私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第八章 ろくおぬ

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 十月末日。



 放課後に私は美山高校の屋上で、晴れ渡る青空を仰向けになって見上げていた。
 耳には白いヘッドホンを掛けて、スマホのアプリを起動させて、歌っている。
 私には曲が聴こえているけれど、私の歌声を聴いているかもしれない人たちはアカペラで何を歌ってやがるんだと思っているだろう。


 だって、仕方ないじゃん。
 五村には一軒も、カラオケボックスがないんだもの。
 カラオケがあるのは寂れた場末のスナックで、未成年の私がそんなところに行けるわけないし。
 いや、行けたとしても行かないけど。
 学校祭で出場するクラス対抗歌合戦の為に練習をしたくても出来ない私は、苦肉の策でこの屋上で放課後練習することにした。

 もう一週間になる。

 放課後は亜由美ちゃんのいる文学部か、玉彦の目の届く範囲にいなくてはならない約束だったけれど、最後の六不思議は学校祭の最終日まではお預けだったし、蔵人は未だ左腕を正武家から奪還出来ていない。
 ちなみに屋上の扉はこちら側から、有り難い玉彦の御札で封をしていたので、例のあの白いものはその気配で近寄っては来ない。
 とりあえず私の歌声が聴こえているうちは無事な証拠と豹馬くんが渋る玉彦を説き伏せてくれて、今に至る。
 そして私は皆には言わずに、この屋上でずっと待っている人がいた。

 きっと私がここにいると知れば、様子を窺って現れるはずだった。
 でももう一週間。
 警戒を解くには十分な日数。
 姿を現さない彼はもう、諦めたのだろうか。
 ちなみに御倉神ではない。
 彼は早々と浮かれながら出雲へと行ってしまった。
 呼べば来るとは言っていたけれど、澄彦さん曰く出雲で神様たちのどんちゃん騒ぎがあるそうで、期待はするなと注意をされた。
 旧暦の十月、今で言うところの十一月頃から十二月頃まで神様たちは出雲に集まって会議を行う、らしい。
 日の本のこれからを話し合うらしいけれど、もっぱら縁結びが大半なのだそうだ。
 だから神様たちが出雲に集まるこの月を神無月という。
 出雲にはいるけれど、普段坐すところにはいないよって。


 無心で歌う。

 恋の歌。失恋の歌。

 歌って大半が恋に関するものばかり。
 それもそのはず。
 歌とは好きなものに贈るものと昔から決まっている。

 屋上で歌い始めて三日目に、袴姿の玉彦が息を切らして弓道場から駆けて来たのを思い出す。
 選曲を変えろと真っ赤になって怒っていた。
 どうしてよとこちらが喰って掛かれば、屋上の下のすぐ脇に弓道場があった。
 そこで放課後彼は部活に励んでいるのだけれど、どうにもこうにも私の歌の歌詞の内容に他の部員が一々玉彦を見ては笑うのだそうで。
 失恋の歌の時には豹馬くんが別れたのかと笑い、もっと好きって言ってよ的なものを歌っていれば、須藤くんが言ってあげればいいじゃないと真顔でアドバイスをして、他の子が好きなのね的なものだと那奈が玉彦を一瞥して最低と呟く。
 でも玉彦がいくら文句を言っても、私が歌いたいものはそれのどれかに当てはまってしまう訳で、彼の希望を聞く訳にはいかない。
 そうこうしているうちに一か月の我慢だと腹を括った玉彦は大人しくなった。
 相変わらず何かを言われてはいるみたいだったけれど。

 一曲歌い終えて身体を起こせば、屋上のフェンスを越えて私の待ち人がようやく姿を現した。
 なんとなく、向かって来ているような気はしていた。
 胸が私の意思とは関係なく高鳴っていたから。
 この高鳴りは、鈴白の君の高鳴り。
 愛する人に会えるという、彼女のドキドキ。

 彼は足を放り投げて座っている私の目の前まで来ると、声もかけずにこちらを悲しそうに見ている。
 その姿が、いつかの玉彦の姿に重なる。
 女の子の隠に惑わされて、私に叱られるのではないかとしゅんとしていた時の。

「まぁ、そこに座りなさいよ、蔵人」

 素直に正面で胡坐を掻いた蔵人の為に、私はまだ封を開けていないペットボトルのお茶を用意していた
 紙コップに注ぐ。
 だってペットボトル、蔵人の時代には無かっただろうし説明をするのも面倒臭い。
 紙コップを長い爪がある右手で受け取り、覗き込む蔵人。

「毒なんて入っちゃいないわよ。とにかく飲みながら、私の話を聞きなさい」

 促せば大人しく口をつけたので、やっぱり彼は話せばそれなりに理解ある人なのだと解る。

「あのね、蔵人。私はやっぱり上守比和子で、あんたが大好きな鈴白ではない訳よ」

 そう切り出せば、蔵人は何も言わずに目を伏せた。
 彼も解ってはいるのだ。
 私が鈴白ではないこと。
 彼女と同じ血が流れている小百合さんもそうではないこと。
 だから、正武家の本殿にある左腕を奪還しに来ないし、私の前にも姿を現さなかった。
 どうすれば良いのか判らなかったから。
 でも黙って再び鬼の敷石に封印されるつもりもない。

 彼は今、八方ふさがりだったのである。


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