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第六章 せいどう
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しおりを挟む「何やってんのよ!」
私は背後から体当たりして、男の振り返りざまの左腕に壁に叩きつけられた。
頭を打って、腰にぶら下げていた鈴が音を立てて転がる。
ふらつきながも竜輝くんと希来里ちゃんのところへと這いつくばって、二人を背に庇うものの、私がふらついていた間に二人は蹴られて、頬を打たれていた。
火がついたように泣き出す希来里ちゃんを竜輝くんが抱き込み、頼り無い私の背に添う。
なんなの、この男!
いきなり振るわれた理由なき暴力に思考が停止する。
黒いスーツ。清藤の奴だ。
でもさっきの多門とは似ても似つかない、熊のような風貌の男は再び右足を後ろに勢いよく引いた。
私はとっさに、無意識に。
神守の眼を発動させていた。
動きを止める。
そして。
「このクソ野郎!!」
前かがみになっていた男の左顎に向けて、拳を振るった。
その瞬間に男の動きが戻ったものの、後ろに倒れ込んだ。
「竜輝くん、希来里ちゃん!」
二人に駆け寄ると、希来里ちゃんの頬は赤く腫れあがり、竜輝くんは口から滝の様に血が流れていた。
確認すると犬歯が上唇を突き破っていた。
どれほどの力でこんな小さな子たちに暴力を振るったのか、一目瞭然だった。
「貴様、この俺に……眼を使ったな!?」
振り返ると眼前に迫っていた男に襟ぐりを掴まれ、引きずるように立たせられる。
「何度でも使ってやる!」
こんな奴、死んでしまえば良い!
中に入って殺してやる!
「比和子!」
男の腕が後方に締め上げられ、体勢を崩して片膝をついた。
でも私を掴んでいた手はそのままで床に叩き付け……られなかった。
水干の袖が私を引き寄せる。
「何をしているんだ!」
廊下の向こうから澄彦さんたちが走ってくるのが見えた。
そして男を押さえつける玉彦。
私はすぐに後ろの二人のもとへ。
泣きじゃくる希来里ちゃんを抱き、口元を押さえる竜輝くんも抱き寄せる。
「竜輝くん!」
呼びかけると目に涙を一杯ため込んで、落ちないように頑張っていた。
「大丈夫!?」
大丈夫なはずはない。
大怪我だ。
犬歯が上唇を突き破るなんて聞いたことも無い。
「だっ、男子たるもの此れしきのことでは泣いてはいけないのです」
強気でそう言った竜輝くんだったけど、数秒後に駆けつけた南天さんが見えると駆け寄り盛大に泣き始めた。
そうだよ、稀人になるからって何でもかんでも我慢する必要なんてないんだよ。
その内に台所から夏子さんたちも出てきて、希来里ちゃんは母親の手に戻った。
私は廊下に転がったままの鈴を腰に結び直して、豹馬くんと須藤くんに拘束された男を見下ろす。
心臓がバクバクして、未だ怒りは収まらない。
男から視線を逸らさずに御倉神を呼ぶ。
「すまない、乙女」
「二人の怪我ってどうにかなる?」
「……加護の者ではないがやってみよう」
御倉神はふわりと浮いて、南天さんに抱きかかえられていた竜輝くんの元へ飛んでいく。
南天さんには御倉神が視えているので、じっと息子に触れる彼の動向を見守っていた。
拘束されてもなお私を睨み付けている男の名前は、多門の双子の兄の亜門だった。
二卵性の双子だったらしく全然似ていない。
高一にしては巨漢な身体に、幼過ぎる精神。
誰に何を言われようとも、この男だけは許せない。
「比和子、腕を見せろ」
「痛いから、触らないで」
私の腕を掴み、袖を捲ろうとした玉彦の手を振り払ってしまった。
駄目だ、私。
心が怒りに興奮して落ち着かない。
きっと生まれて初めてこんなに激昂している。
それに自分の中に一瞬でも芽生えた殺意。
冷静にと思っても、呼吸が乱れて指先が震える。
「父上。一時間後に」
腕組みをしてこの場を諦観していた澄彦さんが頷くと、玉彦は私を肩に担いだ。
「ちょっ、何すんのよっ!」
私が降りようと暴れても、玉彦は無言で離れから母屋の私の部屋へと強制移動させた。
そうして部屋の中でようやく降ろされた私は、その場にへたり込んだ。
当事者が目の前に居ないだけで、こんなにも興奮って落ち着くのか……。
段々冷静になってくると、次第に恐怖心が首を擡げ出す。
私、どうして蹴られたり壁に叩き付けられたりしたんだろう……。
片膝をついて私の様子を窺っていた玉彦と目が合って、ようやく私も竜輝くんの様に我慢していた涙が溢れてきた。
「玉彦、玉彦……っ!」
形振り構わずにしがみついて嗚咽する。
彼はそんな私を抱き寄せて、頭を撫でる。
時折強くなる腕の力は、彼の静かな怒りを物語っていた。
あの場で正武家の玉彦は必要以上に感情的になることは絶対にしてはいけないこと。
客観的に冷静に物事を見極める、それを澄彦さんは体現していた。
「よく頑張った」
「……頑張れてないよ。二人とも怪我しちゃったしっ……」
「あの場に比和子がいなければ、もっと酷い目に遭っていたかもしれぬ」
「でも何の役にも立てなかったよ……」
「俺を呼び、御倉神も呼ばれた。そして時間を稼いだ。それだけでも充分だ」
幼い子を寝かしつけるように玉彦の手はトントンと私の背中でリズムを刻む。
下手に言葉を交わすよりも、今はこの温もりだけでいい。
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