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Episode 1
出会いは涙と 7
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⚓
翌日。
七橋商店街、閉店した模型屋の前。
やはりこの日も映奈はアコースティックギター弾き語りライブをしていた。レインボートレインの歌はもちろん、今話題のアニメの主題歌、若い層から人気のアーティストの歌、またひょっとしたらあまり知られていない深夜アニメの主題歌まで。
その歌の中に、テレビアニメ『哮撃のアイゼンレーヴェ』の主題歌『Wandervogel』があり、それこそ昨日のライブの締めに用意していた曲である。
「と言うわけで、今日はきちんと歌いますよぉ~。それでは聞いてください!」
ワンダーフォーゲル。渡り鳥の名を意味する通り、自由を謳歌することの喜びを歌った曲である。もともとはビジュアル系ロックバンド『ハーゼ』の曲で、アイゼンレーヴェのテーマとして採用されたものだ。
映奈はそのほかにもまだ何曲か歌い、ありがとうございましたと言ってライブを終える。この日もなかなかの投げ銭をもらうことができ、「いやあ、お金の重さをじかに感じるよぉ~」とおどけた感じに紬に笑いかけた。
映奈は商店街の総菜屋で『爆弾メンチ』を買い、紬とともに店の前のベンチに腰掛けて頬張る。商売道具であるアコースティックギターのケースは片時も離すことはないが、お会計などで離す場合は紬に持ってもらっている。
「えっと、いいの? 今日もごちそうになっちゃって」
「いいのいいの。今日もたくさん稼げたし。それに今までわたしに投げ銭してくれたお礼と還元だってば」
「ありがとう。でも今度から自分で払うね、映奈ちゃん。……どうかした?」
やはり小さな口で爆弾メンチをついばもうとする紬だが、映奈が大口を開けて紬を見つめたまま微動だにせず固まっていた。
「……どうか、した?」
「あー、ううん。フルネームで呼ばれた以外では初めて名前で呼んでくれたなーって」
「あっ!? あ、えーと、ごめん。馴れ馴れしかったかな、いやだったよね!?」
「ううん、いやじゃないよ。ただうれしなーって」
そして今度こそ、紬は爆弾メンチを頬張った。
「あぁうぅ……!」
「ふふっ。可愛いなぁ紬ちゃんは」
「かっ、可愛いって、そんな、うそ」
「うん、髪は乱雑だし昨日の服のセンス微妙だし、女子高生ならもうちょっとスカート詰めてもいいのになんかモサッとしてるし。でもそうじゃないんだよなあ。可愛いってのは、いとおしいってこと。わたしはきみのキャラが好きなんだよ。ね、一青瀬紬さん?」
「私のキャラって、あうぉ……?」
「何その踏みつぶされたカエルみたいな声。動揺しすぎ。まあでも今度髪切ってあげようか。それと今度服買いに行かない? お姉さんがいいのを見繕ってやるぜぇ~?」
「おっ、お手柔らかに! でっ、でもその、予算内でお願い……」
「任された。いい店知ってるから、交通費と各種雑費込みでできるだけ可愛く予算内でコーディネートするから楽しみにしておきなさい。でもまず、そのバリバリに傷んだ髪を何とかしなきゃ……、はっ?」
その時映奈は、何かに気付いた。
「はって? 用事でも思い出した?」
「うん、そう、用事思い出した。安心しなさい、今じゃない、うん」
「そっか。それなら私は後回しにしていいからね、ホント」
「そんなことないって。ありがとね」
映奈が気付いたこと、それは。
――……そっか、言葉にして初めて分かった。紬ちゃんの髪は傷んでるんだ。シャンプーとかリンスとか何使ってだろ、髪や肌に合わないものとか、って言うか石鹸で洗ってるわけじゃないよね。ホントどういうことだろ……。
「ちょっとごめん、紬ちゃん」
映奈は紬の左頬に触れ、次に髪をなでる。
まさかの元アイドルの急接近に紬は動揺のあまり息が詰まって硬直し、映奈の成すがままにされてしまった。
「ほら、メンチの衣。ほっぺたと髪についてた。こういうのあまり食べ慣れない?」
「えっ、あっ、ええと、まあ、はい……。買い食いする友達もいないものでして、お恥ずかしながら、なんて……」
「へっへーん。ここにいるでしょ?」
「はうっ……。そっ、そう、でした……ぁ?」
「うん。よし、取れた」
映奈は指についた衣を「ふっ」と小さく吹いて飛ばし、「見てて」と言って爆弾メンチにかじりついた。
「もっと景気よく食べないと。メンチも冷めるし味も脂っぽくなっちゃうよ」
「そっ、そうなんだ!? 分かったよ。景気よくだね!」
だが紬が大口を開けてかぶりついた途端、爆弾メンチは形状崩壊を起こし、今度は紬の唇の両端から肉汁があふれ出し、高校の制服であるセーラー服とスカートを汚してしまう。推しのアイドルに情けない姿を二度も見られたばかりか制服を派手に汚し、紬はメンチにかじりついたまま今度は涙を流して動けなくなってしまった。
「本当に爆発したよこのメンチ……。よーしこれから紬ちゃんちに突撃だー! お洗濯して髪切ろーう。その前に薬局でまず外れなしのシャンプーとリンスとそれから散髪ハサミも買おう! やることたんまりだー!」
「え? えぇぇぇ? ううぇええええええっ!?」
――やだよやだよやだよやだよやだよやだよ! せっかく友達になれた元アイドルの映奈ちゃんを『あんなありさま』の家に上げるだなんてぇぇぇぇぇぇぇえええっ!
