン・メイデンは耐えきれず、爆発。その爆風で周囲にいた悪魔たちも巻き込まれ、肉塊となって吹き飛んだ。



『馬鹿野郎!!テメェ、オレ様の肉量産機になんてことを!?』

「お前はどっちの味方なんだ?」



 アンブラのくだらない発言に呆れ、ため息をつく零児。しかしこのままじゃ一方的に攻撃されて埒が明かないと思ったのか、影の中に片手を突っ込み、何かを握ると引っ張り出した。

 それはひとつの黒いアタッシュケースのようなもので、乱暴に開けると中から''SVLK-14S''と呼ばれるロシア製の大型スナイパーライフルが飛び出してきた。このスナイパーライフルはサイズ1.43メートル、重さ10キログラム、高精度のボトルアクションというのが魅力だが、なんと言ってもその射程距離にある。

 攻撃可能な射程距離、実に''4178メートル''…言い換えれば''約四キロ''先の目標を狙撃出来るという長距離射程距離を持つ。そんな化け物のような狙撃銃を片手に、零児は匍匐ほふく体勢ではなく、立ったままの体勢でスコープを覗き、ライフルを構える。

 弾丸は既に装填済み、機関車上の風圧と距離の他、天候や機関車の速度など、周辺の情報を数式にして脳内で暗算して構える。そして狙いを定め、堕落者ネフィリムの男性から約数メートル辺り右にズラして引き金を引いた。

 強い反動と銃声が聞こえると撃ち出された弾丸は高速回転して勢いよく発射。風圧に押され、徐々に左へとズレていき、約三キロメートル辺りになると堕落者ネフィリムの男性の眉間部分に到達する。とは言え、零児がスナイパーライフルを使用してきたと理解していたのか、男性は砲台にコンコンとノックをすると防壁のようなシャッターが展開され、零児の攻撃を遮断する。



「…噂には聞いていたけど、ここまでとはね…。あんなのが相手なら他の堕落者ネフィリムが処されるのも頷ける」



 攻撃を防げたとは言え、いきなり常人離れした計算と精密な射撃に冷や汗を流す堕落者ネフィリムの男性。うんうんと頷き、遠くでその様子を眺めながらも何かに納得し、腕を伸ばして砲台…いや悪魔に指示を送る。

 重々しい音と共にゆっくりと動き始める砲台。天へと高々く向かっていた主砲は走りゆく機関車に向けられ、何かを吸い込み溜め込むような音が聞こえてくる。



「でも僕には勝てないよ、ジャパニーズキラーくん」



 主砲がエネルギーを溜め込む中、土台部分から次々とアイアン・メイデン型のミサイルを発射させる。誘導性がある分、完全にコントロールしきってないのか背後にある山や岩、機関車のそばに着弾して爆発するもその威力は凄まじく、大岩さえ一瞬にして砂塵と化して風に流される。

 爆発の衝撃は零児だけでなく、避難した乗客達さえも影響を受ける。緊急で車両最後尾を避難所と指定し、扉や窓をバリケードで守っていたが、爆発の音や衝撃まで無効化出来ず、聞き慣れない轟音や光に乗客達や駅員も怯えてしまう。

 だが運転席は違った。命を賭しても最終駅に到達しようと運転を続行し、機関車の石炭を運んでは焼却炉に入れ込んで加速させる。黒い煙を吹かしながら走る機関車の上に立つ零児は10キログラムもあるスナイパーライフルを片手で肩に担ぎ、空いた腕で拳銃を持つと飛んでくるミサイルを次々と撃ち落とす。

 しかし、こんなことしてる場合じゃない。未だにエネルギーを溜め込んでる主砲とそれを覆う防壁シャッターをどうにかしないと機関車どころか後ろにそびえ立つ山諸共吹き飛ばされてしまう。もちろんそれを理解している零児は冷静にアンブラに指示を出した。



