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第三章 しきいし
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しおりを挟む玉彦の後に続き外に出ると、夜風が頬を撫でる。
ひんやりと夏の田舎の夜は過ごしやすい。
石段を転げ落ちないように慎重に降りれば、下には既に宗祐さんと豹馬くん、そして竹婆が車で待っていた。
てっきり南天さんが私と共に来るのかと思っていたので、豹馬くんがいることに驚く。
どうやら澄彦さんから緊急の呼び出しを受けたらしく、物凄く不機嫌だった。
「上守。お前、本当トラブルメーカーな」
「そんな豹馬くんは、巻き込まれ体質だねっ」
ワザと明るく言って満面の笑みを作れば、彼はがっくりと項垂れる。
宗祐さんが運転し、助手席には豹馬くん、後部座席には玉彦、私、竹婆の席順だ。
「して、玉彦様。本日のお役目はどのように?」
宗祐さんが巧みなドライビングテクニックで、鈴白村の隣村、緑林村の山道を走り抜ける。
「緑林の敷石には、朱い隠がいる。小さき者ゆえ、抑え込んで剥がしてしまえば終いだ」
「そんな簡単に出来るの?」
私の疑問に、玉彦は鼻で笑う。
ちょっとムカつく。
「前回の隠は身の丈三メートルはあった。それに比べれば問題ない」
そんな鬼と対峙してたんだ……。
なかなか敷石の中の話をしてくれなかったので、今こうして聞けば、なんて無茶なことをと思う。
そうして山の中の山道の外れ。
誰も踏み入れない雑草だらけの野原に苔むした鬼の敷石は立っていた。
丁度私の身長の半分くらい。
豹馬くんの説明によれば、敷石の大きさは封じられた隠と同じなのだそうだ。
よくよく敷石を見れば、踝にある印と同じ紋様が彫ってある。
車から降りたのは、四人。
竹婆は出番が来たら呼べと言って寝てしまった。
白い着物の玉彦と、山伏のような恰好の宗祐さんが敷石の前に立つ。
玉彦が手にしていた黒い扇で口元を隠し何かを囁けば、重そうな敷石が前後左右に揺れ始めた。
そしてゆっくりと敷石がずれて、地中へと続く階段が現れる。
私はてっきりファンタジーの世界のように、敷石から別世界に行くものだと……。
隣の豹馬くんはそんな考えを見通す様に、残念そうにこちらを見る。
絶対私のこと、馬鹿な子だって思ってる。
懐中電灯を持った宗祐さんが玉彦の後から付いて降りていく。
玉彦は明かりが無くても視えているみたいだった。
二人の姿が完全に見えなくなって、豹馬くんは敷石に一枚の御札を貼った。
目をやれば、どこかで見たことがある。
あれは、玉彦直筆の御札だ。
私を九児から守ったこともあるとても頼りになる御札だ。
「後は二人が戻るのを待つだけだ。上守、車の中にいても良いんだぞ?」
豹馬くんは草むらに無造作に座り、敷石の中を覗き込むようにしていた私に声を掛ける。
「ここにいる。待ってる」
「好きにすれば良いけど。具合悪くなったらすぐに言えよ」
私が頷けば、彼は微笑んだ。
「上守、変わってないよな」
「えっ。綺麗になったって亜由美ちゃんとか言ってくれたんだけど」
「見た目じゃなくて、中身。真っ直ぐ。ひたすら真っ直ぐだ」
「そう?」
「鰉ともめた時も、祭りの須藤の喧嘩の時も、白猿の時も。いつも自分の道を行ってた」
「そ、そうかな?」
良く解かんないけど、多分褒められてるんだよね?
「だから玉様が惹かれてるんだな」
「へっ?」
「玉様はもう道がある程度定められているだろ。だから自分の道を選んで進むお前が眩しいんだよ。オレもだけど」
「そう、なのかな」
「オレたちって子供の頃は限られた世界で生きてるから、上守が現れて、玉様のこと呼び捨てにして、本気で喧嘩して。あの夏はオレたちにとってセンセーショナルだったよ」
豹馬くんはあの夏のことを思い出して、笑っている。
「馬鹿玉とか誰も言えねーよ。しかも白猿の件を解決して須藤を救って、御倉神を正武家に招き入れ、惣領息子の玉様を虜にして、颯爽と消えて。そのあとはずっと放置状態だったろ。オレ、お前のことカッコいいって思った。潔くてヒーローみたいだった」
「女の子にカッコいいってどうかと思う」
私が頬を膨らませれば、豹馬くんはポケットを探って、いちごあめをこちらに放り投げる。
「そしてまた、玉様が面倒事に巻き込まれていたら、颯爽と登場。そして新たに問題を巻き起こすところが上守らしい」
むっ。これは褒められていないぞ。
「オレは稀人になった。須藤もだ。お前はどうする、上守。惚稀人のお役目を受けるのか?」
突然豹馬くんの目に射竦められ、私は困ってしまった。
玉彦にもまだしていない答えを、豹馬くんに聞かせても良いのか。
そもそもまだ答えなんて、出ていない。
一緒にいたいけど、それがいつからなのか。
まだ先は、二人の未来は決まっていない。
「もし上守が正武家になるのなら、オレと須藤は全力で玉様とお前と、その先出来る子供を護ることになる。オレは他の誰でもない、あの夏、ヒーローだった上守の為なら、須藤は白猿を退治する一族の悲願を達成させてくれた上守の為だったら、命を捨ててでも稀人の役目を全うする。そして玉様を中心とする次代の正武家の稀人仲間として、上守を歓迎するよ」
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