屈曲ラヴァー 〜身を滅ぼしてしまいそうな初恋〜

榊󠄀ダダ

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第2章

第17話 あなたがくれないから

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 光とは変わらず、毎週末をどちらかの家で過ごしていた。だけど、ここ一ヶ月は全くセックスをしていない。そのこと自体にすら光は気づいていないように見えた。


 ソファーに腰を沈め、予想よりあまり面白くない恋愛映画を見ながらまったりとお酒を飲んでいる時、私は右隣の光にふと質問をしてみた。


「ねぇ、もし私が他に好きな人が出来たって言ったらどうする?」
「え?なにそれ?」
「例えばの話だよ。もし私にそう言われたら光はどうするのかなってなんとなく思っただけ」
「それってさ、本当に好きな人が出来てそれを告白されたらって状況?言ってるだけとかじゃなくて」
「うん。言ってるだけとかじゃなくて、本当に出来たとしたらっていう仮定」
「……それだったら身を引くかな」
「別れるってこと?!」
「だって菜々未が本気で他の誰かを好きになっちゃったんなら、もうどうしようもないし、私の出る幕ないじゃん」
「そうなんだ……」
「不満?」
「べつに。そうなんだなって思っただけだよ」
「私、菜々未には幸せになってほしいもん、その相手が私じゃなくても。何よりそれが一番だから」
「……そっか」


 光の答えを否定することは出来ない。どんな行動をとっても、その行動で愛が正確に量れるわけじゃない。


 たぶん光にしてみれば、例え自分が犠牲になっても私の幸せを願うという『愛』なんだと思う。


 そう頭ではしっかりと理解出来ているのに、心に空いた穴の埋め方が分からなくて、私はソファーから立ち上がると冷蔵庫からもう一本、缶チューハイを取り出した。


 そんな私を光は黙って横目で見ていた。





***
 



 お酒は好きだけど、気の知れない相手と飲まないといけない会社の飲み会は本当に嫌いだった。 


 強制ではないし、断る人はしっかりと断って、それでも支障なく周りと上手くやりながら仕事をしている人もいる。


 だけど私にはそれが難しいことは分かっていた。そもそもコミュニケーション能力の低い私が断ったら『やっぱり』と思われてしまう。


 だから仕方なく、職場が働きづらい環境になってしまうことを防ぐため、我慢してでも極力誘いには乗るようにしている。


 その日は特に苦手な上司が隣の席になってしまい、私はお酒の力に頼ろうといつもよりハイペースで飲んでしまった。


 でもその力のおかげで上司とはそこそこ上手くからめて、ほっとしながら帰りの電車に揺られた。 


駅に着くと、近くのコンビニを通り過ぎて自然とあのコンビニに向かって歩いていた。


 今日はもうお酒を買うわけでもなく、揚げ物が食べたいわけでもない。それならこっちに来なくてもよかったのに、つい最近の習慣で来てしまった。


 引き返そうかと思った時にはもう看板がかなり近くに見えていたので、まぁいいかとそのまま扉を開けて入った。


「いらっしゃいませー!」


 静かな店内に、きみかさんの声が突き抜けた。


 自分では普通にしているつもりでも、きっと端からみると、酔っ払いってバレてしまうものだと思い、私は逃げるように奥のドリンクコーナーへと向かった。


 目当てのペットボトルの水を二本手に取ると、顔を伏せ、速やかに会計をしてまた外へ出た。


 まとわりつく湿度に我慢出来ないほどの喉の渇きを感じ、お店の左角辺りで買ったばかりの冷えたペットボトルのフタを開けた。


 夏の夜は本当に暑いなぁ……


 当たり前のことを思いながら、その暑さも酔い覚ましにはちょうどよく、オレンジがかった月に見惚れながら水を飲んでいると、突然どうしようもなく光の声が聞きたくなった。


 もう0時を過ぎたところで、いつも光は寝ている時間だった。電話をすればきっと起こしてしまうことになる。


 だけど、今日はすごくがんばってすごく疲れたし、今無性に淋しいから、少しだけワガママを聞いて欲しい…と、迷惑を承知で私は光に電話をかけた。


 トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……


 なかなか出ない。やっぱり寝てるんだろう。だけど、たった一言でいい、光の声が聞きたい……


 あきらめきれなくて粘ってしまい、そのまま一分近く鳴らし続けた。



トゥルルル………トゥッ…


「……もしもし?」


 誰が聞いても寝起きだとすぐに分かるような声で、光は電話に出てくれた。


「光!」
「……菜々未、こんな時間にどうしたの?」


 少し不機嫌そうな声に、唐突に申し訳なさが勝り始める。


「……ごめんね、寝てたよね?」
「うん」
「あのね、今日会社の飲み会があって、その帰りなんだけど……」
「……あぁ、今日飲み会だって言ってたね」
「うん、それでね、帰り道に空を見てたら月がすごく綺麗だったの。だから、光に教えたくなって……」
「……月?」
「うん!今すごい綺麗な色なの、窓から見てみて!」
「……あのさ菜々未、今日平日だよ?……飲み会の後でテンション高いのかもしれないけど、明日も早いからこの時間に起こされるのは正直ちょっと辛いよ……」
「……そうだよね、分かってはいたんだけど……ごめんね」 


