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第1章
第2話 2度目の告白
しおりを挟む尾関先輩の態度が変わって一週間ほど経った頃、店長とシフトが一緒になった日があった。
バイト先のコンビニはフランチャイズのお店で、店長はオーナー夫婦の娘だった。店長というよりもうほとんどオーナーのような立場だったけど、全くそれをひけらかさないざっくばらんな砕けた人で、30代半ばらしいけど、独身のせいか歳よりもかなり若く見える。
店長なのに全従業員の中で一番目立つ髪の色をしていて、肩より少し長いその髪の下には、尾関先輩よりも多い数のピアスをしていた。
初めてのバイトが無事に一年続いたのはもちろん先輩のことがあるからだけど、店長のことも大きかった。
一見恐そうに見えるけどすごく接しやすくて、働きやすいようにいつもなにかと気遣ってくれる。尾関先輩とは別の意味で、私は店長も大好きだった。
そんな店長が、お客さんがひいたタイミングで突然、
「倉田ちゃんさ、尾関のこと大丈夫?」
と聞いてきた。
「えっ、なんのことですか?」
「いや、あいつすんごい冷たくなったじゃん、倉田ちゃんに」
「あぁ……店長も気づいてたんですね……」
「そら気づくよ!……あのさ、もしかして尾関に告ったりした?」
「えっ!?」
完全に誤魔化しきれない顔と間になってしまい、私の答えを待たずに店長は哀れむような目をした。
「やっぱりなぁ……」
「尾関先輩から聞いたんですか?」
「ちがう!ちがう!私がそうかなって思っただけ。実はさ、前にも同じようなことがあったんだわ。倉田ちゃんが入るちょうど一年くらい前かな?あいつ、倉田ちゃんみたいに新しく入ってきた女の子とよく一緒に帰ったり、マックおごってあげたりしてたんだよね。だけどある時その子から告られてさ、そしたらその次の日からあいつ、いきなりその子に冷たくなって。その子、そんな尾関の態度に耐えられなくなってそっから一ヶ月も絶たないうちに辞めちゃったんだよね……」
「……そんなことがあったんですか……」
「うん。でも正直、倉田ちゃんのが全然ひどい。その子の10倍くらいやられてるわ……」
「えっ10倍!?……私、そんなに嫌われてるんですかね……」
「そうゆうわけじゃないと思うんだけどね、あいつってほんと難しい厄介なヤツなんだよ」
「その人も私くらいの歳だったんですか?」
「うん。確か高1で入ってきたから、倉田ちゃんの1コ上かな。今でも来るよ、その子。ほら、たまにお客さんですごい派手なギャルの子来るじゃん?」
「あぁ!あの、なんかいつもチャラそうな男の人何人かと来る人ですよね!?ていうか意外な……」
「うちでバイトしてた時は髪も真っ黒で真面目で大人しい子だったんだけどねぇ……人って変わるよね」
斜め上を見ながらそうぼやく金髪の店長を見て、この人も子どもの頃からこうなわけないし、色々あって変わったんだろうなあ……と想像した。
「私としてはさ、倉田ちゃんに辞めてほしくないんだよね。尾関にはなんとなく“お前感じ悪い!”とは言ってるんだけど、あいつ頑なじゃん?そうゆうことに関しちゃ私の言うことも聞かないしさ。実際、ちょっと辞めたいとか思ってる?」
尾関先輩からの冷えきった態度を受け続け、実際本当に辞めてほしいって思われてそうな気もしたし、もう辞めるしかないのかなって思わなかったわけじゃない。
でも、店長の話を聞いて、自分の中からふつふつと沸き上がるものを感じた。
そもそも私は尾関先輩にとってなんにも特別なんかじゃなかったんだ…たった一年前に私と全く同じように過ごしてた子がいたんだ……
そう思うとどんどん腹が立ってきた。
