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英国上陸篇
07:暴徒
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突如零児達の目の前に現れた武装集団。彼らが何者かは分からないが弾のないロケットランチャーを肩に担いでいるので神威の戦闘車両を吹っ飛ばしたのは彼らで間違いないようだ。
「…知り合いか?」
「んなわけないでしょ。何よコイツら、あんたこそなんか知ってるんじゃないの?」
「アホいえ、俺の友達にあんな過激な集団なんていると思うか?」
互いに疑うも両者とも集団に関する情報をもちあわせていないという。となるとこの集団は英国で活動する何かの団体なんじゃないかと零児は睨む。ただ先頭に立っている男のようなライダーが搭乗しているバギーのエンジンを吹かしてタイヤを高速回転させ、斜面を気にせずに零児と美月率いる第四隊へと突っ込み、それにつられて後ろでバイクに跨ってる集団も手に持つ武器を構えては一斉に発進する。
明らかな敵意に零児と美月は身構えるも突っ込んでくる途中、バイク集団から片手に何かを放り投げられ、第四隊全体の足元に転がった。
その何かが地面に落ち、その数秒後に弾け飛んだ音が響くと同時に濃い灰色のような煙が零児や美月、神威の兵士を包み込むように覆い始めた。
状況が読み込めず、混乱する兵士たち。煙を吸い込みすぎてむせる中、それに乗じて次々とバイクが突っ込んでくると乱暴に乗り降りて拳を握り、ぶん殴った。どうもひとりじゃないらしく、同じようにバイクに跨った男たちが各々の武器を持っては神威兵たちに殴り掛かる。
敵の正体は不明だが、明らかに敵意があると認知し、兵士達も負けずと反撃するも視界が悪いせいか攻撃が当たらず、むしろカウンターが飛んできて吹き飛ばされる。乱闘、と言うより一方的な暴力が神威兵団に襲い掛かり、零児を拘束していた二人の兵士も巻き込まれてしまう。
『あ?んだありゃ?』
遠くでルティシアと戦っていたアンブラもその騒ぎを聞いては首を傾げる。反応からしてアンブラが呼び出したものでは無いようだ。
「反逆軍…!?なんでここに…!?」
『リベ…なんだ?』
ルティシアは突然乱入してきた軍団に覚えがあるのか目を見開いて攻撃を中断する。ただ物覚えの悪いアンブラは影で頭上に?マークを出すもその背後からバイクに股がった男達が現れると鉄パイプや金属バットなど肩に担いでルティシアの前に立ちはだかる。
反逆軍と呼ばれる組織がどういう目的なのかはよく分からないが、少なからず零児やアンブラの仲間らしい。その証拠に危害を加えているのは神威兵団だけで零児やアンブラには手を出していない。それどころかアンブラを守る形でバイクたちが次々と突っ込んでいく。
男達に共通している点は金属バットや鉄パイプなどといった悪魔の力でも対魔導器でもない武器を装備し、顔は全部ゴーグルマスクとヘルメット、首根元にはスカーフとテロなどでよく見かけるマスクを着用している。そして最後に全員が着用している防弾チョッキ入りのコートには神威のトレードマークである「神」を象ったものに逆十字架を加えたような紋章が大きくペイントされていた。
「くっ…!!総員対象変更!!目標、反逆軍!!」
予想していなかった展開にルティシアは苦虫を潰したような顔をするとスキールニルを突き出し、指示を送る。直後ルティシアが腰掛けている聖書が独りでに展開すると数枚のページが宙を舞い、空間そのものに貼り付けられるとそこから黄色に輝く魔法陣が複数展開され、中から武装した神威第三隊が武器を構えて突っ込んでいく。
神威が持つ対悪魔用武具にアンブラは驚愕するも、反逆軍のメンバーは驚くこともなければ恐れることも無く、士気を上げる為か声を荒らげ、勇猛果敢に突撃する。
ルティシアとアンブラしかいなかった平原がいつの間にか四方八方戦場と化す。周囲を見渡せば殴り合っている反逆軍と神威らが目に見える。
「あんただね、アンブラとかいう悪魔は」
状況が読み込めず、ボケーッとしているアンブラは名前を呼ばれて我に返って振り返ると、そこには反逆軍のメンバーであろう人物が立っていた。三本の白い縦線が付けられたゴーグルマスクと青のスカーフを首に巻いていたので顔こそ見えないものの、大きな胸に引き締まったウエスト、そして高めの声と中身は女性らしい。
『お、おゥ…なんだぁ、テメェらは?』
見ず知らずの人間に戸惑うアンブラ。対して反逆軍の女性はアンブラを庇うように前へ出ると彼女の武器であろうトゲ付きの金属バットを構えてルティシアに立ちはだかる。
ルティシアは他人から見ても分かりやすいほど嫌なものを見るような顔をしながら女性を見つめるが、女性は気にせずゆっくりと足を運ばて歩みかかる。
「自己紹介は後さ、取り敢えずあたしらはあんたらの仲間だと思ってもいい」
その一言残すと女性は身を低くして地面を蹴り、飛び出してルティシアとの距離を詰める。土煙が舞い、それが晴れると同時に大きな音が響き渡るとスキールニルで攻撃を防ぎ、力で押しつぶそうとする女性の姿が見えた。
『!?』
アンブラは驚愕した。反逆軍と名乗る工作員は欲に溺れた堕落者でもなければ、悪魔と対峙する神威でもないというのに人では絶対にありえないほどの身体能力を持っていることに。一蹴りであんな一瞬で距離を詰められることなんて出来ないし、何より大きなクレーターができるほどの威力を放つなんて不可能だ。
だが女性はそれを難なく実現してしまっている。何かトリックがあるわけでもない、どう見てもただの人間だというのにありえない身体能力を見てアンブラは口をあんぐり開けてボケーッとする。
「ほら!!何ボーッとしてんのさ!!とっとと兄貴と合流しな!!」
『あ!?兄貴!?誰だそいつは___』
「四の五の言ってないでさっさと行く!!」
『ハ、ハヒィ!?』
女性の言う兄貴という人物が誰なのか分からないアンブラはなにか言おうとしたが怒鳴り声にビックリして何も言い返せず、仕方なく移動する。状況はよく分からないものの、少なくとも反逆軍と名乗る組織は味方だと分かったアンブラは取りあえずと零児と合流を目指した。
「な、なんてことして下さるの!?アイツはクソ悪魔ですのよ!?貴女、何をしたのか分かりまして!?」
「今となって悪魔なんざどうでもいいさね。けどあたしらは神威っつー連中が気に食わないのさ!!」
レイピアのスキールニルで女性のトゲ付きの金属バットを弾き返し、そこから雷を纏った強力な突きを放つルティシアだったが、そうはさせまいと女性はとんでもない行動に出る。一度回避したと思えば飛んできた刃を鷲掴みにし、ルティシアごとスキールニルをぶん回した。
「へ…!?」
そんな無茶苦茶な行動に、いくら令嬢であるルティシアでさえ間の抜けた声が出る。バリバリと雷を受けているも、女は気にもせずすぐ真後ろへ投げ飛ばした。勢いが凄まじく重力には逆らえず吹っ飛んでいくルティシアは地面に接触する前にスキールニルを地面に突き刺して勢いを殺す。
黄色の雷を引き起こしながら勢いを弱めると数十メートル先でようやく止まると今度は地面から''白い氷''が突き出し、ルティシアを閉じ込める形で飛び出した。何が起きたのか分からないルティシアだったが、氷の牢獄の先にトゲ付きの金属バットを肩に担いだ女の姿があった。トゲ付きの金属バットから白い冷気が漏れているので、この氷を出現させたのは彼女らしい。
