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玉彦のこころ
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しおりを挟む蝉時雨という季語がある。
蝉の声が時雨の様だという意味である。
けれど時雨って秋から冬に降るので、夏の季語と教えられても納得できなかった中学生の時の私。
夏らしい蝉がくっ付いているから夏なんだろうけど、じゃあ西瓜吹雪といって西瓜の種を飛ばす様も私の造語だけど季語かと先生に聞けば、それはただの趣の無い屁理屈だと諭された。
そんなことをふと思い出した。
正武家の大きな表門を見上げる。
お屋敷を取り囲む木々から蝉時雨が降り注ぐ。
季節は夏。
私が神守の眼を使って入り込んだ玉彦の世界は、ここだった。
何もない空間ではなく、正武家の表門に私は降り立った。
この世界のどこかに玉彦は必ずいる。
今度は私が見つけ出して一緒に帰るんだ。
そう意気込んで表門を通る。
「どうかされましたか?」
「うあぁっ!」
突然声を掛けられて私は飛び上がった。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには竹箒を持った南天さんがいた。
けど、なんか若い。
さっき見上げた表門もやけに大きく感じたし、まさかと思って自分の手を見ると少しだけ小さい。
ここは玉彦の記憶の中だ……。
私の時の様に造り上げた現実の世界ではなく、過去のものだ。
「えっと、すみません」
「はい、何でしょう?」
このやり取り、覚えてる。
私は思い出しながら南天さんと会話を進める。
このまま上手くいけば玉彦に会えるはずで。
「せっかく茶を入れたんだ。飲んでいけ」
幼い声に振り向けば、そこにおかっぱ頭で作務衣の中一の玉彦が赤い敷布に座っていた。
駆け寄って抱きしめたくなるけど、この時は初対面だからそんなことできない。
でも玉彦はこの時にはもう、表門を通って現れた私を惚稀人だと認識していて、一目見て好きになってくれたはずで。
嬉しさと懐かしさで大木の下で無表情を貫く玉彦のところへ移動すると、私は気がついてしまった。
玉彦の耳が赤くなってる。
無表情で不機嫌そうに見えたけど、本当は一生懸命に自分の感情を隠してたんだ。
口元が緩みそうになって慌てて引き結んだ。
ここは過去の記憶だけど、おかしな行動をするとどこかに影響が出てしまうかもしれない。
「俺は玉彦。お前は?」
「上守比和子」
二度目の自己紹介を皮切りに、私は再び玉彦とあの夏を過ごすことになった。
とは言うものの、本当に夏休みをリアルタイムに過ごすわけではない。
断片的な記憶の中ではいきなり場面が切り替わるのだ。
その度に私は自分の記憶を掘り起こす羽目になり、結構疲れる。
でも玉彦の記憶はどれもこれもが正確で、彼の頭の良さの一端を覗いた気がする。
私は辛抱強く、玉彦の記憶の流れで待っている。
中学生から高校生。大学生になって結婚して。
入り乱れる記憶の中でただ一つの記憶を。
そしてようやくその時が訪れた。
ハンドルに両手を乗せて頭を預けた中川さんの記憶から、場面が切り替わった。
黒い着物に赤の差し色。
おかっぱ頭の玉彦。
そしてその玉彦の袂を掴む私。
竜神の荒魂を追い払って、玉彦が私をお布団に寝かせて立ち上がろうとした瞬間だった。
この時、私は玉彦に『怖い夢を見る?』と聞いたはずだ。
でもその前に言わなくてはいけない言葉があったのだ。
「なんだ」
やっぱりこの時も無表情だけど、裾を私に掴まれて動揺しているのが解る。
一緒に過ごした日々が玉彦の乏しい表情を読み取らせてくれていた。
「玉彦。助けてくれてありがとう」
「あ、あぁ」
「それと私、玉彦が穢れてるって思ったことないから。これまでもこれからもずっとそんなこと思わないから!」
「なんだ、いきなり」
「だってさっき何かが私の口からそう言ったじゃん。あれ私の本心じゃないからね!」
「……わかっている」
小さく呟いた玉彦はやっぱり少なからず傷付いていたのだろうと思う。
「玉彦は何があっても玉彦で、穢れたりなんてしないんだから!」
「穢れない?」
「そうだよ!」
「そうか……」
「そうだよ!」
意気込んだ私に玉彦が笑みを漏らした。
その笑顔に胸がきゅんとなる。
玉彦ってばこんな時でも、無駄に可愛い。
「お前がそう言うのならそうなのだろうな。根拠はないが」
「そうよ!」
と言って私は記憶の軌道修正を図る。
この後玉彦にはここで一緒に手を繋いで寝てもらわなければならないのだ。
「という訳で、ちょっと聞きたいんだけど。このまま寝たら怖い夢、見る?」
寝たまま上目遣いで出来るだけ可愛らしく言ってみた。
これが玉彦の記憶として残るなら、可愛くありたいって思ってしまう私。
「大丈夫だろう。とりあえずあらたまは祠に戻った」
「本当に?」
玉彦は溜息を付いて座り直す。
そして裾を握っていた私の手を握る。
「お前が眠るまで、こうしていてやる。今日だけ。今日だけだ」
「うん」
姿勢正しく座る玉彦が空いた手で私の髪を梳く。
私は玉彦にそうされて眠りにつくのが大好きだ。
ゆっくりと瞼を閉じれば記憶の場面が切り替わり、私は白い世界で目覚めた。
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