「おいアンブラ。攻撃より俺と機関車の防御を優先しろ」

『ハァ!?まさかあの見るからにやべェもんを正面から受け止めようってか!?』

「馬鹿言え。お前のご自慢の影を使ってもチリひとつ残りやしねぇ」



 零児はそれを言い残すと機関車の上を伝ってポイントを移動する。アンブラもそれに続いて付いてくるが、言われた通りに零児と機関車の護衛を徹底すべく、飛んでくるミサイルを影で迎撃する。激しい爆発が周囲に響く中、一定のポイントまで辿り着くと零児はあるものを見つけ、ニヤリと笑うとスナイパーライフルを構えて引き金を引いた。

 その着弾点は後ろにあった岩山…にある大岩を支える岩石。スナイパーライフルに改造を加えたことに圧倒的な破壊力を誇る弾丸は一瞬にして砕き散り、支えを失った大岩はゴロゴロと重力に任せながら斜辺を下っていく。もちろん、このままだと機関車諸共吹っ飛んでしまうが、そんなことはさせないと零児は手を差し伸べてアンブラにコンタクトを送る。



『…ッたく、無茶ばッかりだな…テメェはよ!!』



 その合図が何を指し示してるのか察しが着いたアンブラは零児が突き出した腕に影を纏わせると太く長い鎖に変換した。形成された鎖を握ると零児はグルグルと回転させて勢いを増し、遠心力が最大限になった瞬間転がってくる大岩目掛けて投げ飛ばした。

 トゲの付いた鎖は大岩にくい込み、がっちりと固定したところで零児は大きく踏み込んで自分が出せる力を限界まで引き出し、転がる大岩の力を利用してそのまま思い切って引っ張って大砲の方角へ放り投げた。



「!?」



 零児が即席で思いついた滅茶苦茶とも言える作戦に堕落者ネフィリムの男は処刑人マスク越しで目を見開く。驚くのも無理もない、何せ機関車を潰すほどの大岩が勢いよくこちらに向かって来ているのだから。

 とは言え、堕落者ネフィリムの男は冷や汗を流しながらも笑みを崩さないで見つめている。あんな大岩如きにこの巨大砲台は破壊出来ないとわかっているかりだろう。とはいえ驚異になりかねないと飛んできた大岩の破壊を試みようと多段ミサイルを発射させるも鎖の影から鋭いトゲのようなものが八方に一直線へ伸び、周囲に飛んできたミサイルを爆発させて相殺させた。



「…まさか…!!」



 そして堕落者ネフィリムの男はここで大岩の軌道を見てあることに気付いた。この大岩は砲台をぶつけるわけでもなく、自分を潰すためのものでもない。そのあることに気付き、一刻も早く大岩を撃ち落とそうとするも時既に遅し。

 大岩は主砲に蓋をする形ですっぽりと砲口へとハマってしまった。当然そんな状態で発射させても効果がないどころか内部で爆発を起こして自滅してしまう可能性もある。だがその悲劇が現実となって、零児の狙い通りエネルギーを溜め込み終わり、主砲による攻撃が開始されると大岩に妨害され、内部で大爆発が発生し、主砲口から激しく炎と熱風が吹き荒れる。

 衝撃によって周囲に土煙が舞い、砲台の残骸があちらこちらに散らばっていく。当然堕落者ネフィリムの男も巻き込まれ、爆風の中へと飲み込まれるとその身を空中に投げ出されしまう。



(いや違う…あの大岩は僕を潰すためでも、巨大砲台を破壊させるためのものじゃない…)



 地面に叩きつけられるも堕落者ネフィリムの男性は受け身をとって体勢を立て直し、崩壊していく巨大な砲塔の根元でじっと真上を見つめる。火を噴きながら崩れ落ち煙が立ち込める中、人影が薄らと写ると風を切って堕落者ネフィリムの男性に急接近した。

 人影の正体は零児。鎚型の影を両手で振り上げたまま落下して堕落者ネフィリムの男性を押し潰そうと振り下ろした。 

 その面だけで人をまとめて数十人は潰せそうなほど巨大な鎚。回避出来る距離ではないと判断した堕落者ネフィリムの男性は妙なことに、文字通り''右手を変形''させて身を覆うほどの巨大な盾を展開すると鎚を受け止めた。