「安心しな。反逆軍は悪魔はぶっ殺すけど、人間を殺すような趣味は無いさね」
「ま、お嬢ちゃんみたいな乱暴なやつは閉じ込めるに限る」と、ルティシアの前でしゃがみこんで一言言った。顔こそ見えないが恐らく嫌な笑みを浮かべているのだろう。
そんな彼女を見たルティシアは俯いたままゆっくり立ち上がると睨み付けたまま女を見つめる。相当お怒りのようでスキールニルを強く握り締め、手の甲から血管が浮かんできた。
「…やってくれましたわね…。よくも…よくも…よくもわたくしのスキールニルを…そのくそ汚ぇ手で気安くお触りやがりましたわねぇ!!!!」
くわっと顔を上げ、ルティシアはさらに女を睨みつけると体の周囲から雷が発生し、閉じ込めていた氷の牢獄を一瞬で砕いた。氷が砕けることによって発生するダイヤモンドダストと煌めく黄色の雷を纏ったルティシアはレイピア独特の構えをすると右足を踏み込んで一気に間合いを詰める。
最早神速とも呼べるスピードに女は「仕方ないね」と言った具合で再びトゲ付きの金属バットを構えるとルティシアを迎え撃つ体勢をとる。
「ブチギレると怖いねぇ…けど、悪いけどあんたには大人しくしてもらうよ」
黄色の雷と白の氷が激しく衝突する地点から数百メートル先、美月はある人物と対峙していた。そのある人物とはルティシアと戦っている女性と同じく、白い三本の縦先が引かれたヘルメットを被った男性が立っていた。ただ女とは違い、鉄パイプの先に鎖が繋がっており、その先端にはモーニングスターのような棘鉄球をぶら下げていた。
鉄球をグルグルと回転させるとどういう原理かわからないが赤い炎に包まれ、周囲の空気を焼き焦がしながら身構える男は美月と対面、その背後には零児が突っ立っていた。ただアンブラと同じく向けられる敵意は美月のみで零児に関しては蚊帳の外らしい。
「………」
対して美月も相手の男性から放たれる敵意に違和感を感じながらも手に持つ槍をクルクルと回して周囲に水を纏って身構える。男性からは身を焦がすような熱が、美月からは身を濡らすような水のオーラが流れ、互いにぶつかり合うと同時に地面を蹴って距離を詰めた。
最初に攻撃を仕掛けたのは美月。水を纏った槍が一直線に突きを繰り出し、男を貫こうとする。様子見ということだろうか、攻撃しつつ相手の出を伺う。男は特に回避や防御するような体勢を取らず、そのまま棒立ちで美月の攻撃を待つと槍の切っ先に直撃した。
「!?」
だがここで異変が起きた。確かに槍は男の体に届いた。届いたのだが、直撃するや否や対魔導器の切っ先が蒸発し、熱を発しながら焼き焦げたのだ。高熱を帯び黒焦げとなった先端は崩れ落ち、灰となって消えていく中、美月は信じられないものを見るような目で男を見つめ、一度距離をとる。
一撃を与えたのは美月の方だが、焦りを感じて嫌な汗を流す。その人とは思えない力に彼は堕落者ではないかと思ったが、美月の経験上の勘がそれを否定する。彼は人でも悪魔でもなければ堕落者でもない。そんな未知数な相手に美月は嫌な汗を流す。
「………」
そして第三者の零児は二人を見つめ、何かに勘づいたのか目を少し見開くと納得してうんうんと頷く。ただ見つめてるだけでなく、隙を狙った神威兵の奇襲攻撃を振り返らず回避して、回し蹴りで反撃している。さすがは日本を騒がせた伝説の殺し屋、そう一筋縄では倒せない。
それはさておき、男は鉄球をヌンチャクのように振り回すと自身の周囲に火の玉を展開させると美月の方へ一斉に発射。美月は焼き焦げた槍を使い、水を纏わせながら鎮火させるも回避して地面へ着弾した火球は爆発し、周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばした。爆風に巻き込まれ、苦虫を潰したような顔をする美月は水を槍に纏わせると即席だが刃の形状にして欠けた箇所をコーティングさせた。
美月は槍に溜め込んだ水を背後へと噴出させ、体ごと勢いよく発射される。水を纏ってるためか飛んでくる火球は美月に直撃すると爆発することなく蒸発して消えていった。こればかりは危険だと感じた男は火球攻撃をやめて拳を作ると思い切って地面へとぶつける。直後、男の周辺から熱が発生し、大爆発と共に六ヶ所から火柱が燃え盛る。
飛び出した熱に美月は一度怯むが、しっかりと水を纏った槍を握り締めると突きの構えから薙ぎ払いの構えに切り替えると水平に槍を薙ぎ払った。切っ先から流水が発生し、距離が詰まれば詰まるほど波が大きくなって男に襲い掛かる。
男性数十人並んでも飲み込めるほど大きくなった波は勢いを増し、男を丸呑みにしようと距離が詰まっていく。そんな中、男は冷静に鉄球を火柱を纏うように大きく回すと炎がより一層燃え上がり、鉄球を纏う炎が肥大化した。自身より巨大な鉄球を軽々とぶん回し、その遠心力を利用して前へと投げ飛ばしす。
巨大な津波と巨大な火球が衝突すると間から蒸発による煙が発生するも、水は熱が強すぎて霧となって分散し、対する熱鉄球も急激に冷えて縮小した。雨のように降り注ぐ霧の中、美月は霧を振り払うと同時に水を纏った槍で男に突きの攻撃を仕掛ける。男は先程のように体では受け止めず、鉄パイプを使って刃を弾き返し、鉄球で反撃を試みる。
水の刃ですら傷一つつかない鉄パイプに規則性が読みにくい鎖付きの鉄球に美月は苦虫を潰したような顔をするも冷静にそれを回避すると同時に距離をあけ、腰に付けていた聖水入りのビーカー瓶を取り出すと男に向けて投げ付けた。宙を舞うビーカー瓶に頭から直撃する男だったが、ヘルメットを濡らすだけで特にこうと言った反応を示さない。
「…そろそろ、だな。お嬢さん」
その直後だった。今まで何も喋らなかった男が初めて口を開いた。声のトーンは低かったが、どこか優しさのあるような声だったものの、敵に変わりないと美月は気を緩めず、睨み付けたまま動かない。いや、訂正しよう。美月は動かないんじゃない、動けない。それどころか立ちくらみなのか体がフラフラと左右に揺れている。
はぁはぁと呼吸が苦しくなり、息を吸えるだけで精一杯の美月は自分の中から出てくるこの苦しみはなんなのか、あらゆる仮説を組み立てた。まず毒ではない、毒だとしたら吐血しているし、口や傷口が開いてない以上体内に侵入することなど無い。
代わりに感じるのは苦しみと''熱''。発生源は男からで暑苦しい風が周囲を包み込んでいた。出来ることなら今着込んでいる制服を脱ぎ出したい、その欲を抑えながら美月はあらゆる仮設の中、ある答えにたどり着く。
この苦しみの原因は熱、熱風、炎、空気。尋常じゃない量の汗が滝のように流れ、地面に垂れ落ちると分散して飛び散った。つまるところ、美月が苦しめていたのは''熱による脱水症状''。喉がカラカラで水分補給をしなければ倒れてしまう。
「…やはり熱には耐え切れないか」
「それはそうか」と呑気に言い、手に持ってた武器をしまい込み、ゆっくりと膝に手を着く美月に近付いた。武器をしまった、ということはもう既に戦う必要が無いとも言える。現に男は両手を上げたまま敵意を示さないようなアピールをしている。
だが美月は違う。近付く男を睨み付け、片手だけで纏った水の槍をグルグルと回して周囲に水しぶきを散らす。撒き散らした水は周辺のものを急激に冷やし、人が常に感じる適切な温度へと下がっていく。
