私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第五章 ひょうま

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 お赤飯には黒豆ではなく、甘納豆が合うと思うの。
 鯛のお頭付きは食べにくいから、普通に焼いてくれればいい。
 それに和食のお膳の前に陣取る生クリームのホールのケーキは場違いも甚だしい。

 澄彦さんが数日ぶりに帰って来て、手渡されたお土産が紅白饅頭だったことに覚えた違和感は、夕餉の席でより明確になった。
 玉彦は夕餉の座敷の襖を開け、お膳に目を走らせると足を踏み入れずに身を翻した。
 彼らしくない足音を立てて台所へまっしぐら。
 慌てて追いかけると、やかんに水を注ぎ入れて火にかけている。
 戸棚からカップラーメンを出して用意する。

「玉彦? あっちで食べないの?」

「玩具になりたいならお前だけで行け」

 ダイニングテーブルに座ってそっぽを向いた玉彦を放って、私は夕餉の座敷でお膳の前に座る。
 そして見た内容に、顔が青ざめる。
 どこからどう見ても何かのお祝いだ。
 気が付くべきだった。
 澄彦さんから何度も確かめるように玉彦のスマホが鳴らされていたことに。
 正武家の惣領息子が揺らぐ力を安定させる方法は、皆共通なんだろうか。

 玉彦、私もカップラーメン!

 腰を浮かせるとタイミング悪く、満面の笑みの澄彦さんが登場した。
 こうなると席を外すわけにもいかずに、座り直す。

「息子は?」

「さぁ……」

「仕方のないやつだな。じゃあ二人で食べちゃおうか」

「……はい」

 お膳だけ不自然なものの、澄彦さんは至っていつもの適当な澄彦さんで、今回のお役目の話をしてくれていた。
 それがあまりにもいつも通りで拍子抜けしてしまう程だった。

 食事が終わり、澄彦さんに誘われるがままにいつもの縁側で晩酌が始まる。
 私のお父さんはご飯の前にビールを呑む人だけど、順序が逆な澄彦さんは放って置けばいつまででも飲み続けると松梅コンビは怒っていた。

「一体息子はいつになったら反抗期が終わるんだろうねぇ」

「そうさせているのは澄彦さんだと思います」

 面白がって弄繰り回すから、腹を立てた玉彦が反抗するのだ。
 しかしそれを理解していて澄彦さんは構うからタチが悪い。

「それはそうと比和子ちゃん」

 どしん。と庭が揺れた。
 夜空から星が落ちてきたように。
 あまりの揺れに澄彦さんが言葉を止めて辺りを見渡した。
 私は見渡す前に、何が落ちてきたのか視えていたけれど理解するのに時間が掛かった。

 黒に近い緑の。

 苔むして枯れたような色の。

 私の背丈ほどもある立派な蝦蟇蛙がどでんと庭に陣取っていた。

 きっ、気持ち悪い!

「うっぎゃあああああああああぁ!」

 自分で自分の耳を劈くほどの悲鳴は澄彦さんを動かし、どこかに控えていた宗祐さんをも呼び寄せた。
 守るように澄彦さんが私の肩を抱けば、彼にも蝦蟇蛙の姿が見えたらしく、笑い出した。

「これはなんとも愉快だな。宗祐、玉彦を呼んできてくれ」

 けれど澄彦さんが命じるまでも無く、庭から回って玉彦が駆けて来る。
 そして蝦蟇蛙の前を素通りして、私の肩に置いてあった澄彦さんの手を払いのけた。

「何をしている!」

「おぉ息子よ。あれを見ろ。何を勘違いしてるんだよ。僕が比和子ちゃんに如何わしいことするわけないだろ」

 そうして澄彦さんが指差す方へと視線を変えた玉彦は、ぐっ、と呻いた。
 今は私に触れているから、玉彦にも視えている。

「あれは青蛙神(せいあじん)か……?」

 正武家のお屋敷には例外はあれど、ある一定以下の悪いものは侵入できないようになっている。
 特に本殿と呼ばれるところは、神様が立ち寄る場所なのでその護りは堅い。
 問答無用で禍を払う正武家の人間二人が、一人は笑って、一人は眉根を寄せている。
 祓う気配が全くないということは、悪いものではないらしい。
 縁側から上がらずに庭にいる玉彦の近くへスススッと座りながら移動して、作務衣の袖を引っ張る。

「せいあじんって何? あの蛙のこと?」

「青い蛙の神と書く。霊獣とも神とも言われているが、共通するのは庭先に現れるとその家に幸運が訪れるということだが。……本当に青蛙神か?」

 疑わしげに一歩玉彦が近寄れば、蛙はその大きさに似合わないほど素早く背中を見せて飛び跳ね塀を越えて行ってしまった。
 その後姿をみて、思わず声が出た。

「足が三本しかない」

 両手とお尻のあたりにおたまじゃくしの尻尾みたいなひょろっとした足。

「正しくあれは青蛙神だったようだね。初めて見たよ」

 澄彦さんはいつの間にか手酌で注いだ御猪口を口にしていて、さっき確実にそこにいた宗祐さんは音も無く姿を消していた。

「比和子、部屋へ戻るぞ」

 え、まさか庭から回って戻るのだろうか。
 玉彦が両腕を伸ばしたので、私は抱っこをせがむ子供のように首に腕を絡めた。
 ひょいと抱え、歩き出した玉彦に澄彦さんが声を掛けた。

「一献付き合え、玉彦。祝いだ」

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