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英国上陸篇
06:哀愁
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「素晴らしい…これが…痛み…!!」
その身を持って痛みという感覚に溺れるエンズは両手を広げ、残った左目をキラキラと光らせながら零児を見つめる。零児はその目を見ると呆れてしまう。目で言っているのだ、「自分をもっといたぶってくれ」「最高の痛みを味あわせてくれ」と。
「なんて刺激的なんだ…血が止まらない…力が抜けていく…これが痛み…!!僕がずっと求めていた…痛みなんだ…!!」
血…もといオイルを口と傷口から吹き出しながらエンズは言う。久しく感じる痛みに感動を感じ、それを歓喜するその姿は堕落者らしく狂気そのものしか感じられない。
そんなエンズに呆れ、トドメを刺そうとする零児。拳銃ではなく、突き刺さった刀を握ろうと手を伸ばす。どうもこのまま引き抜いてエンズを真っ二つにしようという魂胆らしい。
「…っ!!やめろっ!!」
だがエンズはその伸ばした手を払い退けると背中のハッチが開き、バックして飛翔する。それを合図にファラリスが暴れ始め、身を震わせて零児を下ろそうとするが、影で足を固定しているため落ちるような素振りすら見せない。それに対してファラリスは背中のハッチを開くと中からエンズの両腕が変形した、あの砲台に酷似したものが飛び出し、あまりにも大きすぎる砲口が零児に向けられた。
この距離で撃たれたらやばいと思った零児は影から離れ、仕方なくファラリスから降りるとその直後に轟音と強烈な閃光が走った。ファラリスの横腹に居たため閃光こそ免れたものの降りてしまった以上、またあの巨大な雄牛の餌食になると思った零児は影の中から巨大な二本の腕となったアンブラを呼び出すと角を力強く掴み、背負い投げの要領でファラリスを吹き飛ばした。
「これは僕の痛みだ!!絶対に触るんじゃない!!」
零児の背後で巨大なファラリスとアンブラの腕が闘っている最中、エンズの背中にあるジェット機が一度折りたたんで収納されると代わりにミサイルポッドが顔を出す。残った左目がレティクル状の模様が浮かび上がり、視界に零児を捉えると四角のマークが表示され、ピピピという音が聞こえるとロックオンの文字が浮び上がった。
それを合図にエンズは搭載した小型ミサイルを一斉に発射。飛んで行ったミサイルは分散されるも標的に向かって一直線へ飛んで行った。
「…おいアンブラ」
『へいへい!!いつものこッたろォ!?』
零児が何を言いたいのか理解したアンブラは立ち上がるファラリスを見つめながら返事をする。その返事を聞いた零児はニヤリと笑うと地面を蹴って距離を詰めた。
手には何も持っていない。だから拳銃で相殺させる手段もなく、ミサイルが次々と零児に直撃し、大爆発を起こす。小型だとはいえその爆風は零児が持っている手榴弾の範囲すら超えるもので、その威力も絶大である。例え堕落者だとしてもただでは済まされないだろう。
「あはははっ!!どう!?痛い!?ジャパニーズキラーくん!?最高でしょ!!痛みと同時に熱を感じながら死ねることって!!」
爆発が一箇所に集中し、連鎖を起こしながら周囲を破壊し尽くす。衝撃が強すぎて零児の影すら見えないが、中から何かが潰れるような音が聞こえてくると彼の四肢の一部が飛び、エンズの足元に転がった。
直撃だった。いくら零児とは言えどあの爆発には耐えられない。現に彼のものであろう四肢が吹き飛んでいるから。そんな地獄のような光景を見てエンズはこれ以上ない笑みを見せる。ズタズタに引き裂かれた傷口が開きそこからオイル状の血液を流そうが、雑に治した顎が外れようがそんなこと関係なく、今の光景を歓喜する。
エンズはもっと知りたい、痛みというものを。もっと味わいたい、痛みという感覚を。そしてもっと伝えたい、痛みという快感を。目を見開いて首をへし曲げて空を見上げ、これ以上ない至福の表現をしながら大笑いする。
今の彼は一言で言うなら''高揚''そのもの。血の流れが速くなり、脳の隣にある心臓の鼓動が強く打たれ、中に秘めたる性欲が彼の昂りを加速する。もう自分を止められるものなんていない、もっと痛みを…地獄なんて生ぬるいほどの苦痛を味わいたい。
彼はそう願いながら笑う。それが例え自分の命が尽きようと、身を滅ぼそうと、関係なく。
「何度も言わせんな。そんなもん最悪だ」
「!!?」
だが、そんな絶頂世界も一瞬にして崩壊する。突然背後から聞き覚えのある人物の声が聞こえたと思い、振り返ると右胸を腕で貫かれた。オイル塗れになったその''右腕''はそのまま無理矢理肘を曲げると突き刺さった刀の柄に手を伸ばし、強く握ると一気に縦斬りの形で切り裂いた。
一瞬にして斬撃を受けたエンズは体が真っ二つになり、ひとつふたつと地面に崩れ落ちる。断面からオイル状の血液と内臓であるネジや歯車が地面に分散する。
「な……んで…」
真っ二つになりながらも残った左目をぎょろぎょろと忙しく動かし、零児を睨み付けると疑問を投げかけた。エラーという表示が映る中、エンズの視界に映った零児の姿は全くの無傷だった。いや、それどころかあの時閃光で消したであろう右腕が復活している。
それが不思議で仕方なく、エンズは残った左腕をガタガタと零児に指を指す。対して零児は拳銃を構え、エンズを見下したままで動かない。
「あの時死んだんじゃないのか?とでも言いそうな顔だな。じゃ、あれを見てみな」
目で何を伝えたいのか一瞬で理解した零児は見下したまま顎をクイッと上げ、あれを見ろと言わんばかりの視線をエンズに向ける。それを見たエンズは向かれた方向…背後を見ると転がっていた彼の手足や爆発によってグチャグチャに潰れた体の肉塊が転がっていた。
そしてエンズはあるものを見て残った目を見開いた。それはパキパキと音を立てて灰となりながら影の中へ落ちていく光景だった。
「あれは影で作らせた偽物だ」
「偽…物…?い…いつ…だ…?いつから…いれ、かわ…った…?」
真っ二つにされたエンズからザーと耳鳴りのような音が聞こえてくる中、零児は鼻で笑いながら右手を見せつけた。それだけの動作で理解したエンズは目を大きく見開いて口を開くが呼吸が上手く行えず、喋ることすら出来なかった。
それを見た零児はニィと笑い、丁重に説明する。彼はもう死んだような存在、堕落者とは言えど真っ二つの状態になってしまっては死ぬのも時間の問題だ。その事情を理解しているから零児は冥土土産と言わんばかりに口走った。
「あぁそうさ、あの時だ。お前が''閃光攻撃''をした頃から俺と人形が入れ替わった」
零児がいうあの時。それはエンズが両腕による閃光光線攻撃を放ち、それを回避するために影の中へ潜り込んだ、あの頃のことだった。影の中で自分そっくりの人形を作り浮上させ、本人である零児は影の中で隙を伺い、油断させたところでトドメを刺す作戦に出た。
とは言え、零児も無傷ではない。あの閃光攻撃を受けたのも、弱点が強力に発光する光だというのも事実。影と共存してる以上強く光り出すものを嫌う零児は受けたダメージを影の中で治癒し、その間に上で人形とエンズが戦う姿を拝見していた。
ただそれだけ。それだけだがエンズはまんまと零児の罠にハメられた。それが悔しいのか拳を握り、残った左目で零児を睨みつけるが、彼に異変が起きた。
「なに…こ、れ…」
流れた涙に手を当て、瞼裏からやってくる熱を感じたエンズは困惑する。自分が何故涙をしているのか理解出来なかった。人間が出せる鮮明な赤ではなく、エンズ自身が持つ黄色の液体でもない。透明な一粒の涙が、エンズの頬を伝って地面に落ちる。鉄で出来た地面に落ちた涙は黒いシミを残すと跡形もなく溶けて行った。
「………」
その様子を零児はじっと見つめるだけで動かない。ただ先程までゴミを見るような目ではなく、冷たいもののどこか寂しそうなものを見るような…優しい目をしていた。
悪魔と契約した以上もう二度と流さないと思っていた涙がエンズを襲う。エンズはただ「止まれ、止まれよ」と途切れ途切れになりながら叫ぶも溢れ出す涙は一向に止まる気配がない。それどころか先程より多く溢れ出る。
「っ…!!」
何度も何度も地面を叩きつけているとエンズはハッと首を上にあげて目を見開いた。何もかも思い出したのだろう、自分が堕落者になる前の記憶を。その記憶に浸ると暴れるのをやめ、静かに泣いた。
震える声に震える体。声を押し殺そうとも勝手に出てきてしまう嘆き。そんなエンズを見た零児は拳銃をしまい込むと背を見せて歩き出した。
