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第1章
第7話 愛
その後も彼女は、荷物を小脇に何度も何度も家へやって来た。
なんのわだかまりもないように普通に感じよく対応してくれたし、私も何も気にしていない風に平然を装って接した。そうやって、お互いマニュアルのようなやり取りと日々を不毛に重ねた。
それはまるで、事が起こる前に戻ったような錯覚を覚えるほど穏やかな時間だった。
だけど、世間話はずいぶんと減った。
毎日わざとずらしていた荷物は、たまにまとめて注文するようにした。再び私の下心を悟った時、今度こそ彼女は永遠に私の前から姿を消してしまうような気がして、カモフラージュのためにやむを得ず自制した。
必死に本心を隠してはいたけど、一度体温を直に感じてしまったせいで、彼女が訪れるたびその姿に愛しさは増すばかりだった。そして、それに比例して苦しみも胸を充満していった。彼女との冷めたやり取りには、何度回数を重ねても慣れを感じることはなかった。
私は結局、彼女を想わずにいられない寂しさを毎朝あの手に慰めてもらうことでなんとか堪えていた。
そして、一ヶ月ほどが経ったある夜。
いつものようにインターホンが鳴ると、堂々と見つめることの出来る画面越しの彼女の姿を5秒間だけ独り占めしてから玄関に向かい、扉を開けた。
「こんばんは」
明るく挨拶してくれた彼女に、私も心を殺して明るく返す。
「こんばんは。最近ちょっと寒くなってきたね」
少しだけ欲が出て挨拶に少しだけつけ加えた。
「そうですね。風邪引かないように気をつけて下さいね」
私が風邪を引いても心配なんてしてくれないくせに、テンプレートのような返しをする彼女を諦めの目で見て
「ありがとう。三ツ矢さんもね」
と、私も見本のような返事を返す。
そうして彼女の渡す荷物を受け取ろうとした時、ふとその手もとを見た私の胸に矢が刺さったような衝撃が走った。
彼女の右手の薬指にはシルバーの指輪がはめられていた。
そのショックに私は平然さを保っていられなくなった。
「……恋人……出来たんだ……?」
そんなこと聞いてはいけないと分かっているのに、言葉にしてしまった。
「…………」
彼女は何も答えない。
接客用の笑顔を完全に消し去って、私のことをじっと見つめている。
またそんなことを聞いた私に嫌気がさしているのだろうか、干渉するなと言いたいのだろうか。
見つめ合う私の目からゆっくりと雫が流れ、二人で持っていた荷物の上に落ちた。
「どうして中谷さんが泣くんですか……?」
彼女は本当に意味が分からないというように聞いてきた。
「なんでかな……ごめんね」
早く一人になりたくて、私は彼女の手から荷物を奪うようにして受け取ると、玄関の棚に用意していた缶コーヒーを差し出して彼女を帰らせようとした。
「お疲れさま」
すると突然、彼女は缶コーヒーを持つ私の手首を掴んで前に引き寄せ、そのまま少し背伸びをしながらキスをしてきた。
驚いて言葉を失う私に、
「そんなに私が好きですか……?」
可愛らしい顔で迫るように彼女が問いつめる。
私はなんて答えていいのか分からなかった。
何が起きているのかも理解出来なかった。
何かを試してるの?
何かの罠なの?
心の中で彼女に聞いた。
骨が溶けたような私の体が、彼女の力で簡単に床へ押し倒される。
抵抗する間もなく仰向けになった私を両手で挟むような姿勢で床に手をつき、彼女は上から私に覆い被さった。
「中谷さんて見た目はこんなに大人の女の人って感じなのに、中身は全然我慢が出来ない女の子ですよね……かわいい」
耳元で囁くようにそう言うと、彼女は私の左耳を舐めた。
「かわいい」と言われた時からジンジンしている耳に舌先が触れると、そこから血管を伝って電気が流れてゆくように足の爪の先まで痺れた。悔しいくらいに体が悦んでうずく。
彼女は、よじってしまおうとする私の体を力づくで抑え込み、息を荒げていた。
熱を帯びてゆく体と裏腹に、朦朧とする頭の脳裏にはさっき見たシルバーの指輪が浮かんだ。私はたまらなくなり、精一杯の力で覆い被さる彼女の体を自分から引き離した。
「やめてっ!」
私の視線の先には指輪があった。
「見下さないでよ……」
上体を起こした私を彼女は膝立ちのまま見下ろしている。
「体が満たされればいいんじゃないんですか?それでいいなら、私がいくらでもしてあげますから。会社のストレスとかで大変なんですよね?だから性欲で発散したくなっちゃうの仕方ないですよ」
配達に来る彼女とは別人のように冷たくそう言いながら、もう一度押し倒そうと伸びてくる手を私は払いのけた。
「その手で触らないで!」
誰かを愛してる手で私を感じさせないでほしかった。
荷物を届けてもらって、荷物を受け取るだけの関係。いくら世間話を重ねたところで、きっと私は彼女のことをほんの一部すらも知らない。
それでも、この胸の中でとめどなく溢れる気持ちは紛れもなく本物だった。
誰かと愛し合い誰かに抱かれている彼女を想像すると、いっそ体ごと消えてしまいたいと考えるほど、私は彼女を愛していた……。
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