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第三章 しきいし
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しおりを挟むあれから四年。
豹馬くんは御門森の稀人としての自覚がしっかりと芽生え、成長していた。
鬼の敷石に目をやれば、まだ誰も上がってくる気配はない。
私は深呼吸して、豹馬くんの隣に座り込んだ。
「玉彦のことは大好きだし、この先も想いは変わらない。だからいずれそうなるとは思う。でもそれがいつなのか、決めてないの」
「すぐにでもなればいいだろ」
「かっ、簡単に言わないでよ。私だってまだ学校生活楽しみたいし!」
「は?」
「え?」
「いや、上守。惚稀人って、本殿に上がって二人で産土神に命(めい)を賜るだろ。それで上守は産土神からすれば正武家の一員だ。戸籍とかは神様は関係ない」
「えっ?」
「だからさっさと本殿に上がらせてもらえよ。何やってんだよ二人とも」
「でもそうなったら、すぐに結婚とか……」
「出来ないだろ。玉様、大学行くし。学生結婚もアリだろうけど」
玉彦、やっぱり大学行くんだ……。
初耳だ。
「でも、まだ私。覚悟が出来てない……」
玉彦とは一緒にいたい。
でもそれだけじゃダメだって思う。
私は正武家のこともこの村のことも、よく理解していない。
「上守らしくないな」
「何がよ」
「真っ直ぐ進んでけよ。自分の気持ち通りに。変わらない想いだと実感してるなら、もう結論出てるだろ。てゆーか、頼む。さっさと玉様と正式にくっついてくれ」
「え、何か今私情が入ってなかった?」
「聞いてくれ、上守。オレも須藤も玉様付きの稀人なんだ」
「うん、知ってるよ?」
宗祐さんは先代、南天さんは澄彦さんの付き人だ。
「オレ達の代までは、皆正武家当主が年上で、稀人が年下だから何も問題が無かった」
「だから、どうだっていうのよ。回りくどいわね」
「自身が仕える当主より先に、稀人は例え片時であっても相人や子供を作ってはならない」
「えっ、えええっ!?」
それって彼女作っちゃいけないってこと?
青春真っ只中なのに!?
「玉様は特殊なんだよ……。上守が離れているからずっと片思いみたいなもんだ。そんな玉様を差しおいてオレ達が遊べると思うか!?」
「あぁ、うん。無理だね……」
玉彦が良いって言っても、宗祐さんが許さなさそう……。
「だから、頼むぞ上守! 稀人仲間として!」
「あ、うん」
必死な豹馬くんのお願いを了承し、私は覚悟を決める。
深く考えることなんてない。
全然簡単なことだった。
四年前のあの日に私はもう、決めていたんだ。
知らないのなら、これから知っていけば良いだけの話なんだ。
ジリジリと鬼の敷石に貼られていた御札が燃える音をだす。
二人で見上げれば、御札は半分辺りまで煤けている。
「ちょ、豹馬くん!?」
「何かあったみたいだ」
お尻の草を払って、敷石の中を覗き込む。
すると、揺れる光が段々と結構な速さで登って来る。
懐中電灯を持っているのは宗祐さんで、その光がはっきりとしているということは、玉彦はその後ろを走っている。
失敗したのだろうか。
前回の時と比べて、早すぎる。
「上守、竹婆を起こせ!」
私は返事をする前に走り出して、後部座席のドアを開ける。
すると座りながら寝ていた竹婆が声を掛ける前にパチリと目を開く。
寝ていたというよりも、瞑想していたのかもしれない。
「ゆきますか、惚稀人様」
「はい」
そうして竹婆が車から降りた時だった。
私たちの足元が淡く白く光り出し、ゆっくりと手が。手の群れが鬼の敷石目掛けて伸びてゆく。
この光の手の群れは、玉彦にお力を貸す山神様のもの。
「玉彦殿もやりおる」
竹婆がニヤリと笑い、満足そうに頷く。
そして敷石の中から宗祐さんが飛び出し、続いて玉彦が出た直後。
私は確かに見た。
敷石の闇から二人を追ってきたもの。
小さな子供。
でもその頭には立派な角が額から生えていて、筋肉隆々。
瞳は黒目しかなく、確実に人間ではないとわかる。
隠が敷石の下から出てしまうと思いきや、山神様の手の群れが隠を押し返す。
けれど隠が外へと伸ばした一本の腕だけ、敷石の入り口から生えていた。
竹婆に手を引かれ、私はその腕のところへと移動する。
よくよく敷石の中を見てみれば、山神様の手の群れが隠を押さえつけ、腕だけ動かせるようにしている。
その様子を玉彦は見下ろし、腰をすとんと下ろす。
「比和子、来い」
呼ばれて玉彦に向き合い、腕を引かれて首に抱き付く。
無事で良かった。
耳元でささやけば、背中を撫でられる。
そして、我慢しろ、と言われて私の身体は強張った。
当初の計画通り、隠の腕は切落とさずに爪を一枚だけ剥がす。
そして私の踝にある牡丹の花弁を一枚剥がす。
その行為は激し痛みを伴い、悲鳴は玉彦の胸の中に吸い込まれる。
「終わりました」
竹婆の言葉に一息ついて、私は踝を確認する。
確かに一枚剥がれて、残りは四枚になっていた。
竹婆の手にある隠の爪は私のものよりも小さく、本当に子供のものの様だった。
それを受け取った玉彦は、山神様の手の群れを掻き分け、隠の小指へと戻す。
その手のひらはやっぱり小さくて、私は思わず駆け寄り、先ほど豹馬くんから貰ったいちごあめを握らせた。
ごめんね、ありがとうって思いながら。
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