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第九章 おやくめ
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しおりを挟む現実の世界へと意識が戻り、一瞬ふらついた私を支えてくれたのは、ずっと手を握っていた蔵人だった。
向かい合った状態で腰を支えられ、彼の胸に寄りかかる。
運動をしたわけではないのに、息が苦しい。
「大丈夫か?」
私を気遣う蔵人は背を優しく撫でてくれる。
「なんとか」
私は身体を動かすことが出来ずに、がっしりと地に足を着けて立つ蔵人に寄りかかったまま。
以前豹馬くんが私を中に入れたあとになっていた状態に近いかもしれない。
それに眼がすごく熱くなってしまっている。
立て続けに二人。
この後、まだ五人も残っている。
こんな状態で持つのか不安になる。
「今宵はここまでで、次の新月にすることは出来ないのか?」
私の有様を見て、蔵人は腕組みをしている豹馬くんに問い掛けた。
豹馬くんは一度首を横に振り、闇夜の空を見上げた。
「無理だ。神守は今夜と正武家と約束を交わしている。それが叶わぬ場合は、二度と六隠廻りは出来ない。今夜解放して自由の身になってしまった雪之丞のおっさんと、蔵人は祓いの対象となり追われるだろう」
「そうであったか……」
そうなのよ。だからどうしても今夜中に終わらせないといけないわけよ。
私は両手を蔵人の胸につけて身を離した。
いつまでもこのままここにいる訳にはいかない。
移動、しなくては。
熱を持って少しだけ痛み出した眼を押さえる。
出来ることなら、目玉を取り出して氷水に浸したい。
そんなことを考えていたら、蔵人が私の前にしゃがみ込んで背負うと言い出した。
雪之丞の肩に乗り、角に掴まって移動するよりは身体を休められるかもしれない。
私は遠慮なく蔵人の好意に甘えることにした。
鳴黒の敷石を後にして、再び山中を移動する。
先ほどよりも振動が少なくて身体を強張らせない分、随分と快適だ。
そして眼に籠っていた熱がかなり放出されたころ、私たちは問題の藍染の鬼の敷石へ到着した。
そこには既に玉彦と南天さんが待っていて、私たち四人が到着すると合流した。
私はお礼を言ってから蔵人の背から降りた。
すると蔵人はすぐに振り返って、私の瞼に触れる。
熱が冷めてきていることがわかり安心したようだ。
「本来ならばどれくらい時間を置くものなのだ?」
蔵人は負担なく送り出せる時間のインターバルを私に聞いてきたので、私は正直に答えた。
もう六隠廻りを始めてしまったし、隠しても意味はない。
「わからないわ。だって、今日が二回目だもの。送り出すの」
悪びれもせずににっこりと笑えば、蔵人は唖然として、隣にいた雪之丞を見上げた。
そして雪之丞もポカーンと口を開けた。
「おぬし……」
「だって正直に言えば、協力してくれなかったでしょ?」
肩を竦めると、雪之丞が笑い出す。
つられて蔵人も諦めて笑い出すと、右頬に笑窪が出来た。
少し離れたところで豹馬くんは玉彦と南天さんに報告をしていた。
私にもう少し休む時間が必要だと判断した玉彦は、二人と話し込んでいてこちらへ来る様子はない。
てっきり蔵人の背に負ぶわれて登場した私に文句を言うかと思っていたけど、さすがに何も言ってこなかった。
私たちは地べたに座り込んで、南天さんが用意してくれていた水筒からお茶をコップに出して飲んでいる。
良い意味で緊張感が無くなって、妙な連帯感が出来る。
雪之丞は離れたところで話し込んでいた三人に目をやり、玉彦のところで目を細めた。
そう言えば雪之丞は玉彦と南天さんに腕を切り落とされたのだっけ……。
この後、きちんと連携を取って行動できるのか不安になる。
「あの正武家の者。阿修羅の如き強さでした。私どもは居ない方が宜しいのでは」
雪之丞は顎を摩って、腕を摩った。
玉彦と南天さんは一昼夜以上この雪之丞と戦って腕を切り落としてきたはずで。
それにこの藍染の敷石の双子の隠に関しては、数人で何とかしたのに。
私の様子を察して、蔵人は雪之丞の言葉を補充してくれた。
「今はどうか知らぬが、正武家の者はここぞという一大事には一人だけでお役目に向かう。強大過ぎるその力は破壊しか呼ばない。私たち足手纏いの枷を連れているのは制御の為。あの者の稀人は複数人いる。まぁその力は推して知るべし、だな」
雪之丞の視線の先にいる玉彦を見た蔵人は、美味しそうにお茶を飲み干した。
そして私はこんな時だというのに、複雑な気分になった。
『いずれ訪れるその時』は正武家に何かが起こるとき。
だからこの五村の地はそれに備えるために、正武家に力をつけさせている。と私は推察していた。
複数の稀人。
久しい惚稀人の出現。
私のお父さんを含む神守の眼の復活。
これは関係あるのかどうかはまだ判らないけれど、御倉神と結ばれた約束事。
そしてまだ若い澄彦さんと玉彦。
これらの点が一直線に並んだ時にその時が訪れるのではないかと思っていたけれど、蔵人の言葉に一抹の不安が過る。
稀人は死んでもその役割を交代できるように複数人いる?
玉彦のお力が暴走した時に抑え込むため?
私はその時に隣にいるなんて出来ないんじゃないだろうか。
むしろ神守の者として、正武家を……?
考えても考えても判らない事ばかりで、私は膝を抱えてうずくまる。
黙り込んだ私の頭を雪之丞の大きな人差し指が撫でた。
見た目は赤鬼そのものだけれど、彼は優しい。
帝から呪を掛けられて隠になってしまったけれど、本当はもっと別のやり方があったんじゃないのかな。
それに正武家はなぜ彼らを祓わずに封印したのだろう。
元が人間であったから祓うには忍びなく、そうしたのだろうか。
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