私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第六章 せいどう

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「比和子ちゃん。文句あり気だね」

「いえ、大人な対応をする様に心がけます」

「宜しい。とにかく今日さえ無事に終われば、後は僕が引き受けるから」

 そう言って澄彦さんは箸を置くと座敷を後にした。
 言祝ぎの儀と来客を出迎えるのでさえ忙しいのに、一件どうしてもしなければならないお役目があるそうで慌ただしく足音が遠ざかっていく。

「ごちそうさまでした」

 澄彦さんの一方的な今日の予定の確認に、あまり口を挟まなかった玉彦が手を合わせた。
 私はまだ食べ終わっていなかったので、彼は席を立たずに食後の昆布茶を自分で入れている。
 ついでに私の分も用意してくれて、お膳に乗せてくれる。

「夕方からの言祝ぎの儀のあと、酒宴が設けられる。比和子は参加せずに香本と戻るように」

「……はい。って酒宴?」

 何でもないように言った玉彦を二度見する。
 酒宴ってお酒が出る宴ってことだろうけど、未成年の玉彦も呑むのだろうか。
 だってこの前の体たらくを思い出せばとても危険な気がするんだけど。

「お酒、呑むの?」

「最初の乾杯のお神酒だけだ」

「大丈夫なの?」

「何がだ」

「だって、お酒強くないでしょ?」

 私の言葉に彼は湯呑みを置く。

「前回頂戴した盃は、酩酊出来ない父上用のかなりきつい薬酒だったのだ」

「それってどういう……」

「松特製の漢方が酒の味を損なわないように混ぜられている」

「なんだってそんなもの……」

「父上が通常の酒では蟒蛇の様に際限なく呑まれてしまうからだ。そうなるといつまで経っても晩酌が終わらぬ。松梅の策略だ」

 言われてみれば私が晩酌の相手をした時も、松梅コンビはいい加減に晩酌を終わらせろとせっついていたっけ。

「お前は間違っても父上からの酒は呑むなよ。一口で三日の二日酔いだ」

 二日酔いなのに三日ってこれ如何に。
 まぁそれだけきついお酒なんだろう。
 私は大人になってもお酒と煙草だけは嗜む予定はない。
 なので今後も澄彦さんの盃を頂戴する機会はないだろうなー。

「以前豹馬と須藤が父上に付き合わされて、七日間死んでいた」

 少し遠い目をしてその時のことを思い出していた玉彦は、薄く笑う。
 ってゆうか澄彦さん。
 未成年にお酒呑ませちゃって警察に捕まるよ……。

「だから心配するな。通常の酒であればあのような事にはならぬ」

「でも呑み過ぎないでよ。酔っ払いは、嫌い」

 呟きながらお箸を置けば、玉彦の優しい手が私の髪を梳く。
 呑まないよって言ってくれているその手に私の手を重ねる。

「比和子に嫌われたくないから、あまり呑まない」

 あまりってことは少しは呑むのだろう。
 お祝いの席だから仕方ないのかな。

「なんだ? 誰か来る……」

 ハッとして甘い表情から険しくなった玉彦が襖を見上げたと同時に、スパン!と勢いよく開かれる。
 私も思わず振り向いたけど、そこには誰も居なくて、……いや、居る。

 視線を下に降ろせば。

「おねいちゃん!」

 そこにはなぜか誇らしげに仁王立ちして鼻息の荒い、私の可愛い従妹の希来里ちゃんがいた。
 日本人形のように愛らしい姿に笑みが零れる。
 今日はサクランボの髪留めをして、淡い桜色のワンピース。
 そしておパンツは見えても良いように、テニスで穿くようなフリフリのスコート。

 かっ、可愛い。

 これお母さんが希来里ちゃんにプレゼントした服だ。
 弟のヒカルの服は男の子だから楽しくないと文句を言っていた気持ちが今にして判った。

「おねいちゃん!」

 もう一度私を呼んだ希来里ちゃんは、何故かずかずか歩いて固まる玉彦の膝の上に座る。

「ママも来たの!」

「そっかー。ママはどこにいるの?」

「あっち!」

 まん丸の手で離れの方向を指差す。
 この子、離れから一人で来たのか。
 開かれっぱなしの襖から廊下を見ると、彼女が通って来たであろう廊下に面した部屋の襖は全て開けられていた。

「今日はね、パパとじいじとばあばはね畑なの。ママと希来里はね、しょーぶけさまでごはんなの」

「美味しいもの一杯食べようね」

「あのねだからね希来里お姫様なの!」

 スカートの裾を誇らしげにバタバタ煽る。
 きっと夏子さんは正武家様のお屋敷に行くから、普段着ではなくお姫様の格好で行きましょうねって希来里ちゃんに言ったものだと思われる。

「あっ、玉ちゃん!」

 すっかり希来里ちゃんの椅子と化していた玉彦にようやく気が付いた希来里ちゃんは、まだ彼のことを玉様、あるいは玉彦様とは呼ばない。というか頑張って呼ぼうとしても口が回らないらしく、彼のことを玉ちゃんと呼ぶ。
 あと数年もすれば様付けになるのだろうけど、今のところその様子はない。

「玉ちゃん!」

「なんだ」

「玉ちゃんってさ、なんで玉ちゃんなの?」

 子供って時々とんでもない質問をする時がある。
 希来里ちゃんと同じ年のヒカルも私が答えられない質問をされたことがある。

『カラスって自分がカラスって呼ばれてること知ってるの?』

 いや、知らない。その前に人間の言葉を理解してない。いや、でも頭の良いカラスなら解っているかもしれない。
 猫や犬だって自分の名前を呼ばれたら寄ってくるし、動物がどういう認識をしているのか個体差にもよるのではないか。
 でも、と私は答えのない質問に一日悩まされた。

「なんで、だと?」

「どうして? どうして?」

 瞳をキラキラ輝かせて見上げる希来里ちゃんの視線の先には、頬が引きつる玉彦がいた。
 たぶん今、猛烈に頭を回転させて考えているんだろう。
 私は無邪気な希来里ちゃんの質問にどう答えるのか興味津々だった。

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