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第五章 おまつり
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しおりを挟む「比和子」
呼ばれて横を見れば、玉彦がいつもの無表情で立っていた。
後ろには豹馬くんが控える。
「お前はよくよく厄介事に首を突っ込む性分らしい」
「だって! だって!」
いくら何かが有るにしたって、こんなのって、ただのいじめじゃんか!
「まぁそのままであれば良いと言ったのは、紛れもなく私だから咎めはしない」
玉彦は私の腕を引き、背に庇う。
「そして私は誰であろうと、惚稀人に手を出した人間を許すつもりはない」
凛とした玉彦の声と私を護ろうとする正武家の紋を背負った背中には、いつもの自己中な玉彦の感じはなく、『玉彦様』としての気概が感じられた。
私はその雰囲気になぜか一瞬身体が熱くなった。
「正武家だからって、誰でも従うと思うなよ! 俺の妹に恥をかかせやがって!」
那奈のお兄ちゃんの言葉を切っ掛けに、その場は大乱闘になった。
私はいつの間にか輪の外に追い出されて、亜由美ちゃんと香本さんが私の袖を掴んで離さなかった。
「ちょっと! 止めないの!?」
私の言葉に香本さんは諦めたように首を振る。
「こうなっちゃ誰も止まらないよ。お祭りの時の喧嘩は無礼講だから」
「それに玉様と豹馬くんがいたら、すぐに終わるんよ、こういうの」
亜由美ちゃんは慣れたようにわた飴の袋に手を入れ、私にくれる。
「すぐ終わる?」
「だって、玉様も豹馬くんも場数が違うんよ」
「え」
亜由美ちゃんの言った通りにそれからすぐ、神社の鳥居には数人の男子がもたれ掛り玉彦たちは裾を払いながらこちらに戻って来る。
「食後の運動だったな」
「あとでバレたら、兄貴にどやされる……」
大したことではないように二人は預けていたおでんを取りに屋台へ歩いていく。
「なんなの、あれ」
「二人とも、正武家様のとこで鍛えられてるんだよっ」
なぜか香本さんが誇らしげに教えてくれた。
私が呆然としていると、髪を少しだけ乱した須藤くんがやって来る。
「上守さん」
「あ、はい」
呼びかけられて返事をすれば、亜由美ちゃんたちが一歩引いたのがわかった。
「巻き込んでごめん。でも、すこし嬉しかった」
「そんなこと」
「もし良かったら今度家に来てほしい。母さんが会いたがってたから」
「あ、うん……」
でもお祖父ちゃんに行っちゃダメだって言われてたんだよなぁ。
「その時は俺も一緒に行くぞ」
ふいに玉彦の声がして、須藤くんが驚いたように目を見開く。
おでんのお皿から玉子を取り、口に頬張っている。
「それだったら、何も問題ないだろう」
「そうだろうけど……」
おずおずと須藤くんを見れば、泣き笑いのような顔をしていて。
「了解した。お茶菓子でも用意して待ってる。僕は今日これで帰る。騒がしてすまなかった」
「そんなの須藤くんのせいじゃないじゃん」
絡んできた那奈のお兄ちゃんたちが悪いんだから。
私が鼻息を荒くして息巻くと、玉彦が落ち着けと言わんばかりに帯を後ろから引っ張る。
「玉彦様。いつか、また」
須藤くんは黙礼して、鳥居を抜ける。
私はそんな須藤くんの後ろ姿をずっと見ていた。
ご先祖様が何かやらかしちゃったからって、こんなにずっと村八分が続くなんて理不尽すぎる。
「比和子帰るぞ」
「へ?」
集まっていた人波が引けて、私たちはそれぞれ帰路につこうとしていたんだけど、玉彦が当たり前の様に私の手を引き歩きはじめる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
私は踏ん張り、玉彦を止める。
亜由美ちゃんや香本さんはもうこちらに手を振り、背を向けている。
「どこに帰るのよ」
「俺の屋敷に決まっているだろう」
「だから、なんでアンタのお屋敷に私が帰るのよ」
「聞いてないのか?」
「何を、誰から」
「お前の爺さまから、今夜はお前が家に一人になるからこちらに泊めると」
私は頭が真っ白になる。
そんな話、聞いてないよ。
「それに丁度いいだろう? 今夜は話すことが沢山あるからな」
あ、正武家の話。
私、そうだった。
子供ではなくなったんだ。
「まぁ、そう考えればアリといえばアリか」
私の独り言に玉彦はチラリと横目で反応して、再び歩きはじめる。
「歩いて帰るの?」
「どっちがいい」
「どっちでもいいけど、足が痛くなってきちゃったよ……」
履き慣れない草履は、容赦なく私の足の指の間を赤くさせていた。
「じゃあ南天を呼ぶ」
そう言って玉彦は、胸元からスマホを取り出す。
私は目が点になった。
玉彦が、アナログなイメージしかない玉彦が、スマホ持ってただなんて。
慣れた手つきで操作して、また胸元に仕舞う。
「玉彦、スマホ持ってたの!?」
「一応。滅多に使わない。壊れるから」
「壊れる!?」
「昔から何故か電化製品と相性が悪く、すぐに壊れてしまう」
電波とか、目に見えないものを発してるんじゃないの?
言おうとして、あながち外れていないような気がして、あえて言えなかった。
そして数分後、南天さんが運転する黒いセダンが私たちをお屋敷へと運ぶ。
私と玉彦の長い長い夜はこうして始まった。
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