私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第六章 せいどう

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「正武家次代の惚稀人に会ったことある?」

 会ったことあるっていうか、私なんだけど。
 でもここでそれを言うと面倒なことになりそうで口を噤む。

「どんな惚稀人なのかなぁ。評判高いよね。あの『白猿』を仕留めたってさ。それに宇迦之御魂神を正武家に招き入れたっていうじゃない?」

 仕留めたのは澄彦さんの太刀だし、御倉神は揚げに釣られて表門を通ってしまっただけで、何一つ私の功績ではない。
 でもそんな情報まで清藤は持っているんだ。
 なんだか、怖い。

「君はここ長いの?」

「いえ、こちらへ来たのはまだ一か月くらい前です……」

「そっかー、じゃあそんなに正武家のこと詳しくないかー」

「……すみません」

 早く、早くどこかへ行ってくれ。
 てゆーか来た道を戻れ!

「ここ辞めて、うちに来ない?」

「は?」

 思いがけないスカウトに、合わさずにいた視線を合わせてしまった。
 一重の細い目に真っ直ぐと射竦められ、箒を握る指先が震え出す。

「君、ただここにいる訳じゃないでしょ? 視れば解るよ。御門森の人間かな? 君には御門森九条と同じものを感じる。その『眼』を持ってうちにおいでよ。ここよりもずっと使いこなしてあげるからさ」

 この人、絶対双子の片割れだ。
 付き人なら勝手にうちに来いだなんて言えないもん。
 それにすごく不快だ。
 使いこなしてあげるって、何様なのよ。
 人を道具みたいに。

 私は曲げていた腰をしっかり伸ばして、彼を冷ややかな目で見下ろした。

「きっぱりはっきりばっさりお断りします。私は正武家以外に仕える気はありません」

 すると彼も負けじと立ち上がり、頭一つ分高くなって私を見下ろす。

「そんなに正武家が良いの? 御門森の教育に洗脳されてるんじゃない?」

 彼はすっかり私を御門森の人間だと思い込んでいる。

「正武家には私がお慕いしている方がいます。その方以外にお仕えする気はさらさらありません」

「へぇー。年からいうと当主ではなく次代だよね。もう既に惚稀人がいるのに? 知ってる? そういうのってね……」

 彼はゆっくりと私の耳元に口を寄せて囁いた。
 ねっとりと楽し気に。

「身の程知らずの不毛な恋っていうんだよ」

 離れ際にチロリと耳を蛇のように舐め上げられ、思わず後ずさる。

 きっ、気持ちわるっ!

 手の甲で何度も耳を擦る私を楽しそうに眺めている彼をどうしても普通の常識ある人間には見られなかった。

「気持ち悪いことしないでよ! 馬鹿じゃないの!? 見も知らずの人の舐めるって、汚いと思わないの!?」

「えー、大体これをすると皆喜んでくれるんだけどなぁ」

「ごめんけど、私そういう人間じゃないから! さっさと来た道戻って帰りなさいよ!」

 強気な発言をするわりに後ずさり距離を取る私に、彼は興味津々で二の腕を掴む。
 振り解こうとしても全く動かないほど強く握り締められ、痛い。

「君、面白いな。耳が駄目なら口はどう? まさかそれまで汚いって言わないよね?」

 迫ってくる彼に首を精一杯伸ばして抵抗する。
 ついでに空いている左手で顔を押さえつけようとすれば、それさえも強く掴まれる。

 ヤバい。これは本当にピンチだ!

 香本さんが心配していた手籠め寸前じゃないか!

 誰か、玉彦!


「不埒者。わたしの乙女に何をしておる」


 一瞬にして痛む腕が解放され、良く知る腕の中にすっぽりと納まる。
 忘れてた……御倉神。

 御倉神はいつもの学生服ではなく、以前九条さんの下で見せた水干姿だった。
 私は形振り構わずに御倉神の背に腕を回し、抱き付く。
 怖かったよー。
 そしてあんた、出てくるのがやっぱり遅いのよー。

「宇迦之御魂神、か」

 御倉神にド突かれ、片膝をついていた彼が口元を拭えば血が付いていた。

「犬、去ね。次はない」

 今まで聞いたことのない相手を嫌悪する声に、抱き付いたまま見上げると、御倉神は狐を思わせる形相で睨み付けていた。
 膝を払い立ち上がった彼は、御倉神を見て不敵に笑う。

「そういうことか。君が慕っていたのは宇迦之御魂神か」

 彼は一々勝手に勘違いをしてくれている。
 もうここまで来たら自由に妄想しちゃってよ!

「乙女、大丈夫か。何か痛いことをされたか?」

「掴まれた腕が痛い……」

「どれわたしが撫でてやろう」

「あと耳も舐められた……」

「なんと! それは一大事じゃの! どれ風呂まで連れて行ってやろう。しっかり洗わねば」

 すっかり彼を無視して私と御倉神はコントのようなやり取りをしていると、玄関先にようやく玉彦が現れた。
 走って来たらしく、軽く肩で息をしている。
 そして御倉神に抱き付く私と、口元の血を拭っている彼を見て状況を察したらしく、安堵の溜息を漏らしてすぐに無表情の『玉彦様』モードに切り替わった。

「多門。あちらでみなが探している。すぐに戻れ」

「はいはーい」

 多門と呼ばれた彼は玄関からではなく、先ほどやって来た方向へと姿を消す。
 そして外に出てきた玉彦は、珍しく御倉神に一礼をする。

「次代よ。乙女を風呂に連れてゆけ。舐められた耳をしっかり洗うのだぞ。わたしはあちらを見張る。犬にうろちょろされると獣臭くてたまらぬ」

「……舐められた?」

「うむ。わたしの乙女に不埒な口吸いをしようとしていたので成敗してやったぞ」

「……口吸い?」

「寸でのところであった」

 御倉神はどうだと言わんばかりに胸を張ってふわふわ浮かび上がり、多門が向かった先へと追いかけて行った。
 頭を起こした玉彦は、私の両耳を掴み確認をする。

「どちらだ」

「左」

 指先で耳を挟み、何度も擦る。
 悔しそうに、悲しそうに。

「ごめん、玉彦……」

「それ以上のことはなかったのだな? 殴られたりなどしていないか?」

「それは、大丈夫。腕を掴まれたけど、御倉神が撫でてくれたから」

「ならば良い。風呂へ行く。しっかり洗って、そのあと俺が上書きする」

「は?」

「比和子の身体に残る感触は全て俺のものでなくてはならない」

「まぁ好きにしてよ、もう……」

 玉彦に抱き付いて温もりを確認すれば、どうしてあの時避けられなかったのか、自分が情けなくて警戒心が薄くて、馬鹿みたいで泣けてきた。
 玉彦にあんな顔までさせちゃってさ……。

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