翌日。
七橋商店街、閉店した模型屋の前。
やはりこの日も映奈はアコースティックギター弾き語りライブをしていた。レインボートレインの歌はもちろん、今話題のアニメの主題歌、若い層から人気のアーティストの歌、またひょっとしたらあまり知られていない深夜アニメの主題歌まで。
その歌の中に、テレビアニメ『哮撃のアイゼンレーヴェ』の主題歌『Wandervogel』があり、それこそ昨日のライブの締めに用意していた曲である。
「と言うわけで、今日はきちんと歌いますよぉ~。それでは聞いてください!」
ワンダーフォーゲル。渡り鳥の名を意味する通り、自由を謳歌することの喜びを歌った曲である。もともとはビジュアル系ロックバンド『ハーゼ』の曲で、アイゼンレーヴェのテーマとして採用されたものだ。
映奈はそのほかにもまだ何曲か歌い、ありがとうございましたと言ってライブを終える。この日もなかなかの投げ銭をもらうことができ、「いやあ、お金の重さをじかに感じるよぉ~」とおどけた感じに紬に笑いかけた。
映奈は商店街の総菜屋で『爆弾メンチ』を買い、紬とともに店の前のベンチに腰掛けて頬張る。商売道具であるアコースティックギターのケースは片時も離すことはないが、お会計などで離す場合は紬に持ってもらっている。
「えっと、いいの? 今日もごちそうになっちゃって」
「いいのいいの。今日もたくさん稼げたし。それに今までわたしに投げ銭してくれたお礼と還元だってば」
「ありがとう。でも今度から自分で払うね、映奈ちゃん。……どうかした?」
やはり小さな口で爆弾メンチをついばもうとする紬だが、映奈が大口を開けて紬を見つめたまま微動だにせず固まっていた。
「……どうか、した?」
「あー、ううん。フルネームで呼ばれた以外では初めて名前で呼んでくれたなーって」
「あっ!? あ、えーと、ごめん。馴れ馴れしかったかな、いやだったよね!?」
「ううん、いやじゃないよ。ただうれしなーって」
そして今度こそ、紬は爆弾メンチを頬張った。
「あぁうぅ……!」
「ふふっ。可愛いなぁ紬ちゃんは」
「かっ、可愛いって、そんな、うそ」
「うん、髪は乱雑だし昨日の服のセンス微妙だし、女子高生ならもうちょっとスカート詰めてもいいのになんかモサッとしてるし。でもそうじゃないんだよなあ。可愛いってのは、いとおしいってこと。わたしはきみのキャラが好きなんだよ。ね、一青瀬紬さん?」
「私のキャラって、あうぉ……?」
「何その踏みつぶされたカエルみたいな声。動揺しすぎ。まあでも今度髪切ってあげようか。それと今度服買いに行かない? お姉さんがいいのを見繕ってやるぜぇ~?」
「おっ、お手柔らかに! でっ、でもその、予算内でお願い……」
「任された。いい店知ってるから、交通費と各種雑費込みでできるだけ可愛く予算内でコーディネートするから楽しみにしておきなさい。でもまず、そのバリバリに傷んだ髪を何とかしなきゃ……、はっ?」
その時映奈は、何かに気付いた。
「はって? 用事でも思い出した?」
「うん、そう、用事思い出した。安心しなさい、今じゃない、うん」
「そっか。それなら私は後回しにしていいからね、ホント」
「そんなことないって。ありがとね」
映奈が気付いたこと、それは。
――……そっか、言葉にして初めて分かった。紬ちゃんの髪は傷んでるんだ。シャンプーとかリンスとか何使ってだろ、髪や肌に合わないものとか、って言うか石鹸で洗ってるわけじゃないよね。ホントどういうことだろ……。
「ちょっとごめん、紬ちゃん」
映奈は紬の左頬に触れ、次に髪をなでる。
まさかの元アイドルの急接近に紬は動揺のあまり息が詰まって硬直し、映奈の成すがままにされてしまった。
「ほら、メンチの衣。ほっぺたと髪についてた。こういうのあまり食べ慣れない?」
「えっ、あっ、ええと、まあ、はい……。買い食いする友達もいないものでして、お恥ずかしながら、なんて……」
「へっへーん。ここにいるでしょ?」
「はうっ……。そっ、そう、でした……ぁ?」
「うん。よし、取れた」
映奈は指についた衣を「ふっ」と小さく吹いて飛ばし、「見てて」と言って爆弾メンチにかじりついた。
「もっと景気よく食べないと。メンチも冷めるし味も脂っぽくなっちゃうよ」
「そっ、そうなんだ!? 分かったよ。景気よくだね!」
だが紬が大口を開けてかぶりついた途端、爆弾メンチは形状崩壊を起こし、今度は紬の唇の両端から肉汁があふれ出し、高校の制服であるセーラー服とスカートを汚してしまう。推しのアイドルに情けない姿を二度も見られたばかりか制服を派手に汚し、紬はメンチにかじりついたまま今度は涙を流して動けなくなってしまった。
「本当に爆発したよこのメンチ……。よーしこれから紬ちゃんちに突撃だー! お洗濯して髪切ろーう。その前に薬局でまず外れなしのシャンプーとリンスとそれから散髪ハサミも買おう! やることたんまりだー!」
「え? えぇぇぇ? ううぇええええええっ!?」
――やだよやだよやだよやだよやだよやだよ! せっかく友達になれた元アイドルの映奈ちゃんを『あんなありさま』の家に上げるだなんてぇぇぇぇぇぇぇえええっ!
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