「!!」



 鎚と盾が衝突すると火花が散り、堕落者ネフィリムの男性を中心として巨大なクレーターが生まれる。ただ堕落者ネフィリムの男性の能力なのか、ふくらはぎが真っ二つに割れると身を固定させる脚が完成し、零児が振り下ろしている鎚を思い切って弾き返した。

 弾かれた衝撃に少し隙が生まれ、堕落者ネフィリムの男性が持つ能力に目を見開きながら鎚を手放す。そこをすかさず、今度は盾を元の右腕に戻すと手のひらを見せつけるように伸ばすと再び腕のありとあらゆるパーツがバラバラになり、今度は銃に変形した。銃口を見た零児は空いた腕に自身の改造拳銃を向けると引き金を引く、と同時に堕落者ネフィリムの男性も銃口から火薬を発射させ、破裂音と共に弾丸を放つ。零児の銀弾と堕落者ネフィリムの男の弾丸は互いの強い衝撃でぶつかり合い、潰れてひとつの金属となって二人の間に落ちる。

 直後に零児は地面に脚をついて体勢を立て直すと拳銃を構えて鼻で笑う。対して堕落者ネフィリムの男性も変形させた腕を構えながら零児を見つめている。両者それだけでゆっくりと空いた距離を詰めながら警戒する。



「…まさか砲台だけじゃなく、体そのものを変形させるなんてな。こいつは驚いた」

「君も大概だよ。あんな巨大な大岩をこっちに投げ飛ばすなんてね…」



 零児はともかく、堕落者ネフィリムの男性は処刑人マスク越しで苦笑いしているのだろう。だがそんなことどうでもいいと零児は拳銃を構え、いつでも引き金を弾けるようにとトリガーに人差し指をかける。

 とはいえ当たり前だが、堕落者ネフィリムの男性はそれに対して怯えもせず、ただ平然と零児を見つめるだけで危害を加えようとしない。そんな男性の姿を見て零児は無表情の処刑人マスクも相まってか、気味の悪さを感じてしまう。



「それにあの大岩は砲台をぶつけるわけでも、僕を潰すためのものでもない。''君が直接鎖を通じて飛んで行った岩に飛び乗って''ここまで距離を詰めるなんて…やることがえげつないよ」



 この発言に零児は悪寒を覚える。そう、零児が大岩を投げた理由は砲台を壊すわけでもなく、目の前にいる男を殺すためではない。投げ飛ばした岩に飛び乗るために、鎖状にして自身を引っ掛けて、一気に距離を詰めるためである。

 身を呈してまで堕落者ネフィリムを殺す、それが彼のポリシーであるが故に、自分の命が危険にさらされようとも堕落者クソ野郎を殺すためだけならば構わない。零児は今までそういう考えで堕落者ネフィリムを殺してきた。だからこそ零児は無茶苦茶でありながらも正確で一般人には思い付かないような戦術を思い付いては躊躇なくそれを実行し、ここまで生き残れた。

 だが今回の相手は少し違う。少し時間はかかったものの、一度見ただけで零児の魂胆を見抜いた。それがなによりも零児にとって初めての経験で、なによりも不気味で仕方がなかった。



「…よくわかったな。けどひとつ間違ってる、俺は最初からこの馬鹿みたいな砲台とお前みたいな堕落者クソ野郎を殺すつもりだったぜ?」



 とはいえ零児の性格上、''どんな状況でも楽しめ''という気楽なもの故に、驚きや苦虫を潰すような表情はあまり表に出さない。堕落者ネフィリムの男性に見抜かれたもののいつものように鼻で笑うと引き金を弾いた。大きな破裂音が響き、銀弾が真っ直ぐ堕落者ネフィリムの男性の眉間を貫こうと飛んでいく。

 対して堕落者ネフィリムの男性はあろう事か回避もせず、増してやガードする動作もせず、ただじっと見つめるだけで何もしてこない。当然そんな状態だと弾丸に直撃し血を吹き出しながら大きく後方へ吹っ飛び、後頭部から背中にかけて地面に叩き付けられてしまう。



