私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第一章 さいかい

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 名残惜しむ澄彦さんを座敷に残し、私と玉彦は彼の母屋へ向かっている。
 澄彦さんに付き合っていたら、夜が明けてしまうと玉彦が切り出して脱出することが出来た。

 私は先を歩く玉彦の無防備で大きくなった手に軽く触れた。
 するとその手は遠慮していた私の手を引いてくれる。
 あの頃に戻ったようだった。

 私の荷物はいつもの部屋に運び込まれていると思いきや、何故か玉彦の私室にあった。

「すまない。あの部屋に居座っているものがいる」

 赤いキャリーバッグを部屋の隅へと移動させながら、私は曖昧に笑って、ちょっとだけ嫌な気分になった。
 だってあの部屋は、私がこの屋敷に来たら必ず使っていた部屋で、思い出がいっぱいだったから。
 他の人が使っているならともかく、彼の花嫁候補がそこにいると思うと胸が張り裂けそうになる。

「比和子」

「なに?」

「少し話せるか?」

「あ、うん」

 障子を開き、外の縁側に腰かける。
 手は繋がれたままだ。

「巻き込んでしまって、すまないことをした」

「べっ別に気にしてないよ。私でお役に立てるなら、なんでもこいだよ」

 薄く笑った玉彦は、瞼を伏せた。
 相変わらず睫毛が長い。

「お前に会えるのはまだ先のことだと思っていた」

 繋がれた手がギュッとされると、私の胸もキュッとなる。
 私もだよ。
 高校を卒業してからか、大学を卒業してからだと思ってた。
 だってそうじゃないと……。

「だからこうしてまた会えて嬉しい」

「私もだよ、玉彦」

 見つめ合って笑えば、離れていた四年の歳月は吹っ飛んでしまう。
 お互いちょっと大人になったけど、こうしているとあの夏休みの続きみたいだった。

「明日、皆に会いに行こうな」

「あ、そうだった。お祖父ちゃん家にも行かなきゃだったんだ」

 お母さんから夏子さんに贈り物を預かっていた。
 二人の子供は同じ年で、何かといつも長電話していた。 
 で、お母さんがいつもヒカルの洋服を買っているお店で、夏子さんの子供の希来里ちゃんにお揃いの洋服を何枚も買っていて。

「こちらに滞在中はどこに居る? じい様のところか? それともここに居てくれるか?」

 玉彦の聞き方はズルい。
 そう言われたら、ここに居るしかない。
 と言うか、何も考えずに家を飛び出してしまったから宿泊先なんて頭になかった。

「邪魔じゃなければ、お世話になろうかな」

「南天も喜ぶ。俺は最近甘いものを食べなくなったからな」

「相変わらずなんだね」

 南天さんの料理の腕前、特にスイーツに関してはプロもびっくりだ。
 私は何度彼のスイーツに釣られたことか。
 明日はバケツプリンを用意してくれるって約束したし、楽しみだ。

「あ、そう言えば玉彦、鈴はどうしたの?」

「隠された。もしかしたら捨てられてしまったのかもしれぬ」

 誰に? と聞くまでも無かった。
 きっと多分、花嫁候補にだ。

「鳴らしても反応ないし、心配してたんだ。でも元気そうだから安心した」

 そういう理由なら、彼を責めることは出来ない。
 でも沸々とまだ会ったことも無いその花嫁候補とやらに怒りが沸く。

「明日、探そう? 私が探せば出てくるよ」

「そうだな」

 私と玉彦はそれから肩を寄せ合って、無言のまま時を過ごした。
 話したいことは沢山あったけれど、私は玉彦に逢えただけで感無量だったし、玉彦は玉彦で目が合うと微笑んでは俯くし。
 そんなことを繰り返して、そのうちに私は眠ってしまった。
 大きな大きな溜息が隣で聞こえたような気がする。





 爽快な朝の目覚めだった。

 雀の囀りと、控えめな朝日。

 私はお布団の中で一伸びする。
 
 ひっさびさに良く寝たー!
 家に居たら私よりも早起きなヒカルの襲撃を受けるんだもの。

 そしてふと。冷静になれば。
 あれ、ここって玉彦の部屋じゃん。
 昨晩、私、いつの間にお布団に入ったんだっけ?
 部屋を見渡せば、誰も居ない。
 でも私の足元の横には、折りたたまれたお布団が一組。
 多分、玉彦の。

 まさかまさかまさか。

 私は再び横になって悶えた。

 お年頃の男女が二人。

 同じ部屋で寝ていたなんて!

「何をしている。用意しろ。朝餉だ」

 スラリと襖を開けたのは上半身裸の玉彦で。
 てゆうか、黒いボクサーパンツ一枚の玉彦で。
 寝起きの私には刺激が強すぎた。
 肩にタオルを掛けて、部屋にある箪笥から作務衣を物色している。

「あ、あ、あんた、朝からなんて格好してんのよ!」

「修練後風呂に入っていた。何を赤くなっている」

 事もなげに玉彦は着替えを始める。
 その左腕には引き攣った傷跡が盛大に残っていた。

 あれは猿彦が付けた傷。
 決して消えることのない。

 思わず立ち上がってそれに触れれば、玉彦はびくっと身体を揺らす。

「なんだ」

「あ、ごめん」

 今度は玉彦が赤くなっていた。

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