「…地獄に堕ちろ」
そう言い残し、まだ暴れ回っているファラリス討伐のため見向きもせずに歩き出す。エンズの体は限界が来たのか頬や額、体の至るところに亀裂が走ると足先からゆっくりと灰になって風に流されて行った。
(…あぁ、そうか…。やっと理解した…痛みっていう…ものを…)
体と共に薄れゆく意識の中、エンズはずっと引っ掛かっていた疑問がようやく解け、一人で納得したのか目を薄める。
(僕は忘れていた…あの頃から、ずっと''痛み''っていうものを…)
朦朧とする意識の中、エンズはこれまでの過去を振り返った。
自分はある男性と女性の間に長男として生まれたこと。
自分は幼い頃から''神童''と呼ばれ、後にロボットを生産して工場などの社会に貢献していたこと。
…そして自分がある時事故に会い、記憶を失って別の誰かとして生きてきたこと。
…その後両親や弟から失望され、見放されてしまい、心に深い傷が生まれたこと。
だから自分は望んでしまった。''最高の知識をくれ''、と。でも何かが足りなかった、その足りなかったものは自分が探し求めていた痛みという苦しい感覚ではなく、家族が欲しいという欲望でもなく、自分を追い抜いて行った弟への嫉妬でもない。
(僕に足りなかったのは…''悲しみ''という感情…。痛みは…悲しみ…悲しいから…心が痛い…心が痛いから…僕は涙を流しているんだ…)
バリバリと頬から走り始めた亀裂が大きくなり、次第にボロボロと崩れ落ち、灰となって消え失せていく。もう顔の感覚がない中、エンズは最後にとびきりの笑みを見せた。
その笑みは零児に見せた狂気のものでは無い。本当の意味での無垢な笑みだが涙が止まらなかった。だがエンズは完全に思い出した今だからこそ困惑することもなく、悲しみという涙を受け止め、一人残されたこの場所で精一杯涙を流す。何故なら…
(…お父さん…お母さん…殺してしまったみなさん…ごめんなさい…。僕は…地獄でこの罪を…背負って償います…)
この''悲しみ''が心地よくて仕方がなかったからだ。エンズは心の中でそれを言い残し、完全に灰となって風に流されながら消滅した。
「………」
塵一つ残さず消えていったエンズに背を向けて、完全に居なくなったことを確認すると零児は再び歩みを進めたが…すぐにその足を止めた。
何か嫌なものを見てしまったのか苦笑いする零児。彼のその先にいたものは…
「…よぅ、また会ったな」
その頃、アンブラは…
『オラアァッ!!!』
巨人形態に変化して拳を作ると大きく踏み込み、勢い任せで突進してくるファラリスを正面からぶん殴る。ファラリスが持つ巨大な角とアンブラの拳がぶつかり合い、激しい爆発音が轟くと衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
圧倒的な力を持つ両者だったが、人型の分動きやすいアンブラは空いた片方の腕で拳を作り、勢いよく振り下ろした。片腕の拳で受け止められているファラリスはそのまま直撃し、片方の角が折れると同時に下へ沈む。
『まずは一本ン!!』
咆哮のような叫び声を上げるとそのまま追撃で足を大きく上げると、倒れているファラリスを踏み潰そうと振り下ろした。だがその最中、隙が空いたと見たファラリスはその重い角を振るうとアンブラを吹き飛ばす。
『うおォッ!?』
バランスを崩し、そのまま地面へと崩れ落ちるアンブラ。だが受け身を取らず、そのまま影の中に潜り込むと別の形を形成しながら浮かび上がり、最後には四本の太い角を持つ牛となってファラリスの前に立ち塞がる。
『目には目を、歯には歯を…ッてか?』
ブルルと鼻息を荒くして地面を蹴るアンブラに対し、ファラリスは何かに苛立ったのか背中のハッチが開くと後ろ向きの形でブースターが展開された。何かを溜め込むような音が聞こえてくると腰に備わっている排出口から黒い煙が吹き出し、ブースター口から勢いよく炎が燃え上がった。
『んなのアリか!?』
形態変化したファラリスになにか文句を言っているアンブラだったが、もちろんのことその文句を聞き入れないファラリスは地面を蹴るとブースターの推進力を利用して猛突進を仕掛ける。最早低空飛行するロケットランチャーのようなファラリスは戸惑うアンブラを他所に一瞬にして距離を詰めると下から上へとアンブラの巨体を持ち上げ、そのまま自分の背後へとぶん投げた。
『どわああぁぁぁっ!!?』
強く叩き付けられたアンブラは地面を揺らしながら体勢を崩す。そこへ追い討ちと言わんばかりにファラリスは口と胸のハッチを開き、そこからフックショット状のワイヤーを発射させ、アンブラの体に差し込む。そこからワイヤーを通じて強力な電流を流し、アンブラに電撃攻撃を放つ。
『アガガガガガガッ!!?』
経験したことの無い電撃がアンブラを襲う。このままじゃやばいと思ったのか自分の背中を通じて影を伸ばし、ファラリスの顎下まで辿り着くと影の中から巨大な鰐の顎が飛び出すとファラリスの首根元に噛み付いた。金属製の肉質でもお構い無しに深く突き刺さった牙はファラリスを影の中へ引きずり込もうとするが、電流攻撃を中断すると腹のハッチが開くと巨大な爆弾が発射され、着弾と共に大爆発を起こす。
自分自身を巻き込む爆発だったが、金属である以上効果がないファラリスに対し、アンブラが放った鰐型の顎は一瞬にして消え去り、攻撃の回避に成功する。だがこれで死ぬような相手ではないと理解しているファラリスは正面に向き直り、アンブラに再度攻撃を試みるが肝心の標的がいない。
どこだどこだと首をキョロキョロ動かすと今度は多数の太い触手が飛び出した。うねうねとタコのように動く触手はファラリスの首、胴体、足を締め上げるとズブズブと影の中へと引きずり込んでいく。
『馬鹿が!!隙だらけだぜェ!!!』
下からそんな声がした。あらかた予想…というより当たり前と言うべきか、この触手の正体はアンブラそのもの。影の中ではタコのような形態にて変化してるのだろう。もちろんこのまま思い通りにやらせるかと必死にもがくファラリスだったが、多勢に無勢といったところだろうか、触手たちにかなう訳もなく体が沈んでいく。体内に搭載された武器を展開しようにも締め上げた触手が上手い具合に妨害し、完全にお手上げ状態。
悔しさのあまりか咆哮を上げようと息を荒くしたところ、触手の一本が首に巻き付き、そのまま勢いよく捻りを付けてへし折った。ゴリッと何かが削るような音が聞こえるとファラリスがピクリと動かなくなり、そのまま影の中へと引きずり込まれた。
完全にファラリスの姿が消えたと思えば大きな影の中からバリボリと貪るような音が聞こえてくると血のような赤い液体が影の中で広がっていく。そしてスポンと何かが飛び出すと地面に転がり続け、やがて勢いが無くなると正体が明らかとなる。それは爆弾やレーザー銃、ミサイルポッドもあればアイアン・メイデン、ギロチン、ノコギリなどありとあらゆるものが雑に散乱した。元々ファラリスに内蔵された兵器なのだろう、暴食のアンブラでもそんなもの食えるかと影の中から地上へと投げ捨てた。
『鉄の味も悪かねェ…けどゴミだらけで喰いにくいッつーの!!』
何が面白いのかギャハハと下品な笑い声を上げるアンブラ。本当にファラリスを食ったのか口の周りが血まみれだったが…言うまでもないがアンブラはそんなこと気にせず、零児と合流を目指す。
『あ?』
だが、その歩み(というより影の中を泳いでる)はすぐに止め、あるものを凝視した。アンブラの視線のその先は何もせずに突っ立っている零児の姿とそれを囲む形で各々の対魔導器を構える神威兵数十人、そしてその先頭には十六夜 美月が身構えていた。
零児からして完全に包囲されている状態で、神威専用の戦闘用バイクと戦闘用車両が並び簡易的なバリケードを形成させ、車両に備わったブルーライトのランプがクルクルと回って周囲に警戒を知らせる。そんな中、零児はポリポリと後ろ頭をかき、呑気な態度を見せながら何か喋っているのがよくわかる。
(こーんな状況でも呑気にしてやらァ…まぁ、その方がアイツらしいッちゃアイツらしいけどな…)
神威の到着に内心めんどくせぇと思ったアンブラはひとつため息を付くと契約者である零児の元へと歩みを進め…
『!?』
…進めたのだが、何かを察したのか歩みを止めると自分自身を例のノコギリ状の大剣に変換して身を振り返り、迫り来る何かに備えるべく防御態勢に入った。
直後、背後から突き刺さる殺気と悪寒を感じ、アンブラは自分自身をノコギリ状の大剣に変形するとガード体勢に入った。その一瞬、眩い黄色の稲妻が真っ直ぐ走りアンブラを襲った。こんな晴天のなか雷が落ちるはずもなく、何が起こったのか理解出来ないアンブラは今はともかく雷を受け止めるのに必死だった。
