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第四章 はじめて
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しおりを挟む部室は窓から差し込んでいる西日が妨げられることなく照らされている。
窓にはもう誰も居ない。
亜由美ちゃんから離れて部室に入り、窓際に寄る。
するともう一度首を吊る男の子が振り子のようになって窓ガラスに衝突する。
驚いて尻餅をつけば、亜由美ちゃんが駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「あ、うん」
こんな至近距離に居るのに、彼女は窓の外に無反応だ。
須藤くんは離れても一度視えてしまったものは視えていた。
きっと彼の中にある御門森の何かがそうさせている。
私に触れようとする亜由美ちゃんを制し、弓道場に居るはずの玉彦を呼んできてと頼む。
鈴白村出身の彼女は直ぐにわかったと部室を出て行く。
その間も私は首を吊ったままの男の子から視線を外さずにいた。
彼の首にはロープがあり、私とは窓を隔てている。
あれだけ勢いよくぶつかっているのに割れないということは、こちらには来られないということだ。
長い舌を出す青黒い顔も身体もロープが揺れるたびに動くけれど、自発的には動かない。
神守の眼で視定める。
気合を入れて男の子を見上げれば、私は目が点になった。
だって、目が開いていない。
眼球が飛び出そうとして瞼が膨らんでいるけど、閉じられたままだ。
どうすんのよ、コレ。
こんなんじゃ、なにも出来ないじゃん。
かと言って触れて無理矢理瞼を上げるのも気持ち悪いしなぁ。
そういう時に限って、腕が動いて私の手を掴んだりするんだ。
絶対に無理。
腕組みをして見上げながら考えていると、右側の上方の目の端に、風に揺れる髪の毛。
ズルズルと伸びて、その持ち主が逆さまになって姿を現した。
目を見開いて満面の笑み。
真ん中分けのストレートロングが風に揺れるたびに隣に吊るされた彼も揺れる。
真っ赤な口紅が毒々しい。
右手に裁ちばさみを持ち、左手には握られたロープ。
こいつ、両手が塞がってるのに、どうやってぶら下がってんのよ。
カンカンカンカンカンカンカンカン。
女は裁ちばさみの柄の部分で窓を殴りだす。
物理的に窓にヒビが入り始める。
これは、ヤバいやつだ。
九児みたいなやつだ。
でも女に開かれた目はある!
大きく深呼吸をして、集中する。
目を視て……目を……。
段々と周りが白く光り始める。
来る、来る!
がしゃーん、と。
窓が割れた大きな音に、私の集中が途切れて光が一瞬で消えて行く。
きちんと視ることが出来ていれば、女の動きを止めることが出来たのに!
女は緩慢な動きで窓枠に残る尖ったガラスの破片を気にせずに中へ入ろうとしていた。
壁に張り付くムカデの様にのそりのそりと。
私はくるりと背を向けて、猛ダッシュした。
無理無理無理無理無理無理ー!!
あれは無理、あんなの無理!
廊下を全力疾走する。
とにかく弓道場へ!
廊下にいる生徒にぶつかりそうになりながらも、スピードは緩められない。
さっきから音がしている。
かん、かん、かん、かんって。
階段を駆け下りる時に、少しだけ後ろに視えた。
女が四つん這いになって右手の鋏が壁を進むたびに打ち付けられている。
天井の壁に。
上履きのまま玄関を飛び出し、弓道場に走る。
玉彦を呼びに行ったはずの亜由美ちゃんたちとはまだ出会っていない。
もう擦れ違っても良いはずなのに!
弓道場の青い屋根が見えて、ホッとしたのもつかの間。
女はどうやったのか弓道場の入り口の引き戸の上からぶら下がり、こちらを見つけると首を吊った男の子を引き摺りながら、再び四つん這いになった。
てゆーか、なんで私ばっかり狙うわけ!?
私は運動不足の足を再度動かす。
でもどこへ行けばいいのかわからない。
とりあえずここから離れなくては。
追いつかれない様に走っていれば、きっと見つけてくれるはず。
「比和子!」
走り出した私の耳に玉彦の声。
でも姿が見えない。
「止まれ!」
止ると追いつかれちゃうじゃん!
その時私の真上から、玉彦が降ってきた。
袴姿の玉彦は猫の様に見事な着地を決める。
彼はお祭りの雛壇や表門の屋根などかなりな高さの場所から飛び降りることがあったけど、怪我をしてしまうかもという躊躇はないのだろうか。
二階の窓から亜由美ちゃんの悲鳴も聞こえた。
うん。それが普通の反応だと思う。
「玉彦!」
背中に触れた直後、私に迫っていた四つん這いの女は玉彦の目の前にいて、勢いよくぶつかって女だけ弾き飛ばされた。
玉彦は微動だにしない。
「おい、あれはどこから……」
「文学部の窓……」
「お前は一体、何をやっているのだ」
そんなことよりも、あれをどうにかしてよ。
と思って襲ってこない女を視れば、白い煙に包まれてもがいている。
その煙はロープを伝わり、女よりも先に男の子を霧散させた。
そしてもがきなお、こちらへ来ようとしていた女はあと一歩のところで消え失せた。
これが二の世界のものを無意識に祓ってしまう正武家のお力なんだ……。
「穢れに触れた。今日はもう帰る。まったく……」
玉彦は裾を払って弓道場へと歩き出す。
私は上を見上げて亜由美ちゃんに無事だと手を振り、校内へと戻った。
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