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第十四章 せいばい
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しおりを挟む学校祭が終わった校舎内は、その熱い余韻をまだ残していた。
廊下に放置された祭りの名残たちは二日間のお休みの後、二日掛けて解体され捨てられる。
作るのに何ヵ月も掛かった皆との力作は、壊す時はあっという間だ。
私と多門は屋上から校舎内へと侵入して、辺りを警戒しながら薄暗い廊下を進む。
数分前に感じていた犬外道たちの気配は、階下で殆ど消されていた。
屋上から三階へ、そして音楽準備室へと向かい、誘い出す役目を私たちは受けた。
豹馬くんと須藤くんは、それぞれ単独で校舎内に入り込み犬外道が二階以上へと侵入しないように仕留めつつ、私と多門の動き次第ではすぐにでも駆けつけるようになっていた。
そして香本さんは、これ以上白いものから生み出される犬外道が外の世界に出られないように、校門伝いに竹婆譲りの結界を張っている。
私は音楽室の重厚な扉を開いた。
そこにまだ何の気配も無い。
そのまま窓際に歩いて、寒さで曇っていたガラスを指先で擦った。
窓の向こう。
グラウンドの真ん中に、仄かに蒼く視える白い人影。
あれはいつかの夜に私が間違えてしまったものではなく、正真正銘の正武家次代の玉彦。
私と多門は彼が待つあの場所へ、白い犬外道の親玉を誘導しなくてはならない。
追い立てるのか、追わせて行くのか。
まだ私たちは決めかねていた。
多門は私たちを追わせて向かうべきだと主張した。
私たち二人で追い立ててもきっと玉彦が待つあの場所へは逃げない。
むしろ私たちに向かってくるだろう。
ならば、追わせてこちらが進行方向を決めた方が確実だった。
私はグラウンドを見下ろしつつ、周囲の気配に気を配っているけれどまだ何もない。
それは多門も黒駒も同じで、静かに待っていた。
「比和子ちゃんさ」
沈黙に耐え切れなくなったのか、多門が遠慮がちに話しかけてきた。
「うん?」
「爬虫類って、大丈夫?」
「え? どうだろ。あんまり接触する機会が無かったから何とも言えないけど」
でも、あの庭に現れた青蛙神並みの大きさがある蛙は無理だと思う。
それを聞いた多門は言いにくそうに私を見つめた。
「どうしたの?」
「犬外道の臭いがさ、確かに犬なんだけど。混じってんだよ。爬虫類系の何かと」
「……意味、解んないんだけど」
「だから、外道の身体を吐き出したヤツは爬虫類の姿をしてるってこと」
「……教えてくれてありがと。とりあえず覚悟だけはしておく」
それから私と多門は音楽室で一時間位ずっと待っていた。
待ちくたびれて、私の緊張の糸はびろーんと伸びている。
音楽室を見渡して、ふと思った。
岸本先生は、昇った先の世界で元気でやっているだろうか。
案外もしかしたら蔵人たちと一緒に居るのかもしれない。
思い出したらつい最近のことなのに懐かしくなって、音楽室側から準備室のドアへと手を掛けた。
シルバーのドアノブに触れた瞬間、私の右手に静電気が走った。
それを合図に多門が私の腕を引き、音楽室の重厚なドアに体当たりして廊下へと転がり出る。
数秒前まで自分が立っていた場所に目をやれば、準備室のドアからのそりと大分萎れてしまった白い親玉が姿を見せた。
「走るぞ!」
私は頷いて、以前須藤くんと共に逃げた経路を走る。
音楽室を出て、右へ。
階段を降りる前に振り向くと、それは確かに私たちを追い掛けてきていた。
そして私は確認した。
初めて遭遇した時は、丸いものがゴロゴロと転がっていたのだと思っていた。
けれど須藤くんはその下に白いロープのようなものを見ていた。
「多門! 蛇だよ! 白い蛇!」
階段を降りて二階。
そこに他へ移動させないように階段から廊下へと続く両端に錫杖を構えた豹馬くんと須藤くんが居た。
二人を横目で確認して、先を走る多門の背中を追い駆け一階。
二人で階段を振り返り見上げると、階段の踊り場からバレーボールほどの白い蛇の頭が先に現れ、それが階段を下ると蛇の背にカタツムリの殻の様に歪に丸くなっている山の怪の塊があった。
白蛇に丸飲みされた山の怪は腹で消化されずに、背中に蓄えられていたんだ。
自分が襲われた時に、尖兵として使うために。
玉彦はこの白蛇の正体が判るずっと前に、逃げる決断を出来る知恵があると推測していた。
自分以外の者を取り込んで手先にして使うだなんて、下っ端の物の怪は出来ないんじゃないだろうか。
私と多門は一階に到着すると、左右二手に分かれた。
左右どちらへ走っても、グラウンドに通じる玄関がある。
階上からは稀人二人が追って逃げ道を塞いでいるので、白蛇は私か多門の方へ来るしかない。
道は左右に選択肢があり、私たちが二人揃って同じ方向へ進んだ場合、万が一反対方向へ進まれると厄介なので二手に分かれたのだけど。
そして案の定というか、やっぱりというか、皆で絶対にそうなるだろうと予想した通り、白蛇は私を追って来た。
でもそれは正に計画通りだった。
多門の方へと行かれるとかなり面倒な手順で玉彦のところへと行かなくてはならなかったから。
私は全速力で走って、玄関を出てすぐのところで振り返り、右手を前に翳した。
中に入って動きを止める。
その間に稀人二人が動けなくなった白蛇を玉彦のところへと運べばそれで終わりのはずだった。
玉彦の祓いの直前で、豹馬くんが私の眼の発動を強制的に解除させる。
それで、終わりのはずだった。
でも、私の神守の眼は発動しなかった。
正確には出来なかった。
私はこの感覚を、二度経験している。
御倉神と付喪神。
神守の眼は、彼らには通じない。
あの、白蛇は神様だとでもいうのだろうか。
私は動揺を立て直せず、こちらへと迫っていた白蛇の動きも止められずに、背後に控えていた玉彦を振り返った。
逸速く私の異変を察知した玉彦は下段に太刀を構えて、もう直ぐ後ろまで駆けて来ていた。
でもきっと玉彦よりも白蛇の牙と赤い舌の方が早く私に届くだろう。
牙が首筋に立てられれば、私は死ぬんだろうか。
それとも山の怪たちの様に飲み込まれて、あの背中へと蓄えられるのか。
玉彦から視線を外し、前に向き直る。
時間がゆっくりと過ぎていく。
追ってきた白蛇は、身を擡げさせて顎を最大限まで開き、牙と細長く二つに割れた赤い舌が口腔内にあるのを見せつけながら、私の頭上に影を落とした。
飲み、込まれる!
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