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第一章 がっこう
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しおりを挟む「ヤバい。腹が痛い。全然見えないよ。僕と豹馬からすれば、玉彦様の振り回されっぷりが面白くて見てるけど」
「振り回されてるのは私の方だよ……」
須藤くんは辺りを見渡して玉彦の気配がないことを確認する。
「あの冷静沈着な玉彦様が、上守さんが来てから寝坊をするようになって、朝の修練をさぼっている」
「え?」
言われてみれば夏休みの最初のうち玉彦はやたらと早起きで、朝から走ったりしていた。
だから朝風呂に入って、私に上半身を見られたりしていたっけ。
「あれだけ僕に負けまいとしていた弓道の部活を早めに切り上げて帰りたがるようになった」
「なんかさ、私が来てから玉彦堕落してるんじゃないの?」
「澄彦様は人間らしくなったって喜ばれてたよ?」
「澄彦さんは、あぁいう人だから……」
「あとはそうだなぁ。最近……」
須藤くんがそこまで言いかけて言葉を止めると、玉彦が向こうから歩いてくる。
全然気が付かなかった。
話をしながらも、周囲に気を配っていたんだ。
「続きはまた今度ね、上守さん」
「今度は良い話が聞きたいわ……」
時計を見れば玉彦が隠れ社へ向かってから三十分と少し経っていた。
「あの『玉彦』には付いて行っても会話もしちゃいけない」
手にしていた錫杖をしゃんと鳴らした須藤くんに覚える違和感。
いま玉彦って呼び捨てに?
須藤くんは豹馬くんと違って玉様ではなく、玉彦様と呼ぶ。
私は一歩後ずさる。
どういうこと?
何かと入れ替わった?
でも、いつ?
「げ、上守さん。僕は僕なんだけど」
「近寄らないで」
「……合言葉でも決めておけば良かったなぁ。とにかくあの『玉彦』とは会話しないで」
須藤くんがこちらに向かって来ている玉彦に錫杖を構えた。
ようやく戻ってきた玉彦は数歩のところで立ち止まり、腕を組んで眉間に皺を寄せた。
いつもの、私が良く知る仕草だ。
「どういう事だ、須藤」
声も玉彦だ。
須藤くんを見れば、まだ錫杖を構えたまま。
「比和子、どうなっている」
「上守さん!」
須藤くんは玉彦の問いに答えてはいけないと、私の名を強く呼ぶ。
どうすれば良いんだろう。
私、どっちが本物なのか、そもそも偽物なんているのか判んないよ。
考えろ、私。
もし須藤くんが偽物だったとして。
玉彦と会話をしない、付いて行かないっていうことは、この場に留まり続けるってこと。
それって、偽物にとって何か利益ある?
もし玉彦が偽物だったとして。
話をして付いて行くってことは、この場を離れるってこと。
鈴白行脚の続きで次は名もなき神社へ行く。
三人でそこへ行くのに、偽物の須藤くんをどうするつもりなのだろう。
そうなったら本当の須藤くんを探してから向かうのだろうか。
探す以前にここにいる須藤くんは本物で何かに憑かれてて祓うのかな。
もし二人とも本物だったとして。
須藤くんは勘違いをしていて、戻ってきた玉彦が戸惑っているだけだとしたら?
もし二人とも偽物だったとして。
これはありえない。
二人とも偽物なら、こんな茶番劇をしないでさっさと私を攫ってしまえば良いんだから。
結論。
全然わかんない。
ただしどちらかは絶対本物だってこと。
「上守さん、僕の後ろに下がって」
「比和子。ソイツから離れろ」
私は咄嗟に二人に背中を向けた。
そうだよ、私しか知らない質問をしてみればいいんだ。
……駄目だ。それだと玉彦(仮)と会話をすることになってしまう。
でも須藤くんだけなら大丈夫か。
「須藤くん!」
「はい」
「私が脱いだキャミソールの色は!?」
鬼の敷石内で。
女型の隠に蔵人の匂いが付いたキャミソールを渡した。
その時その場に居たのは、須藤くんと香本さんだけ。
「見てないって言いたいとこだけど、……黒だったと思う」
その答えに私は玉彦に背を向けて、須藤くんの後ろへと下がった。
玉彦はますます眉間に皺を寄せる。
「色がどうしたというのだ」
「須藤くん……あれ玉彦じゃないわ……」
「うん。あれは玉彦様じゃない」
本物の玉彦ならキャミソールの色云々の前に、私が須藤くんの前で脱いだという所に絶対反応するはずなのだ。
じゃああの玉彦の偽物は何なのかと須藤くんに小声で聞けば、時折山に現れる物の怪だそうで、動物なら道に迷わせるだけだけど、人型になれる物の怪は連れ去って喰ってしまうと答える。
「どうすんの!?」
「僕でも追い払うことは出来る。でもそれだと次に誰かが被害に遭うかもしれない」
ひそひそと話していると痺れを切らせた物の怪が近づいて来る。
須藤くんの背に隠れて私は息を押し殺す。
「行くぞ、比……」
物の怪の言葉が途中で不自然に途切れ、微動だにしなかった須藤くんの背中から緊張が抜ける。
恐る恐る顔を出せば、本物の玉彦が太刀を抜き、物の怪を背後から袈裟懸けで切っていた。
足元にはぬるりとした灰色のゼリー状の物が蠢いている。
「まったく……」
太刀を強く払い、残骸を吹き飛ばし鞘に収めた玉彦は、口元を隠す。
するとゼリー状になった物の怪は地面に吸い込まれるように消え、黒く焦げた跡だけをそこに残した。
そうだった。
本当の玉彦なら、もし須藤くんが偽物だったら今みたく問答無用で事を収めてしまう。
正武家の者としての判断。
戻ってきた玉彦に須藤くんは一礼し、先に歩き出した。
「ねぇ、どうして須藤くんは一目でわかったんだと思う?」
隣の玉彦に訊けば、どうしようもないという視線を向けられた。
「須藤は白猿を追い掛けて山を廻っていた。見慣れていたんだろう。それに稀人たるもの仕える主に錫杖を向け構えること叶わぬ」
「そうなんだ……」
「お前はどうやって見破った?」
「え? あーうん。何となく?」
馬鹿正直に言えば玉彦はたぶん怒る。
曖昧が吉だ。
「何となくではなく、確実に判断できぬと困る」
「方法、ある?」
「精進しろ」
だからその精進の方法を教えてよ。
頬を膨らませれば、ブフッと空気が漏れるほど強く押される。
「鈴を鳴らすか名を呼べ。それで全て片が付く」
「それでも駄目だったら?」
「その場を動くな。必ず俺が迎えに行く。そして比和子が本物の俺だと納得するまでとことん付き合ってやる」
「うん」
玉彦が必ずっていうならそうなんだろう。
たとえ何年かかっても私を捜し出して、迎えに来てくれるんだろう。
でも私が納得するまでとことんって、果てしないような気がする。
二人だけの合言葉でも決めておこうかな。
先導する須藤くんの背中を見ながらそう思った。
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