『え?アレ?雑魚じゃね?』



 あまりにも呆気ない死。アンブラは展開が読めず、ポカーンと空いた口が塞がらない。血が地面に付着し、額に穴を開けたままピタリと動かない堕落者ネフィリムの男性。



「…おいおいマジかよ」

『あ?』



 死体を見てポカンとしているアンブラに対して零児は苦笑いしながら呟く。その言葉に反応したアンブラは零児が何を言ってるのか分からないと思い、再び死体に視線を向けるとありえない現象が起きていた。



『!!?』



 悪魔であるアンブラも、開いた口がさらにあんぐりと顎を伸ばして開いてしまう。無理もない、何せ確実に眉間を撃ち抜いた堕落者ネフィリムの男性がゆっくりと立ち上がり、何事も無かったかのように服に付着した土や砂を手で払っていたのだから。

 堕落者が死ぬ条件として脳、または心臓を破壊しない限り死には至らないというが、零児は間違いなくこの男の眉間を、脳みそを撃ち抜いた。それなのにも関わらず、堕落者ネフィリムの男性は何をしたのか理解出来てないのか首を傾げ、零児を見つめるだけで死んでなどいなかった。

 「不死身かよ…」零児は不意にそう呟き、再び拳銃を構えて頭部を撃ち抜くも堕落者ネフィリムの男性は何事も無かったかのように撃たれながらも前へ前進する。



「…ねぇ、ジャパニーズキラーくん。君に頼みがあるんだ」



 弾丸に対して効果が薄いと理解した零児はすかさずノコギリ状の大剣に手を取り、接近戦へと切り替える。素早く動き、距離を詰めてくる零児に対し、堕落者ネフィリムの男性はなにか呟きなら腕の銃を乱発する。撃ち出された弾丸は零児が持つ動体視力によって回避され、避けきれない弾丸は手に持つ大剣で弾き返し、対処した。

 そして距離が縮まると零児はノコギリ状の大剣を振り下ろした。が、堕落者ネフィリムの男性は一瞬にして銃からチェーンソーに変形させると刃が高速回転しながら零児が持つノコギリ状の大剣が重なる。バチバチと何かが削れるような音がすると刃と牙の間から火花が散り、互いに力を出し合いながら睨み付けたまま鍔迫り合いへと展開する。



「この僕…''廃棄物エンズ''に…痛みっていうものを教えてよ」



 尋常じゃない力で零児を押し返しながら、無気力な声で堕落者ネフィリムの男性…エンズと名乗る男が頼み事を申し込んできた。彼が持つチェーンソーの刃と零児が持つ牙がガリガリと削れ、二人の周囲には火花とともにそれらの破片が飛び散る。このままじゃ拉致が明かないと思った零児は力任せにノコギリ状の大剣を振り抜き、チェーンソーを弾き返すと大槍に変形させてエンズの攻撃を全て跳ね返す。

 次に大槍に切り替え、斬るのではなく突く攻撃を仕掛けるもエンズの体がありえないほど海老反りになってそれを回避する。決して体が柔らかいとかではないようで、曲げる度にベキベキと骨が砕けるような音が聞こえてくる。人間の稼働可能範囲を無理を通して折り曲げた結果、上半身が地面に着いたままで下半身は器用に零児の攻撃を避け続ける。



『きめェ!!?』



 こればかりは悪魔であろうアンブラも絶叫。いくら堕落者ネフィリムとはいえ、ここまで来てしまえば恐怖そのものしか感じられない。そしてエンズは下半身だけで距離を取ると腕で胸を引き裂き、中から銃口を覗かせては一斉に発射させる。飛んできた小型ミサイルは高速機動で零児を追尾し、対する零児は仕方ないとばかり距離を開けながら走り避け、迫ってくるミサイルは拳銃を使って相殺させて対応する。

 そして全てのミサイルを避けきれたと思い、再びエンズの方へ振り返るといつの間にか元の姿に戻ったエンズが身構え、両手を合わせると巨大な砲台となって零児にその砲口を向ける。



