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第十一章 てんまつ
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しおりを挟む「でもさ、私、正武家の敷地の石段で襲われたんだよ?」
「比和子が一人になるのを窺っていたのだろう。石段から引きずり出せば正武家の力が弱まる。一か八かで一が出て良かった。関知した父上もすぐに駆けつけられた」
思い出すだけでも身震いがする。
犬の頭の白い男に力尽くで引き摺られるって、夢に出てきそう。
最近は不可思議なことに耐性が出来てきたように思っていたけれど、やっぱり駄目だ。
「でもどうして犬外道を作ってまで、襲い始めたんだと思う?」
この二十五年間、大人しくとまではいかないまでもあからさまな活動をせず、正武家にも関知されずにいたのに。
「憶測になるが校内にいた食い物である用務員を祓い、ヤツを追いかけたからだろう。身の危険を感じて先手を打った。今日は前哨戦だ。山に入り数少ない山の怪を喰らい、再び必ず来る」
玉彦が言い切るならきっとそうなんだろう。
でもさーまだ疑問はあるわけで。
「丸いアレにはさ、顔っていうか頭もあったんだけどどうしてわざわざ犬の頭なんだと思う?」
私の疑問に二人は首を捻った。
三人で考えても答えが出なくて憶測を話していたら、犬外道をブルーシートでしっかりと包み込んでいた多門が口を挟んだ。
「犬は鼻が良い。対象物を襲えと命令すれば必ずそうする。しかも猟犬を使ったのならば尚更だよ。力がより強い者へ絶対の服従をする」
「でも強い者って言っても、人間じゃないよ?」
「生きている猟犬ならば従わない。でも犬外道にされてしまったら、関係ない」
多門はこちらを見ずに、犬外道から切り離した犬の頭部を大事そうに一つずつビニール袋に入れて、白い風呂敷で包んだ。
持ち帰るつもりなんだろうか。
でも、犬の頭だけどうするんだろう。
不思議に思っていたら、玉彦が多門のところへ歩き出し包みを持つ手を掴んだ。
「為らぬ。これは他二体が到着次第祓う」
「……しかし、犬に罪はありません!」
悲痛な多門の言葉に、玉彦は表情を一つも変えなかった。
「為らぬ。例外はない」
落ち着き払った玉彦の答えに、多門は諦めて包みを解きだした。
涙をぐっとこらえて唇を引き絞るその姿は、拾ってきた子犬を捨ててこいと言われた子供の様だった。
清藤の犬とはどういうものなんだろう。
思い起こせば誰も私に教えていない。
誰かが教えているだろう、と思っているようだ。
あとで玉彦に聞いておかなくては。
とりあえず多門の様子を見ていると、彼らにとって犬とはお役目のパートナーみたいな感じなんだろうな。
それからしばらくして、澄彦さんたちが二体の犬外道を抱えて戻ってきた。
多門が解剖するまでも無く、先の三体と同じだった。
審議を再開した澄彦さんに先ほどの見解を玉彦が説明すると、澄彦さんは参ったというように頭を掻いた。
二十五年も前に放置した走る二ノ宮金次郎の像がまさか繋がっていたとは誰も考えないだろう。
複雑に絡み合った糸が解かれて全容が明らかになり、とりあえず清藤の無実は証明された。
けれど私がいないお祖父ちゃんの家が襲われたのは、亜門の犬の残り香が原因であると多門は認めた。
同じ犬のこの世ではないものの臭いに引かれてしまったのだという。
そして多門は澄彦さんに思いがけない願い出をした。
「この一件、清藤多門も参することを御命じ下さい」
「その役割は」
「犬が相手なればこの多門、清藤の名において遅れを取るわけには参りません。必ずお役に立ちます」
「ふむ。……うーん」
悩み込む澄彦さんはチラリと私を見てから、再び悩みだした。
悩みの種は私か……。
私が清藤と一悶着を起こして、正武家の人間は清藤の者に良いイメージはまるでない。
以前玉彦が怪我をさせられた件もある。
けれども澄彦さん的には御門森も清藤も正武家の傘下として使うことのスタンスは変えていない。
長い歴史からして些細な物事があったからと言って、簡単にその関係性を解消させることはない。
そして当主としての澄彦さんはその清藤の力を今回の件に取り込みたく思っている。
私は亜門に腹を立ててはいるけれど、多門にムカついている訳ではない。
耳は、舐められたけど。
それにさっきの多門を見ちゃったら、私の悪い癖かな、これ以上彼が大切に思っているどこかの犬が犠牲にならないように一緒に協力すれば良いんじゃないのって思ってしまった。
でもそれを決めるのは当主の澄彦さんだ。
他の者、玉彦でさえその決定に口は出せない。
私も神守の者として余計なことは言えない。
「次代、どう思う」
……丸投げだ。
お得意の澄彦さんの丸投げが発動した。
前にも六隠廻りでそんなことがあった。
あの時は私の申し出をどうするかで、澄彦さん的にはどちらでも構わなかった。
だから決断を玉彦に委ねた。
結局は私の神守の者としての言葉が出て、どんでん返しになったけれど。
そして今回は多門を参加させるか。
過去の蟠りにどう決着をさせるのか、澄彦さんはみている。
玉彦は微動だにせずにただ前だけを向いて、答えない。
誰もが彼の言葉を待って、動かない。
「多門、差し赦す」
玉彦の視線が僅かに動いて多門を流し見る。
それを確認した澄彦さんは、開いていた黒の扇をパチリと閉じた。
「まずは良し。犬外道を祓う。その後、みな休め。多門は私預かりとする。以上だ」
その言葉に当主の間にいた全員が低頭した。
犬外道を祓い、澄彦さんが当主の間を退出するとき、こっそりと私の耳に彼は囁いた。
「息子はスズカケノ池から浜名湖くらいになったようだよ」
そう言うと澄彦さんは笑って、宗祐さんと多門を伴って出て行った。
一瞬なんのことやらと思い出せば、あぁと思う。
澄彦さんは玉彦に人間として男として清濁併せ呑む度量の大きさを求めていた。
今回の多門は差し詰め『濁』だったのだろう。
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