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第十章 せいだく
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しおりを挟む朝っぱらからなんてもの見せんのよ。
何だってこんなものが勝手口にあんのよ。
どん引きしていると、背後から須藤くんが私に説明をする。
「猪二頭だよー。捕まえてすぐに血抜きして、内臓出して川で洗って冷やしたから臭みはないよー」
いや、そうじゃなく。
どうしてお役目に出掛けたのに、猪を手土産に帰って来てるのかっていう根本的な疑問があるんだけど。
半目で須藤くんを見れば、玉彦を見る。
「祓った後に猪の群れに遭遇してな。追い掛けた」
いや、どうして追い掛けるのよ。
「手頃な二頭を仕留めた」
解らない。私には全く理解できない。
わざわざそんなことをしなくてもスーパーへ行けばお金は掛かるけれど、お肉は売っている。
「猪鍋を比和子に食わせてやりたくてな。もうその季節だ」
「あ、ありがと……」
「味噌が良いよねー」
「山椒を切らしていたので後で買ってきます」
「卵は比和子のじい様の家から貰うとするか。南天、土産の肉を切り分けてくれ」
「かしこまりました」
何だか次々と当たり前のように話が進んで行く。
「次は鹿だな」
「あっ、その時は僕も」
そして次の狩りの話まで。
なんなの、この野生児たち。
「須藤、それなりに持っていけ。屋敷でこんなには消費しない。食い扶持が一人減ったからな」
そう、澄彦さん側の母屋で生活をしていた小百合さんが先日鳴黒村の家へと戻った。
もう蔵人の脅威は去ったので。
ちなみに高校はそのまま通うそうだ。
「あーうん。ご近所さんに配るね。初物だし、玉彦様からだからすぐに無くなるよ。それにしても南天さん。ようやく解放されましたね」
須藤くんが台所の棚から保冷袋を取り出して、包丁を拭いていた南天さんに笑いかけた。
南天さんは頬を引き攣らせつつ頷く。
「何から解放されたの?」
私が聞けば玉彦は眉を顰める。
この鈍感が! と罵りそうな勢いで。
「後藤だ」
「へっ?」
「え、上守さん、気が付いてなかったの!?」
「え? え?」
「南天さん、後藤さんにものすごく言い寄られてたじゃない……」
「うそっ!」
小百合さんが新しい恋をしていることは香本さんから聞いていたけど。
てっきり私は学校の誰かだと思っていたのだ。
だって南天さん年上だし、結婚して子供だっているし……。
私と目が合った南天さんは、とりあえずテヘッてな感じで笑う。
「でも、小百合さんの気持ち、私解るわー」
「比和子?」
「だって優しいし、頼りになるし、気が利くし。お料理も上手で、仕事も出来るし。勉強だって解りやすく教えてくれるもん。絶対に幸せにしてくれそう」
私が南天さんを褒めると、玉彦は判り易く膨れ始める。
でも、しょうがないじゃないの。
これぞ大人の魅力じゃないの。
「上守さん、その辺にしておいた方が……」
苦笑した須藤くんに向き直る。
私は小百合さんの相手が須藤くんでもおかしくはなかったと言えば、彼は目を泳がせる。
「いや、無理でしょー」
「どうして? 須藤くんだって料理の腕前は知らないけど、色々と男前じゃないの」
「あのね上守さん。僕にだって選ぶ権利はあると思うんだ」
「そりゃあ、そうだけど。じゃあ那奈はどうなのよ」
須藤くんのことだ。
自分に向けられている好意は絶対に気が付いているはずだった。
「え、鰉? ダメダメ」
須藤くんの即答に首を捻る。
彼が選ぶ権利というくらいだから、きっと小百合さんの重さが原因なんだと思う。
だったら那奈は可愛い方だし、普通体型だし。
「自分は遊んでいるが相手が遊んでいるのは嫌なのだろう」
「は?」
「誤解を招くような事、言わないでください。玉彦様」
「事実であろうが」
「ぐっ」
飄々としている須藤くんが玉彦の言葉に詰まった。
こんなの初めてみた。
「比和子。須藤の彼女になる第一条件は処女だ」
朝っぱらから馬鹿なことを言い出す玉彦を一瞥する。
南天さんは背を向けていてるけど肩が揺れていて、須藤くんは遠い目をしていた。
「……私、二度寝してくる。血生臭いから、しばらく玉彦は出入り禁止。触るのも禁止ね」
「おい、それはないだろう」
背後から玉彦の動揺した声が追い掛けてきたけれど、私はそっと台所のドアを閉めた。
心配して、損をした。
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