『あ!?』
その最中、アンブラは目を疑った。自分を襲ってきたのは雷ではない。''雷を纏った白髪の少女''が自分を襲ってきたのだ。その少女は攻撃を防がれたことにこれ以上ないほど嫌な顔をしながらアンブラに攻め寄る。
相手が人間だとわかった途端、アンブラは自分が持つ牙をチェーンソーのように高速回転させ、少女が持つ巨大なレイピアのような武器を弾き返して距離を開ける。お互い引き剥がれる距離の中、少女は綺麗に着地し、アンブラは地面に自分自身を突き刺し、強引に勢いを殺す。地面を抉り、体勢を整えたところで次に狼型に変化させ、身を低くして唸り声をあげた。
「…クソ悪魔め。そのクソ穢れた体でわたくしのスキールニルにお触らないでくださる?」
アンブラが引き起こした土煙が晴れるとそこには雷を纏ったレイピアを持つ少女がいた。彼女の服装はワンピースを元にした神威制服に穢れのない純白の髪。絵に書いたような横ロールテールで纏められ、顔付きは小顔で幼さが残るもののどこか可憐で可愛いと言うより美しいに近い顔付きをしていた。そして右脚には雷をモチーフにした特徴的な対魔導器を備え付けられ、ガントレットを纏った右手の中には白銀と黄色い雷光が煌めくレイピアが握られている。
彼女はそのレイピアの剣先をアンブラに向け、口調こそお嬢様のようなものだがところどころ口が悪い。どうも悪魔を毛嫌っているのが丸わかりであるが、それに関してアンブラはどうでもいいと悟る。確かにその変な口調も個性的だが、何よりもアンブラが注目したのが…
『…おい、なんでここにガキがいるんだ?』
アンブラが注目してたもの、それは対魔導器でもなく、彼女の顔でもない、''身長''だった。その大きさ、実に145前後しかない彼女は誰がどう見ても子供にしか見えなかった。
「なっ!?だ、誰がガキですの!!これでも二十五歳ですわ!!」
人、ではなく悪魔にすらガキ扱いされて顔を赤くすると悔しそうに地団駄を踏む彼女は衝撃的な発言をする。この身長で二十五歳、つまり成人である。だが誰がどう見ても子供のそれにしか見えない。見えない、のだが…アンブラは口をあんぐりして驚いたまま叫ぶ。
『は!?二十五歳!?嘘だろテメェ!!どー見ても十歳じャねェか!!』
「お黙りお黙りお黙り!!ぶっ殺しますわよクソ悪魔!!」
『クソクソうッせーよ!!下品な言葉使いやがッて!!やっぱガキだろテメェ!!』
「下劣な存在であるクソ悪魔に言われる筋合いなんてありませんわ!!クソ悪魔らしく脳みそまでゴミみたいに腐ってみっともありませんわ!!」
『かアァーッ!?殺す!!テメェ、ぜってぇ殺す!!』
「やれるものならやってみなさいこのクソゴミ悪魔!!」
互いに後を退かない罵声の中、令嬢風の少女は''スキールニル''と呼ばれた雷のレイピアを目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、対するアンブラは乱暴ながらも力のみで対抗する。攻撃力がない分鋭く正確な素早い攻撃を繰り出すものの、圧倒的なパワーを持つアンブラにとって蚊に刺されたレベルらしく、チクチクするものの特に気にしてない様子で令嬢風の少女に攻撃を仕掛けるが、見切られてしまい呆気なく避けられる。
そんな激しい攻防と罵声のぶつかり合いが続く様子を零児は横目で眺め、目の前で対魔導器を構えている美月率いる神威兵団にため息を着く。
「…おいおい、お前ら。一人相手にどれだけの人数を引き連れて来るつもりだ?」
堕落者一人捕まえるのにこんな大人数を連れて来た美月と神威兵団に呆れていた。それほど自分という存在は危険なのかと改めて思うもののここまでする必要は無いだろと内心思うばかりだった。
それに人だけでなく、戦闘用車両まで連れてくるあたり彼女らの必死さがよく伺える。対して零児はそんなことどうでもいいと思っているのか拳銃を出さずに「私は無害ですよー」と言わんばかり、何も持っていない両手を広げてるだけで何もしてこない。
「悪魔喰らい…」
美月は歯をギィと食いしばって睨みつけ、手に持つ槍をぎゅぅっと力強く握り締める。どうも相変わらずの挑発口調が気に入らないようだ。
でもひとつ疑問がある。何故美月や神威の少女、その他神威兵団がここへ来ているのか、という疑問だ。
[2056.03 06 13:21]
神威英国支部・休憩室
『ウォータールー駅にて悪魔、及び堕落者出現。第一、第二隊は乗客の避難救助を、第三、第四隊は悪魔討伐・堕落者の捕縛を要請します』
美月が自動販売機で購入したりんごジュースを飲んでいた時だった。突然なんの前触れもなく神威英国支部全体にアナウンスが響き渡るとドタバタと指定された隊員達が車両設備室まで足を運ばせる。
美月も一時的とはいえ第四隊を預かっている身。復帰して早々とはいえ、任務が来てしまった以上出撃する他ない。飲みかけのりんごジュースを一気に飲み干し、喉も潤ったところで立ち上がり、戦闘準備を…
「貴女がミヅキ・イザヨイでして?」
始めようとしたところで背後から声がして、振り返るとそこには令嬢というイメージを連想させるような少女が立っていた。身長や顔付きこそ子供のように見えるが、言葉遣い、雰囲気こそ全く別物で大人びた成人だと感じられる。
「申し遅れました、わたくし神威英国支部・悪魔討伐部第三隊をまとめてる者、名前を''ルティシア・ライトニング''と申しますわ。以後、お見知り置きを」
その少女は彼女専用の制服なのかワンピース型の神威英国支部制服のスカートを摘むと頭を下げて自分の自己紹介をし始めた。高貴な振る舞いに美月は戸惑いを隠せないまま「あ…どうも」と一声かけるだけで、相手の返事を待つだけでそれ以上何も言い返さなかった。
しばらくしてルティシアと名乗る少女は特徴的なサイドテールを揺らしながら頭を上げると美月を見つめた。敵意のあるような睨みでもなく、かといって歓迎しているような優しい瞳でもない。吸い込まれそうな綺麗な青色の瞳が真っ直ぐと美月の瞳と合わせていた。
「え、えっと…ルティシア、さん?」
何をされているのか全く理解できない美月は顔を近付けてきたルティシアから離れ、苦笑いする。対してルティシアは引き続き、その小さな体で美月を見つめ、んーっと顎を伸ばし、しばらくすると元に戻ってうんうんと頷いた。
「…貴女、強いですわね」
「え?」
そして急に言い渡される褒め言葉。その言葉に心当たりなんてなく、何を言ってるのか分からない美月は間の抜けたような声が出る。一人で納得しているルティシアは一瞬で我に返るとひとつ謝罪をしてから今の動作について説明した。
「いきなりで申し訳ありませんわ。わたくし、相手の目を見るだけで今まで経験したことが分かってしまいますの」
穢れひとつない笑顔でルティシアは微笑むと、その小さな手で美月の手を握った。小さいながらも握られた手はどこか優しい温もりを感じた美月は、それ以上のことは何も言わず、返しにギュッと握り締めた。
挨拶代わりの握手というものだろうか。兎にも角にも美月にとって嫌な雰囲気ではなかった。久々に人間の温もりを感じた美月は自然と優しい笑顔となって微笑んだ。
「ってこんなことしてる場合じゃありませんでしたわね。わたくしの隊と貴女の隊でクソ悪魔共をぶっ殺しましょう」
「へ?え、えぇ…。そう…ね?(え?クソ?ぶっ殺す?こ、この子…案外口悪いわね…)」
その直後にルティシアから発せられたとは思えないほどの暴言が聞こえ、美月の笑顔が引きつった笑顔に変わる。とても令嬢と思えるような振る舞いから悪魔に関すると一変して口が悪くなると誰だって驚いてしまう。ただ本人はそれに気付いてない、いや自覚していないのか特に気にも止めず、むしろ美月の事が心配なのか顔を覗き込んで心配そうな眼差しを向けてきた。
そして「大丈夫ですの?」と聞いたルティシアに対し、美月は「大丈夫よ、なんでもない」と一言いって片付ける。しかしそれでも納得してないのかルティシアは首をこてんと傾けるが本人が大丈夫なら大丈夫だろうと思い、それ以上のことは言わずに自分の支度に向かった。
「では戦場で会いましょう、貴女の活躍に神の御加護を」
綺麗に美月へ一礼するとそのまま立ち去るルティシア。その背中を見た美月は一人になったことをいいことに、先程ルティシアが見せた不可解な行動について思考する。
彼女の考えでは、結論から言うと''嘘をついている''。証拠は二つあり、ひとつは自分の過去を知るものは堕落者でない以上見抜けるはずがない。そしてもうひとつは…
(…なんであの子は悲しい目をしているの?)