「…少しはやるようだな。だが、そんなこといつまで続けられる?」
攻撃ではなく、体勢を整えるための水魔法。しかし水の噴出は槍しか出てこないため、溜め込む、纏う、放つなどといったモーションは全て槍がなければ出来ない。言うなれば周囲の温度が適切に下がってきてるのは槍のおかげで、その回転している槍が止まってしまったら元の熱地獄へと逆戻りになってしまう。
それだけは避けたい、その一心で美月は槍を回すが、とどのつまりそれは攻撃に転ずることも出来ないということ。美月が水を操れるようになったら話は変わるが、美月は対魔導器を扱う人間のひとりに過ぎない。当たり前だが、ただの人間が水や炎、雷を操れるわけが無い。全て対魔導器があってこそ魔法が発現している。
とは言え、目の前にいる男は違う。武器をしまっているにも関わらず、体の至る所から熱風を放ち続けている。知能があるため悪魔でもなく、かと言って悪魔と契約した堕落者の気配も感じない。まるで人と悪魔の匂いと気配を感じ、美月は不気味さを覚え、零児は指を鳴らして一人納得する。
「…安心しろ、殺しに来た訳じゃない。殺す相手ならお前らと同じ悪魔だ」
今すぐにでもこの男を殺してやりたい、飛びかかって首を跳ねたいと思うが、水を纏い続けなければ倒れてしまう。現に熱気に巻き込まれた神威兵や反逆軍構成員が何人かばったりと力なく倒れている。
ただ、零児は汗が流れているものの倒れる様子がない。しかし喉の潤いを治すためか影の中から赤黒い怪しげな液体の入った瓶を取り出すとマスクを外して一気に飲み干す。何を飲んでるのか想像出来るが、想像したくないだろう。
「…あんた達、なんなの?人と悪魔の気配もしないし、かといって堕落者でもない。論外だらけよ」
相手が話しかけたことを機に、美月は口を開く。疑問に思っていることを言っているだけで和解するつもりは無いらしい。
それでも美月は知りたかった、いや知る必要があった。何故人でありながら人ならざる力を持っているのか、何故我々神威に襲いかかるのか。そしてその異常とも呼べる力を何に使うのか。その答え次第では…。美月は鋭く睨みつけ、明らかな敵意を表に出しながら男を見つめる。
「…凄まじい怒りだな」
対して男は鼻で笑うと手をヒラヒラとして怖がってますよアピールをする。性格そのものこそ陽気のようだが、長時間に加えて広範囲まで熱気を放てるため実力は本物のようだ。
「おいおい、そろそろ名乗ったらどうだ?」
熱が効かないとはいえ汗を流している以上少し暑いと感じているのか零児は美月の代わりに名を聞いた。片手には先程飲んでいた赤黒い血液のようなものが入ってた瓶がスッカラカンになり、それを零児は適当に投げ捨ててズカズカと詰め寄る。
近付くにつれ熱気が強くなり、男から三メートル弱まで近付けば皮膚が焼け落ちてもおかしくないほどの熱だと言うのに零児には効果がない。影で体をコーティングしてる訳でもないので体質そのものが効いていないようだ。
「…なるほど。お前が例の悪魔喰らいか」
「正確には違うけどな。そのクソッタレな名前は神威が勝手に付けた」
通り名で呼ぶ男が少し気に食わなかったのかため息混じりで美月をチラ見しながら言う零児。対して美月は睨み付けながらも攻撃してこないことをいいことに、大量の水を発生させては槍に溜め込み続け、ついには螺旋状の刃の内側にも大量の水が押し寄せ、満タンになると地面に突き刺した。
直後、水が美月を中心に渦を巻く形で津波が発生し、瞬く間に熱気を冷却する。極寒ではなく、優しくて冷たい空気が熱気を押し返し、水が晴れると呼吸のしやすい環境へと変化した。
「…ほぅ、そんなことも出来るのか」
水が地面や草を飲み込むと足首あたりまでの深さの水溜まりが形成され、周囲に広がって波が収まる。その水に反応し、倒れていた神威兵や反逆軍の構成員が目を覚まし、フラフラと立ち上がると再び争いを始めた。
男も美月が起こした行動に感心して声を出して笑う。彼の体そのものが高熱で出来ているのか、靴越しとはいえ水に触れると蒸気で発生する煙が音を立てて立ち上っている。ただ美月は環境を整えるという名目で起こした行動ゆえ、攻撃に転ずることは無いようだ。
「…だがそんなことしても無駄だ。俺の熱気は止められない」
男が感心するのも束の間、ノーモーションで体の至る所から熱風が吹き荒れる。その熱は水が持つ冷却機能すら押しつぶすほど凄まじいもので、溜まっていた水溜まりが瞬く間にも干からびてしまい、元の灼熱地獄の空間に逆戻りになった。
「くっ…」
美月が精一杯噴出させた大量の水をたったの数秒、それにノーモーションで消滅させた。人は何かしらの攻撃をする時、必ず事前に攻撃態勢を起こすが、男は何もしていない、ただポケットに両手を突っ込んでいるだけで熱気を放てる。美月にとってそれが厄介極まりなかった。
モーションがない、ということはつまり''いつ攻撃してくるのか予測出来ない''ということ。最初はあの鎖に繋がれた鉄球によるものかと思っていたが、この熱は男性そのものから発せられている。もしそれが本当だとすれば最初の攻撃による槍の先端が焼き焦げて崩れ落ちたのも、水を纏ったままの攻撃に関しては相手が防御態勢に入ったのも頷ける。
問題は、攻撃をどう見極めるか。相手が放たれる熱気をどう対処するか、それが美月を苦しめている原因である。それが解消しない限り美月に勝ち目がない。
「…自己紹介が送れたな。俺は''ツァール''。反逆軍副長をやらせてもらってるものだ。そして…」
男…自らをツァールと名乗る男は簡潔な自己紹介を終えると一礼し、チラリと横目で上を見る。その視線を感じ、零児と美月も全く同じ方向へ目をやるとこちらへ跳んでくる細い体を持つ人影が見えてきた。
その人影は両手に何かを抱えているようで両手こそ塞がっているものの、背中に禍々しいトゲだらけの金属バットが備わっていた。
「同じく反逆軍副長、''ロイガー''。あたしに触れちゃ凍っちまうよ」
人影…自らをロイガーと名乗る女が地面へ着地すると熱気とは違い、白い冷気が放たれ、今度は地面や周囲に広がる熱気を飲み込むと冷たい空間を形成する。体の至る所に氷が張られている女性のような人物で、両手で抱えている何かとは雷を扱う神威第三隊隊長ルティシアの姿が。
「ルティシア!!」
「あー、安心しな。殺しちゃいないよ」
熱気と冷気に体の感覚がおかしくなる中、美月は意識を失っているルティシアに呼びかけるが彼女は起きる気配がない。ただロイガーの言う通り、意識を失っているだけで殺してはいないようだ。その証拠に脈の動き、呼吸音、鼓動音など常人では聞き取れない音を零児は聞き取っている。
それでも美月は許せなかった。同じ仲間として敵意はないとはいえ襲撃したことに間違いない。今にも飛び出したかったが、それもそう簡単には行かないだろう。あちらには大切な仲間を抱えている、つまり自身の行動次第では何をされるのか分かったもんじゃない。
「…アンタらの目的は何…?」
故に。美月は攻撃せず、展開していた対魔導器を元のガントレットに収納し、そこから一歩も動かないまま睨み付けて問う。無理矢理にでも敵意はない、と言いたいのか武器はしまったものの殺意だけは消えていなかった。
「………」
対してツァールとロイガーは互いに見つめあって頷くと放っていた熱気と冷気を収め、少しずつ元の環境へと戻っていく。やっとまともな呼吸が出来るようになった美月は疲れのせいか膝を地面につき、呼吸を整える。
