私と玉彦の学校七不思議

清水 律

文字の大きさ
98 / 120
第十三章 そうぼう

1

しおりを挟む

 二度目のお風呂場での禊は、澄彦さんと二人きりだった。

 私は零れ落ちる涙を止められなくて、澄彦さんは微かに口元を優しく歪めていた。
 そっとお湯で私の身体を流してくれている。

「ごめんなさい、澄彦さん……」

「うん。もう十回は聞いたよ」

「すみません……」

「それも、十回くらい聞いたね」

「私、面倒ばかり起こしてしまって……」

「そんなの、僕と光一朗がやらかしてたことと比べたら、ありんことぞうさんだよ」

 澄彦さんの軽口は、今の私には素通りだ。

 私の勝手な行動で、お屋敷は大騒動だ。
 澄彦さんと宗祐さんが間一髪で帰って来たから良かったものの、もしと考えると頭が真っ白になる。
 それに、玉彦にも完璧に嫌われた。
 私のこと、神守の者って呼んだ。
 はっきりとあちらから線を引かれてしまったのだ。

「で、何があって外に出たの? 危険だって解ってたはずだよね?」

 優しい問い掛けに頷く。
 解ってた、すごく解ってた。
 でも、どうしても玉彦を追い掛けなくてはと。
 全くの勘違いだったけど。

「どうして?」

 澄彦さんのどうしては多門のどうしてとは違った。
 小さい子の嘘を正直に答えられるようにする為のどうしてだった。

「蔵人が、前に教えてくれたんです……。正武家の者は一大事の時、一人でお役目に向かうって」

「うん。それで?」

「縁側にお役目に行く前の玉彦が座っていて。台所に南天さんが居て。南天さんがっ、いるのにお役目なんておかしいって思ってっ」

 話をしながら、私は堪え切れなくなって黒ずむお湯に涙を落とした。
 涙はすぐに黒く染まり、私の心の色の様だった。

「急いで部屋に戻ったんだけど、玉彦はいなくって、一人で行ってしまったって、私だから……」

「須藤とお役目に出ると聞かなかったのかい?」

 頷くと澄彦さんは大きく溜息をついた。

「私、玉彦の盾にならなきゃいけないのに置いてけぼりになったら意味が無いのにっ」

「えっ?」

「もうその時が来ちゃったって勘違いしてしまって、冷静に考えれば稀人はいたのに」

「ちょっ、比和子ちゃん!? 誰から、息子から!?」

 澄彦さんは流すお湯の手を止めて、私の両肩を掴んだ。

「その時のこと、誰から聞いたの!?」

「何となく何かがあるって自分でも思っていて、あと九条さんも……」

「そこか、そこなのか……。眼を持つ者の繋がりか……」

 澄彦さんは両手で顔を覆って下を向く。
 そしてそのまま、私に誰にも言ってはならないと呟いた。

「息子は、あれは勘の良い子だから口にはしないけれど知っている。何かがあると。稀人衆は思っていても正武家に付いてくる。だが五村には漏らせない。不安を煽りたくはない」

「……はい」

「君はそれでも、正武家に居てくれるつもりかい?」

「……そのつもりでした。でも、もう、駄目みたいです。玉彦はきっともう、私を見てはくれない。神守の者としか見ないです」

 正武家が第一で、私は二の次三の次なのだ。
 正武家を危機に晒す真似をした私をきっと許してくれない。
 頬の痛みを思い出して、また涙が零れた。

「いやいや、参ったね……」

 澄彦さんはそれ以上何も言わずに、私の禊を終えると当主の間へ来るように告げて、立ち去った。





「上げよ、比和子」

 当主の間は私にとって断罪の間だった。
 ゆっくりと頭を上げて、真っ直ぐに澄彦さんだけを見た。
 周りは怖くて見られないから。
 お風呂場で会話をした時とは違い、澄彦さんはすっかり当主の面持ちで私を見つめ返した。

「此度の件、先ほど聞いたことで違いないな?」

「はい。皆様には大変なご迷惑をおかけしました。申し訳ございません……」

 両手をついて低頭し、唇を噛み締める。
 情けないやら悲しいやらで涙が零れ落ちそうになったけど、何とか頑張って踏ん張る。
 全部私の自業自得なのだ。
 冷静に考えて行動すれば、こんなことにはならなかった。
 これから告げられるであろう当主の沙汰が、どんなものであれ私には申し開きも何もない。

「上げよ、比和子。良い。赦す」

 あまりにも呆気なく赦された私は、動けなくなった。
 澄彦さんの言葉に耳を疑う。
 次代の玉彦は正武家を危険な目に晒した私に怒り心頭だった。
 だから誰よりも正武家を第一に考えているはずの当主である澄彦さんもそうであるはずだった。

 なのに……。

 困惑する私と同様に、当主の間に居た全員の気配が揺れた。

「場替えを行う。これは下知であり、異議は赦さず。
 まず、宗祐、多門と共に次代付きとする。
 豹馬、須藤はこの澄彦付き、南天は私の妻となる比和子付きとする。
 豹馬、須藤が居らぬ時の代役は南天とする。以上」

「はっ?」

 今、私の妻って。

 私が澄彦さんの妻って……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

処理中です...