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第十章 せいだく
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しおりを挟む二度寝をして。
今朝玉彦たちが狩ってきた猪のお肉を持ってお祖父ちゃんの家を訪ねると、二匹の狐に出迎えられた。
冗談ではない。
本物の薄汚れた黄金色の野性の狐だ。
彼らはお祖父ちゃんの家の垣根の両端にちょこんと尻尾を揺らして座っていた。
まるで神社の入り口にいる石像のように。
その存在は家で歓迎されているらしく、脇には二つの水入れとドックフードが僅かに残ったエサ入れがあった。
私が近づいても逃げることはなくて、でも手を伸ばして撫でようとするとするりと逃げる。
それは一緒に来た玉彦にも同様で、私が嫌われている訳ではないらしい。
「あのさ、狐って御倉神の関係かな?」
「そうも考えられるが、今のあれは普通の狐だろう」
正武家の彼がそういうのならそうなのだろうけど、まるっきり関係がないとは言い切れないと思うなぁ。
私たちは二匹の視線を受けながら、お祖父ちゃんの家のチャイムを鳴らす。
するとすぐに希来里ちゃんが出てきて、その後ろから慌てて夏子さんが走ってきた。
「おはよう、比和子ちゃん。あら、玉彦様まで。おはようございます。中へどうぞー」
夏子さんは朝の後片付けが忙しかったらしく、私は手伝いながらお土産の猪のお肉を夏子さんに一声かけて冷蔵庫にしまった。
玉彦は縁側で膝の上に乗っかった希来里ちゃんを相手に何かを真剣に聞いては頷いている。
私は夏子さんの隣で食器を戸棚に入れて、今朝の出来事を愚痴っていた。
「朝から?」
それを聞いた夏子さんはケラケラと笑った。
笑ってるけど、心配して駆けつけたところに血まみれの三人がいたら、絶対に驚くと思う。
「でも鈴白の猪って美味しいのよ。中々捕まえられないから口に入ることがないのよねぇ」
夏子さんは冷蔵庫にあるお肉の大きさを確認して、ほくほくして夜に使う土鍋を洗い出す。
今から楽しそうにしている姿をみれば本当に美味しいんだろうとは思うけど、あの生々しい姿を目にした私はあまり乗り気ではない。
「捕まえられないの?」
「んー一応山には入るのよ、光次朗さんもお義父さんもみんなでね。でもねー猪が人間の気配にすぐ逃げちゃうんだって。罠を張っても引っ掛からないみたいで。下手くそなのかしらね」
そんな頭の良い猪をよくも二頭を仕留めたもんだと思ってよくよく考えれば、須藤くんはそういうの家の由来からして得意そうだし、玉彦と南天さんは気配を消すのはお手のものだったのだろう。
そうでなければ猪の、しかも群れと遭遇するだなんて有り得ない。
玉彦は正武家を首になったら、猟師になれば良いと思う。
「あ、そうだ。あの狐なんなの?」
私が垣根の方を指差すと夏子さんは全く気にしてないようで、野良猫に餌をあげている感覚でいるようだった。
悪さもしなければ、フンなどで玄関先を汚すことも無い。
だから別に追い出す必要はないだろとお祖父ちゃんも放って置いているようだった。
その話をしていると、腕にぶら下がった希来里ちゃんを揺らした玉彦が無言の助けを求めてやって来た。
夏子さんは平謝りして希来里ちゃんを抱き上げると、そう言えばと思い出したように私を見た。
「あの子たちが来てから、静かになったのよねぇ」
「なにが?」
もともと何にもない田舎である。
車や工事の騒音なんて最初からないし、人がうるさいと感じられるほど人間がいない。
「何てゆうのかしら、狼の遠吠えみたいな、ほら、サイレンなったら吠える犬がいるじゃない? あんなのよ。ここ最近聞こえなくなったわ」
この山に狼。
てゆーか狼って絶滅したんじゃないの?
だったら近所にいた野良犬か、亜由美ちゃんちのハスキー犬のくうちゃんか。
亜由美ちゃんちは五百メートル離れているけども。
それを聞いた玉彦が一瞬微妙な表情をして口元を手で隠した。
そして呟く。
口元を隠していた右手で夏子さんに抱かれていた希来里ちゃんの額に優しく触れると彼女は、こてんと眠ってしまった。
私と夏子さんは何が起きたのか解らなくて、眠ってしまった希来里ちゃんに何度も声を掛けた。
玉彦が何かをしたのは明らかで、私は詰め寄る。
「ちょっと、何をしたのよ!」
「犬の残り香を消した」
「犬ぅ~?」
「清藤だ」
玉彦が口にした名に私も夏子さんも身体が固まった。
忘れもしないその名前。
希来里ちゃんと南天さんの息子の竜輝くんに暴挙を働いて、双子の兄は正武家を出禁になった。
今思い出しても腹が立つ。
「この子は亜門の手に触れている。竜輝は足だが直接ではない。お前は……俺が色々とだから大事ないだろう。念のため通山の実家に連絡を入れておけ。もしかしたらそちらに御倉神が居座っているやもしれん」
何となく理解は出来るけど、犬って何なんだろう。
玉彦も御倉神も清藤に関して犬というキーワードを口にしている。
しかも蔑んだ感じで。
不安げに話を聞いていた夏子さんは、玉彦ではなく私に大丈夫かと聞いてくる。
普段なら玉彦と夏子さんは何事も無く会話しているけれど、正武家が関係してくるとやはりそこには一線がある。
「大丈夫だ。大きな湯船に塩が一粒落ちたほどの残り香だ。いま溶けた」
玉彦が柔らかく希来里ちゃんの頭を撫でると、何事も無かったかのように話し出したので夏子さんはホッとしていた。
それから玉彦は夏子さんに万が一遠吠えらしきものが聴こえたら、いつ何時夜中であろうとも正武家に連絡を、と念を押していた。
私はその間にお祖父ちゃん家の電話から、通山の自分の家に連絡をしてた。
電話口に出たお母さんにそれとなく変わったことがないかと聞いても、何もないって答えて、むしろ私の方はどうなっているのかと心配をしていた。
そもそもお母さんはお父さんと違って通山出身の普通の人間だから、お父さんの地元の理に関してあまり信じていない所がある。
でも私が五歳の時に家の中のガラス製品が砕け散った件が、お父さんの親友の澄彦さんのせいというのは解っているらしく複雑そうではある。
それと夏子さんから九児の話も聞いていたのでなおさら。
途中から半分お説教になってきたので、私は受話器を夏子さんに渡してお祖父ちゃんの家を玉彦と出た。
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