熱気や冷気とは言え、それが長く続くと人体に影響を及ぼす。熱気なら脱水症状が、冷気なら凍傷の恐れがある…故に二人の持つ能力はある意味えぐい能力を持っている。
「それで目的なんだけど…」
「…俺達はそこにいる悪魔喰らいを攫うことだ」
「あ?」
息を揃えながら丁寧に説明するロイガーとツァールに、零児は攫うというワードを聞いて訳が分からないと言わんばかり声を上げる。
攫う。言い換えれば零児を連れ去るということ。見ず知らずの人間に突然そんなこと言われたら驚く他ない。とはいえ驚くと言うより癇癪に近く彼らしい反応をとった零児は口をポカンと開いて二人を見つめた。
「攫う…?そいつは危険人物なのよ…あんた達わかってんの…?」
「あぁ、わかってるさね。少なくとも悪魔喰らいは温厚なやつだってことぐらいは」
そんな零児を無視して会話が続く。温厚なやつだと言われた零児は「ははっ」と軽く鼻で笑うと美月と二人の間に割り込んできた。そして何を思ったのか零児は腰のポーチから拳銃を取り出すと二人に銃口を突き付けた。
突然敵意を剥き出しにした零児に、反逆軍は身構え、標的を美月から零児に切り替わる。今にも飛び出しそうに身構えていたが、「落ち着きなさい」とツァールが一つ声を上げて指示を出して警戒を解いた。
武器こそしまってくれたものの何時やられてもおかしくないこの状況に気を緩める人間などいない。神威も反逆軍も、誰もかも零児と銃口を向けられた二人に視線を集中させる。
「………」
いつ動くかわからず、ただ時間だけが過ぎていく。零児の瞳が鋭く二人を睨み、対する二人はただジッとゴーグルマスク越しで目線を合わせる。引き金に指をかけているので、これがもし少しでも動いたらヘルメットとはいえいとも簡単に粉砕するように改造されている拳銃のため、額に銃口を押し付けられているような状態だった。
そんな中、零児はありとあらゆる情報を収集する。二人から発せられる呼吸音、鼓動音、瞳からは考え事を読み取り、零児の頭の中で整理する。呼吸音、鼓動音は共に正常…瞳は真剣な眼差し…そこから導かれた答えは…。
「…なるほどな」
一人納得し、零児は取り出した拳銃をポーチにしまい込む。その様子を見た反逆軍の構成員は安堵のため息を付き、すかさず倒れた神威を拘束する。
拘束とは言えど手足を羽交い締めにするだけで、縄や手錠などつけるつもりはない。それに抵抗しようと神威兵も暴れ出すが、常人以上の身体能力を持つ反逆軍の構成員には叶わなかった。
「動くんじゃねぇ!!」
「うぐっ…!!」
無論、美月も拘束される。ほとんど体力を奪われてしまったのか痛み的な意味ではなく、ダルさ的な意味で思うように体が動かなかった。
そこへ容赦なく反逆軍構成員二人が美月の手足を掴んで身動きを拘束する。そんな美月を横目に、零児は振り返らずに二人に歩みかかり、口を開いた。
「どういう事情でお前らがどう言った組織なのかは知らねぇし興味もねぇ。けどここで逃げたら、お前ら俺を殺す気だろ?」
鼻で笑いならが零児は言う。その言葉の中にある「逃げたら殺す気」という言葉は本当らしく、一瞬だけ零児が殺気を放つと二人からも一瞬だけ殺気を放った。美月含む他人が気付いてないのはその一瞬が瞬きする程の速さ故、誰にも気が付かなかった。
とは言え、感の鋭い人間もいるそうで。両者がその殺気を放った三秒後に鳥肌が止まらないとガクガク足を振るえさせる者もいたが、零児と二人は気にせず話を続ける。
「まぁ安心しな、俺に逃げるなんて言葉はねぇ。この女を知ってるやつがいるってんなら神威だろうが反逆軍だろうがどこへでも行ってやる」
零児は懐から例の写真を取り出した、二人に見せつける。満面な笑みを浮かべた一人の女性が写った写真…零児にとってこの人物がどれほど重要で大切な人間なのか二人は知らないが、写真を手に取って見てみると二人して目を見開き、まじまじと写真を眺めた。
「お、おいあんた!これをどこで…?」
「ビンゴ、詳しい話を聞きたいなら俺を連れてけよ。そこの男のせいでシャワーを浴びてぇところだ」
写真を取り返すと、零児はニヤリと笑いながらツァールに指を指して言う。先程も言ったが、ツァールによる熱気攻撃は美月や神威兵ではなく、反逆軍や零児にさえ影響されている。
平然を装って言っている零児でも、服装の中は汗まみれで気持ち悪い。とにかく詳しい話よりもシャワーに入りたいという欲求でそれどころじゃないのだろう。
「…わかった。悪魔喰らい、迷惑をかけたことに関しては謝罪しよう。ならついて来い」
指を指されたツァールは表情のひとつやふたつ変えずに零児に背を見せて歩み始める。ロイガーも抱えていたルティシアをゆっくりと地面に下ろすと右足を踏み込んだ。
「ま、待て!!」
理解し難い行動に首を傾げていた美月だが、反逆軍構成員による拘束が解けたことをいいことに、最後の力を振り絞って槍を構え、零児諸共反撃に出るが周囲からパキパキと氷による霜が展開されると下から上へと氷柱型の氷が飛び出して檻状の形となって閉じ込める。
氷とはいえ流水してしまえば溶けると考えた美月は水を纏って氷に攻撃するが、一筋縄では行かず、水による溶解どころか刃による傷跡の一つや二つつかない結果に終わった。
「悪いけど、あんたらには大人しくしてもらうよ。まぁ、言うて十分ぐらいで溶けてなくなるけどね」
零児を連れたロイガーは振り帰り際に言い残し、乗っていたトライク型のバイクに、ツァールは戦闘用として改造したバギーの運転席に座り込み、エンジンを蒸かす。
他の反逆軍も氷の檻に閉じ込められていく神威兵たちを見て、これ以上の戦闘は必要ないと認知して乗ってきたバイクに跨り、エンジンを蒸かしてはタイヤを回転させて地を駆けた。
『よォ、遅かったな』
「………」
零児はツァールが運転するバギーの後方席に座り込もうと乗り込むと隣に黒い人型のような何かが足を組んで手を上げている。黒い何かといったらアンブラしか居ないだろう、零児はアンブラを見るや否や大きな溜め息を付いて座り込み、アンブラと同じように足を組む。
両者が乗ったことを確認するとツァールはアクセルを踏み込み、前へと発進。それと同時に隣でトライク型のバイクのギアを回して並走という形で発進する。
「悪魔喰らい!!!私は諦めないわよ!!!あんたを捕まえるまで、私はどこへだって追いかけてやる!!!」
遠くなっていくバイクの集団に、氷の檻越しに声を荒らげる美月。対して零児は振り返ると「厄介な女だ」と一人呟きながら苦笑いして手を挙げて別れを告げた。
…その際、隣に座っていたアンブラが『レイちゃんモテるねェ』とゲラゲラと下品な笑い声を上げながら言うも、ウザイと感じた零児は拳銃を取り出しては人間の頭部にあたる部分に銃口を突きつけ、引き金を引いた。
銃声に驚く反逆軍だったが、アンブラの断末魔が大きくなって倒れ込むと再び影の中から出現するため「あ、これがあいつらのやり取りか」と何故か納得してしまい、特に気にすることなく運転に集中した。
その光景を最後に、美月は氷の檻に寄り掛かり、未だに気を失っているルティシアを見つめながら一人呟く。
「…あいつ、なにがしたいの…」
後に、周囲の悪魔の討伐を終えた第一、第二隊の救助活動により、残った神威兵と美月、ルティシアが回収される。全員が生き残ったことに安堵する中、美月は一人納得出来ない顔をしながら英国支部へと戻っていく。