辞めてなんかやるもんか、私はその子とは違う。どんなに冷たくされても負けない。そう心の中で誓った。
「まさか!こんなことくらいで辞めるわけないじゃないですか!私、ここのバイト好きですもん!店長のことも!尾関先輩のことはもうスッパリ忘れました!」
私がそう言い切ると、店長はガシッと私を引き寄せて力いっぱい抱きしめてきた。そして、髪が乱れるほど頭を雑になで、
「えらい!がんばれ倉田!尾関がまたいじめてきたら私にチクるんだよ!時給500円下げるって脅してやるから!」
と言って満足そうにバックヤードへと入っていった。
宣言通り、それからまた一年が経っても私は辞めなかった。
そっちがそういう態度ならと、縮こまることはやめて強気な態度で対抗した。あんなことがあったなんてこっちだってもう忘れてる、逆に引きずってるのはそっちの方だ!って思わせるくらい何も無かったように接した。
その甲斐と、店長の脅しがあってか、あの頃の優しい尾関先輩ではなくても、もう少し普通に話してくれるようには戻ってくれた。
だけど本当の私は全然平気なんかじゃなかった。あの夜を思い出すたび、恥ずかしくて悔しくて辛かった。
そんな思いをさせた先輩を恨みながら、今日も並んで立つ……。
それでも側に居たいなんて、自分でもどうかしてると思う。なんでこんな人を私は好きなんだろうと本気で不思議に思うのに、その姿を見るとそれだけでやっぱりいつも胸は苦しくなって、もう自分じゃどうにも制御出来ないほど尾関先輩に侵食されていると知る。
きっとこの先、この関係性が覆ることなんてないんだろう。どこにも行けない気持ちと痛みをひたすら隠しながら私はバイトに通い続けた。
だけど、そんな私をさらに打ちのめす日は突然やって来た。
それはちょうど、尾関先輩と2人だけのシフトの日だった。
「いらっしゃいませー!」
入って来た女性客は軽く会釈をすると、並んで立つ私たちの一人を選んで話しかけた。選ばれたのは尾関先輩だった。
「あの、すみません、面接に伺った香坂と言います……」
「あっ、はい!少々お待ち下さい!」
嫌な予感がした。やっぱりあの時、私は大きな勘違いをしていたんだ。
もう何度も思い知らされていたつもりだったのに、もっともっとそれがよく解った。その人を見る先輩の横顔がそれを教えてくれた。
その人はその落ち着きから20代後半くらいに見えたけど、10代の私が羨むほどに肌が綺麗で白くて、ただの一般人とは思えない、まるで女優さんのような顔立ちをしていた。
私とは全然違うおしとやかな雰囲気で、華奢で背もそれほど高くないのに大人の女性らしい妖艶なオーラをまとっていた。
とてもコンビニのバイトの面接に来たとは思えない品のある立ち姿を見ていると、自然に人目をひいてしまうことに大いに納得がいった。
やがてその人がシフトに入るようになると尾関先輩がまた教育係に任命され、私は必然的にそんな二人のやり取りを見ることが多くなった。
見たことのない緊張した表情、ワントーン高くなる声、照れると耳たぶをつまむ癖があるなんて初めて知った。さらには見てるこっちが恥ずかしくなるほどバレバレに媚びる。
人を好きになるとこんなに単純でわかりやすい人だったのかと、呆れさえした。
尾関先輩のそんな姿は本当に見ていられなかったけど、私は精一杯、ただただ平然を装った。そうやって一応でもなんとか保っていられたのには大きな理由があった。
それは、香坂さんが既婚者だったから。しかも、幼稚園に通う娘さんまでいるらしい。いくら尾関先輩が夢中でも、この人が先輩とどうにかなることはない。それだけが唯一の救いだった。
それだけを心の支えにして、吐く息は全てため息になるほど毎日一生懸命働いてるのに、もうすっかり私に警戒心を無くした先輩は、あろうことか、浮かれすぎて香坂さんの話を私にまでするようになった。
