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第五章 おまつり
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しおりを挟む私たちは玉彦を迎え入れて、再びお祭りで賑わう外へと出た。
それはまるでずっと前から友達で、これからも一緒にいる仲間のように感じる不思議な感覚だった。
露店で色々買い込んで、休憩所のテーブル三つを使い、私たちの宴が始まる。
透明なカップに注がれたメロンソーダ―を片手に、鯛焼きに手を伸ばす。
もうお腹は一杯のはずなのに、全然まだまだいける。
こっちのテーブルでは女子が集まり、話に花を咲かせ、向こうのテーブルでは誰が買ってきたのか男子たちが型抜きを真剣にふざけ合いながらもやっている。
その中にいる玉彦も例外ではなく、椅子に片膝を抱えるように座り、口にはイカ焼きを咥えている。
どう見ても、普通の男子だった。
「あ、今玉様見てたでしょー」
香本さんがアメリカンドックの串を私に向ける。
どうにもこうにも香本さんは私と玉彦をくっつけたいらしい。
「み、見てないよ。どこの男子も一緒だなーって思ってただけだよ」
「でも、玉様こっち見てるよ」
「げ」
言われて見直すと、玉彦はさっきの姿勢のままこちらなど見ていない。
膨れて香本さんに向き直ると、イシシと含み笑い。
なんだかなーもう。
「上守さんはいつまでこっちにいるの? 転校してくるの?」
私たちのやり取りを見ていた小夜子ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
彼女は小柄で、守ってあげたくなるタイプの女の子で、蔦渡君の彼女だった。
「え。夏休みが終わったら帰るよ。お母さんが赤ちゃん産むから入院になって、家に一人になるからお祖父ちゃんの家にお世話になってるだけだから。転校なんてとんでもない!」
「でも比和子ちゃんが来たら、うちは嬉しいなぁ」
亜由美ちゃんが私に笑いかける。
私も思わず笑い返して、想像してみる。
そのどれもに亜由美ちゃんや豹馬くんたちがいて、玉彦がいた。
楽しそうではある、けど。
親友の小町の笑った八重歯や、守くんの太々しいドヤ顔を私は捨てる訳にはいかない。
「実際問題、私が転校したいって言っても親が許さないよ」
冷静に返事をすると、香本さんが肩を竦める。
「だよねー」
それからポツリポツリと縁日の人が減り出した頃、事件は起こった。
お祭りは宵の宮と言って、この村では一晩中続く。
でも私たちは未成年なので、十時近くに解散することにしていた。
「比和子ちゃん、どうやって帰るん?」
半分になったわた飴のピンクの袋を振り回し、亜由美ちゃんが尋ねてきた。
どうやってって。
境内の方を振り向けば、お祖父ちゃんがいるであろう宴会会場はまだまだ終わる気配はなく、お祖母ちゃんは夏子さんと婦人会の集まりで、この近くにいるだろうけどどこに居るかは分からない。
「亜由美ちゃんは?」
「うちは近くに親戚がいるから、そこに行くんよ。家に帰っても一人だし」
「そっか……」
どうしよう。
帰りのことなんて全く考えてなかった。
たぶんお祖父ちゃんたちもぽっかり忘れてる。
「あ、歩いて帰ろうかな」
「こっから!?」
だってそれしかないもん。
しかも家に一人かぁ。
どうしようかと考えて歩いていると、神社の鳥居で人ごみが出来ている。
何かを囲むように、怒鳴り声さえ聞こえる。
「なんだろ?」
前を歩いていた男子の集団に追いつくと、そこで何人かが喧嘩をしていた。
よくよく見てみれば、那奈のお兄ちゃんや取り巻きが、一人の華奢な男子を取り囲んでいる。
その男子は背が高く、長い髪を後ろで結わい、紺色の浴衣を着こなしていて、ツリ目のイケメンだった。
「なにあれ、誰も止めないの!?」
「あー、うん……。だって須藤くんだし」
歯切れの悪い亜由美ちゃん。
香本さんも男子たちも、眺めているだけ。
玉彦と豹馬くんは気が付いてもいないのか、近くの屋台で呑気にもおでんを選んでいた。
おかしいでしょうよ!
多勢で一人に言いがかりをつけるなんて、許せん!
私は止める二人を振り払い、人ごみを掻き分けて前に出た。
人ごみには大人たちもいるのに、何もしない。
絶対、変!
「ちょっと! せっかくのお祭りなのに何してんのよ、あんたたち!」
私は巾着袋を振り回しながら、須藤くんと呼ばれた男子を後ろに立ちはだかる。
正面に那奈のお兄ちゃんを見据え、辺りをぐるっと見る。
どいつもこいつも卑怯者か!
突然間に割って入った私に辺りが静まり返る。
「また、お前か! 三郎爺の孫だからって調子に乗るなよ!」
苦虫を噛み潰した顔をする那奈のお兄ちゃんは、周りの取り巻きに私が三郎爺の孫だと言って回る。
「君、誰?」
須藤くんは私の肩を掴み振り向かせた。
うわっ。
近くで見るとますますイケメンだぁ。
何だってこんな男子が那奈のお兄ちゃんたちに絡まれちゃってるんだろう。
「上守比和子よ!」
とりあえず名乗ってみた。
彼だって見知らぬ人間にいきなり割り込まれたら、意味不明だろう。
そもそも私だってどうして彼を助けようと思ったのか明確な理由なんてなかったけどさ。
すると目をぱちくりさせた須藤くんは、微かな笑みを溢した。
「あぁ、光一朗さんの」
「え、お父さん知ってるの!?」
「うん。毎年母さんに年賀状来るから」
「おい!」
怒鳴り声が聞こえて後ろを向いた瞬間、那奈のお兄ちゃんの拳が私の視界を埋める。
パシッと音がして、その拳は須藤くんが逆手で受け止めた。
「僕にちょっかいを出すのは構わないけど、この子に八つ当たりするのは違うんじゃないのか」
冷静で落ち着いた須藤くんの言い方が、彼らを逆なでしたのは明らかだった。
「ふざけんな! 『川下』のくせに!」
川下。
川下っち。
近付いてはいけないお屋敷。
一瞬でこの状況を理解して、私は眩暈がした。
やってしまった。
『しきたり』を堂々と破ってしまった。
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