わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第五章 おまつり

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 この村でいうところの大人は、数えで十四歳。
 現代でいうと、十三歳。

 私は明日、誕生日を迎えて『大人』になる。

 奇しくもその日は村のお祭りの日で、私はお誕生日会の代わりにお祖父ちゃんたちからお小遣いを沢山もらった。
 それはお年玉に匹敵するような額で、到底お祭りで使い切れるものではなかった。

 お祖父ちゃんの村のお祭りは私からしたらかなり特殊で、お祭りの宵から村中の大人は余程の用事がない限り、神社に集まる。
 そこで何をするのかというと、三日三晩呑んだくれてしょうもないと教えてくれたのは夏子さんだ。
 村中の家が留守になると泥棒が入るんじゃないかと思うんだけど、その辺は考慮されていないらしい。
 お祖父ちゃん曰く、そんなことをする輩はバチが当たるそうだ。
 着々とお祭りに向けて浮足立つ村は、家の前に七夕のような青竹を使った飾りを掲げ、一度亜由美ちゃんと見に行った神社は、誰も彼もが忙しそうに掃除をしたり、何かを運び入れたり出したり。

 その中でも私の目を引いたのは、神社の建物の奥に設置された五段からなる等身大の雛壇だった。
 一段目を除き、ひな祭りみたいな装飾家具が豪華絢爛に飾られている。

 亜由美ちゃんによれば、それはお祭りの時に選ばれる男女の対がそこに座り、宵の祭りを見守る役目があるそうで、お祭りの一日目が終わると、雛壇は解体されて最終日にお焚きあげする。
 ちなみに亜由美ちゃんは小学一年の時にその役目を担ったらしく、あれは大変で二度としたくないと力を込めて語った。
 そして今年の男女の対は、那奈と玉彦だった。
 元服を終えた正武家の惣領息子が務めるのは恒例で、果たして対は誰が選ばれるのかお年頃の女の子は期待にそわそわしていたらしい。
 なんでそんな大変なことをしたがるのか私には理解できなかったけど、どうやら対になった男女は高確率で結ばれるのだそうだ。
 で、当時の亜由美ちゃんの対は誰だったのかというと、豹馬くんだった。
 以来、ひな鳥の擦り込みの様に豹馬くんを思っていると亜由美ちゃんは恥ずかしそうに教えてくれた。


 でも、よくよく考えれば、それは大変おかしな話だった。
 だって正武家に嫁ぐ女性は、跡取りが出来ると『いなくなる』と言っていたのは叔父さんだ。
 正武家の惣領息子が必ず一度はその役目を務めるのに、肝心の正武家はその恩恵というか言い伝えに当てはまっていないような気が私はするのだ。
 私は小さな疑問を抱えつつも、お祭り当日を迎えた。


 夕方、台所で宴会のためのものすごい量の惣菜を重箱に詰め込み終えた夏子さんが、私の浴衣の帯を締め、ポンと背中を叩き完了を知らせる。

「本当にお誕生会しなくても、大丈夫?」

「大丈夫。だって今日しても誰も来てくれないと思う……」

「確かにねぇ……」

 毎年お誕生日会は、ケーキがあって唐揚げとかポテトサラダとかフルーツババロアをお母さんが用意をしてくれて、親友の小町やお隣の幼馴染の守くんが祝ってくれて。
 でもここには一つもなくて。
 正直私は悲しくて、しかたがなかった。
 ふとまた帰りたい病が発病する。
 ここに来て楽しいことも怖いことも腹が立つこともあって、それなりに楽しかったけれどやっぱり私の居場所ではないことを再認識させられた。
 そんな気持ちなど誰も知らないままこの日を迎えたのだけれど、今朝少しだけ私の気持ちが晴れた出来事があった。

 私が着ているこの浴衣。

 本当はお祖父ちゃんの家にあった昔の青い朝顔の浴衣を着るはずだったけど、今私が着ているのは、黒い浴衣。
 裾に金の刺繍が波のように入れられていて、よくよく目を凝らせば、黒い刺繍が目立たないけど竹を模る。
 背中の首の後ろの紋は、正武家の紋。



「上守比和子さまはおられるか」

 朝、みんなでご飯を食べていると、玄関で女の人が私を呼んだ。
 チャイム鳴らせばいいのに。
 お祖父ちゃんはその声を聞くと、箸を落とした。

「松か梅のババ様じゃ!」

 誰と聞く間もないほどお祖父ちゃんは慌てて、私の二の腕を引き玄関に向かう。
 そこには玉彦の屋敷の裏門にいた、お婆さんが包みを持って立っていた。

「梅、いや松様!」

 お祖父ちゃんには二人の区別がつくらしく、駆け寄った。
 私は箸とお茶碗を持ったままだ。

「おぉ、三郎どの。比和子さまも」

 松様と呼ばれたお婆さんが私を見て、眉をしかめたので両手に持っていたものを靴箱の上に置く。

「玉彦様からお届け物でございます」

 松様は恭しく緑色の風呂敷を私に差し出した。

「私にですか?」

「はい。本日はめでたき日にて、贈られると」

「あ……ありがとうございます……」

 受け取ると風呂敷は思っていたよりも重く、何が包まれているのか見当もつかなかった。
 一瞬、玉彦の御札でも山ほど包まれているのかとも考える。

「お召くださいませね。わたくし共で仕立てたものですが」

「なんともったいない!」

 お祖父ちゃんはいつの間にか正座して、頭を下げる。
 私はポカーンとしたまま松様が静々と退場するのを見ていた。
 そして茶の間でみんなが風呂敷を取り囲み、結びを解けば現れたのはこの浴衣だった。

 黒地に金の刺繍。襟や袖ぐり、裾には赤の差し色。
 帯は瑠璃色と牡丹色の二種類。
 その他巾着や下駄など一式。

「こっ、これは」

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは広げた浴衣の一つ紋を見て、絶句している。

「どうしたの?」

「あら、浴衣に紋なんて初めてみました」

 隣で夏子さんがしげしげと見る。
 私も着物にあるのはお葬式とかで見たけど、浴衣にあるのは初めてだ。

「正武家様のご紋じゃぁ……」

「そんなにすごいことなの?」

「比和子、お前、玉彦様と何をしておるんだ」

「なにってスイーツ食べたり、話したりだけど」

「それ以外になにか、おかしな約束事などしておらんだろうな!」

 約束事といえば、私が大人になったら正武家について教えてくれることくらいだ。

「なにもしてないけど」

 そういうとお祖父ちゃんは私に向き直り、両肩をガシッと痛いくらいに掴んだ。

「二度と正武家様の本殿に上がっては駄目だぞ。何があっても、絶対に駄目だぞ」

「どうしてよ」

「駄目なものは駄目だ。いいか、絶対にだぞ」

「わ、わかった」

 お祖父ちゃんのあまりに真剣な眼差しに、私は訳も分からず頷く。
 私は玉彦から贈られた浴衣に目を落とす。
 アイツ、私の誕生日忘れてなかったんだ。
 思いがけない誕生日プレゼントに、私は笑みが零れた。

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