「………」
だが、彼らは気が付かなかった。去った後、突如として霧が大量発生し、その視認出来ない濃い霧の中に佇む一人の男の人影の存在に…。
「…知り合いか?」
「んなわけないでしょ。何よコイツら、あんたこそなんか知ってるんじゃないの?」
「アホいえ、俺の友達にあんな過激な集団なんていると思うか?」
互いに疑うも両者とも集団に関する情報をもちあわせていないという。となるとこの集団は英国で活動する何かの団体なんじゃないかと零児は睨む。ただ先頭に立っている男のようなライダーが搭乗しているバギーのエンジンを吹かしてタイヤを高速回転させ、斜面を気にせずに零児と美月率いる第四隊へと突っ込み、それにつられて後ろでバイクに跨ってる集団も手に持つ武器を構えては一斉に発進する。
明らかな敵意に零児と美月は身構えるも突っ込んでくる途中、バイク集団から片手に何かを放り投げられ、第四隊全体の足元に転がった。
その何かが地面に落ち、その数秒後に弾け飛んだ音が響くと同時に濃い灰色のような煙が零児や美月、神威の兵士を包み込むように覆い始めた。
状況が読み込めず、混乱する兵士たち。煙を吸い込みすぎてむせる中、それに乗じて次々とバイクが突っ込んでくると乱暴に乗り降りて拳を握り、ぶん殴った。どうもひとりじゃないらしく、同じようにバイクに跨った男たちが各々の武器を持っては神威兵たちに殴り掛かる。
敵の正体は不明だが、明らかに敵意があると認知し、兵士達も負けずと反撃するも視界が悪いせいか攻撃が当たらず、むしろカウンターが飛んできて吹き飛ばされる。乱闘、と言うより一方的な暴力が神威兵団に襲い掛かり、零児を拘束していた二人の兵士も巻き込まれてしまう。
『あ?んだありゃ?』
遠くでルティシアと戦っていたアンブラもその騒ぎを聞いては首を傾げる。反応からしてアンブラが呼び出したものでは無いようだ。
「反逆軍…!?なんでここに…!?」
『リベ…なんだ?』
ルティシアは突然乱入してきた軍団に覚えがあるのか目を見開いて攻撃を中断する。ただ物覚えの悪いアンブラは影で頭上に?マークを出すもその背後からバイクに股がった男達が現れると鉄パイプや金属バットなど肩に担いでルティシアの前に立ちはだかる。
反逆軍と呼ばれる組織がどういう目的なのかはよく分からないが、少なからず零児やアンブラの仲間らしい。その証拠に危害を加えているのは神威兵団だけで零児やアンブラには手を出していない。それどころかアンブラを守る形でバイクたちが次々と突っ込んでいく。
男達に共通している点は金属バットや鉄パイプなどといった悪魔の力でも対魔導器でもない武器を装備し、顔は全部ゴーグルマスクとヘルメット、首根元にはスカーフとテロなどでよく見かけるマスクを着用している。そして最後に全員が着用している防弾チョッキ入りのコートには神威のトレードマークである「神」を象ったものに逆十字架を加えたような紋章が大きくペイントされていた。
「くっ…!!総員対象変更!!目標、反逆軍!!」
予想していなかった展開にルティシアは苦虫を潰したような顔をするとスキールニルを突き出し、指示を送る。直後ルティシアが腰掛けている聖書が独りでに展開すると数枚のページが宙を舞い、空間そのものに貼り付けられるとそこから黄色に輝く魔法陣が複数展開され、中から武装した神威第三隊が武器を構えて突っ込んでいく。
神威が持つ対悪魔用武具にアンブラは驚愕するも、反逆軍のメンバーは驚くこともなければ恐れることも無く、士気を上げる為か声を荒らげ、勇猛果敢に突撃する。
ルティシアとアンブラしかいなかった平原がいつの間にか四方八方戦場と化す。周囲を見渡せば殴り合っている反逆軍と神威らが目に見える。
「あんただね、アンブラとかいう悪魔は」
状況が読み込めず、ボケーッとしているアンブラは名前を呼ばれて我に返って振り返ると、そこには反逆軍のメンバーであろう人物が立っていた。三本の白い縦線が付けられたゴーグルマスクと青のスカーフを首に巻いていたので顔こそ見えないものの、大きな胸に引き締まったウエスト、そして高めの声と中身は女性らしい。
『お、おゥ…なんだぁ、テメェらは?』
見ず知らずの人間に戸惑うアンブラ。対して反逆軍の女性はアンブラを庇うように前へ出ると彼女の武器であろうトゲ付きの金属バットを構えてルティシアに立ちはだかる。
ルティシアは他人から見ても分かりやすいほど嫌なものを見るような顔をしながら女性を見つめるが、女性は気にせずゆっくりと足を運ばて歩みかかる。
「自己紹介は後さ、取り敢えずあたしらはあんたらの仲間だと思ってもいい」
その一言残すと女性は身を低くして地面を蹴り、飛び出してルティシアとの距離を詰める。土煙が舞い、それが晴れると同時に大きな音が響き渡るとスキールニルで攻撃を防ぎ、力で押しつぶそうとする女性の姿が見えた。
『!?』
アンブラは驚愕した。反逆軍と名乗る工作員は欲に溺れた堕落者でもなければ、悪魔と対峙する神威でもないというのに人では絶対にありえないほどの身体能力を持っていることに。一蹴りであんな一瞬で距離を詰められることなんて出来ないし、何より大きなクレーターができるほどの威力を放つなんて不可能だ。
だが女性はそれを難なく実現してしまっている。何かトリックがあるわけでもない、どう見てもただの人間だというのにありえない身体能力を見てアンブラは口をあんぐり開けてボケーッとする。
「ほら!!何ボーッとしてんのさ!!とっとと兄貴と合流しな!!」
『あ!?兄貴!?誰だそいつは___』
「四の五の言ってないでさっさと行く!!」
『ハ、ハヒィ!?』
女性の言う兄貴という人物が誰なのか分からないアンブラはなにか言おうとしたが怒鳴り声にビックリして何も言い返せず、仕方なく移動する。状況はよく分からないものの、少なくとも反逆軍と名乗る組織は味方だと分かったアンブラは取りあえずと零児と合流を目指した。
「な、なんてことして下さるの!?アイツはクソ悪魔ですのよ!?貴女、何をしたのか分かりまして!?」
「今となって悪魔なんざどうでもいいさね。けどあたしらは神威っつー連中が気に食わないのさ!!」
レイピアのスキールニルで女性のトゲ付きの金属バットを弾き返し、そこから雷を纏った強力な突きを放つルティシアだったが、そうはさせまいと女性はとんでもない行動に出る。一度回避したと思えば飛んできた刃を鷲掴みにし、ルティシアごとスキールニルをぶん回した。
「へ…!?」
そんな無茶苦茶な行動に、いくら令嬢であるルティシアでさえ間の抜けた声が出る。バリバリと雷を受けているも、女は気にもせずすぐ真後ろへ投げ飛ばした。勢いが凄まじく重力には逆らえず吹っ飛んでいくルティシアは地面に接触する前にスキールニルを地面に突き刺して勢いを殺す。
黄色の雷を引き起こしながら勢いを弱めると数十メートル先でようやく止まると今度は地面から''白い氷''が突き出し、ルティシアを閉じ込める形で飛び出した。何が起きたのか分からないルティシアだったが、氷の牢獄の先にトゲ付きの金属バットを肩に担いだ女の姿があった。トゲ付きの金属バットから白い冷気が漏れているので、この氷を出現させたのは彼女らしい。
「安心しな。反逆軍は悪魔はぶっ殺すけど、人間を殺すような趣味は無いさね」
「ま、お嬢ちゃんみたいな乱暴なやつは閉じ込めるに限る」と、ルティシアの前でしゃがみこんで一言言った。顔こそ見えないが恐らく嫌な笑みを浮かべているのだろう。
