15 / 51
第二章
錬金術師ライセンス 3
しおりを挟む
八路線ものホームを持つ大きな駅、リヒトホーフェン中央駅。
より正確に述べるならば、上り列車が駅に到着する手前の地点。
蒸気機関車、およびそれに続く石炭車、第一から第三客車が横転している。最後の第四客車は斜めに傾き、続く貨物車は無事ではあったが家畜が暴れだして扉を突き破って脱走していた。
線路から離れた場所には『トリアージ』シートが展開されている。すでに死者を示す黒のトリアージに並べられた者もいた。自衛団の必死の救命活動もむなしく、重傷重体を示す赤から黒に移される者もいる。
トリアージ赤および黄(高緊急度)の負傷者は最寄りの病院や診療所などに運ばれるが、多くの者は未だ道路にまで横たえられ、駅前はもはや野戦病院。通行規制まで施され、すでに交通障害を起こしている。規制線を行き来できるのは、龍騎兵軍や自衛団及び彼らに協力する意思のあるボランティアのみ。
そして、アキラたちも到着した。
「僕らは自衛団員たちや負傷者たちのための炊き出しを任されよう。アキラ、きみはどうする」
「わたしにはこれがありますので」
アキラはポーチから『塗布式外傷薬』『頓服式回復薬』と書かれたガラスのビンを取り出した。
「それは……! だが緊急事態だ。いいだろう、任せた」
ヴァルは鉄工所の職員たちと協力し、持参したコンロと鍋と商店街からかき集めた食材でスープを作る。アキラは持参したポーションで野戦病院と化した道路に横たえられた患者たちの手当てをし、塗布式ポーションを塗ったところにガーゼをあてがい包帯を巻く。診療所の医師がアキラの手際のよさに感心していた。
「お嬢ちゃん、なかなか手際がいいね。どこかの診療所か病院の看護師か?」
「いえ、まだノーライセンスですが、錬金術師を目指すアキラ・カワカミと言います。以後お見知りおきを」
「そうか。ではそれは、きみが自分で作ったものかい?」
「はい。ジャン・アンドエーレさんの錬金術大全をもとに作りました。効果は動物実験と自分自身で実証済みです」
「それは……。いや、言うまい。まずは目の前の負傷者だ」
「ん?」
――何だろう。わたし、変なこと言ったかな?
――それに、さっきのヴァルさんの反応も変だったし。
「でも今は!」
ところで、被災者のうちトリアージレベルが緑(軽傷)の者は当然後回しにされるが、中にはそのまま放置される者もいる。アキラは彼らのことも決して見捨てず、ポーションが切れても診療所の設備を借りてポーションを作り、打撲個所を『冷却魔法』で作った氷水で冷やすなど的確な処置を施した(冷却魔法をそのまま人体にかけると凍傷させてしまう恐れがある)。
緑のトリアージの被災者が、感心した様子でアキラに言う。
「へー。ポーションって錬成炉がなくてもできるんだな」
「ええ。しかし本格的な設備がない状況下では『姑息性ポーション』、つまりその場しのぎの低レベルのポーションしかできません。まだ薬屋の塗り薬のほうが効きますが、姑息性ポーションの利点は材料があればすぐに作れるってことでしょうね。……あれ? お兄さん、錬金術に詳しいですか?」
「ああ、子供のころの夢が錬金術師だったんだ。素質も才能もないって弟子入りすらさせてもらえなかったけどな」
「それはまたどうして」
「僕は『サーパス』だからね。錬金術や魔法に必要なエネルギー、アークルの出力が全くダメなんだ」
この世界では人間のことを、エルフやエヴィルと比較するように『賢人』と呼称している。エルフとエヴィルは長寿かつアークル操作とそれによる『古代魔法』に長けているが手先が器用ではなく保守的なため文化の発展は乏しく、人間はアークルを自在に操れる者が少ない分知恵と技術力に長けており、アークルを操れない人間でも魔法を行使できる魔法デバイスを発明している。その点だけを誇示した人間が、エルフとエヴィルを劣等種族とみなし奴隷として使役しているのである。
「そうなんですね。わたし、てっきりみんなアークルを使えるものだって……」
「珍しいこっちゃないとはいえ、やっぱ悔しいよ。だから去年までは『王立龍騎兵軍』で炸薬管理責任者をやっていたんだ」
「そうですか。お国のために命を懸けていらっしゃるのですね。敬意を表します」
この事故による被害は次の通り。
死者十四名、機関士を含む乗務員は全員死亡。重軽傷者五十二名、四肢欠損などの後遺症を残す者もいた。家畜は逃げ出したり負傷して商品価値をなくしたりしたため事実上の全損。貨物も大半がダメージを負ってしまい、商品はその価値を失い乗客の荷物も多く破損しまった。商品にならない家畜たちは全て食肉として引き取られる破目になってしまったが、それが第一次の補償金代わりとなった。
爾後《じご》は列車の撤去及びレールの歪みの確認、枕木やバラスト石の調整などの業務を必要とし、事故が起こった線路はしばらく使えない。これによりダイヤに少なからぬ乱れを起こすことになり、それは乗客及び貨物の輸送数の大幅な減少に直結する。人的・物的被害はこれ以上発生しないとしても、撤去費用の発生をはじめとする経済的被害は続くであろう。
二日後。
アキラ・カワカミ錬金術工房。