視線を合わせた時に美月は察してしまった。どこか寂しそうな、悲しみに満ちた視線を感じたことに。握手を交わしてきたことも悟られないようにするため、無理して笑顔にしてたのも心配されないようにするため。ひとつひとつの行動が何かを隠すような、そんな感覚を覚える美月は逆に心配になってしまった。
とはいえ、ルティシアもそれ相応の覚悟を決めて神威に入隊したのだろう。何かしらの理由がないと死と隣合わせのこの仕事に好き好んで入るような場所ではないから。だからこれだけは言える、ルティシアも美月も何かしらのきっかけがあってこの神威に入隊したと。
「…私の、過去…」
ルティシアがいう経験、言い換えれば過去という言葉を聞いて美月は自分の思い出を振り返る。
十六夜家の長女として生まれたものの、愛情を注がれず、代わりに暴力や罵声を浴びせられ、ある日を境に自分の中の何かが壊れてしまった。それ以来、その壊れたものの正体が思い出せずにいると気が付けば悪魔が現れ、目の前で両親が殺されてしまう光景が今も尚鮮明に写っている。後に駆けつけた神威兵により制圧され、自分は保護され…そのまま神威に…
「…何考えてるんだろうか、私は」
全て思い出すつもりはなかったものの振り返れば振り返るほど溢れ出る過去の情景に、美月は呆れ返って頭を抱える。今となっては思い返したくもない昔の話だが、振り返ったところで覆すわけでもなく、とはいえ忘れたくても忘れられない記憶に美月はうんざりする。
そんな過去を胸にしまい、美月は足を動かした。この世から一匹残らず悪魔を根絶やしにする、そしてどんなに腐ってしまった堕落者達を元に戻す。その強い決心と胸に装備を整え、出撃用ゲートへと向かっていった。
[2056.03 06 14:54]
センロポール大聖堂行き線路から約四キロメートル先地点・平原
そして現在、美月はヨルハから授かった第四隊の兵士を引き連れ、零児を囲んで陣を展開して拘束しようとしていた。零児から放たれる圧が凄まじいものなのか、兵士ひとりひとりに足や手が震えていたり、冷や汗を流したり、固唾を飲んだりと多様な反応を見せる。
だがあくまで悪魔と戦うために訓練された兵士なのか退く様子はない。むしろ零児がどう出ても対応出来るように、対魔導器を展開したままで飛び出そうとせず、身構えたまま睨み付けていた。
「ひとつ、聞きたいわ。あんたの目的はなに?」
誰もが喋らず、生を感じられないような空気に美月が誰よりも先に口を動かした。放たれた言葉は問い。美月は知りたいようだ、零児の目的というものを。
対して零児はそんな質問なんてどうでもいいと思っているのか面倒くさそうに頭をポリポリとかきながら適当に答えた。
「前にも言っただろ、女を探してるって」
「じゃあ何故堕落者を殺す?目的がそれだけなら殺す必要なんてないじゃない」
本当のことを答えただけだと言うのに突っかかってくる美月に零児は内心「面倒な女だな」と思いつつ、態度を崩さないままため息をついた。その態度が気に入らないのか美月は眉間を寄せてシワを作る。適当に答えてる零児に対して苛立ちを覚え、今でも飛びかかろうという怒りを抑えながら相手の答えを待つ。
「…あのな、お前俺をなんだと思ってる?殺し屋だぜ?人を殺して金を得るクソみたいな生業をしてる人間が、殺しに理由なんてあるか?」
「あるに決まってる…。確かに堕落者は許せない、世間ではあんたみたいに殺したい人だっている。だからと言ってあんたの自分勝手な私情で殺していいはずがないじゃない!」
槍を握っていた拳が強くなり、歯を食いしばりながら美月は叫び出す。零児と和解を求めているわけではない、ただこれ以上人が死ぬところを見るのに嫌気を指していた。
美月だって気付いていたのかもしれない。殺しさえやめれば、零児は優しい人間なのかもしれないと。もしそれが間違いだとしたら零児は人間に危害も加えないし、悪魔の力も使わない。あの時みたいに奇襲から守ってくれなかったかもしれない。それを知っているからこそ美月は零児に語り掛ける。もう殺しはやめてくれと。
「………」
その美月の言葉を聞いた零児は面倒くさそうな態度から一変して真面目な顔になった。どうやら何かを思い出したらしい。自分のつけていたブレスレットにある綺麗な石ころを見つめると鼻で笑った。
突然見たことも無い反応に美月は少し驚くも何かの力が起きるんじゃないかと身構えるも何も起きないとわかった途端、構えを解いた。
「…お前、あいつと似たようなことを言うんだな」
「あいつ…?」
零児が言う''あいつ''がなんなのか理解出来ない美月は首を傾げ、零児に聞くも何も答えてくれなかった。ただ目元しか見えてない零児の表情は悲しみのようなものを感じられる。
察するに故人なのだろう。というと零児が身につけている首飾りもその人の形見か、あるいは…。
「はっ、まぁいいさ。で、聞きたいのはそれだけか?どうする?アンブラが俺の元にいない以上、俺は無防備だぜ?」
その首飾りをコートの中にしまうと零児は両手を広げて笑いながら美月に近寄る。いかにも「どうぞ捕まえてください」と言った具合でなにか裏があるんじゃないかと睨んだ美月だったが、彼から殺気というものが感じられないとわかった以上、対堕落者捕縛用手錠を取り出すと背後に待機していた兵士二人が飛び出して零児を取り押さえる。
対して零児は抵抗するような素振りを見せず、ただニヤリと笑っているだけで何もしてこない。こうもあっさりと零児を捕らえられた事に違和感を感じる美月だったが、考えるのは後ということでまずは拘束することを優先させ、交差させた腕に手錠をかけようと手を伸ばす。
これでもう堕落者が死ぬことはなくなった。そう安堵した美月は片方の腕に手錠をかけ、もう片方の手に手錠を…
…かけようとした時、後ろから爆発音がした。その直後に来るのは衝撃波と熱を帯びた風、地面の揺れが発生して兵士達の膝を崩す。
「!?」
想定外の出来事に美月は驚きながらも振り返ると展開していた車両が吹き飛び、スクラップとなって地面に転がり落ちた。兵士達も何が起きたのか理解出来ず困惑しているとエンジンを吹かしたバイクのような音が聞こえてくる。
「ヒャッハー!!!」
そして次に聞こえてきたのは男性の声。戸惑いながらも他の兵士とは違って比較的冷静な美月は声のした方向へと目を向け、目を見開く。
そこには黒いゴーグルマスクと灰色のスカーフ、防弾チョッキを纏ったライダー服を身にまとった武装集団がバイクに跨って接近してきたのだ。
その身を持って痛みという感覚に溺れるエンズは両手を広げ、残った左目をキラキラと光らせながら零児を見つめる。零児はその目を見ると呆れてしまう。目で言っているのだ、「自分をもっといたぶってくれ」「最高の痛みを味あわせてくれ」と。
「なんて刺激的なんだ…血が止まらない…力が抜けていく…これが痛み…!!僕がずっと求めていた…痛みなんだ…!!」
血…もといオイルを口と傷口から吹き出しながらエンズは言う。久しく感じる痛みに感動を感じ、それを歓喜するその姿は堕落者らしく狂気そのものしか感じられない。
そんなエンズに呆れ、トドメを刺そうとする零児。拳銃ではなく、突き刺さった刀を握ろうと手を伸ばす。どうもこのまま引き抜いてエンズを真っ二つにしようという魂胆らしい。
「…っ!!やめろっ!!」
だがエンズはその伸ばした手を払い退けると背中のハッチが開き、バックして飛翔する。それを合図にファラリスが暴れ始め、身を震わせて零児を下ろそうとするが、影で足を固定しているため落ちるような素振りすら見せない。それに対してファラリスは背中のハッチを開くと中からエンズの両腕が変形した、あの砲台に酷似したものが飛び出し、あまりにも大きすぎる砲口が零児に向けられた。
この距離で撃たれたらやばいと思った零児は影から離れ、仕方なくファラリスから降りるとその直後に轟音と強烈な閃光が走った。ファラリスの横腹に居たため閃光こそ免れたものの降りてしまった以上、またあの巨大な雄牛の餌食になると思った零児は影の中から巨大な二本の腕となったアンブラを呼び出すと角を力強く掴み、背負い投げの要領でファラリスを吹き飛ばした。
