私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第十一章 てんまつ

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 部屋に戻り、私は明かりも点けずに畳に倒れ込んだ。

 深呼吸するとい草の良い香りがする。
 当主の間は犬外道の腐臭で酷かった。
 身につけていた小紋にも臭いが移ってしまっている。

 お行儀が悪いけれど、寝転んだまま帯をよっこらせと解く。
 腰紐も解いて、長襦袢になり伊達締めも解く。
 着物ってなんだってこんなに結ぶものが多いんだろう。
 身につけていたものを全部脱いで、下着も着替えてキャミソールとスカートを穿く。
 それからバスタオルを持ってもう一度お風呂へ入ろうとすれば、宗祐さんの字で使用禁止の張り紙がされていた。

 マジか……。

 仕方ないのでいつも玉彦と南天さんが使用しているお風呂場へ行くと、入浴中の札が下がっていた。
 私は脱衣所の前で座り込んで、誰かが出てくるのを待っていた。
 玉彦か南天さんが入っているのだろう。
 しばらくしてトタタタと廊下を走る音が聞こえて、見上げると玉彦がいた。

「何をしている」

「あ、お風呂入ろうと思って。でも誰か入浴中らしくて」

「南天は台所にいたぞ?」

「ええぇ?」

 遠慮なく玉彦が脱衣所に入り、中を覗けば誰も居なかったらしく、私に入るように促した。
 そして何故か玉彦も一緒に脱衣所に入ってくる。

「何やってんのよ。出て行きなさいよ」

「不埒なことは考えていない。身体を見せろ」

「あんた、言ってることおかしいわよ?」

「怪我の具合を見せろと言っているのだ。浴びた血は落とせたか?」

「あぁ、そう言うことね……」

 私は玉彦に後ろを向いてもらって全部脱いだ後にバスタオルを身体に巻き付けた。
 今さら隠す必要なんてないだろうと玉彦は口を尖らせるけれど、それとこれとは話が別だ。

 脱衣所の葦の椅子に座ると、玉彦はゆっくりと私の足先から確認を始めた。
 時折宣呪言を呟いては、指先を肌に当てている。
 しっかりと落としたと思っていたのに案外残っていたようで、まぁ澄彦さんは玉彦が私に残る微かなものを祓うだろうと判断していたようだ。
 その点検個所が足の付け根の微妙なところになり、私も玉彦も顔を顰めた。

「ちょっと……そんなとこ」

「おい、お前は一体どんな格好で返り血を浴びたのだ」

 お互い不満を持っていたけれど、理由は違っていた。

「どんなって制服着てた……けど……」

 犬外道に引き摺られてスカートが捲り上がっていたようにも思う。
 もしかして、じゃあお尻も!?
 思わずお尻に手を回す。

「見せろ」

「え、やだ」

「そのようなことを言っている場合ではない」

 確かにそうだけど、足くらいならともかく下着もつけていないお尻なんて恥ずかしすぎる。
 赤くなる私とは対照的に玉彦は真面目な顔をしているので、なおさら気が滅入る。

「早くしろ。まだ調べるところがあるのだぞ」

「あとじゃ、だめ?」

「駄目だ」

「あとで、お布団でうつ伏せになってじゃ、だめ? お風呂すぐ上がるから、それからじゃだめ?」

「……お前、危機感がないのか」

 玉彦はそう言うと半ば強引にバスタオルを捲り、私は必死で前を押さえた。
 するとやっぱりお尻にも残っていたらしく、玉彦の指先が当てられる。
 ある意味、身体を重ねるよりも恥ずかしい。

「……もう良い。残りは部屋でする。身体が冷えてきただろう」

「わ、わかった……」

 私は玉彦が脱衣所を出て行くのを見届けてから、すぐにお風呂場へ飛び込んだ。
 しっかりと湯船で身体を温めてから部屋へ戻ると、脱ぎ散らかしていたはずの着物は片付けられてどこにもなかった。
 そしてお布団が敷かれていて、ちゃっかりと枕が二つ並んでいるが、犯人はまたいない。

