私と玉彦の六隠廻り

清水 律

文字の大きさ
22 / 51
第三章 しきいし

しおりを挟む

 あれから四年。
 豹馬くんは御門森の稀人としての自覚がしっかりと芽生え、成長していた。
 鬼の敷石に目をやれば、まだ誰も上がってくる気配はない。
 私は深呼吸して、豹馬くんの隣に座り込んだ。

「玉彦のことは大好きだし、この先も想いは変わらない。だからいずれそうなるとは思う。でもそれがいつなのか、決めてないの」

「すぐにでもなればいいだろ」

「かっ、簡単に言わないでよ。私だってまだ学校生活楽しみたいし!」

「は?」

「え?」

「いや、上守。惚稀人って、本殿に上がって二人で産土神に命(めい)を賜るだろ。それで上守は産土神からすれば正武家の一員だ。戸籍とかは神様は関係ない」

「えっ?」

「だからさっさと本殿に上がらせてもらえよ。何やってんだよ二人とも」

「でもそうなったら、すぐに結婚とか……」

「出来ないだろ。玉様、大学行くし。学生結婚もアリだろうけど」

 玉彦、やっぱり大学行くんだ……。
 初耳だ。

「でも、まだ私。覚悟が出来てない……」

 玉彦とは一緒にいたい。
 でもそれだけじゃダメだって思う。
 私は正武家のこともこの村のことも、よく理解していない。

「上守らしくないな」

「何がよ」

「真っ直ぐ進んでけよ。自分の気持ち通りに。変わらない想いだと実感してるなら、もう結論出てるだろ。てゆーか、頼む。さっさと玉様と正式にくっついてくれ」

「え、何か今私情が入ってなかった?」

「聞いてくれ、上守。オレも須藤も玉様付きの稀人なんだ」

「うん、知ってるよ?」

 宗祐さんは先代、南天さんは澄彦さんの付き人だ。

「オレ達の代までは、皆正武家当主が年上で、稀人が年下だから何も問題が無かった」

「だから、どうだっていうのよ。回りくどいわね」

「自身が仕える当主より先に、稀人は例え片時であっても相人や子供を作ってはならない」

「えっ、えええっ!?」

 それって彼女作っちゃいけないってこと?
 青春真っ只中なのに!?

「玉様は特殊なんだよ……。上守が離れているからずっと片思いみたいなもんだ。そんな玉様を差しおいてオレ達が遊べると思うか!?」

「あぁ、うん。無理だね……」

 玉彦が良いって言っても、宗祐さんが許さなさそう……。

「だから、頼むぞ上守! 稀人仲間として!」

「あ、うん」

 必死な豹馬くんのお願いを了承し、私は覚悟を決める。
 深く考えることなんてない。
 全然簡単なことだった。
 四年前のあの日に私はもう、決めていたんだ。
 知らないのなら、これから知っていけば良いだけの話なんだ。


 ジリジリと鬼の敷石に貼られていた御札が燃える音をだす。
 二人で見上げれば、御札は半分辺りまで煤けている。

「ちょ、豹馬くん!?」

「何かあったみたいだ」

 お尻の草を払って、敷石の中を覗き込む。
 すると、揺れる光が段々と結構な速さで登って来る。
 懐中電灯を持っているのは宗祐さんで、その光がはっきりとしているということは、玉彦はその後ろを走っている。
 失敗したのだろうか。
 前回の時と比べて、早すぎる。

「上守、竹婆を起こせ!」

 私は返事をする前に走り出して、後部座席のドアを開ける。
 すると座りながら寝ていた竹婆が声を掛ける前にパチリと目を開く。
 寝ていたというよりも、瞑想していたのかもしれない。

「ゆきますか、惚稀人様」

「はい」

 そうして竹婆が車から降りた時だった。
 私たちの足元が淡く白く光り出し、ゆっくりと手が。手の群れが鬼の敷石目掛けて伸びてゆく。
 この光の手の群れは、玉彦にお力を貸す山神様のもの。

「玉彦殿もやりおる」

 竹婆がニヤリと笑い、満足そうに頷く。
 そして敷石の中から宗祐さんが飛び出し、続いて玉彦が出た直後。
 私は確かに見た。

 敷石の闇から二人を追ってきたもの。
 小さな子供。
 でもその頭には立派な角が額から生えていて、筋肉隆々。
 瞳は黒目しかなく、確実に人間ではないとわかる。
 隠が敷石の下から出てしまうと思いきや、山神様の手の群れが隠を押し返す。
 けれど隠が外へと伸ばした一本の腕だけ、敷石の入り口から生えていた。

 竹婆に手を引かれ、私はその腕のところへと移動する。
 よくよく敷石の中を見てみれば、山神様の手の群れが隠を押さえつけ、腕だけ動かせるようにしている。
 その様子を玉彦は見下ろし、腰をすとんと下ろす。

「比和子、来い」

 呼ばれて玉彦に向き合い、腕を引かれて首に抱き付く。
 無事で良かった。
 耳元でささやけば、背中を撫でられる。
 そして、我慢しろ、と言われて私の身体は強張った。

 当初の計画通り、隠の腕は切落とさずに爪を一枚だけ剥がす。
 そして私の踝にある牡丹の花弁を一枚剥がす。
 その行為は激し痛みを伴い、悲鳴は玉彦の胸の中に吸い込まれる。

「終わりました」

 竹婆の言葉に一息ついて、私は踝を確認する。
 確かに一枚剥がれて、残りは四枚になっていた。
 竹婆の手にある隠の爪は私のものよりも小さく、本当に子供のものの様だった。
 それを受け取った玉彦は、山神様の手の群れを掻き分け、隠の小指へと戻す。
 その手のひらはやっぱり小さくて、私は思わず駆け寄り、先ほど豹馬くんから貰ったいちごあめを握らせた。

 ごめんね、ありがとうって思いながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...