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第一章 がっこう
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しおりを挟む「入るぞ」
良いよの返事を待たずに、枕を抱えた玉彦が襖を開ける。
着替え中だったらどうすんのよ。
「どうしたの」
「寝に来てやった」
「いや、呼んでないし」
「土日は共に寝ると決めた」
「勝手に決めないでよ」
この身勝手ぶり。
私、玉彦のどこを好きになってしまったんだろう。
押し入れからいそいそとお布団を敷き、一人で中に入ると毛布を捲って来いという。
ごろごろ転がって定位置に収まる。
そして始まるのが、玉彦の千夜一夜物語の逆バージョンで正武家のお話。
「今夜は鈴彦の話を聞かせてやろう」
昔話を子供に語るように、玉彦は話し出す。
鈴彦。
スズカケノ池に彼の惚稀人と共に在る正武家の何代も前の当主様。
水害を鎮める為に二人で人柱になり、未だそこを護り続ける護り手。
そして私と玉彦に赤紐と青紐の金色の鈴二つを贈ってくれたひと。
彼らの物語は涙無くしては語れず、話の終盤では私の前にあるティッシュが空になる勢いだった。
「いくらなんでも泣き過ぎだろう……」
「だっで、だって……。鈴彦ぉ」
「また鼻出てるぞ」
「見ないで、見ないでっ」
「どこで琴線に触れたんだ……」
私はうつ伏せで思いきり鼻をかんだ。
そんな私に玉彦はどん引きしている。
逆に私は聞きたい。
どうして淡々とこの話が出来るのか。
「鈴彦ぉ~」
「明日、会いに行くからその顔を見せてやれ」
多分俺と同じ反応するだろうがな、と玉彦は冷静だ。
私は二人に自分たちを重ねて聞いていたけど、玉彦にとってはご先祖様の話でそんなに感動しないらしい。
冷血漢め。
「明日、行くの?」
「言っただろう、鈴白行脚だ」
玉彦の説明によると、月に一度くらいの割合で正武家に所縁ある地を回るらしい。
そこはスズカケノ池のように正武家の血縁者が何らかの関わりを持っていたり、何かを封じていてそれの点検だそうだ。
「お供え物、持って行こうかな」
「いらん」
呆れて玉彦は仰向けになる。
「お前が顔を出せば二人はそれだけで喜ぶ」
「どうしてよ」
起き上がって玉彦を覗き込めば、顔を逸らす。
私が今、泣き顔でとんでもなくぶちゃいくな顔だからか!
「彼らはこの地を護る為にそこに在る。正武家の惚稀人であるお前が再び俺と共に在ると知れば、それ以上の土産はない」
ポスンと玉彦の胸に頭を乗せる。
鈴彦の血が彼にも流れている。
呆れるほど昔の多津彦や多次彦の血も。
その血脈を途絶えさせないために私は玉彦と共に在る。
「不思議。玉彦から聞く正武家の話はお伽噺みたいだけど、ここにこうして居るなんて」
「何十年後、お前もその中の登場人物だな。暴走する惚稀人」
「独占欲の強い当主ってゆうのも多分登場するわね」
「まったく。口が減らない」
胸に乗せた頭を優しく撫でられる。
私はこれをされるといつもすぐに寝てしまう。
玉彦の鼓動を聞きながら、この日も眠りについた。
翌朝、日曜日。
朝早くに起きた私たちは石段の石灯籠の前で、須藤くんを待っていた。
と言っても彼はすでに正武家入りしていて、南天さんから行脚の心得なるものを伝授されている。
私たちは先に降りて、須藤くんが合流次第出発する予定だ。
徒歩でぐるりと行ける範囲まで。
「お待たせしました」
石段を飛ぶように降りてきた須藤くんが息を一つも切らしていないのは、日々の訓練の賜物だ。
今日の須藤くんはいつかの宗祐さんみたく、山伏のような恰好。
玉彦は黒の着流し。襟と袖にチラリと見える赤と黒鞘の太刀が澄彦さんのチンピラスタイルにみえてくる。
で、私は。普通に青いTシャツに黒いホットパンツにサンダル。
正装した方が良いのか聞いても、玉彦は歩きなれた格好で良いと言ったので、このスタイル。
夏が終わる九月でも、今日は天気予報で三十度近くまで上がると言ってたし。
「では行くか。まずは鈴白小橋だな。今日の行程は把握しているか、須藤」
「はい。えーと、鈴白小橋から、少し行ったところの松の祠、次にスズカケノ池、山内に入り産土神の隠れ社から、上守の名もなき神社、最後に正武家の本殿です」
「今日は多いな。南天の差し金か」
「……はい」
「まぁ、良い。今日は時間もある。二人にはいい経験になるだろう」
同い年の玉彦に上から目線で言われると普通は腹が立つんだろうけど、私も須藤くんも素直に頷く。
玉彦には正武家の者として年々その貫禄が増してきている様に思う。
須藤くんを先頭に私と玉彦は並んで歩く。
たまに道の端にお地蔵様を見つけると、二人が立ち止まり礼をするので私も倣う。
何てったってお地蔵様はシタタリ坂でお世話になっているから、それはもう入念に。
正武家の石段から左に進み、しばらくすると半円を描く小さな朱塗りの橋がみえてくる。
日本庭園の池に架かっていそうな橋だ。
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