私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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最終章 ひっこし

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「あの、まだ護衛はもしかして必要ないんじゃないかと」

 おずおずと手を挙げて発言してみる。

「なぜそう思う」

「藍染村で蔵人が立ち去ったのは左腕を取り返すため、だと思う」

「どういうこと? 比和子ちゃん」

「私、咄嗟に蔵人に言ったんです。左腕がない蔵人には、私を護ることは出来ないって。そうしたら頷いて去ってしまって。だから私か小百合さんの前に立つ時には左腕があることが絶対条件なんです」

「左腕が正武家にある限り、蔵人は鈴白の君を護るに相応しくない、か。面白いことを言ったもんだねぇ。蔵人を始めとする隠は鈴白の君を護ることが縛りになっている。それを逆手に取ったのか」

「比和子にしては上出来だ」

 含みをもった褒め方の玉彦を一睨みする。
 私だって咄嗟とはいえ考えたのだ。

「でもそれは確実ではないから、やはり手は打つ必要があるね。玉彦、学校でのことは一任する。左腕に関しては封を施してから、本殿に置く。あそこに隠は入られない。それから、北陸での鎮めは移動を含めて二週間は掛かる。その間、少しでも不穏があれば比和子ちゃんと小百合さんは学校を休み、屋敷で万全の体勢を。玉彦、豹馬、須藤も同様だ。あぁ、それと。宗祐と南天、どちらを置いていく?」

「南天」

「心得た。以上である。父はこれから準備等々で忙しい。稀人を招集し、打ち合わせを行え。優先すべきは何か解っているな」

「……蔵人の封印」

「色恋に溺れ、正武家の役目の優先順位を間違えるなよ」

 優先すべきはお役目。
 私は二の次。
 澄彦さんはチャラくて甘いように見えるけど、実際は違う。
 正武家の当主としてお役目を第一に置き、それ以外のことは適当な節がある。
 四年前、玉彦が白猿に腕を噛まれ離さなかった際には、息子に対して腕の一本くれてやれと太刀を振り下ろすような人なのだ。
 竹婆が言っていた、正武家は冷静で公平な判断を下さなくてはならない。
 その為には冷徹であることも時には必要なんだろう。
 お役目で下された判断で私の犠牲が已む無しだった場合、きっと『澄彦様』は実行する。
 それで、きっとそのあとに私の為に『澄彦さん』は悲しんでくれる。
 そんな人だと私は思う。

 当主の言葉に玉彦は返事をせずに黙って頭を下げた。
 私も隣に倣って同じように下げる。
 この低頭はどちらなんだろう。
 わかりましたなのか、それはできません、ごめんなさいなのか。
 横目でチラリと玉彦を盗み見ても、その真意は無表情に阻まれてわからなかった。

 澄彦さんはその日の夕方のうちに、宗祐さんと御門森の数名と共に正武家を後にした。
 北陸の五箇山へ鎮めにいくお役目だそうで、昼餉が終わった後、二人で話し込んでいたので私は座敷を退出して部屋で着替えた。
 澄彦さんを見送り、私と玉彦は石段に座り、夕陽を眺めている。
 座る前には石段をしっかりチェックしたので、もう華隠を付けられることはない。

「明日の午前に豹馬と須藤が来る。比和子も共にあるように。それと後藤の娘、頭が痛いが香本も必要か。あとは……」

 玉彦は独り言のように呟く。
 当主である澄彦さんが不在の今、彼にその決定権があり、かなりの重圧があるのではないかと心配したけれど、当主不在時の任に関しては幼い頃から押し付けられていたそうで、逆に澄彦さんがいない方が楽だと玉彦は笑う。
 隣で考え込む玉彦をよそに、私はぼんやり気味だ。

 怒涛の展開をみせた夏休みだった。

 御倉神の登場から始まった一連の出来事は、誰かの意志のように感じる。
 意志であり、意思ではない。
 これがもしかして正武家に関わる神様たちの惚稀人を正武家に招き入れるための作戦だったなら、大層大仕掛けだと思う。
 全てのことが正武家を栄させるために無理なくそうあるようになっている。
 絶対に有り得ないと思っていた私の編入話もそうだ。
 そこはもう何とか前みたく夏休み終わりギリギリで解決して、結局試験は受かったけど、やっぱり解決したから通山に帰ります~ってオチになるのだろうと私は思っていたのだ。

 それが、どうしてこうなった。

「比和子?」

 ぼんやりし過ぎて、玉彦が訝しげに私の顔を覗き込む。

「何でもない。大丈夫。ちょっと今年の夏休みも色々あったなぁって」

「……お前がいる夏はいつも騒がしくなる」

「そうなの!? 鈴白っていつもこんな不可思議事件ばっかりじゃないの!?」

「ここは正武家が治める土地ぞ。こんなことは滅多にない」

 そうだよなぁ。
 こんな事ばかりだったら、村の生活に支障が出るよねぇ。

「お前に再会して思うことがある」

 玉彦は神妙に話を始めた。
 これは好きだよ、うふふって感じではなくて、正武家に関する大事な話だと直感的に感じる。

「惚稀人が一人。南天は父上の稀人ではあるが、宗祐が引退しない限り俺に付く。よって稀人が三人。これ以上は増えようがないが、あと一人増えるとすれば父上が今、亡くなられた場合だ」

 なんて不吉な。
 私が顔を顰めると、玉彦は有り得ないことではないという。
 そうだけど、澄彦さんがそう易々と簡単に死んじゃうことはないと思う。

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