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第2章
第16話 酔った勢い
(中谷 かこ)
その日、毎朝毎朝必ず求めてきたあの手が私の体に触れることはなかった。
一日の仕事を終え家へ帰ると、着替えは後回しにしてソファーに腰を下ろした。
今日届くはずの荷物がある。
後で彼女が私の元にやって来る。
どんなふうに接するべきか一日中考えていたけれど、答えは出なかった。
キッチンへ行き一番下の引き出しを開ける。そこから、数ヶ月前に同僚の結婚式の引き出物でもらった、まだ包装紙に包まれたままの箱を取り出した。確か、誰かが中身は高級なお酒だったと言っていたはずだ。
空気すら入り込む隙がないくらいぴっちり張りついた包装紙を剥くように破ると、頑丈な作りの箱の中から、これまたきっちりと瓶のフォルム通りに納まったボトルを引っこ抜くように出した。
ウイスキーなのかブランデーなのかもよく分からなかったけど、私はためらわずにそのお酒を栓を開け、氷も入れずにグラスに注いだ。
それを持って再びソファーに戻る。
テレビをつけてみたけど、チャンネルを回してもどの番組も全く頭に入って来る気がしなくてすぐに消した。
今日はきっかり定時で上がれた上に、帰りの電車や信号のタイミングが良くて、いつもよりだいぶ早い帰宅だった。彼女が来るにはまだまだ時間がある。
飲み慣れない強いアルコールが焼くように喉をつたい、そのまた先へと流れてゆくのを繰り返していると、不思議と心の中の迷いが消えて素直な想いだけになれた。
実際には好きなだけで、体質的にはお酒は弱い。やせ我慢をして手練れのような飲み方を続けていた私は、かなり酔っぱらってしまった。
とてもシラフじゃ顔を合わせられないからとお酒に手を出したけど、酔いが回った頭でもなんて馬鹿なことをしてるんだろうという自覚はあった。
こんな姿を見られたらそれこそ嫌われるかもしれない。なのに、会いたい気持ちはやけに募る……。
視点の定まらない目で、そろそろかな?と壁の時計を見た時だった。
ピーンポーン……
タイミング良くインターホンが鳴った。
飲みかけのグラスをテーブルに置いて立ち上がると、画面には緊張した様子の彼女が映っていた。玄関へ向かうと、気持ち服のよれを直してから急いで鍵を開けた。
「こんばんは……」
扉の隙間から彼女が大人しく挨拶をする。
「こんばんは」
完全に扉が開くと、彼女は仕事の格好のままの私に気づき少し驚いた顔をした。彼女が来る時はいつも、部屋着でもなくパジャマでもない、ただ彼女に見せることだけを意識した服で出迎えていた。
バタンッ
固まったままの彼女の後ろで、大きな音を立てて重い扉が閉まった。
「あっ、すいません!」
責任を感じた様子で彼女が謝る。
「中に入って」
私はそんなことには構わず、荷物を持った彼女の腕を思いっきり引っ張って家の中へ連れていこうとした。
「ちょっ!ちょっと!中谷さん!」
バランスを崩した彼女が、土足を避けようと段差ギリギリで靴を脱ぐ。願望通り彼女を招き入れることに成功した私は、そのまま手を引いてリビングまで行き、ソファーに座らせると勝手にその腕に絡みついた。
「今日は飲み会かなんかだったんですか?」
彼女は身勝手な一連の行動には触れず、責めもせずに私を心配するように言った。
「違うよ、ここで一人で飲んでたの」
キッチンの台の上には、お酒の入っていた包装紙や箱、半分近く減ったいかにもアルコール度数の高そうなお酒の瓶がそのままになっていた。
「まさか……あれ一人で飲んだんですか?!」
驚愕した顔で詰め寄ってくる。
「うん!」
どんな理由でも彼女に見つめられることは嬉しく感じてしまう。グラス片手にへらへらと笑いながらそう答えると、
「『うん』って可愛いけど、ダメですよ!こんな強そうなお酒なのに無茶な飲み方しちゃ!もう……」