 迷惑かけたのは分かってる。だけど今私はすごく淋しくて、光にただ一言『おつかれさま』って言って欲しかっただけなのに……


「いいけど。あんまり鳴らし続けるから何事かと思った」
「……気づいてて出なかったの?」
「え?なに?」
「もし本当に私に何かある時だったらどうするの!?」
「菜々未、今はもうやめようよ……。菜々未お酒飲んでるし、また明日にしよう。明日仕事終わったらかけるから今はもう寝かせて。ごめん、切るね」


 一方的にそう言うと、光はそこで本当に電話を切った。


 私は耳にスマホを当てたまましばらく動けなくなった。光が終了ボタンを押したその音が、脳内にまで響いて頭痛がした。その頭痛ごと飲み込んでしまいたくて、また水を飲んだ。


 気づけば500mlのペットボトルは空になっていた。それでもまだ水分を欲して、私は二本目のペットボトルのフタを開けた。満ぱんに入った水を口へ運ぼうとした時、近くで大きなクラクションの音がして反射的に思わず振り返った。


 バシャッ!!


 驚きながら勢いよく振り返ったせいでちょうど側を横切った人とぶつかり、その拍子にペットボトルから縦に景気よく飛び出した水が思いっきり相手にかかってしまった。


「ごっ、ごめんなさいっ!!」


 慌ててバッグからハンカチを取り出し恐る恐る相手の顔を見上げると、そこには前髪からポタポタと雫を垂らしているきみかさんがいた。


「……あのっ!本当にごめんなさい!」


 よく見ると前髪だけでなく、まだ新しそうな白いTシャツまで濡れている。さすがに怒られるかもしれない……どうしよう……と怯えていると、びしょびしょのきみかさんは突然笑い出した。


「すっごいタイミングだったなぁー」
「……あの……不注意でごめんなさい……」
「いえ、こちらこそですし。お姉さんは大丈夫ですか?濡れてないですか?」
「私は……全く……」
「ならよかった」


 きみかさんはやさしく笑って早々に立ち去ろうとした。


「あの、でもTシャツまで濡れちゃってますし……」
「だってこれ、さっきうちで買ってくれた水ですよね?ベタベタしないし」
「あっ、はい……そうですけど……」
「じゃあ別に大丈夫ですよ、夏だし」


 話しながら、店のすぐ左脇に停めていた自転車の鍵を開けて帰ろうとする。


「ちょっと待って下さい!クリーニング代お渡ししますから!」


 私はきみかさんに近寄り、帰られてしまう前になんとかお詫びをしなきゃと焦った。


「そんなの全然いいですよ、ほんとに。さっきも言いましたけど、自分のせいでもあるし」
「……でも………」
「それに大げさですって、水くらいでクリーニングもなにも。このくらい、家に帰るまでに乾いちゃいますから」
「だけど……」


 かなり濡れていたのに本当に気にしていない様子で自転車にまたがったきみかさんは、軽くこぎ出すと小さな円を描いて私の前に戻ってきた。そして私の様子を伺うように言った。


「……あの、もしかしてナンパしてます?」
「えっ!?」


 全く予想もしてなかったまさかの発言にびっくりして、顔にも声にもそれを全面に出してしまった。


「あ、ちがうのか……。ごめんなさい、あんまり引き下がらないもんだから新手のひっかけかと思っちゃって……」
「……そうゆうつもりではなかったんですけど……」
「はっず!!なら本当に大丈夫ですから!じゃ!」


 どうゆうこと!?私が同性愛者だなんて一言も言ってないのに……それとも私が気づいたように、やっぱり向こうからしても自然に分かるもんなんだろうか……?


「あっ、あの!ちょっと待って下さい!」


 今まさに自転車のペダルを強く踏み込もうとしかけたきみかさんを、思わず止めてしまった。


「……もし、そうだったら……あの……いえ、ごめんなさい……なんでもないです……」


 するときみかさんは足で地面をかいて少し自転車をバックさせた。


「……もしそうだったらついて行っちゃいます。綺麗なお姉さん大好きなんで」


 少しだけ悪い顔でそんなことを言われ、一瞬で顔が熱くなった。
 でもすぐに我に返ってそんな自分をたしなめる。



「……ごめんなさい、私……」


 それだけできみかさんはすぐに察した。


「なんだ、相手いるんですね。じゃあよくないや、浮気になっちゃう」

 
 言葉が出ずに黙ってしまった。


「そろそろ本当に帰りますね」


 あんなことを言われたらもう引き止められない。


「そうだ、今日も遅くまで仕事お疲れさまでした!」


 自分こそついさっきまで働いていたのに、私を労う言葉と笑顔を残して、今度こそ自転車をしっかりとこぎ、濡れたTシャツできみかさんは去っていった。


 きみかさんが最後にくれたその言葉は、さっき光がくれなかった言葉だった。


 その後ろ姿が小さくなっていくのを見届けながら、私は体の中で心拍数がどんどん上がっていくのを感じていた。







 次の日の夜、約束通りに光は電話をくれた。だけど、昨日のことには一切触れず、ただのたわいのない話をするだけだった。


 光は揉めごとを嫌う。私は例え多少ケンカになっても大事なことはちゃんと話したいと思う性分だけど、そうゆうことは一方だけが思ってても意味がない。


 あえて光が話をそらしていることに気づきながら、私は電話越しに苦笑いを繰り返すだけだった。












 






 
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