私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第七章 せんせい

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「なんってセンスがないの!?」

 ポスターに両腕で壁ドンをして、私はしかめっ面の男子と向き合った。
 須藤くんは後方で笑いを噛み殺している。
 それはそうだろう。
 なんだってこんなポスターと真剣に向かい合っていなきゃならないのと自分でも思うもん。

 そしてやっぱり結果は真っ白。
 見事に何もなかった。
 私が振り向けば、須藤くんは肩を竦めた。

「豹馬が言ってたよ。ここの廊下は木造だから季節によって木が若干歪むんだって。だからいつもならピシッと貼られているポスターが撓んで笑ってるように見えるらしいよ」

 古い造りの美山高校らしい何とも言えないオチに思わず苦笑いしてしまう。
 木が膨張したり戻ったりするのだろう。

「じゃあ次、音楽室に案内するね」

 先を歩く須藤くんの結ばれて揺れる後ろ髪を見て、ふと思う。
 どうして伸ばしているんだろう。
 玉彦は元服の儀が終わるまでおかっぱで、今は少し長めだけど普通の髪形だし、豹馬くんは出会ってから今まで変わらず短め。
 長い髪と言えば多門を思い出して、私はイラッとした。

「須藤くん、どうして髪切らないの?」

 後ろから話しかけると彼はこちらを向いて可愛らしく首を傾げた。

「寒くなったら首筋が寒いから」

「へっ?」

「冗談、冗談。四年前に願掛けが終わったから切ろうとは思っているんだけど、タイミングなくてさ。面倒になってこのままなんだよ」

 四年前……。
 御門森から須藤になったご先祖様の悲願である白猿の討伐が終わった時だ。
 江戸の中期から始まった因縁はこのご時世でようやく達成されたのだった。

「けど長い髪って洗ったり乾かしたり大変だから、そっちの方が面倒だと思う」

「確かにそうだけど、上守さんはそんなルーティンワークに毎日いちいち面倒だと思う? もう流れ作業になってるからそこんとこは面倒だと思わなくなっちゃったんだよねー」

「まぁ、言われてみればそうかも」

 そんなこんなで長い髪談義をしながら、実習校舎にある音楽室へと到着。
 音楽室の扉には窓はなく、テレビドラマでよく見るような社長室の扉の様に木製で重厚だ。

「ここには何が出るんだっけ?」

 須藤くんは扉を押し開ける。
 私はその隙間から中を覗き込んだ。
 普通に机と椅子が並んでいて、壁際には木琴などがある。
 その上には海外の作曲家や作詞家の肖像画がズラリと飾られている。
 その中に、上目遣いでこちらを見ている頭が乱れたベートーベンがいた。

「誰も居ない放課後の音楽室からピアノが聴こえるって。ベートーベンが弾いているらしいよ」

 もう少し覗き込んで教卓の方に目をやれば、立派なグランドピアノがその存在感をアピールしていた。
 誰も居ない音楽室に足を踏み入れてはみたものの、なにも感じない。

「聴いたことある?」

 須藤くんはいつの間にか一番前の席に座って頬杖をついていた。

「放課後は弓道場にいるからね。実習棟の音は聴こえないし、そもそも音楽室って防音されてるから普通は聴こえないんじゃない?」

「だよねー……」

 しばらくじっくりと音楽室を視てみたけれど、何もない。
 音も聞こえないし、そもそもピアノの鍵盤の蓋は閉められているし。

「これもガセかなぁ」

 諦めて扉に向かうと、須藤くんは何故か立ち上がらない。
 驚いてピアノを凝視していた。
 つられて私も視線を向けてみるけど、やっぱり視えない。

「どうしたの?」

「……聴こえる」

「え?」

 耳を澄ますと微かに、ほんとに微かに曲名は判らないけどピアノの音が聴こえる。

「あっちだ……」

 須藤くんが示したのは音楽準備室。
 授業の合間に職員室に戻らない先生が居る部屋。
 私は扉の前から準備室のドアへそっと歩いてドアを開けた。
 須藤くんも後ろから私の肩に手を置いて、中を見る。
 そこには乱雑に楽譜やプリント類が積み上げられた先生の机や、もう使わなくなってしまった古い楽器が保管されていた。
 もしかしてまた付喪神かと思いきや、奥にあるアップライトのピアノの前に誰かが座っている。

「誰かいるね、上守さん」

「誰かいるよ、須藤くん」

 彼は私に触れた時だけ、二や三の世界を垣間見ることが出来る。
 でもさっきの音が聴こえたのはどうしてなんだろう。
 もしかして彼に流れる御門森の血は、視ることではなく聞くことに特化しているんじゃないだろうか。

「行くの?」

「行くよ」

 お互いに小声で囁き合ってピアノに近寄ると、こちらに気付いたその人物はゆっくりと顔を動かす。
 普通の、スーツを着た鼻の下に髭を生やした七三の小奇麗な太ったおじさんだ。
 私はてっきり学校だから、学生の姿をした人がいると思い込んでいた。

「何かな?」

 ほんと、ふっつーに話し掛けられた。
 あの弓道場で会った秋田さんみたいに。

「あ、ピアノの音が聴こえたので」

「そうかい」

 その人は再びピアノに向き合うと、私と須藤くんを気にせずに弾き始める。
 私は須藤くんと顔を見合わせた。
 どう視ても悪いものではないような気がするんだけど。

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