そんな彼女を見たルティシアは俯いたままゆっくり立ち上がると睨み付けたまま女を見つめる。相当お怒りのようでスキールニルを強く握り締め、手の甲から血管が浮かんできた。
「…やってくれましたわね…。よくも…よくも…よくもわたくしのスキールニルを…そのくそ汚ぇ手で気安くお触りやがりましたわねぇ!!!!」
くわっと顔を上げ、ルティシアはさらに女を睨みつけると体の周囲から雷が発生し、閉じ込めていた氷の牢獄を一瞬で砕いた。氷が砕けることによって発生するダイヤモンドダストと煌めく黄色の雷を纏ったルティシアはレイピア独特の構えをすると右足を踏み込んで一気に間合いを詰める。
最早神速とも呼べるスピードに女は「仕方ないね」と言った具合で再びトゲ付きの金属バットを構えるとルティシアを迎え撃つ体勢をとる。
「ブチギレると怖いねぇ…けど、悪いけどあんたには大人しくしてもらうよ」
黄色の雷と白の氷が激しく衝突する地点から数百メートル先、美月はある人物と対峙していた。そのある人物とはルティシアと戦っている女性と同じく、白い三本の縦先が引かれたヘルメットを被った男性が立っていた。ただ女とは違い、鉄パイプの先に鎖が繋がっており、その先端にはモーニングスターのような棘鉄球をぶら下げていた。
鉄球をグルグルと回転させるとどういう原理かわからないが赤い炎に包まれ、周囲の空気を焼き焦がしながら身構える男は美月と対面、その背後には零児が突っ立っていた。ただアンブラと同じく向けられる敵意は美月のみで零児に関しては蚊帳の外らしい。
「………」
対して美月も相手の男性から放たれる敵意に違和感を感じながらも手に持つ槍をクルクルと回して周囲に水を纏って身構える。男性からは身を焦がすような熱が、美月からは身を濡らすような水のオーラが流れ、互いにぶつかり合うと同時に地面を蹴って距離を詰めた。
最初に攻撃を仕掛けたのは美月。水を纏った槍が一直線に突きを繰り出し、男を貫こうとする。様子見ということだろうか、攻撃しつつ相手の出を伺う。男は特に回避や防御するような体勢を取らず、そのまま棒立ちで美月の攻撃を待つと槍の切っ先に直撃した。
「!?」
だがここで異変が起きた。確かに槍は男の体に届いた。届いたのだが、直撃するや否や対魔導器の切っ先が蒸発し、熱を発しながら焼き焦げたのだ。高熱を帯び黒焦げとなった先端は崩れ落ち、灰となって消えていく中、美月は信じられないものを見るような目で男を見つめ、一度距離をとる。
一撃を与えたのは美月の方だが、焦りを感じて嫌な汗を流す。その人とは思えない力に彼は堕落者ではないかと思ったが、美月の経験上の勘がそれを否定する。彼は人でも悪魔でもなければ堕落者でもない。そんな未知数な相手に美月は嫌な汗を流す。
「………」
そして第三者の零児は二人を見つめ、何かに勘づいたのか目を少し見開くと納得してうんうんと頷く。ただ見つめてるだけでなく、隙を狙った神威兵の奇襲攻撃を振り返らず回避して、回し蹴りで反撃している。さすがは日本を騒がせた伝説の殺し屋、そう一筋縄では倒せない。
それはさておき、男は鉄球をヌンチャクのように振り回すと自身の周囲に火の玉を展開させると美月の方へ一斉に発射。美月は焼き焦げた槍を使い、水を纏わせながら鎮火させるも回避して地面へ着弾した火球は爆発し、周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばした。爆風に巻き込まれ、苦虫を潰したような顔をする美月は水を槍に纏わせると即席だが刃の形状にして欠けた箇所をコーティングさせた。
美月は槍に溜め込んだ水を背後へと噴出させ、体ごと勢いよく発射される。水を纏ってるためか飛んでくる火球は美月に直撃すると爆発することなく蒸発して消えていった。こればかりは危険だと感じた男は火球攻撃をやめて拳を作ると思い切って地面へとぶつける。直後、男の周辺から熱が発生し、大爆発と共に六ヶ所から火柱が燃え盛る。
飛び出した熱に美月は一度怯むが、しっかりと水を纏った槍を握り締めると突きの構えから薙ぎ払いの構えに切り替えると水平に槍を薙ぎ払った。切っ先から流水が発生し、距離が詰まれば詰まるほど波が大きくなって男に襲い掛かる。
男性数十人並んでも飲み込めるほど大きくなった波は勢いを増し、男を丸呑みにしようと距離が詰まっていく。そんな中、男は冷静に鉄球を火柱を纏うように大きく回すと炎がより一層燃え上がり、鉄球を纏う炎が肥大化した。自身より巨大な鉄球を軽々とぶん回し、その遠心力を利用して前へと投げ飛ばしす。
巨大な津波と巨大な火球が衝突すると間から蒸発による煙が発生するも、水は熱が強すぎて霧となって分散し、対する熱鉄球も急激に冷えて縮小した。雨のように降り注ぐ霧の中、美月は霧を振り払うと同時に水を纏った槍で男に突きの攻撃を仕掛ける。男は先程のように体では受け止めず、鉄パイプを使って刃を弾き返し、鉄球で反撃を試みる。
水の刃ですら傷一つつかない鉄パイプに規則性が読みにくい鎖付きの鉄球に美月は苦虫を潰したような顔をするも冷静にそれを回避すると同時に距離をあけ、腰に付けていた聖水入りのビーカー瓶を取り出すと男に向けて投げ付けた。宙を舞うビーカー瓶に頭から直撃する男だったが、ヘルメットを濡らすだけで特にこうと言った反応を示さない。
「…そろそろ、だな。お嬢さん」
その直後だった。今まで何も喋らなかった男が初めて口を開いた。声のトーンは低かったが、どこか優しさのあるような声だったものの、敵に変わりないと美月は気を緩めず、睨み付けたまま動かない。いや、訂正しよう。美月は動かないんじゃない、動けない。それどころか立ちくらみなのか体がフラフラと左右に揺れている。
はぁはぁと呼吸が苦しくなり、息を吸えるだけで精一杯の美月は自分の中から出てくるこの苦しみはなんなのか、あらゆる仮説を組み立てた。まず毒ではない、毒だとしたら吐血しているし、口や傷口が開いてない以上体内に侵入することなど無い。
代わりに感じるのは苦しみと''熱''。発生源は男からで暑苦しい風が周囲を包み込んでいた。出来ることなら今着込んでいる制服を脱ぎ出したい、その欲を抑えながら美月はあらゆる仮設の中、ある答えにたどり着く。
この苦しみの原因は熱、熱風、炎、空気。尋常じゃない量の汗が滝のように流れ、地面に垂れ落ちると分散して飛び散った。つまるところ、美月が苦しめていたのは''熱による脱水症状''。喉がカラカラで水分補給をしなければ倒れてしまう。
「…やはり熱には耐え切れないか」
「それはそうか」と呑気に言い、手に持ってた武器をしまい込み、ゆっくりと膝に手を着く美月に近付いた。武器をしまった、ということはもう既に戦う必要が無いとも言える。現に男は両手を上げたまま敵意を示さないようなアピールをしている。
だが美月は違う。近付く男を睨み付け、片手だけで纏った水の槍をグルグルと回して周囲に水しぶきを散らす。撒き散らした水は周辺のものを急激に冷やし、人が常に感じる適切な温度へと下がっていく。
「…少しはやるようだな。だが、そんなこといつまで続けられる?」
攻撃ではなく、体勢を整えるための水魔法。しかし水の噴出は槍しか出てこないため、溜め込む、纏う、放つなどといったモーションは全て槍がなければ出来ない。言うなれば周囲の温度が適切に下がってきてるのは槍のおかげで、その回転している槍が止まってしまったら元の熱地獄へと逆戻りになってしまう。