「っ!!」



 本能で危険だと察した零児はガードする体勢を取らず、すかさず影の中へと入り込み、姿を消した。その直後、巨大な轟音と共に失明させるほどの強力な光が発生すると極太の真っ赤なレーザー光線が撃ち出された。零児には直撃しなかったものの、ここから数キロメートル先にある岩山の半分が吹き飛び、光線が通り過ぎると大きな谷だけを残して爆発する。

 人体から放てるとは思えない、凄まじい威力を誇るレーザー光線は次第に細く小さくなるとエンズの砲台もとい両腕からありとあらゆる箇所からハッチが開き、プシューと白い煙が放たれる。言うなれば冷却時間クールタイムと言ったところだろう。

 その隙を見計らい、零児はエンズの影から飛び出すと手に持つ大鎌を使って横へ薙ぎ払った。振り返ったエンズは突然の奇襲に対応出来ず、回避したものの避けきれず右腕を切断されてしまう。だが奇妙なことに、切断された箇所から流れるのは血ではなく、黄色い液体が吹き出し、断面に関しては鉄やネジ、歯車など機械のような構造になっていた。

 バラバラとあらゆるパーツが地面に散乱し、エンズは断面を押さえつけながら零児…の右手を見つめる。その視線の先にはパキパキと熱を発しながら指が灰になっていく光景が広がっていた。零児は自分の右手を見ながら鼻で笑い、周囲に影の槍を展開すると一斉に発射させた。



「僕はね…君のことを調べたんだよ…。ニホンには''死神''と呼ばれてる殺し屋がいるって…」



 貫かれながらも平然とした顔で何事も無かったかのように近付いてくるエンズ。足止めのために膝を大槍で潰されても倒れる気配はなく血の代わりなのだろうオイルのような液体を撒き散らしながら歩みを進める。



「そこで僕は思い付いたんだ。沢山の人を殺した君になら''痛み''っていうのを教えられるんじゃないかって」



 暫く歩くとふと足を止めたエンズ。そしてすぅーっと腕を伸ばし、残った左手で零児の消えていく右手を指差し、マスク越しで口を開く。



「…それでどう?君の''弱点である強烈な光''を受けた気分は?」



 衝撃的なことを口走るエンズ。最初から零児の持つ唯一の弱点''一瞬による強烈な光''というものを理解していた。今までの攻撃は本人であるかどうかの確かめであり、エンズは零児を本人だと認めるとあの光による攻撃を行ったのだろう。

 その証拠に、体の一部が切断されたり潰れたりしても一瞬で再生させることが出来た零児だったが、再生どころか回復する様子がない。パキパキと音を立てて消えゆく右手は指と手の甲を消し去った後にやっと収まった。ほとんど右手が使えない状態…言うなれば零児が愛用していた拳銃が使えない状態だが、零児はどこか余裕なのかニヤリと笑いエンズの顔を見つめる。



「気分ねぇ…。最悪だな、とんだストーカー野郎がいたもんだぜ」



 痛みこそ感じているものの、余裕の零児は残った左手を伸ばすと影の中から真っ黒な刀が飛び出し、鞘から抜くような形で引き抜くと鋭い刀身が刃を見せる。あえて刀なのは片腕でも軽く扱えるようにするためだろう。

 それを見て零児の意見を聞いたエンズは気に入らないらしく、マスク越しで期待の眼差しで零児を見つめていたが、瞬く間に鋭く睨み付ける。一瞬にして空気が重苦しくなり、エンズから鋭い殺気が突き刺さる。どうもストーカー呼ばわりされたことと痛みに関してリアクションが薄いことに癪を立てたらしい。



「…いいよ、期待した僕が馬鹿だった。君も僕と同じ痛みを知らないんだったら、死んでよ」



 エンズがそう言うと残った腕でパチンと指を鳴らした。その直後、崩れ落ちた砲台に直線的な亀裂が走るといっせいに分解され、金属を重ねる音を響かせながらひとつに圧縮されていく。圧縮されていくとはいえ、その大きさは優に数十メートル辺りを越え、エンズは変形していく砲台の上に立つと零児を見下ろした。