「これは僕の痛みだ!!絶対に触るんじゃない!!」
零児の背後で巨大なファラリスとアンブラの腕が闘っている最中、エンズの背中にあるジェット機が一度折りたたんで収納されると代わりにミサイルポッドが顔を出す。残った左目がレティクル状の模様が浮かび上がり、視界に零児を捉えると四角のマークが表示され、ピピピという音が聞こえるとロックオンの文字が浮び上がった。
それを合図にエンズは搭載した小型ミサイルを一斉に発射。飛んで行ったミサイルは分散されるも標的に向かって一直線へ飛んで行った。
「…おいアンブラ」
『へいへい!!いつものこッたろォ!?』
零児が何を言いたいのか理解したアンブラは立ち上がるファラリスを見つめながら返事をする。その返事を聞いた零児はニヤリと笑うと地面を蹴って距離を詰めた。
手には何も持っていない。だから拳銃で相殺させる手段もなく、ミサイルが次々と零児に直撃し、大爆発を起こす。小型だとはいえその爆風は零児が持っている手榴弾の範囲すら超えるもので、その威力も絶大である。例え堕落者だとしてもただでは済まされないだろう。
「あはははっ!!どう!?痛い!?ジャパニーズキラーくん!?最高でしょ!!痛みと同時に熱を感じながら死ねることって!!」
爆発が一箇所に集中し、連鎖を起こしながら周囲を破壊し尽くす。衝撃が強すぎて零児の影すら見えないが、中から何かが潰れるような音が聞こえてくると彼の四肢の一部が飛び、エンズの足元に転がった。
直撃だった。いくら零児とは言えどあの爆発には耐えられない。現に彼のものであろう四肢が吹き飛んでいるから。そんな地獄のような光景を見てエンズはこれ以上ない笑みを見せる。ズタズタに引き裂かれた傷口が開きそこからオイル状の血液を流そうが、雑に治した顎が外れようがそんなこと関係なく、今の光景を歓喜する。
エンズはもっと知りたい、痛みというものを。もっと味わいたい、痛みという感覚を。そしてもっと伝えたい、痛みという快感を。目を見開いて首をへし曲げて空を見上げ、これ以上ない至福の表現をしながら大笑いする。
今の彼は一言で言うなら''高揚''そのもの。血の流れが速くなり、脳の隣にある心臓の鼓動が強く打たれ、中に秘めたる性欲が彼の昂りを加速する。もう自分を止められるものなんていない、もっと痛みを…地獄なんて生ぬるいほどの苦痛を味わいたい。
彼はそう願いながら笑う。それが例え自分の命が尽きようと、身を滅ぼそうと、関係なく。
「何度も言わせんな。そんなもん最悪だ」
「!!?」
だが、そんな絶頂世界も一瞬にして崩壊する。突然背後から聞き覚えのある人物の声が聞こえたと思い、振り返ると右胸を腕で貫かれた。オイル塗れになったその''右腕''はそのまま無理矢理肘を曲げると突き刺さった刀の柄に手を伸ばし、強く握ると一気に縦斬りの形で切り裂いた。
一瞬にして斬撃を受けたエンズは体が真っ二つになり、ひとつふたつと地面に崩れ落ちる。断面からオイル状の血液と内臓であるネジや歯車が地面に分散する。
「な……んで…」
真っ二つになりながらも残った左目をぎょろぎょろと忙しく動かし、零児を睨み付けると疑問を投げかけた。エラーという表示が映る中、エンズの視界に映った零児の姿は全くの無傷だった。いや、それどころかあの時閃光で消したであろう右腕が復活している。
それが不思議で仕方なく、エンズは残った左腕をガタガタと零児に指を指す。対して零児は拳銃を構え、エンズを見下したままで動かない。
「あの時死んだんじゃないのか?とでも言いそうな顔だな。じゃ、あれを見てみな」
目で何を伝えたいのか一瞬で理解した零児は見下したまま顎をクイッと上げ、あれを見ろと言わんばかりの視線をエンズに向ける。それを見たエンズは向かれた方向…背後を見ると転がっていた彼の手足や爆発によってグチャグチャに潰れた体の肉塊が転がっていた。
そしてエンズはあるものを見て残った目を見開いた。それはパキパキと音を立てて灰となりながら影の中へ落ちていく光景だった。
「あれは影で作らせた偽物だ」
「偽…物…?い…いつ…だ…?いつから…いれ、かわ…った…?」
真っ二つにされたエンズからザーと耳鳴りのような音が聞こえてくる中、零児は鼻で笑いながら右手を見せつけた。それだけの動作で理解したエンズは目を大きく見開いて口を開くが呼吸が上手く行えず、喋ることすら出来なかった。
それを見た零児はニィと笑い、丁重に説明する。彼はもう死んだような存在、堕落者とは言えど真っ二つの状態になってしまっては死ぬのも時間の問題だ。その事情を理解しているから零児は冥土土産と言わんばかりに口走った。
「あぁそうさ、あの時だ。お前が''閃光攻撃''をした頃から俺と人形が入れ替わった」
零児がいうあの時。それはエンズが両腕による閃光光線攻撃を放ち、それを回避するために影の中へ潜り込んだ、あの頃のことだった。影の中で自分そっくりの人形を作り浮上させ、本人である零児は影の中で隙を伺い、油断させたところでトドメを刺す作戦に出た。
とは言え、零児も無傷ではない。あの閃光攻撃を受けたのも、弱点が強力に発光する光だというのも事実。影と共存してる以上強く光り出すものを嫌う零児は受けたダメージを影の中で治癒し、その間に上で人形とエンズが戦う姿を拝見していた。
ただそれだけ。それだけだがエンズはまんまと零児の罠にハメられた。それが悔しいのか拳を握り、残った左目で零児を睨みつけるが、彼に異変が起きた。
「なに…こ、れ…」
流れた涙に手を当て、瞼裏からやってくる熱を感じたエンズは困惑する。自分が何故涙をしているのか理解出来なかった。人間が出せる鮮明な赤ではなく、エンズ自身が持つ黄色の液体でもない。透明な一粒の涙が、エンズの頬を伝って地面に落ちる。鉄で出来た地面に落ちた涙は黒いシミを残すと跡形もなく溶けて行った。
「………」
その様子を零児はじっと見つめるだけで動かない。ただ先程までゴミを見るような目ではなく、冷たいもののどこか寂しそうなものを見るような…優しい目をしていた。
悪魔と契約した以上もう二度と流さないと思っていた涙がエンズを襲う。エンズはただ「止まれ、止まれよ」と途切れ途切れになりながら叫ぶも溢れ出す涙は一向に止まる気配がない。それどころか先程より多く溢れ出る。
「っ…!!」
何度も何度も地面を叩きつけているとエンズはハッと首を上にあげて目を見開いた。何もかも思い出したのだろう、自分が堕落者になる前の記憶を。その記憶に浸ると暴れるのをやめ、静かに泣いた。
震える声に震える体。声を押し殺そうとも勝手に出てきてしまう嘆き。そんなエンズを見た零児は拳銃をしまい込むと背を見せて歩き出した。
「…地獄に堕ちろ」
そう言い残し、まだ暴れ回っているファラリス討伐のため見向きもせずに歩き出す。エンズの体は限界が来たのか頬や額、体の至るところに亀裂が走ると足先からゆっくりと灰になって風に流されて行った。
(…あぁ、そうか…。やっと理解した…痛みっていう…ものを…)
体と共に薄れゆく意識の中、エンズはずっと引っ掛かっていた疑問がようやく解け、一人で納得したのか目を薄める。
(僕は忘れていた…あの頃から、ずっと''痛み''っていうものを…)
朦朧とする意識の中、エンズはこれまでの過去を振り返った。
自分はある男性と女性の間に長男として生まれたこと。
自分は幼い頃から''神童''と呼ばれ、後にロボットを生産して工場などの社会に貢献していたこと。
…そして自分がある時事故に会い、記憶を失って別の誰かとして生きてきたこと。
…その後両親や弟から失望され、見放されてしまい、心に深い傷が生まれたこと。
だから自分は望んでしまった。''最高の知識をくれ''、と。でも何かが足りなかった、その足りなかったものは自分が探し求めていた痛みという苦しい感覚ではなく、家族が欲しいという欲望でもなく、自分を追い抜いて行った弟への嫉妬でもない。