それだけは避けたい、その一心で美月は槍を回すが、とどのつまりそれは攻撃に転ずることも出来ないということ。美月が水を操れるようになったら話は変わるが、美月は対魔導器を扱う人間のひとりに過ぎない。当たり前だが、ただの人間が水や炎、雷を操れるわけが無い。全て対魔導器があってこそ魔法が発現している。
とは言え、目の前にいる男は違う。武器をしまっているにも関わらず、体の至る所から熱風を放ち続けている。知能があるため悪魔でもなく、かと言って悪魔と契約した堕落者の気配も感じない。まるで人と悪魔の匂いと気配を感じ、美月は不気味さを覚え、零児は指を鳴らして一人納得する。
「…安心しろ、殺しに来た訳じゃない。殺す相手ならお前らと同じ悪魔だ」
今すぐにでもこの男を殺してやりたい、飛びかかって首を跳ねたいと思うが、水を纏い続けなければ倒れてしまう。現に熱気に巻き込まれた神威兵や反逆軍構成員が何人かばったりと力なく倒れている。
ただ、零児は汗が流れているものの倒れる様子がない。しかし喉の潤いを治すためか影の中から赤黒い怪しげな液体の入った瓶を取り出すとマスクを外して一気に飲み干す。何を飲んでるのか想像出来るが、想像したくないだろう。
「…あんた達、なんなの?人と悪魔の気配もしないし、かといって堕落者でもない。論外だらけよ」
相手が話しかけたことを機に、美月は口を開く。疑問に思っていることを言っているだけで和解するつもりは無いらしい。
それでも美月は知りたかった、いや知る必要があった。何故人でありながら人ならざる力を持っているのか、何故我々神威に襲いかかるのか。そしてその異常とも呼べる力を何に使うのか。その答え次第では…。美月は鋭く睨みつけ、明らかな敵意を表に出しながら男を見つめる。
「…凄まじい怒りだな」
対して男は鼻で笑うと手をヒラヒラとして怖がってますよアピールをする。性格そのものこそ陽気のようだが、長時間に加えて広範囲まで熱気を放てるため実力は本物のようだ。
「おいおい、そろそろ名乗ったらどうだ?」
熱が効かないとはいえ汗を流している以上少し暑いと感じているのか零児は美月の代わりに名を聞いた。片手には先程飲んでいた赤黒い血液のようなものが入ってた瓶がスッカラカンになり、それを零児は適当に投げ捨ててズカズカと詰め寄る。
近付くにつれ熱気が強くなり、男から三メートル弱まで近付けば皮膚が焼け落ちてもおかしくないほどの熱だと言うのに零児には効果がない。影で体をコーティングしてる訳でもないので体質そのものが効いていないようだ。
「…なるほど。お前が例の悪魔喰らいか」
「正確には違うけどな。そのクソッタレな名前は神威が勝手に付けた」
通り名で呼ぶ男が少し気に食わなかったのかため息混じりで美月をチラ見しながら言う零児。対して美月は睨み付けながらも攻撃してこないことをいいことに、大量の水を発生させては槍に溜め込み続け、ついには螺旋状の刃の内側にも大量の水が押し寄せ、満タンになると地面に突き刺した。
直後、水が美月を中心に渦を巻く形で津波が発生し、瞬く間に熱気を冷却する。極寒ではなく、優しくて冷たい空気が熱気を押し返し、水が晴れると呼吸のしやすい環境へと変化した。
「…ほぅ、そんなことも出来るのか」
水が地面や草を飲み込むと足首あたりまでの深さの水溜まりが形成され、周囲に広がって波が収まる。その水に反応し、倒れていた神威兵や反逆軍の構成員が目を覚まし、フラフラと立ち上がると再び争いを始めた。
男も美月が起こした行動に感心して声を出して笑う。彼の体そのものが高熱で出来ているのか、靴越しとはいえ水に触れると蒸気で発生する煙が音を立てて立ち上っている。ただ美月は環境を整えるという名目で起こした行動ゆえ、攻撃に転ずることは無いようだ。
「…だがそんなことしても無駄だ。俺の熱気は止められない」
男が感心するのも束の間、ノーモーションで体の至る所から熱風が吹き荒れる。その熱は水が持つ冷却機能すら押しつぶすほど凄まじいもので、溜まっていた水溜まりが瞬く間にも干からびてしまい、元の灼熱地獄の空間に逆戻りになった。
「くっ…」
美月が精一杯噴出させた大量の水をたったの数秒、それにノーモーションで消滅させた。人は何かしらの攻撃をする時、必ず事前に攻撃態勢を起こすが、男は何もしていない、ただポケットに両手を突っ込んでいるだけで熱気を放てる。美月にとってそれが厄介極まりなかった。
モーションがない、ということはつまり''いつ攻撃してくるのか予測出来ない''ということ。最初はあの鎖に繋がれた鉄球によるものかと思っていたが、この熱は男性そのものから発せられている。もしそれが本当だとすれば最初の攻撃による槍の先端が焼き焦げて崩れ落ちたのも、水を纏ったままの攻撃に関しては相手が防御態勢に入ったのも頷ける。
問題は、攻撃をどう見極めるか。相手が放たれる熱気をどう対処するか、それが美月を苦しめている原因である。それが解消しない限り美月に勝ち目がない。
「…自己紹介が送れたな。俺は''ツァール''。反逆軍副長をやらせてもらってるものだ。そして…」
男…自らをツァールと名乗る男は簡潔な自己紹介を終えると一礼し、チラリと横目で上を見る。その視線を感じ、零児と美月も全く同じ方向へ目をやるとこちらへ跳んでくる細い体を持つ人影が見えてきた。
その人影は両手に何かを抱えているようで両手こそ塞がっているものの、背中に禍々しいトゲだらけの金属バットが備わっていた。
「同じく反逆軍副長、''ロイガー''。あたしに触れちゃ凍っちまうよ」
人影…自らをロイガーと名乗る女が地面へ着地すると熱気とは違い、白い冷気が放たれ、今度は地面や周囲に広がる熱気を飲み込むと冷たい空間を形成する。体の至る所に氷が張られている女性のような人物で、両手で抱えている何かとは雷を扱う神威第三隊隊長ルティシアの姿が。
「ルティシア!!」
「あー、安心しな。殺しちゃいないよ」
熱気と冷気に体の感覚がおかしくなる中、美月は意識を失っているルティシアに呼びかけるが彼女は起きる気配がない。ただロイガーの言う通り、意識を失っているだけで殺してはいないようだ。その証拠に脈の動き、呼吸音、鼓動音など常人では聞き取れない音を零児は聞き取っている。
それでも美月は許せなかった。同じ仲間として敵意はないとはいえ襲撃したことに間違いない。今にも飛び出したかったが、それもそう簡単には行かないだろう。あちらには大切な仲間を抱えている、つまり自身の行動次第では何をされるのか分かったもんじゃない。
「…アンタらの目的は何…?」
故に。美月は攻撃せず、展開していた対魔導器を元のガントレットに収納し、そこから一歩も動かないまま睨み付けて問う。無理矢理にでも敵意はない、と言いたいのか武器はしまったものの殺意だけは消えていなかった。
「………」
対してツァールとロイガーは互いに見つめあって頷くと放っていた熱気と冷気を収め、少しずつ元の環境へと戻っていく。やっとまともな呼吸が出来るようになった美月は疲れのせいか膝を地面につき、呼吸を整える。
熱気や冷気とは言え、それが長く続くと人体に影響を及ぼす。熱気なら脱水症状が、冷気なら凍傷の恐れがある…故に二人の持つ能力はある意味えぐい能力を持っている。
「それで目的なんだけど…」
「…俺達はそこにいる悪魔喰らいを攫うことだ」