 複雑な構造をしながら組み立てられ、最終的には巨大な二本の角を持つ、金属型の雄牛が完成された。その雄牛''罪人を捌く処刑具・ファラリス''は零児を見るなり前足を踏み込み、鼻息を荒くしながら睨み付ける。



「それがあのバカでかい砲台の正体か。不味そうな雄牛だな」

『んなこたァねェ!!食えればいいだろォ!?』



 刀から耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえてくるが、零児はそれを無視して片手ながら刀を構え、身を低くすると地面を蹴って距離を詰める。対して背にエンズを乗せたファラリスも牛特有の鳴き声を上げると地面を揺らしながら零児に突っ込んで行った。

 片腕しか残っておらず、刀を構える零児に巨体を誇る金属の雄牛ファラリス。この両者が激突するとどうなるのか、その結果は目に見えてるであろう。互いの距離は縮まり、零児の刀と雄牛のファラリスが直撃する…前に零児はすかさず横へステップして突進を回避し、空いた横から刀を突き立てて攻撃する。剣先から根元まで深く刺さった刀はそのままファラリスの肉体を貫き、零児はさらに柄の部分から鎖を形成するとそれを掴んで大きく宙を舞う。

 ファラリスの突進による運動エネルギーから発せられる反動を利用して飛んだ零児はそのまま上手くファラリスの背中に着地すると拳銃を取り出してエンズに構える。対してエンズは零児の行動に驚きながらも残った左腕を使って機関銃に変形させ、零児に銃口を向けた。



「!!」



 その際に、零児はあることに気付く。彼が見たのはエンズが変形する前の左手首。なにやら赤い線のようなものが脈打つとそれに呼応して変形したところを。あれはなんだと疑問に思っていた直後、エンズが持つ機関銃のバレルが回転して、その一つ一つから弾丸が発射される。すかさず零児は拳銃を一旦ポーチへしまい込みながら回避し、それと同時に鎖を腕に巻き付けると引っ張り上げ、その反動だ飛んできた刀を片手でキャッチすると目にも止まらぬ早さで振るい、全ての機関銃の弾丸を弾き返した。

 なにかに気付いた零児は鎖を強く握り締め、一瞬の隙を見つけては突きの動作で刀を投げ飛ばした。刀は真っ直ぐ一直線へ飛びエンズの左胸に突き刺さるとそのまま肉体を貫いた。一撃を食らったエンズは口からオイルのような液体を吐き出すも、痛がる様子を見せないまま機関銃を乱射する。だが突き刺さっているせいか上手く制御が効かず、精密な射撃が出来ないで零児ではなく、そこら中に弾丸をばら撒くだけに終わる。

 零児の頬やコートをかすり、酷い時は自分自身と契約した悪魔であろうファラリスの胴体さえ撃ち抜き、暴走を始めるエンズ。それでもなお無表情の仮面で叫び声を上げていないから不気味としか言えない。そんなエンズを気味が悪いと思いつつ、再び拳銃を構えると引き金を三回引いて銀弾を発射させる。撃ち出された弾丸はエンズの眉間…ではなく、突き刺さった刀の柄先。撃ち出された弾丸は綺麗に一列に並び、杭を打ち付ける鎚の要領で刀が深く突き刺さった。



「っ!!!」



 エンズはその突き刺さった胸を見て目を見開く。鋭い感覚に襲われるとジワジワと体全体が苦しみ始める。初めて…いやを思い出し始めたのか、苦虫を潰したような表情をすると、影の刀を引き抜こうと手を伸ばすが影で形成されているからか触ろうにも触れない。影を司る悪魔アンブラと契約している零児なら影と干渉できるものの、それが他人から触ろうとしても干渉できないようだ。

 そんなエンズを見ながら、零児は動こうとしない。ただ自分の読みが当たったのかニヤリと白い歯を見せて笑うだけで攻撃してこない。



『お、おい…あの野郎、どうなったんだ…?』



 苦しむエンズの姿を見て、零児の影が浮き上がるとアンブラが出現して戸惑う。痛みそのものを知らないエンズが初めて見せる苦痛に歪むリアクションに零児はそれを見つめながら自分のある部分に指を指しアンブラに言った。



