今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第1章

第2話 予期せぬ恋

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(中谷 かこ)


 乗り換えの駅に着くと、私は何事もなかったように電車を降りて行く。そして、次の電車に乗り換えて会社へと向かう。


 大学を卒業し入社してから5年目。会社では至って普通のOLだ。


 特に大きな仕事を任されている訳でもないけれど、何かと要領はいい方なので上司には頼りにされがちで、評判は悪くないのかもしれない。


 これまで、上司や同僚、時には全く関係のない部署の社員にまで、口説かれたことは数えていられないほどあったけれど、全て上手に断ってきた。


 女子社員には特に気を付けて気を使っていたので、やっかみを持たれることもなかった。


 一度、外見も性格も申し分なく出世も間違いなしと言われたエリート社員をふった時は「どうして!?」とか、「勿体ない!!」とか、まるで責め立てるように言われたことはあったけれど、そんなにも私が男に振り向かないのは、きっと長く付き合っている決まった人がいるからだろうと、みんな勝手に思い込んでいた。




 私には付き合ってる人なんていない。


 
 私がそんなにもかたくなに断り続ける理由はただ一つ。




 それは、私が女の人以外、好きになれないからだった。




 でも、そんな告白を周りにするつもりは毛頭ないので、私は他人と上手く距離を持って接していた。


 プライベートを知られないことで、どうとでも誤魔化しは効く。


 年に数回は付き合いで会社の飲み会に参加することもあるけれど、それ以外はやんわりと断る。


 だけどその分、普段の愛想の良さでバランスを取っている。なので、会社では特に問題はない。


 職場では明るい方だと言われる私だけれど、家では静かなもの。一人暮らしだからそれも当然だけど、休みの日も外へ出かけることは滅多になく、家で漫画や映画を延々と見るばかり。


 彼女はもう何年もいない。一人でいいと思ってるわけじゃないし、寂しくないわけでもない。だから、そうゆう相手を作ろうと色々と試した時期もあった。有り難いことに、一度会えばほとんどの相手からすぐに「付き合ってほしい」と言ってもらえた。
 だけど、一人で過ごす時間を犠牲にしてまで付き合いたいと思える人には出会えず、結局私はまた、漫画や映画の世界に浸る日々へと戻ってきた。




 一人暮らしを始めてからというもの、外へ出るのがどんどん億劫になってしまって、買い物は出来る限り通販で済ませる癖がついてしまっていた。なので、私の家には毎日のように宅配便が届く。


 住居数に対して少な過ぎるマンションの宅配ボックスはいつも埋まってるし、置き配は女の一人暮らしがバレそうで怖い。
 だから、会社から帰った後に届けて貰えるように、荷物の受け取りはいつも一番遅い時間指定にしている。


 いつも届けにきてくれる配達員の人はもう何年も同じ人で、気のいいおじいちゃん。定年とかないのかな……?と疑問に思ってしまうほどのお歳で、私がいつも遅い時間指定にしているせいで帰るのが遅くなってるんじゃないかと申し訳なく感じ、せめてものお詫びにと帰り際には必ず缶コーヒーを渡していた。


 お互いに流れ作業のように受領書を渡し、はんこを押し、荷物を渡し、荷物を受けとる。何年もの付き合いで慣れたものだ。




 会社から遅めに帰ってきたある夜、家着に着替える前に家のチャイムが鳴った。インターホンの画面を見ると、いつものおじいちゃんが小さなダンボールを抱えて立っていた。


「ご苦労様です」と扉を開ける。
「こんばんは」と返すおじいちゃんは、いつになくニコニコしていた。


 そしてあの流れ作業をこなし荷物を受け取って別れのお礼を告げると、おじいちゃんは曲がり気味の腰を少しだけ伸ばして姿勢を正した。


「実はね、今日で私、この仕事終わりなんですよ。荷物運ぶだけの付き合いでしたけど、本当に長いことお世話になりました……」


 おじいちゃんは帽子を脱いで、私に向かって丁寧にお辞儀をした。


「そうなんですか!?」


 なんだかんだで本当に長い付き合いだったので、流石に私も衝撃だった。


「もうね、こんな歳だし、後はゆっくりささやかに妻と過ごせればと思いましてね……」
「そうですか……ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ長い間、本当にありがとうございました。くれぐれもお体に気を付けて下さいね……」


 そう言って、私は最後の缶コーヒーを渡した。帰ろうとするおじいちゃんを一瞬呼び止め、買い溜めしていた缶コーヒーをもう一本、


「こんなものもらっても困るかもしれないですけど、奥様にも……」


と、表せないお礼の気持ちを込めて渡した。するとおじいちゃんは今までで一番の嬉しそうな顔をしてそれを受け取り、満面の笑顔でもう一度頭を下げてから去っていった。




 部屋に入り届いた荷物を開けながら、せっかく慣れた人だったのに今度からまた別の人が配達に来るのか……と私は突然の出来事に萎《な》えていた。







***



 次の日。


 会社へ行きそつなく仕事をこなし、そして家に帰った。スウェットに着替え、リビングのソファーの上で漫画を読みながらくつろいでいると、


 ピンポーン……


 チャイムが鳴った。


 だらしない姿勢の体をゆっくりと起こし、インターホンの画面まで歩きながら、『そうだ……今日から別の人なんだった……』と面倒なことを思い出した。


 画面を見ると、訪問者は画面に近すぎる上に立ち位置がズレていて、肩しか映っていない。でも、その制服があのおじいちゃんと同じだったので、この人が新しい人か……とため息をついてから扉を開けた。





 その瞬間、おじいちゃんが今日で終わりと言った時とは比べ物にならないほどの衝撃が走った……








 少し恥ずかしそうに顔をあげたその人に、私は一瞬で心を奪われてしまった。






 新しい配達員さんは女の子だった。
 荷物の配達をするには違和感のある、可愛らしい小さな女の子。


 歳は私より3つ4つくらい下だろうか……?私よりも10cm近く背が低く、体は華奢で、胸は小さそうで、正真正銘大人ではあるけれど、とにかく可愛らしい女の子……そんな印象だった。


 おそらく担当地域が変わっただけで、この仕事自体はそこそこ長いんだと思う。彼女は慣れた手さばきで受領書を渡してきた。


「こちらにはんこお願いします!」


 その声も、その時の笑顔も、全てが私を虜《とりこ》にさせた。


 一目惚れを信じない私がこんな風になるなんて……と、ドキドキしながら震える手ではんこを押す。


「あの、……あなたが、ここの地域の新しい配達員さんですか?」


 私は勇気を出し、よそ行きの声で聞いた。すると彼女はハッとした様子で、


「あっ、はい!そうなんです。これからどうぞよろしくお願いします!」


 と、少し緊張した様子で深々と頭を下げ丁寧に挨拶をしてくれた。


「私、しょっちゅう荷物頼むし、毎日一番遅い時間指定だからご迷惑おかけしちゃいますけど、こちらこそよろしくお願いします」


 と断りの返事を返すと、


「全然気にしないで下さい!お客様ですから!」


 と、優しく可愛らしく微笑んでくれた。


 私が荷物を受け取ると、再び行儀よく挨拶をして、彼女は帰っていった。




 耳に光るピアスも、薄汚れた制服も、手の甲に貼られた絆創膏も、小さなスニーカーも、全部、全部可愛いかった……





 私はこうして彼女に恋をしてしまった。






 それは三ヶ月前のことだった。






















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