それが、今現在。
「あー、香坂さんほんと美しすぎるんだけど。離婚しないかなぁ、明日くらいに」
普通に話してくれるようにはなっても未だに一緒には帰ってくれないままなので、バイト終わりにダラダラとなかなか帰らない先輩の性質を利用して、私はいつもしれっと休憩室に残り、少しでも先輩と一緒にいられる時間を健気に確保していた。
そんな私の気持ちも知らずに、尾関先輩は香坂さんへの願望を吐いて悶絶している。
「もし明日本当に香坂さんが離婚したとしても尾関先輩に可能性はないですよ」
当てつけのように望みの糸をぷっつり切ってやった。
「……まぁね」
嫌味に乗ってこないで少し寂しそうに受け入れる先輩が憎くてたまらなかった。
「初めて知りました。ああゆう人がタイプなんですね」
「タイプっていうか、これ以上ない頂点って感じだよね。チョモランマって感じ」
「顔がですか?」
「顔はもちろん、声とか、所作とか、雰囲気とかさ、なんか全部が“ザ・女”じゃん。なんかすみません!全部好きですっ!って感じ」
確かに私から聞いたけど、仮にも自分に告白してきた人間によくもそんな話ができるなと思った。それと同時に、まだ0.1㎜くらいは残ってるかもしれないと思っていた可能性が限りなくゼロに近いことを知った。
ここまで来たら、怖いものがなくなってきた。
「なんで私はダメだったんですか?」
出来るだけ感情を出さないよう、淡々と聞いた。先輩は、一瞬合った視線を雑誌に戻すと、店長からもらった紙パックの野菜ジュースをだらしなく飲みながら
「ガキだから」
とだけ言い放った。
「高校生だからってことですか?」
「普通にそうだし、子供すぎて女に見えないもん。なんだろ、アンパンマンみたいな感じ?アンパンマンてさ、なんとなく男の子っぽいけど、別に男とか女とかでわざわざ考えないじゃん?ていうか、パンじゃん?みたいな。そんな感じ」
「全然意味分かんないんですけど!先輩と私は5歳しか変らないじゃないですか!それに、香坂さんと先輩だって5歳差なんだから、そういう理論で言ったら先輩だって香坂さんからしたらただの子どもですよ!」
「これだからガキはさ……。あのさ、ハタチ過ぎてるのと過ぎてないんじゃ全然ちがうんだよ、単純に歳の差の話じゃないの。そもそも子供の言う“好き”は“おともだちすきー!”ってのと変わらないんだから」
そう言われた瞬間、苦しくても一年以上耐えてずっと想い続けてきたことを嘲笑われたようで、私は膨らんだ感情を止められなくなった。
「そんなことないです!私は本気で尾関先輩のことが好きだし、友達への好きとは違うこともはっきり分かってます!」
……やってしまった。
長い時間をかけてやっと普通に話してくれるようになったのに、これでまた逆戻りだ……。
後悔する間もなく、ガタッとパイプ椅子の音を大きく立てて尾関先輩が立ち上がった。そして飲み終わった野菜ジュースを雑にゴミ箱へ投げ捨てると
「もうそれやめてくれる?ほんと心底迷惑」
と、またあの冷たい目で私を睨みつけながら言い捨て、そのまま休憩室を出て行った。
一人になった休憩室で私はただただ泣いた。好きになってもらえなくても、彼女になれなくても、せめてずっと側にいられればと思っていたのに、その希望すらもうこれで絶たれる。
一度目の時とはわけが違う。もうとっくになんとも思ってないフリをしてたのに、変わらずにずっと好きでいたことを知った先輩は、今度こそきっととことん私を突き離すだろうと思った。
次に先輩と顔を合わせるのは3日後……。その執行日までの2日間が私には逆に地獄に思えた。
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