「あ?」
息を揃えながら丁寧に説明するロイガーとツァールに、零児は攫うというワードを聞いて訳が分からないと言わんばかり声を上げる。
攫う。言い換えれば零児を連れ去るということ。見ず知らずの人間に突然そんなこと言われたら驚く他ない。とはいえ驚くと言うより癇癪に近く彼らしい反応をとった零児は口をポカンと開いて二人を見つめた。
「攫う…?そいつは危険人物なのよ…あんた達わかってんの…?」
「あぁ、わかってるさね。少なくとも悪魔喰らいは温厚なやつだってことぐらいは」
そんな零児を無視して会話が続く。温厚なやつだと言われた零児は「ははっ」と軽く鼻で笑うと美月と二人の間に割り込んできた。そして何を思ったのか零児は腰のポーチから拳銃を取り出すと二人に銃口を突き付けた。
突然敵意を剥き出しにした零児に、反逆軍は身構え、標的を美月から零児に切り替わる。今にも飛び出しそうに身構えていたが、「落ち着きなさい」とツァールが一つ声を上げて指示を出して警戒を解いた。
武器こそしまってくれたものの何時やられてもおかしくないこの状況に気を緩める人間などいない。神威も反逆軍も、誰もかも零児と銃口を向けられた二人に視線を集中させる。
「………」
いつ動くかわからず、ただ時間だけが過ぎていく。零児の瞳が鋭く二人を睨み、対する二人はただジッとゴーグルマスク越しで目線を合わせる。引き金に指をかけているので、これがもし少しでも動いたらヘルメットとはいえいとも簡単に粉砕するように改造されている拳銃のため、額に銃口を押し付けられているような状態だった。
そんな中、零児はありとあらゆる情報を収集する。二人から発せられる呼吸音、鼓動音、瞳からは考え事を読み取り、零児の頭の中で整理する。呼吸音、鼓動音は共に正常…瞳は真剣な眼差し…そこから導かれた答えは…。
「…なるほどな」
一人納得し、零児は取り出した拳銃をポーチにしまい込む。その様子を見た反逆軍の構成員は安堵のため息を付き、すかさず倒れた神威を拘束する。
拘束とは言えど手足を羽交い締めにするだけで、縄や手錠などつけるつもりはない。それに抵抗しようと神威兵も暴れ出すが、常人以上の身体能力を持つ反逆軍の構成員には叶わなかった。
「動くんじゃねぇ!!」
「うぐっ…!!」
無論、美月も拘束される。ほとんど体力を奪われてしまったのか痛み的な意味ではなく、ダルさ的な意味で思うように体が動かなかった。
そこへ容赦なく反逆軍構成員二人が美月の手足を掴んで身動きを拘束する。そんな美月を横目に、零児は振り返らずに二人に歩みかかり、口を開いた。
「どういう事情でお前らがどう言った組織なのかは知らねぇし興味もねぇ。けどここで逃げたら、お前ら俺を殺す気だろ?」
鼻で笑いならが零児は言う。その言葉の中にある「逃げたら殺す気」という言葉は本当らしく、一瞬だけ零児が殺気を放つと二人からも一瞬だけ殺気を放った。美月含む他人が気付いてないのはその一瞬が瞬きする程の速さ故、誰にも気が付かなかった。
とは言え、感の鋭い人間もいるそうで。両者がその殺気を放った三秒後に鳥肌が止まらないとガクガク足を振るえさせる者もいたが、零児と二人は気にせず話を続ける。
「まぁ安心しな、俺に逃げるなんて言葉はねぇ。この女を知ってるやつがいるってんなら神威だろうが反逆軍だろうがどこへでも行ってやる」
零児は懐から例の写真を取り出した、二人に見せつける。満面な笑みを浮かべた一人の女性が写った写真…零児にとってこの人物がどれほど重要で大切な人間なのか二人は知らないが、写真を手に取って見てみると二人して目を見開き、まじまじと写真を眺めた。
「お、おいあんた!これをどこで…?」
「ビンゴ、詳しい話を聞きたいなら俺を連れてけよ。そこの男のせいでシャワーを浴びてぇところだ」
写真を取り返すと、零児はニヤリと笑いながらツァールに指を指して言う。先程も言ったが、ツァールによる熱気攻撃は美月や神威兵ではなく、反逆軍や零児にさえ影響されている。
平然を装って言っている零児でも、服装の中は汗まみれで気持ち悪い。とにかく詳しい話よりもシャワーに入りたいという欲求でそれどころじゃないのだろう。
「…わかった。悪魔喰らい、迷惑をかけたことに関しては謝罪しよう。ならついて来い」
指を指されたツァールは表情のひとつやふたつ変えずに零児に背を見せて歩み始める。ロイガーも抱えていたルティシアをゆっくりと地面に下ろすと右足を踏み込んだ。
「ま、待て!!」
理解し難い行動に首を傾げていた美月だが、反逆軍構成員による拘束が解けたことをいいことに、最後の力を振り絞って槍を構え、零児諸共反撃に出るが周囲からパキパキと氷による霜が展開されると下から上へと氷柱型の氷が飛び出して檻状の形となって閉じ込める。
氷とはいえ流水してしまえば溶けると考えた美月は水を纏って氷に攻撃するが、一筋縄では行かず、水による溶解どころか刃による傷跡の一つや二つつかない結果に終わった。
「悪いけど、あんたらには大人しくしてもらうよ。まぁ、言うて十分ぐらいで溶けてなくなるけどね」
零児を連れたロイガーは振り帰り際に言い残し、乗っていたトライク型のバイクに、ツァールは戦闘用として改造したバギーの運転席に座り込み、エンジンを蒸かす。
他の反逆軍も氷の檻に閉じ込められていく神威兵たちを見て、これ以上の戦闘は必要ないと認知して乗ってきたバイクに跨り、エンジンを蒸かしてはタイヤを回転させて地を駆けた。
『よォ、遅かったな』
「………」
零児はツァールが運転するバギーの後方席に座り込もうと乗り込むと隣に黒い人型のような何かが足を組んで手を上げている。黒い何かといったらアンブラしか居ないだろう、零児はアンブラを見るや否や大きな溜め息を付いて座り込み、アンブラと同じように足を組む。
両者が乗ったことを確認するとツァールはアクセルを踏み込み、前へと発進。それと同時に隣でトライク型のバイクのギアを回して並走という形で発進する。
「悪魔喰らい!!!私は諦めないわよ!!!あんたを捕まえるまで、私はどこへだって追いかけてやる!!!」
遠くなっていくバイクの集団に、氷の檻越しに声を荒らげる美月。対して零児は振り返ると「厄介な女だ」と一人呟きながら苦笑いして手を挙げて別れを告げた。
…その際、隣に座っていたアンブラが『レイちゃんモテるねェ』とゲラゲラと下品な笑い声を上げながら言うも、ウザイと感じた零児は拳銃を取り出しては人間の頭部にあたる部分に銃口を突きつけ、引き金を引いた。
銃声に驚く反逆軍だったが、アンブラの断末魔が大きくなって倒れ込むと再び影の中から出現するため「あ、これがあいつらのやり取りか」と何故か納得してしまい、特に気にすることなく運転に集中した。
その光景を最後に、美月は氷の檻に寄り掛かり、未だに気を失っているルティシアを見つめながら一人呟く。
「…あいつ、なにがしたいの…」
後に、周囲の悪魔の討伐を終えた第一、第二隊の救助活動により、残った神威兵と美月、ルティシアが回収される。全員が生き残ったことに安堵する中、美月は一人納得出来ない顔をしながら英国支部へと戻っていく。
「………」
だが、彼らは気が付かなかった。去った後、突如として霧が大量発生し、その視認出来ない濃い霧の中に佇む一人の男の人影の存在に…。
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