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第十三章 そうぼう
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しおりを挟むそれから私は本当に三日三晩、澄彦さんとのお勉強会に明け暮れた。
まだ救いだったのは、澄彦さんは玉彦の様にスパルタ教育では無かったこと。
時々脱線して、何故かお父さんとの武勇伝になったりもしたけれど。
で、基礎が出来上がった今、澄彦さんから直々に九条さんへとお願いをして私の神守の眼についての修行が開始された。
流石に御門森の家へと私一人では行けないので、南天さんの出番となった。
御門森からの帰り道、南天さんは車内で玉彦の様子をこっそりと教えてくれる。
「それはもう、大変な塞ぎこみようです。毎食部屋で頂きたいと澄彦様に願い出ましたが、許可を頂けずに。多門に慰められる日々が続いています。えぇ、おかしな関係になってしまいましたね」
南天さんはそう苦笑して、私を石段で降ろして表門まで送ってくれた。
彼はそのまま車に戻り、山道を通って裏門から入る。
玉彦が塞ぎ込んでいる理由は多分、玉彦と玉彦様の間で揺れ動いているからだろうことは想像に難くない。
私は玉彦側の母屋の玄関へと向かう。
表門からは澄彦さんの母屋へはそこを通らなければ、庭から抜けるしかない。
すると夜の帳が下りた木陰から、不服そうな多門が現れた。
急遽鈴白村に滞在することになった多門は、澄彦さんから借りているのか、紺の長着を粋に着こなしているのが憎たらしい。
ちなみに高校は体調不良ということでお休みしている。
「あら、多門。もう夕餉の時間になるわよ」
「何やってんだよ、比和子ちゃん」
私の言葉を無視して、多門は私の肩を強く掴んだ。
「何って、ちょっとお出掛け」
「そうじゃなくて! 次代のことだよ!」
「終わったじゃない」
グッとなった多門の手を払い、私は玄関を見た。
そこには見慣れた腕組みをする影だけがある。
姿は、見えない。
「何言ってんだよ。あんなに好きだって言ってたじゃん……」
「人の心は変わるの。ごめんね、多門」
私は玄関に入らずに、庭を横切ろうとした。
その後ろから多門の声が追い掛けてきた。
「そうやって言うくせに、比和子ちゃんから一切当主の匂いがしないじゃないか」
「……何も身体を重ねることだけが愛じゃないもん。私はそういう繋がりばかりを求めてはいない。心が寄り添って初めてそうなるの。だから、もう勘弁して」
ヤバい。
これ以上多門に物的証拠を突き付けられて、問い詰められたら嘘がバレる。
そう考えた私はこけつつも走って、澄彦さん側の母屋に逃げ帰った。
それから数日、美山高校での悪夢の十日間と呼ばれる期間を私は家の都合ということで休み続けて、日中は九条さんに鍛えられ、夜は澄彦さんにお世話になり。
何とか一体くらいの犬外道から身を護る術を手に入れた。
何度か澄彦さんが犬外道を山から捕獲して、実践をして死にそうになったけど。
そして実に十日ぶりに登校すれば、亜由美ちゃんと香本さんが熱烈に歓迎してくれた。
今日から一週間は授業も無く、朝から晩まで学校祭の準備期間なので、2Aと2Cは合同のクラスとして同じところに居られるのだ。
私はいつも通りに過ごした。
皆で準備して、女装した玉彦たちを指差して笑って。
クッキーを失敗しては豹馬くんに罵られ。
何もかも胡散臭いくらいに普段通りだった。
私と玉彦の会話が必要最低限であること以外は。
稀人の二人と香本さんは、あの夜の当主の間に居たけどあえて何も言ってはこなかった。
でも何となく私ではなく、玉彦に気を遣っていた。
亜由美ちゃんや那奈は、私たちが冷たい戦争的な喧嘩をしているだけだと思っていて、何とか仲直りさせようとして豹馬くんに見つかっては怒られていた。
そんな中、私は歌の練習を屋上で続けていたのだけど、雨が降った日は廊下で歌っていた。
しかも曲を大音量で流して。
準備期間中は各クラスで持ち込んだ器材で音楽を流して活動していたので、私が一人歌っていても誰も文句は言わなかった。
それでも自分の声が聞き取りづらく、例のあのトイレ付近で歌っていると、ざわりとあの感じが私を襲った。
人気のない所に出てくるとは思っていたけど。
でもこんなにあっさり出てくるなんて、驚きだった。
女子トイレの窓から、のそりと犬外道が姿を覗かせた。
異臭が廊下にまで届く。
以前の私なら、ここでもう逃げ出していた。
でも一匹くらいなら、何とかなる。
神守の眼で視て、中で落とす。
私は右手を前に翳して、距離感を掴んで一気に中に入った。
前はかなりの時間を要していたけれど、九条さんとの修業で熟練してきている。
中に入ると、やはりそこは闇の中で、澄彦さんとの実践で経験した通りだった。
闇の中に犬外道を見つければ、私はそこでもう一度神守の眼を行使して、動きを止める。
それだけでいい。
あとは犬外道に触れて、地に向けて腕を振り下ろす。
この先にある地獄のことを考えてはいけない。とは澄彦さんの教えだった。
今この現実を生きる私には関係がない。
この自分の世界を護ることだけを考えろと教えられた。
暗闇の世界が収縮してゆく。
私は呼吸を整えて、大きく一回。
柏手を打つ。
「お見事!」
視界が戻ると、香本さんの声に出迎えられた。
辺りを見渡せば、三人もいる。
犬外道の気配に気が付いて、駆けつけたのだろう。
私は落としてしまっていたスマホを手に取り、香本さんに微笑んでから教室へと戻る。
「もし他にまだ居たらどうするつもりだった!?」
豹馬くんが通り過ぎる私の二の腕を掴んで歩みを止めさせる。
彼は危険だろうと暗に私を責めていた。
「学校周辺に犬外道の気配はない。一体だと解っていたから一人で祓った。何か問題でもある?」
「上守……」
「もし複数いれば一ヵ所に纏めてお終い。親玉はどうかわかんないけど、出来なかったら死ぬだけ。そうでしょ?」
「おい、待てよ!」
私は豹馬くんの腕を振り解く。
神守の者としてお役目に徹する時は、自分を殺せと言われた。
お蔭で、自分の今の言動は一枚のガラス越しに見えている。
お役目の度にこうして自分を殺して、最後には何が残るんだろうな。
自分が自分であり続けるために、拠りどころになるものを早く見つけないと。
いつになっても玉彦は越えてくれる様子はないから。
私が彼とは違う人生を歩んだ時に拠りどころになるもの。
それって何なんだろう。
そもそもこの逃げた魚は大きいぞ!作戦はもう、失敗してると思うの。
最初から、玉彦に頬を打たれたあの時にもう失敗は決まっていたと思うの……。
もう二週間近くもこんな状態で、けれども奪還してくれる様子を見せない彼を待つことに私はもう、疲れてしまった。
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