(僕に足りなかったのは…''悲しみ''という感情…。痛みは…悲しみ…悲しいから…心が痛い…心が痛いから…僕は涙を流しているんだ…)
バリバリと頬から走り始めた亀裂が大きくなり、次第にボロボロと崩れ落ち、灰となって消え失せていく。もう顔の感覚がない中、エンズは最後にとびきりの笑みを見せた。
その笑みは零児に見せた狂気のものでは無い。本当の意味での無垢な笑みだが涙が止まらなかった。だがエンズは完全に思い出した今だからこそ困惑することもなく、悲しみという涙を受け止め、一人残されたこの場所で精一杯涙を流す。何故なら…
(…お父さん…お母さん…殺してしまったみなさん…ごめんなさい…。僕は…地獄でこの罪を…背負って償います…)
この''悲しみ''が心地よくて仕方がなかったからだ。エンズは心の中でそれを言い残し、完全に灰となって風に流されながら消滅した。
「………」
塵一つ残さず消えていったエンズに背を向けて、完全に居なくなったことを確認すると零児は再び歩みを進めたが…すぐにその足を止めた。
何か嫌なものを見てしまったのか苦笑いする零児。彼のその先にいたものは…
「…よぅ、また会ったな」
その頃、アンブラは…
『オラアァッ!!!』
巨人形態に変化して拳を作ると大きく踏み込み、勢い任せで突進してくるファラリスを正面からぶん殴る。ファラリスが持つ巨大な角とアンブラの拳がぶつかり合い、激しい爆発音が轟くと衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
圧倒的な力を持つ両者だったが、人型の分動きやすいアンブラは空いた片方の腕で拳を作り、勢いよく振り下ろした。片腕の拳で受け止められているファラリスはそのまま直撃し、片方の角が折れると同時に下へ沈む。
『まずは一本ン!!』
咆哮のような叫び声を上げるとそのまま追撃で足を大きく上げると、倒れているファラリスを踏み潰そうと振り下ろした。だがその最中、隙が空いたと見たファラリスはその重い角を振るうとアンブラを吹き飛ばす。
『うおォッ!?』
バランスを崩し、そのまま地面へと崩れ落ちるアンブラ。だが受け身を取らず、そのまま影の中に潜り込むと別の形を形成しながら浮かび上がり、最後には四本の太い角を持つ牛となってファラリスの前に立ち塞がる。
『目には目を、歯には歯を…ッてか?』
ブルルと鼻息を荒くして地面を蹴るアンブラに対し、ファラリスは何かに苛立ったのか背中のハッチが開くと後ろ向きの形でブースターが展開された。何かを溜め込むような音が聞こえてくると腰に備わっている排出口から黒い煙が吹き出し、ブースター口から勢いよく炎が燃え上がった。
『んなのアリか!?』
形態変化したファラリスになにか文句を言っているアンブラだったが、もちろんのことその文句を聞き入れないファラリスは地面を蹴るとブースターの推進力を利用して猛突進を仕掛ける。最早低空飛行するロケットランチャーのようなファラリスは戸惑うアンブラを他所に一瞬にして距離を詰めると下から上へとアンブラの巨体を持ち上げ、そのまま自分の背後へとぶん投げた。
『どわああぁぁぁっ!!?』
強く叩き付けられたアンブラは地面を揺らしながら体勢を崩す。そこへ追い討ちと言わんばかりにファラリスは口と胸のハッチを開き、そこからフックショット状のワイヤーを発射させ、アンブラの体に差し込む。そこからワイヤーを通じて強力な電流を流し、アンブラに電撃攻撃を放つ。
『アガガガガガガッ!!?』
経験したことの無い電撃がアンブラを襲う。このままじゃやばいと思ったのか自分の背中を通じて影を伸ばし、ファラリスの顎下まで辿り着くと影の中から巨大な鰐の顎が飛び出すとファラリスの首根元に噛み付いた。金属製の肉質でもお構い無しに深く突き刺さった牙はファラリスを影の中へ引きずり込もうとするが、電流攻撃を中断すると腹のハッチが開くと巨大な爆弾が発射され、着弾と共に大爆発を起こす。
自分自身を巻き込む爆発だったが、金属である以上効果がないファラリスに対し、アンブラが放った鰐型の顎は一瞬にして消え去り、攻撃の回避に成功する。だがこれで死ぬような相手ではないと理解しているファラリスは正面に向き直り、アンブラに再度攻撃を試みるが肝心の標的がいない。
どこだどこだと首をキョロキョロ動かすと今度は多数の太い触手が飛び出した。うねうねとタコのように動く触手はファラリスの首、胴体、足を締め上げるとズブズブと影の中へと引きずり込んでいく。
『馬鹿が!!隙だらけだぜェ!!!』
下からそんな声がした。あらかた予想…というより当たり前と言うべきか、この触手の正体はアンブラそのもの。影の中ではタコのような形態にて変化してるのだろう。もちろんこのまま思い通りにやらせるかと必死にもがくファラリスだったが、多勢に無勢といったところだろうか、触手たちにかなう訳もなく体が沈んでいく。体内に搭載された武器を展開しようにも締め上げた触手が上手い具合に妨害し、完全にお手上げ状態。
悔しさのあまりか咆哮を上げようと息を荒くしたところ、触手の一本が首に巻き付き、そのまま勢いよく捻りを付けてへし折った。ゴリッと何かが削るような音が聞こえるとファラリスがピクリと動かなくなり、そのまま影の中へと引きずり込まれた。
完全にファラリスの姿が消えたと思えば大きな影の中からバリボリと貪るような音が聞こえてくると血のような赤い液体が影の中で広がっていく。そしてスポンと何かが飛び出すと地面に転がり続け、やがて勢いが無くなると正体が明らかとなる。それは爆弾やレーザー銃、ミサイルポッドもあればアイアン・メイデン、ギロチン、ノコギリなどありとあらゆるものが雑に散乱した。元々ファラリスに内蔵された兵器なのだろう、暴食のアンブラでもそんなもの食えるかと影の中から地上へと投げ捨てた。
『鉄の味も悪かねェ…けどゴミだらけで喰いにくいッつーの!!』
何が面白いのかギャハハと下品な笑い声を上げるアンブラ。本当にファラリスを食ったのか口の周りが血まみれだったが…言うまでもないがアンブラはそんなこと気にせず、零児と合流を目指す。
『あ?』
だが、その歩み(というより影の中を泳いでる)はすぐに止め、あるものを凝視した。アンブラの視線のその先は何もせずに突っ立っている零児の姿とそれを囲む形で各々の対魔導器を構える神威兵数十人、そしてその先頭には十六夜 美月が身構えていた。
零児からして完全に包囲されている状態で、神威専用の戦闘用バイクと戦闘用車両が並び簡易的なバリケードを形成させ、車両に備わったブルーライトのランプがクルクルと回って周囲に警戒を知らせる。そんな中、零児はポリポリと後ろ頭をかき、呑気な態度を見せながら何か喋っているのがよくわかる。
(こーんな状況でも呑気にしてやらァ…まぁ、その方がアイツらしいッちゃアイツらしいけどな…)
神威の到着に内心めんどくせぇと思ったアンブラはひとつため息を付くと契約者である零児の元へと歩みを進め…
『!?』
…進めたのだが、何かを察したのか歩みを止めると自分自身を例のノコギリ状の大剣に変換して身を振り返り、迫り来る何かに備えるべく防御態勢に入った。
直後、背後から突き刺さる殺気と悪寒を感じ、アンブラは自分自身をノコギリ状の大剣に変形するとガード体勢に入った。その一瞬、眩い黄色の稲妻が真っ直ぐ走りアンブラを襲った。こんな晴天のなか雷が落ちるはずもなく、何が起こったのか理解出来ないアンブラは今はともかく雷を受け止めるのに必死だった。
『あ!?』
その最中、アンブラは目を疑った。自分を襲ってきたのは雷ではない。''雷を纏った白髪の少女''が自分を襲ってきたのだ。その少女は攻撃を防がれたことにこれ以上ないほど嫌な顔をしながらアンブラに攻め寄る。
相手が人間だとわかった途端、アンブラは自分が持つ牙をチェーンソーのように高速回転させ、少女が持つ巨大なレイピアのような武器を弾き返して距離を開ける。お互い引き剥がれる距離の中、少女は綺麗に着地し、アンブラは地面に自分自身を突き刺し、強引に勢いを殺す。地面を抉り、体勢を整えたところで次に狼型に変化させ、身を低くして唸り声をあげた。