少し怒った顔をした彼女に叱られた。
呆れられてるのに嬉しく感じてしまう感情が不思議だった。同時に、さらりと『可愛い』と言われたことに、すでに強いアルコールで体温の上がっている私の体がさらに火照る。
「あっ!ごめんね!今お茶入れるから!」
テーブルの上にグラスが一つしかないことに今さら気づいた。慌てて立ち上がったその時、ぐわんと脳が揺れてよろけてしまった。
「ほらほら!そんなんじゃ無理ですって!」
彼女は私の体を支えて元の位置に座らせ、代わりに自分がキッチンへ行った。
「中谷さんお水飲んだ方がいいですよ。このグラス使っても大丈夫ですか?」
「……うん」
少し離れたところから彼女を眺めていると、私はその後ろ姿に抱きつきたくて仕方なくなった。
スリッパを脱ぎ、引き付けられるように彼女のところまでたどり着くと、その背中にそっと手を置いた。
ビクッ
大きな反応を見せた彼女の小さな体を腕ごと包んで抱きしめる。
彼女が両手でグラスを持ったまま、少しだけ振り向く。けれど、唇が触れてしまいそうなくらい近くに私の顔があるのに気づいて、またすぐに前を向き直してしまった。
「びっくりしたなぁー、もう。どうしたんですか?」
彼女が動揺を隠そうとしているのが手に取るように分かった。
揺さぶりたい……
「ねぇ、三ツ矢さんは私のこと嫌い?」
「……嫌いなんてことは……ないです」
「じゃあ……好き?」
「…………」
やっぱり好きとは言ってくれない。
彼女を抱きしめる私の手のひらは胸より少し上のところに置かれていたけど、そこからでも彼女の心臓の動くスピードが速まるのが伝わっている。
私に何かを想ってくれてるはずなのに、心の内を少しも見せてくれない。彼女がどうしたいのかが分からない。
「こうして何も言ってくれない一秒が、私には一時間にも感じるくらい辛いこと、三ツ矢さんは全然分かってない……もうやだ……」
私は出口の見えないやるせなさに、わがままになり始めていた。
すると、彼女はゆっくりと振り向きうつ向いた顔を上げて私を見つめた。その目の中に迷いと罪の意識、そして欲望が隠れていることに私は気づいていた。
「好きじゃないならはっきりそう言って……」
「好きじゃないなんてことないです……」
「そんな言い方はイヤなの!」
「…………好きです」
絞り出したように漏らした彼女のその言葉を聞いて、体の色んな部分が固くなっていく……
「どうなふうに好きなの?お客さんとしてだけ?」
「そうゆうわけじゃ……」
「ねぇ……じゃあ、どんなふうに好きなの?」
私は彼女の肩に両手を置き、体を合わせた。頬が頬に、胸が胸に、太ももが太ももに当たっている。誘うように全身をこすりつけながら耳元で聞いた。
彼女は何も言えないでいる……
「ちゃんと答えてくれたら、欲しいもの、何でもあげるよ……?」
お酒は私をいつになく強気にさせていた。
「それ、本当ですか……?本当に欲しいものくれるんですか?」
すると突然、彼女は私の上半身に手をついて空間を作り、顔をのぞき込んできた。
目の色が変わっている。その奥にある狂気に怯えゾクッとしつつも、快感が走る。
「……本当だよ、あげるから……言って……」
私は必死に耐えていた。
彼女に貪《むさぼ》られたい欲求を抑え込んで、悦びがもっともっと増幅する何かを待っていた。
「……私は……中谷さんの全部が欲しいです。心も体も全部……。お客さんとしてじゃない、いつもそうゆうふうに中谷さんを見てます……これで、いいですか?」
「うん……。じゃあ、あげる……三ツ矢さんが欲しいもの全部あげるね……」
我慢しきれず、私は彼女にキスをした。
彼女の手が背中に回る。
私は本当に彼女にすべてを与えるつもりでいた……
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