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番外編
3
しおりを挟むそして夕餉の席である。
狡い澄彦さんは自分から口を開かない。
そうすれば食事の席では誰も会話できないと知っているから。
正武家の食事の席では、当主が話しださなければ会話をしてはならないという奇妙なしきたりがある。
玉彦も私もそれに倣って大人しく箸を進める。
そうして御馳走様を告げた澄彦さんは食後のお茶をいただかずに早々に座敷を出ようとして襖を開けたけれど、一瞬足を止めた。
その隙を玉彦が見逃すはずもなく、澄彦さんの背中に声を掛けた。
「父上、お訊ねしたいことがあります」
「……玉彦。謀ったな」
「さて、なんのことやら。息子の私にはさっぱりです」
玉彦は飄々とほうじ茶を啜る。
廊下に注がれた澄彦さんの視線の先には、入り口でお膳を下げるために待機していた南天さんが困ったように微笑んでいた。
通常ならお膳は座敷の三人が退出してから下げるのだけど、夕餉の前に玉彦は南天さんに今日は早めに膳を下げるようにと告げていたのだった。
なので襖の前で待機していた南天さんに澄彦さんは一瞬だけ足止めされてしまったのである。
諦めた澄彦さんは自分の席に座り直して、胡坐を掻いた。
「で、なんだ」
「金魚」
短い親子の会話である。
それでも澄彦さんには全て通じているところが犯人たる由縁だ。
「金魚がどうした」
「天狗」
「うっ……。しかし何も害はないだろう」
「この先、私と比和子との間に子が生まれ、天狗の気配に夜泣きを繰り返すことになっては困る」
私は啜っていたお茶を噴き出しそうになった。
まだ高校二年生である。
子供が生まれるのはまだまだ先の話だ。
でも、そっか。
玉彦は物心がついた小学生に天狗に遭遇したから大丈夫だったけれど、生まれて間もない赤ちゃんには強烈な気配が襲い掛かるのだろう。
その為に金魚の補充を欠かさなければ良いのだけど、万が一夕方に金魚が死んで気が付かなければ夜に天狗が現れてしまう。
どうやら南天さんの乏しい情報によると天狗の仕事が増えたのは澄彦さんとお父さんのせいだから、この先どんな問題が起こるのかはまだまだ分からない。
何十年も続いた流れなら対処方法もあるのだろうけど、なにせ年数が浅いので手探り状態なのだ。
「そりゃあ困るなぁ。でもいまだに来ているのか?」
「昨晩も現れたようだ」
「うーん……。じゃあ明日にでも山へと入り、天狗を捉まえて来い」
「なぜ俺がその様なことをせねばならぬ!」
「だってお前の子供の危機だろう」
「それを言うなれば自身の孫の危機ではないか! そもそもの話、父上と光一朗が何かをせねば天狗もこうして騒動を起こさずにすんだのだ。いい加減にしろ」
私のお父さんを呼び捨てにする玉彦もいい加減にしろ、と思う。
「えー……。ではたまには共に役目に出るか、次代よ」
「断る。明日は学校だ」
「じゃあ次の土日」
「断る。土日は絶対に予定は入れぬ」
「何だよ。連れないな。じゃあ比和子ちゃん、土日一緒に天狗捕りに行かない?」
澄彦さんに話を振られた私の視界を玉彦の長着の袖が覆う。
「ふざけるな。土日は比和子と過ごす為に空けているのだ」
「……猿め」
澄彦さんの呟きに黙って片膝を立てた玉彦を押し留めて、私は澄彦さんに向き直った。
「てゆーか澄彦さん。どうして天狗が池に金魚を補充することになったんですか」
そう、全ての話はここからなのだ。
天狗が何故正武家のお屋敷の池に金魚を放り込むのか。
澄彦さんは腕組みをして観念したように天井を仰いだ。
「あれはまだ僕と光一朗が高校一年生の時だった」
やっぱり。
そう思って隣の玉彦を見れば思いきり眉間に皺を寄せている。
白猿を捉まえるために大きな落とし穴を掘ってみたり、美山高校の七不思議である二ノ宮金次郎に何かをしたり、本当二人揃うとロクでもないことばかりしている。
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