「…クソ悪魔め。そのクソ穢れた体でわたくしのスキールニルにお触らないでくださる?」
アンブラが引き起こした土煙が晴れるとそこには雷を纏ったレイピアを持つ少女がいた。彼女の服装はワンピースを元にした神威制服に穢れのない純白の髪。絵に書いたような横ロールテールで纏められ、顔付きは小顔で幼さが残るもののどこか可憐で可愛いと言うより美しいに近い顔付きをしていた。そして右脚には雷をモチーフにした特徴的な対魔導器を備え付けられ、ガントレットを纏った右手の中には白銀と黄色い雷光が煌めくレイピアが握られている。
彼女はそのレイピアの剣先をアンブラに向け、口調こそお嬢様のようなものだがところどころ口が悪い。どうも悪魔を毛嫌っているのが丸わかりであるが、それに関してアンブラはどうでもいいと悟る。確かにその変な口調も個性的だが、何よりもアンブラが注目したのが…
『…おい、なんでここにガキがいるんだ?』
アンブラが注目してたもの、それは対魔導器でもなく、彼女の顔でもない、''身長''だった。その大きさ、実に145前後しかない彼女は誰がどう見ても子供にしか見えなかった。
「なっ!?だ、誰がガキですの!!これでも二十五歳ですわ!!」
人、ではなく悪魔にすらガキ扱いされて顔を赤くすると悔しそうに地団駄を踏む彼女は衝撃的な発言をする。この身長で二十五歳、つまり成人である。だが誰がどう見ても子供のそれにしか見えない。見えない、のだが…アンブラは口をあんぐりして驚いたまま叫ぶ。
『は!?二十五歳!?嘘だろテメェ!!どー見ても十歳じャねェか!!』
「お黙りお黙りお黙り!!ぶっ殺しますわよクソ悪魔!!」
『クソクソうッせーよ!!下品な言葉使いやがッて!!やっぱガキだろテメェ!!』
「下劣な存在であるクソ悪魔に言われる筋合いなんてありませんわ!!クソ悪魔らしく脳みそまでゴミみたいに腐ってみっともありませんわ!!」
『かアァーッ!?殺す!!テメェ、ぜってぇ殺す!!』
「やれるものならやってみなさいこのクソゴミ悪魔!!」
互いに後を退かない罵声の中、令嬢風の少女は''スキールニル''と呼ばれた雷のレイピアを目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、対するアンブラは乱暴ながらも力のみで対抗する。攻撃力がない分鋭く正確な素早い攻撃を繰り出すものの、圧倒的なパワーを持つアンブラにとって蚊に刺されたレベルらしく、チクチクするものの特に気にしてない様子で令嬢風の少女に攻撃を仕掛けるが、見切られてしまい呆気なく避けられる。
そんな激しい攻防と罵声のぶつかり合いが続く様子を零児は横目で眺め、目の前で対魔導器を構えている美月率いる神威兵団にため息を着く。
「…おいおい、お前ら。一人相手にどれだけの人数を引き連れて来るつもりだ?」
堕落者一人捕まえるのにこんな大人数を連れて来た美月と神威兵団に呆れていた。それほど自分という存在は危険なのかと改めて思うもののここまでする必要は無いだろと内心思うばかりだった。
それに人だけでなく、戦闘用車両まで連れてくるあたり彼女らの必死さがよく伺える。対して零児はそんなことどうでもいいと思っているのか拳銃を出さずに「私は無害ですよー」と言わんばかり、何も持っていない両手を広げてるだけで何もしてこない。
「悪魔喰らい…」
美月は歯をギィと食いしばって睨みつけ、手に持つ槍をぎゅぅっと力強く握り締める。どうも相変わらずの挑発口調が気に入らないようだ。
でもひとつ疑問がある。何故美月や神威の少女、その他神威兵団がここへ来ているのか、という疑問だ。
[2056.03 06 13:21]
神威英国支部・休憩室
『ウォータールー駅にて悪魔、及び堕落者出現。第一、第二隊は乗客の避難救助を、第三、第四隊は悪魔討伐・堕落者の捕縛を要請します』
美月が自動販売機で購入したりんごジュースを飲んでいた時だった。突然なんの前触れもなく神威英国支部全体にアナウンスが響き渡るとドタバタと指定された隊員達が車両設備室まで足を運ばせる。
美月も一時的とはいえ第四隊を預かっている身。復帰して早々とはいえ、任務が来てしまった以上出撃する他ない。飲みかけのりんごジュースを一気に飲み干し、喉も潤ったところで立ち上がり、戦闘準備を…
「貴女がミヅキ・イザヨイでして?」
始めようとしたところで背後から声がして、振り返るとそこには令嬢というイメージを連想させるような少女が立っていた。身長や顔付きこそ子供のように見えるが、言葉遣い、雰囲気こそ全く別物で大人びた成人だと感じられる。
「申し遅れました、わたくし神威英国支部・悪魔討伐部第三隊をまとめてる者、名前を''ルティシア・ライトニング''と申しますわ。以後、お見知り置きを」
その少女は彼女専用の制服なのかワンピース型の神威英国支部制服のスカートを摘むと頭を下げて自分の自己紹介をし始めた。高貴な振る舞いに美月は戸惑いを隠せないまま「あ…どうも」と一声かけるだけで、相手の返事を待つだけでそれ以上何も言い返さなかった。
しばらくしてルティシアと名乗る少女は特徴的なサイドテールを揺らしながら頭を上げると美月を見つめた。敵意のあるような睨みでもなく、かといって歓迎しているような優しい瞳でもない。吸い込まれそうな綺麗な青色の瞳が真っ直ぐと美月の瞳と合わせていた。
「え、えっと…ルティシア、さん?」
何をされているのか全く理解できない美月は顔を近付けてきたルティシアから離れ、苦笑いする。対してルティシアは引き続き、その小さな体で美月を見つめ、んーっと顎を伸ばし、しばらくすると元に戻ってうんうんと頷いた。
「…貴女、強いですわね」
「え?」
そして急に言い渡される褒め言葉。その言葉に心当たりなんてなく、何を言ってるのか分からない美月は間の抜けたような声が出る。一人で納得しているルティシアは一瞬で我に返るとひとつ謝罪をしてから今の動作について説明した。
「いきなりで申し訳ありませんわ。わたくし、相手の目を見るだけで今まで経験したことが分かってしまいますの」
穢れひとつない笑顔でルティシアは微笑むと、その小さな手で美月の手を握った。小さいながらも握られた手はどこか優しい温もりを感じた美月は、それ以上のことは何も言わず、返しにギュッと握り締めた。
挨拶代わりの握手というものだろうか。兎にも角にも美月にとって嫌な雰囲気ではなかった。久々に人間の温もりを感じた美月は自然と優しい笑顔となって微笑んだ。
「ってこんなことしてる場合じゃありませんでしたわね。わたくしの隊と貴女の隊でクソ悪魔共をぶっ殺しましょう」
「へ?え、えぇ…。そう…ね?(え?クソ?ぶっ殺す?こ、この子…案外口悪いわね…)」
その直後にルティシアから発せられたとは思えないほどの暴言が聞こえ、美月の笑顔が引きつった笑顔に変わる。とても令嬢と思えるような振る舞いから悪魔に関すると一変して口が悪くなると誰だって驚いてしまう。ただ本人はそれに気付いてない、いや自覚していないのか特に気にも止めず、むしろ美月の事が心配なのか顔を覗き込んで心配そうな眼差しを向けてきた。
そして「大丈夫ですの?」と聞いたルティシアに対し、美月は「大丈夫よ、なんでもない」と一言いって片付ける。しかしそれでも納得してないのかルティシアは首をこてんと傾けるが本人が大丈夫なら大丈夫だろうと思い、それ以上のことは言わずに自分の支度に向かった。
「では戦場で会いましょう、貴女の活躍に神の御加護を」
綺麗に美月へ一礼するとそのまま立ち去るルティシア。その背中を見た美月は一人になったことをいいことに、先程ルティシアが見せた不可解な行動について思考する。
彼女の考えでは、結論から言うと''嘘をついている''。証拠は二つあり、ひとつは自分の過去を知るものは堕落者でない以上見抜けるはずがない。そしてもうひとつは…
(…なんであの子は悲しい目をしているの?)
