わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第五章 おまつり

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 私は夕方になり身支度を整えると、お祖父ちゃんの軽トラの絨毯が敷かれた荷台に亜由美ちゃんと乗り込んだ。
 神社までは歩くと遠いし、お祖父ちゃんが送ってくれることになったのは良いんだけど、夏子さんは車で出払っていたので、軽トラに出番が回ってきたけど三人も乗れないってわけで、私たちは荷台に。
 亜由美ちゃんは緑の菖蒲柄の浴衣で、彼女の雰囲気にとても合っていた。

「比和子ちゃんの浴衣、素敵だね」

「あ、うん。ありがと。玉彦がくれたんだー」

「え。玉様から?」

「うん。誕生日プレゼントだと思う」

「そう、なの?」

 亜由美ちゃんは不思議そうに、何か言いたげに私を見る。
 違うんだろうか。
 私はてっきり誕生日のプレゼントだとばかり思っていた。

「だって、それ以外に玉彦が私に何かくれるってないでしょ」

「そう、だよね。うん、そうだ!」

 無理矢理納得した亜由美ちゃんと夏休みの宿題の話や、お祭りの後にある子供達のキャンプ会の話をしていると、いつの間にか軽トラは神社に到着。
 辺りはすっかり暗くなって、ずらっと並んだ屋台の橙色の灯りが幻想的で、私のテンションは一気に上がった。

 亜由美ちゃんと色々な屋台を回っていると、香本さんが合流。
 そして何人かの男子も合流したけど、その中には豹馬くんの姿もあった。

 屋台でたこ焼きとかき氷を食べて、みんなで射的をする。
 一通り満喫してから、私たちが境内へ向えば、この村にこんなに人が居たのかと思うほどの人波に乗せられ、私たちは境内の近くまでやって来て、中を覗き込んだ。
 そこにはあの雛壇に凛と鎮座する玉彦、そして那奈がお雛様の装いで鎮座している。
 そして雛壇の前では、夏子さんが言っていた、しょうもない呑んだくれの酒盛りが始まっていた。
 その中にはちゃっかりお祖父ちゃんと叔父さんもいる。

「うわぁ~……」

 私の呆れた声に、亜由美ちゃんが苦笑する。

「毎年恒例なんよー」

「それにしても、うわぁ~……」

 どん引きする私の二の腕と亜由美ちゃんの肩を抱き、香本さんがにょきっと顔を出す。

「うちらは雛壇にいこっ!」

 大人たちの横を通り過ぎると、何人かの人が私を見て手を合わせる。

「上守の惚稀人様とはあの娘か」

「なんぞ惚稀人様がおるのに、鰉(ひがい)の娘が段に陣取っとるんじゃ」

「ほうよ! 可笑しな話よ! だが玉彦様が良しとしたと聞いたぞ」

 ひそひそとしているはずの声が、私の耳に流れ込む。
 惚稀人は盾であり、段に座る役目があるなんて、私は聞いていない。
 どういう事なんだろうと足が止まる。

 玉彦が教えてくれた惚稀人の意味は、他にもあったんじゃ……。

「聞くな。進め」

 後ろから豹馬くんが私の両耳を優しく包んだ。

「玉様にも玉様なりの考えがある。信じて進め」

 私は耳を塞いでも聞こえる豹馬くんの声に、頷く。
 そして雛壇に辿り着き見上げれば、こちらを一切見ずにただ真っすぐを見る玉彦と、下を見下ろし誇らしげに微笑む那奈と目が合った。

「綺麗ねー」

 亜由美ちゃんは惚けたように雛壇を見上げて、那奈に手を振る。
 大きな動きは出来ないものの、那奈もそれに応える。

「さっさと賽銭入れて、あっちに行こうぜ」

 誰かがそう言って、私たちは小銭を黒い賽銭箱に投げ入れる。
 手を合わせて何も考えていないでいると、バサッと私の前に何かが落ちてきた。
 何だろうと思ってみてみれば、玉彦が持っているはずの笏だった。

 何でこんなものが。

 手に取り上を見上げれば、玉彦がこちらを見つめていた。
 渡そうと手を伸ばしても、届かない。
 見かねた蔦渡くんが横に来ると、玉彦が後ろの階段を使わずにヒラリと段から飛び降りた。
 三メートルはありそうな高さから音もなく着地。
 何てゆう無茶な。

「あ、玉彦。これ、ありがとう。すごく嬉しかった!」

 その場でくるりと回れば、玉彦は似合っていると言いつつ顔を横に背けた。
 でた。ツンデレ。
 そして私の手から笏を受け取る。

「お前たち。物見遊山も大概にしろ。待ちわびたぞ」

 玉彦は私たちをぐるりと見まわし、おもむろに装飾を取り、正装を解きだした。
 豹馬くんは大きな大きな溜息をついて、次々と脱ぎ捨て置かれるものを畳んでいく。

「どういうこと?」

 私は亜由美ちゃんに耳打ちする。

「一応宴が始まると男雛女雛は退場しても良いんだけど、普通は夜中までそのままなんよ」

 亜由美ちゃんは恐々と辺りを見渡し、呆気に取られている大人たちを窺う。

「まぁ最初から打ち合わせ通りだけどな、オレ達の」

 蔦渡君が手に持っていたたこ焼きを食べて、空いた入れ物を近くのゴミ箱に投げ捨てた。
 さすが野球部。

「玉様が男雛に選ばれた春に、途中で抜けて祭り回ろうってさ」

「それって那奈に言ってないんじゃない?」

 香本さんが言って指差す方を見れば、那奈が扇をわなわなと震わせていた。
 明らかに聞いていないよ、あの様子じゃ……。

「行くぞ。腹が減った」

 玉彦は白地に紺の帯を締めて、青竹の柄が涼やかそうだ。
 ふと後ろを向けば、私と同じ箇所に正武家の一つ紋。
 なんだかお揃いみたい。
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