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第六章 せいどう
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しおりを挟む「玉彦という名前だからだ」
「どうしてそんな名前なの?」
「父上がそうしたからだ」
「父上ってなに?」
「……パパだな」
「ふーん。玉ちゃんにもパパいるんだ」
「いる」
「じゃあさ、じゃあさ、玉ちゃんのパパは鼻から煙り出す?」
「時々出す」
「パパはね輪っかも出るよ!」
二人の問答に堪え切れなくなって、私は笑いだしてしまった。
あの玉彦が頑張って答えている。
私が質問しても、そういうものだと思えで終わらせようとする玉彦が、希来里ちゃんには真摯に答えている。
「おい、比和子。笑ってないで何とかしろ」
「あー、うん。こっちにおいで希来里ちゃん」
「玉ちゃんがいいー。玉ちゃん肩車してー」
希来里ちゃんに袖を振られた私はがっくりとする。
まだ会って三回目の玉彦には何故か人見知りをしない希来里ちゃん。
ま、負けた……。
「比和子。何をしている。離れに行くぞ」
いつの間にか希来里ちゃんを肩車している玉彦が私を見下ろす。
その姿に再び笑いが込み上げる。
そうして私たちは希来里ちゃんが開け放った襖を閉めつつ廊下を進み、離れへと彼女を連れて行った。
離れの台所は松梅コンビの他に、夏子さんと紗恵さんが慌ただしくしていた。
言祝ぎの儀の酒宴での食材や、その前にある昼の膳の下拵えが大変らしい。
いつもならそんなに手間はかからないんだけど、今日は清藤の人たちが来るので、季節に合った旬のもので舐められないようにしなくてはならないのよ、とは夏子さんの談。
「夏子さーん」
「あっ、おはよう比和子ちゃん。やだ、希来里! すみません! 玉彦様」
台所に現れた三人に夏子さんは手を止めて駆け寄ってくる。
そして謝罪している割にはエプロンのポケットからスマホを取り出して、希来里ちゃんと玉彦をパチリとちゃっかり撮っている。
「もう! どこに行ってるのかと思ったら! 竜輝くん探してたわよ」
夏子さんが腕を伸ばすと希来里ちゃんは玉彦の頭にしがみつく。
ここまできたらもう玉彦はされるがままで、腰を落として夏子さんが希来里ちゃんを引き剥がしやすい体勢にしている。
「すっ、すみません……。玉彦様」
「……構わぬ。子供がすることだ。いちいち気にせぬ」
「希来里、お願いだから離れてぇ―!」
「やー!」
数分後。
希来里ちゃんを探していた竜輝くんが台所にやって来ると、彼女はあれだけ固執していた玉彦を捨てて、竜輝くんに飛びつく。
「女というものは心変わりが恐ろしい生き物だな……」
乱れた髪を整えて呟いた玉彦の一言に、台所にいた女性陣全員が笑った。
「夏子さん、後で私子守に来るから」
「お願いー。竜輝くんは良い子なんだけど希来里が何するかわかんないのよぅ」
眉をハの字にする夏子さんは本当に困ってそうだった。
離れから母屋へ戻り、着替えを済ませると、廊下で南天さんとすれ違う。
いつもなら挨拶をして小話するけれど、今日はそれどころではないらしく会釈だけで通り過ぎていく。
忙しそうだから、表門の掃き掃除は私がやっておこう。
箒を持って玄関に出ると、そこは一面の金色で、いつもなら感動するけどこれを掃き集めるのには苦労しそうだと銀杏の木を見上げた。
十分程掛けて掃き集められた銀杏の落ち葉を袋に詰め込んでいると、背後から視線を感じる。
また希来里ちゃんが来たのだろうかと振り向けば、玄関先には誰も居ない。
あれ? 確かに視線を感じたんだけどな。
再び前に向き直ると、やっぱり視線を感じる。
辺りを見渡せば、庭の隅にある産土神を祀った大社方面から誰かが歩いてくる。
真っ直ぐ、私に向かって。
近付いてくるたびに、私は腰にぶら下げていた青紐の鈴を握り締めた。
見たことも無い人だった。
黒い細身のスーツに同じく黒いシャツ。ワインレッドのネクタイが秋っぽい。
髪は須藤くん程長く、真ん中分けでゆるりと後ろで結わえていて、色白のツリ目の男の人。
正武家の関係者でこんな人は見たことがなかった。
二の腕にぞわりと鳥肌が立つ。
ヤバい。私、今完璧に一人だ。
南天さんは離れに行ってしまったし、玉彦はどこにいるんだろう。
とりあえず鈴をいつもの四回ではなく、何度も何度も鳴らしておく。
男の人は箒を握り締めていた私の前まで来ると、歩みを止めてにっこりと笑う。
思っていたよりも全然若い。男の人ではなく、男の子だ。
「おはようございます」
「おっおはようございます」
ちょっとどもってしまって、私は下を向く。
「庭を散策していたら迷ってしまって。あちらに戻るにはどうしたらいいのかな?」
「来た道を戻ればいいと思います」
私の答えに彼は呆気に取られた後、笑い出した。
「確かにそうだよねぇ」
私は無言で頷いて、作業に戻った。
この人って絶対清藤の人だ。
当主にしては若すぎるし、これが豹馬くんの言っていた双子の片割れだろうか。
でもお付きの人の可能性もある。
豹馬くんだって須藤くんだって若いけど稀人だし。
ごみ袋に落ち葉を詰め込んでいても、一向に彼は立ち去る気配が無く、挙句の果てにごみ袋の隣にしゃがみ込んで私を見上げる。
「……何か御用でしょうか」
「ううん。君って正武家の人? お手伝いさん?」
「……はい」
どちらとも取れる返事に、彼は首を傾げた。
はらりと一筋、長い髪が流れた。
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