視線を合わせた時に美月は察してしまった。どこか寂しそうな、悲しみに満ちた視線を感じたことに。握手を交わしてきたことも悟られないようにするため、無理して笑顔にしてたのも心配されないようにするため。ひとつひとつの行動が何かを隠すような、そんな感覚を覚える美月は逆に心配になってしまった。
とはいえ、ルティシアもそれ相応の覚悟を決めて神威に入隊したのだろう。何かしらの理由がないと死と隣合わせのこの仕事に好き好んで入るような場所ではないから。だからこれだけは言える、ルティシアも美月も何かしらのきっかけがあってこの神威に入隊したと。
「…私の、過去…」
ルティシアがいう経験、言い換えれば過去という言葉を聞いて美月は自分の思い出を振り返る。
十六夜家の長女として生まれたものの、愛情を注がれず、代わりに暴力や罵声を浴びせられ、ある日を境に自分の中の何かが壊れてしまった。それ以来、その壊れたものの正体が思い出せずにいると気が付けば悪魔が現れ、目の前で両親が殺されてしまう光景が今も尚鮮明に写っている。後に駆けつけた神威兵により制圧され、自分は保護され…そのまま神威に…
「…何考えてるんだろうか、私は」
全て思い出すつもりはなかったものの振り返れば振り返るほど溢れ出る過去の情景に、美月は呆れ返って頭を抱える。今となっては思い返したくもない昔の話だが、振り返ったところで覆すわけでもなく、とはいえ忘れたくても忘れられない記憶に美月はうんざりする。
そんな過去を胸にしまい、美月は足を動かした。この世から一匹残らず悪魔を根絶やしにする、そしてどんなに腐ってしまった堕落者達を元に戻す。その強い決心と胸に装備を整え、出撃用ゲートへと向かっていった。
[2056.03 06 14:54]
センロポール大聖堂行き線路から約四キロメートル先地点・平原
そして現在、美月はヨルハから授かった第四隊の兵士を引き連れ、零児を囲んで陣を展開して拘束しようとしていた。零児から放たれる圧が凄まじいものなのか、兵士ひとりひとりに足や手が震えていたり、冷や汗を流したり、固唾を飲んだりと多様な反応を見せる。
だがあくまで悪魔と戦うために訓練された兵士なのか退く様子はない。むしろ零児がどう出ても対応出来るように、対魔導器を展開したままで飛び出そうとせず、身構えたまま睨み付けていた。
「ひとつ、聞きたいわ。あんたの目的はなに?」
誰もが喋らず、生を感じられないような空気に美月が誰よりも先に口を動かした。放たれた言葉は問い。美月は知りたいようだ、零児の目的というものを。
対して零児はそんな質問なんてどうでもいいと思っているのか面倒くさそうに頭をポリポリとかきながら適当に答えた。
「前にも言っただろ、女を探してるって」
「じゃあ何故堕落者を殺す?目的がそれだけなら殺す必要なんてないじゃない」
本当のことを答えただけだと言うのに突っかかってくる美月に零児は内心「面倒な女だな」と思いつつ、態度を崩さないままため息をついた。その態度が気に入らないのか美月は眉間を寄せてシワを作る。適当に答えてる零児に対して苛立ちを覚え、今でも飛びかかろうという怒りを抑えながら相手の答えを待つ。
「…あのな、お前俺をなんだと思ってる?殺し屋だぜ?人を殺して金を得るクソみたいな生業をしてる人間が、殺しに理由なんてあるか?」
「あるに決まってる…。確かに堕落者は許せない、世間ではあんたみたいに殺したい人だっている。だからと言ってあんたの自分勝手な私情で殺していいはずがないじゃない!」
槍を握っていた拳が強くなり、歯を食いしばりながら美月は叫び出す。零児と和解を求めているわけではない、ただこれ以上人が死ぬところを見るのに嫌気を指していた。
美月だって気付いていたのかもしれない。殺しさえやめれば、零児は優しい人間なのかもしれないと。もしそれが間違いだとしたら零児は人間に危害も加えないし、悪魔の力も使わない。あの時みたいに奇襲から守ってくれなかったかもしれない。それを知っているからこそ美月は零児に語り掛ける。もう殺しはやめてくれと。
「………」
その美月の言葉を聞いた零児は面倒くさそうな態度から一変して真面目な顔になった。どうやら何かを思い出したらしい。自分のつけていたブレスレットにある綺麗な石ころを見つめると鼻で笑った。
突然見たことも無い反応に美月は少し驚くも何かの力が起きるんじゃないかと身構えるも何も起きないとわかった途端、構えを解いた。
「…お前、あいつと似たようなことを言うんだな」
「あいつ…?」
零児が言う''あいつ''がなんなのか理解出来ない美月は首を傾げ、零児に聞くも何も答えてくれなかった。ただ目元しか見えてない零児の表情は悲しみのようなものを感じられる。
察するに故人なのだろう。というと零児が身につけている首飾りもその人の形見か、あるいは…。
「はっ、まぁいいさ。で、聞きたいのはそれだけか?どうする?アンブラが俺の元にいない以上、俺は無防備だぜ?」
その首飾りをコートの中にしまうと零児は両手を広げて笑いながら美月に近寄る。いかにも「どうぞ捕まえてください」と言った具合でなにか裏があるんじゃないかと睨んだ美月だったが、彼から殺気というものが感じられないとわかった以上、対堕落者捕縛用手錠を取り出すと背後に待機していた兵士二人が飛び出して零児を取り押さえる。
対して零児は抵抗するような素振りを見せず、ただニヤリと笑っているだけで何もしてこない。こうもあっさりと零児を捕らえられた事に違和感を感じる美月だったが、考えるのは後ということでまずは拘束することを優先させ、交差させた腕に手錠をかけようと手を伸ばす。
これでもう堕落者が死ぬことはなくなった。そう安堵した美月は片方の腕に手錠をかけ、もう片方の手に手錠を…
…かけようとした時、後ろから爆発音がした。その直後に来るのは衝撃波と熱を帯びた風、地面の揺れが発生して兵士達の膝を崩す。
「!?」
想定外の出来事に美月は驚きながらも振り返ると展開していた車両が吹き飛び、スクラップとなって地面に転がり落ちた。兵士達も何が起きたのか理解出来ず困惑しているとエンジンを吹かしたバイクのような音が聞こえてくる。
「ヒャッハー!!!」
そして次に聞こえてきたのは男性の声。戸惑いながらも他の兵士とは違って比較的冷静な美月は声のした方向へと目を向け、目を見開く。
そこには黒いゴーグルマスクと灰色のスカーフ、防弾チョッキを纏ったライダー服を身にまとった武装集団がバイクに跨って接近してきたのだ。
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