「俺はどうも勘違いしていたらしい。こいつの脳と心臓はここだ」



 零児が指を指した場所、そこは左胸。言わば''心臓''にあたる部分だった。そして零児がいう''脳''と''心臓''の箇所、それはすなわち左胸の部分に''二つの臓器はそこにある''ということを示す。



『は!?お、おいそれって…!?』

「通りで頭ぶち抜いても死なないはずだ…こりゃ参ったぜ」



 いくら痛覚を感じないエンズとは言え、脳を潰されてしまえば死んでしまう。だが零児がいう左胸の部分に脳があるとすれば眉間を撃ち抜いても死なないという理不尽な説が立証される。つまりエンズの頭部は''ただの飾り''。文字通りエンズの頭の中は空っぽだった。

 だがここでひとつ、アンブラの思考の中でひとつの疑問が生まれた。



『レ、レイちゃん…どーやって見抜いた?』

「奴の変形能力は体の一箇所''のみ''変形出来る。確かに変形能力は魅力的だが、変形する箇所、形、利用方法、どのように変形するか…そんな大量の情報を一度に収縮して思考するなんざ司令塔に負担が掛かる。けどそんなの''もうひとつの脳みそ''を作っちまえば問題ない。そういった具合で仮の脳みそを頭に、本物の脳みそを心臓の位置に置き換えたんだろ」



 零児の話が難しすぎて絶句するアンブラ。要するにエンズの脳みそは二つあり、そのうちの一つが情報をまとめる偽物フェイクの脳がひとつで、もうひとつはそのまとめた情報を読み込み、体に指示を送る司令塔本物の脳という役割を持っていたということだろう。こうすることで考えに関する時差が生まれることも無く、素早く体を変形させることが出来るということだろう。

 ではいつ零児がそれに気付いたのか、それはあの時機関銃に変形させた時だった。零児が見ていたのは手首に流れてきた血のような赤い線のようなもの…だが、正しくいえばその線の流れ方だった。赤い線は肘から手首にかけて流れ、戻す時は手首から肘へと戻っていく。その光景を見た零児は体全体に司令を出しているのは頭ではなく、体の大事な部分からではないかと仮説を立て、攻撃に移った。その結果、仮説は現実となって今に至る。



「体を変形させたり、脳みそ二つ作ったりととんでもねぇ奴だが…さっきの言葉をそっくりそのまま返してやる」



 零児は銃を片手に膝から崩れ落ちているエンズに近付くと突き刺さった刀の柄に銃口を当て、ニヤリと笑いながら耳元で囁いた。



「お前が言う''痛み''っていうのを感じたご感想は?」



 口元はガスマスクで見えないものの、目だけでも悪人面だと分かってしまうほどの嫌な笑みを見せつける零児。対してエンズは何も言わないまま残った片手を伸ばし、零児の胸ぐらではなく自分の処刑人用のマスクを掴んで引き剥がす。

 無表情の仮面はファラリスの背中から落ちていき、地面に接触するとバラバラとなって砕け散った。そして表に出したエンズの顔は…









ECSTASY気持ちいい…」




 痛みに歪む苦痛の顔でもなく、激痛故に見せる涙でもない…無垢な笑顔だった。しかし表情こそは至高の幸福だが、彼の顔はそうとは言えない。

 だった。茶色で肩まで届くほどの長さを持つ縛った髪に整った輪郭、目の色は優しい青色で顔つきそのものは優男というイメージにピッタリだった。だが彼の額、頬、顎、鼻、唇、右目…ありとあらゆる場所がズタズタに切り裂かれたり、何かに打ち付けられたような痣があったり、焼かれて溶けている部分もあれば右目そのものがない。エンズがいう、痛みを感じないというものからだろうか、痛みの感覚を知るべく色々試した跡がくっきりと残っていた。

 そんなエンズを見た零児はゾッとしながらもあたかもゴミを見るような目でエンズを見下す。別に怖いというわけでもなければ不気味だとも思っていない、ただ単に気持ち悪い。零児の考えではエンズという存在は''痛みを知りたがってる変態マゾ''だと、そう思っていた。
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