 部屋の掛け時計を見ればもう二時で、私は大きな溜息が出た。
 澄彦さんは明日は学校を休めって言ってくれたけど流石に休み過ぎだし、私以外の皆は普通に出席するから私も行こうと思っていたけれど、時間を見ると心が折れた。

 もう、留年さえしなければいい。
 皆と一緒に卒業できさえすればいい。

 そんな投げ遣りな考えを持ちつつ、私は椅子に座ってバスタオルで頭をガシガシする。
 短くなってしまったお蔭で、乾くのが早い。
 明日、自分で毛先だけでも揃えなきゃだな……。
 美容室にも行きたいけど、鈴白村で見かけた美容室は理容院と一緒になっていて、通りすがりに中を覗いたら年配の美容師さんだった。
 それに、何よりも私のバイトで貯めたお金が底を尽きかけている。
 お母さんに仕送りを頼むのも気が引けるし、落ち着いたらバイト先を探したいけれど、そもそも鈴白村にバイト出来るようなところが見当たらないっていう。
 前に亜由美ちゃんに聞いたら、家の手伝いをすればそれなりのお小遣いがもらえるって言ってたから、私もお祖父ちゃんのところでお願いしてそうしてもらおうかな。

 鏡を見て、髪を触る。
 須藤くんは玉彦は黒くて長い髪が好きだって教えてくれたけど。
 残念ながら今の私は黒くても長いとは言い難い。
 玉彦は私が坊主頭でもって言ってくれたけど、実際坊主頭になったらどん引きすると思う。
 今回、そうならなくて本当に良かった。

 そして足に目を落とせば。
 引き摺られたせいで、膝以外も酷いことになっている。
 脛や太もも、それに腕にもかなりの引き傷だ。
 当分お風呂の時は沁みちゃうだろう。
 傷も薄ら残りそうな気がする。
 ちなみに顔も顎や頬に少しだけ傷が出来た。
 人前に出る時は下地をしっかりしてファンデーションを塗ったから大丈夫だったけど、部屋ではすっぴんだから玉彦にはばれちゃうな。

 こうやって自分のことばっか考えてるけど、これからあの犬外道を生み出したあの白いのを澄彦さんはどうするんだろう。
 私たちは学校祭の最終日夜にと計画をしていたけれど、正武家当主が関わる事案になり、一応身内だけれど一般人のお祖父ちゃんの家や須藤くんの家も被害に遭ってしまった。
 しかもそれが二十五年前の澄彦さんとお父さんが発端だから、黙っているはずはない。

 今回の件では私の様に力がない者はお呼びじゃない。
 物理的に禍を追い詰めるだけの強さと自分を護れる強さがないとお声が掛からないと思う。
 せっかく玉彦が眼を使わなければその場に居ても良いって譲歩してくれたのが水の泡だ。
 あの喧嘩は何だったのかっていう。

 考え過ぎてお布団に倒れ込むと、すぐに眠気に襲われる。

 とにかく今日は疲れた。
 予想もしていなかった悪夢の延長授業があり、学校祭の準備を十九時まで頑張って、そこからこの大騒動だ。
 肉体的にも精神的にも限界だ。
 でも玉彦が来るまで起きてなくちゃいけない。
 私の身体に残った微かな返り血の、穢れを、落とさなく、ちゃ……。



 それから。

 いつの間にか眠ってしまって夢うつつの中、私のお布団を剥いで玉彦の遠慮のない点検が始まる。

「比和子、腕を上げろ」

「……うん」

「背中も浮かせろ」

「……ん」

「脱がすぞ」

「……うん、たまひこ?」

「……どうした」

 張っていた気が緩んで、見つめ合ったまま涙が横に流れる。
 これは悲しい涙じゃない。安心した涙だ。

「こうやって一緒にいるっていいね……」

「何を今さら……」

 身体を魚を焼くように裏表に引っくり返されて、それでも私は動く気になれない。
 ……眠たい。
 私の身体の点検が終わった玉彦はそのまま私を抱きしめて、寝息を立てはじめる。
 お風呂場でフラッシュバックして澄彦さんや宗祐さんに対して怖いと思ってしまった感情は、今は無い。
 玉彦であれば何をされても怖いとは思わない。

 今夜眠れば見るかもと恐れていた悪夢は、全く見なかった。

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