より正確に述べるならば、上り列車が駅に到着する手前の地点。
蒸気機関車、およびそれに続く石炭車、第一から第三客車が横転している。最後の第四客車は斜めに傾き、続く貨物車は無事ではあったが家畜が暴れだして扉を突き破って脱走していた。
線路から離れた場所には『トリアージ』シートが展開されている。すでに死者を示す黒のトリアージに並べられた者もいた。自衛団の必死の救命活動もむなしく、重傷重体を示す赤から黒に移される者もいる。
トリアージ赤および黄(高緊急度)の負傷者は最寄りの病院や診療所などに運ばれるが、多くの者は未だ道路にまで横たえられ、駅前はもはや野戦病院。通行規制まで施され、すでに交通障害を起こしている。規制線を行き来できるのは、龍騎兵軍や自衛団及び彼らに協力する意思のあるボランティアのみ。
そして、アキラたちも到着した。
「僕らは自衛団員たちや負傷者たちのための炊き出しを任されよう。アキラ、きみはどうする」
「わたしにはこれがありますので」
アキラはポーチから『塗布式外傷薬』『頓服式回復薬』と書かれたガラスのビンを取り出した。
「それは……! だが緊急事態だ。いいだろう、任せた」
ヴァルは鉄工所の職員たちと協力し、持参したコンロと鍋と商店街からかき集めた食材でスープを作る。アキラは持参したポーションで野戦病院と化した道路に横たえられた患者たちの手当てをし、塗布式ポーションを塗ったところにガーゼをあてがい包帯を巻く。診療所の医師がアキラの手際のよさに感心していた。
「お嬢ちゃん、なかなか手際がいいね。どこかの診療所か病院の看護師か?」
「いえ、まだノーライセンスですが、錬金術師を目指すアキラ・カワカミと言います。以後お見知りおきを」
「そうか。ではそれは、きみが自分で作ったものかい?」
「はい。ジャン・アンドエーレさんの錬金術大全をもとに作りました。効果は動物実験と自分自身で実証済みです」
「それは……。いや、言うまい。まずは目の前の負傷者だ」
「ん?」
――何だろう。わたし、変なこと言ったかな?
――それに、さっきのヴァルさんの反応も変だったし。
「でも今は!」
ところで、被災者のうちトリアージレベルが緑(軽傷)の者は当然後回しにされるが、中にはそのまま放置される者もいる。アキラは彼らのことも決して見捨てず、ポーションが切れても診療所の設備を借りてポーションを作り、打撲個所を『冷却魔法』で作った氷水で冷やすなど的確な処置を施した(冷却魔法をそのまま人体にかけると凍傷させてしまう恐れがある)。
緑のトリアージの被災者が、感心した様子でアキラに言う。
「へー。ポーションって錬成炉がなくてもできるんだな」
「ええ。しかし本格的な設備がない状況下では『姑息性ポーション』、つまりその場しのぎの低レベルのポーションしかできません。まだ薬屋の塗り薬のほうが効きますが、姑息性ポーションの利点は材料があればすぐに作れるってことでしょうね。……あれ? お兄さん、錬金術に詳しいですか?」
「ああ、子供のころの夢が錬金術師だったんだ。素質も才能もないって弟子入りすらさせてもらえなかったけどな」
「それはまたどうして」
「僕は『サーパス』だからね。錬金術や魔法に必要なエネルギー、アークルの出力が全くダメなんだ」
この世界では人間のことを、エルフやエヴィルと比較するように『賢人』と呼称している。エルフとエヴィルは長寿かつアークル操作とそれによる『古代魔法』に長けているが手先が器用ではなく保守的なため文化の発展は乏しく、人間はアークルを自在に操れる者が少ない分知恵と技術力に長けており、アークルを操れない人間でも魔法を行使できる魔法デバイスを発明している。その点だけを誇示した人間が、エルフとエヴィルを劣等種族とみなし奴隷として使役しているのである。
「そうなんですね。わたし、てっきりみんなアークルを使えるものだって……」
「珍しいこっちゃないとはいえ、やっぱ悔しいよ。だから去年までは『王立龍騎兵軍』で炸薬管理責任者をやっていたんだ」
「そうですか。お国のために命を懸けていらっしゃるのですね。敬意を表します」
この事故による被害は次の通り。
死者十四名、機関士を含む乗務員は全員死亡。重軽傷者五十二名、四肢欠損などの後遺症を残す者もいた。家畜は逃げ出したり負傷して商品価値をなくしたりしたため事実上の全損。貨物も大半がダメージを負ってしまい、商品はその価値を失い乗客の荷物も多く破損しまった。商品にならない家畜たちは全て食肉として引き取られる破目になってしまったが、それが第一次の補償金代わりとなった。
爾後《じご》は列車の撤去及びレールの歪みの確認、枕木やバラスト石の調整などの業務を必要とし、事故が起こった線路はしばらく使えない。これによりダイヤに少なからぬ乱れを起こすことになり、それは乗客及び貨物の輸送数の大幅な減少に直結する。人的・物的被害はこれ以上発生しないとしても、撤去費用の発生をはじめとする経済的被害は続くであろう。
二日後。
アキラ・カワカミ錬金術工房。
10
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる