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第三章 くじょう
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しおりを挟む齢九十四だと大口を開けて笑ったその人は、綺麗な歯並びをしていた。
通された洋室で、私たちを待っていた九条さんは窓際に立ち外を眺めていた。
背は曲がることなくまっすぐで、私よりも少し背が高い。
紺色の着物に羽織り。
頭は宗祐さんと同じ潔い坊主頭で、振り向きこちらを見た時、翁の面が微笑んだようだった。
隣の玉彦が礼をしながら朝の挨拶をするので、私も一拍遅れて頭を下げた。
「おはようございます、次代、惚稀人」
その声は年を感じさせず、透き通るように穏やか。
それでいて力強い。
「此度は……」
話し出した玉彦を片手で制して、九条さんは私を視すえる。
彼には私の何が視えているんだろう。
「次代。席を外してください。惚稀人、そちらへ」
九条さんに示されたクリーム色の一人掛けのソファーに座ると、玉彦は一礼して部屋を出て行ってしまった。
こんな展開、予想してなかった。
九条さんは対面する様にソファーに座り、私に断りを入れてから煙草に火をつけ煙を燻らせた。
「惚稀人、名は?」
「上守比和子です」
「年は?」
「十七、数えで十八になりました」
「わたしは九十四。七十七離れているね。ダブルのラッキーセブンだ」
「へっ?」
間抜けな返答に九条さんは大口お開けて笑い、灰を灰皿に落とす。
「そう畏まらなくても良いですよ。もう引退した身、ですから」
話し方は宗祐さんではなく、南天さんの柔らかさに似ている。
そして畏まらなくても良いと言われて、はいそうですかとはいかない。
だってあの澄彦さんが固まる程怖い人だと玉彦は言っていた。
しかも正武家を四代に亘って知る人なのだ。
「本日はいかがなされました」
まるで病院で診察を受けているようだ。
私はしどろもどろになりながらも、眼の話を説明する。
九条さんは黙って聞いていたけど、実はもう全部さっき私を見据えたことで解っているんじゃないだろうか。
昨晩唐突に私たちをここへ呼び出したくらいなのだから。
話が終わり、九条さんは二本目の煙草を口に咥える。
「御門森の眼と神守の眼は似ているようで、全く違う」
煙を天井に吐き出して、九条さんは遠い目をする。
何かを思い出す様にゆっくりと語る。
「視ることの出来る世界を七としましょう。常人は一までしか視えません。そして俗に言う霊能者と呼ばれるものは、二まで。御門森の眼は三、所謂神と呼ばれる存在まで視られる。では神守は?」
「三、でしょうか」
「普通の神守はそう。でも初代神守は七まで視えたと伝えられています」
全ての物事の全ての事象をと竹婆は言っていた。
それはどんな世界なんだろう。
過去や未来、時間も距離も越えて何だろうか。
「わたしはギリギリ四に引っかかっている。なので、君たちをここへ誘うことが出来た」
「四は何が視えるんですか」
「流れが視えます。これはもう視えるものにしか解らない。そうある、そうなるという流れ」
「……すみません。私には想像が及びません……」
「そうでしょうとも。君は『まだ』三までしか視ることが出来ない」
正直に答えた私を面白そうに九条さんは眺める。
思っていたよりも彼は全然話しやすい。
澄彦さんたちは彼の何を怖がっていたんだろう。
「精々三までしか視えない御門森はこれで限界。でも神守の眼はここからが違う。そうですねぇ、座標、X軸とY軸あるでしょう?」
老齢の九条さんからいきなり数学の座標の話が出て、私は面喰ってしまう。
だって私のお祖父ちゃんなんか座標の存在すら知らないと思う。
「視える七の世界を横軸のX。神守はそこから上、Y軸方向へとその力を広げます」
私は説明を受けてハッとした。
九条さんが言う一の世界までしか視られない須藤くんに私が触れると、彼は私と同じものを視ることが出来た。
もしかして……。
「思い当たることがあるようですね。このY軸に伸びてゆく力は、七までしかないX軸と比べ、青天井、限りがあるのか、マイナス方向へと進むことがあるのか未知数です。故にどの様な力が発現するのかはギャンブル。これが神守の眼です」
私は口から声にならない空気が漏れた。
想像もしていなかった説明に、頭が追い付いて行かない。
私ってもしかしなくてもとんでもない領域に足を突っ込んでしまっているんじゃないだろうか。
自分の身に余り過ぎる、求めてもいない力。
「どうして私が……」
「端的に言ってしまえば、正武家がその力を必要としている。でしょうかね」
「でも澄彦さんは……。玉彦はそんなこと私に言っていません」
むしろ視え過ぎてしまっている私を心配している。
その玉彦が私のこの眼を必要とすることがあるんだろうか。
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