君の瞳に映るのは

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自分らしさ

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「おつかれー。和音がこの時間まで学校に残ってるの珍しいね」
 学校の自転車置き場で、自分の自転車の鍵を開けていると、後ろから香織の声がした。
 俺の自転車の隣に置いていた自転車の鍵を香織は開け始める。
「今日は学校のピアノを使わしてもらってたんだ」
 基本は家のピアノで練習するのだが、ときどき気分を変えたいときなどに音楽室のピアノを使わせてもらっている。
「何かあったの?」
 自転車にまたがりながら、こちらの顔を見つめてくる。
「いや、別に――」
 香織の顔を見ないようにして、俺も自分の自転車にまたがる。
「うそ」
 俺の言葉は遮られた。
「本当なら、私の目を見て言いなさい」
 やっぱり香織は鋭いなと思う。
「幼稚園から一緒なんだよ。和音が嘘ついているかなんてすぐにわかるよ」
 で、どうなの。何があったの。
「……」
 香織の瞳は俺を逃がしてはくれない。
「……自分らしさって何なんだろうと思って」
 俺は胸の奥に溜まっていた澱を吐き出すように、なんとか言葉を紡ぎ出した。
 ゆっくりと顔を上げれば、そこには香織のきょとんとした顔があった。
「は? 自分らしさ?」
 香織が自転車を漕ぎ始めたので、俺も後についていく。
「そんなの決まってるじゃん。自分の在り方のことでしょ」
 自分の……在り方。
 香織が俺の自転車と並走する。
「自分がどういう風に生きていきたいのか。それが自然と自分らしさを形作るのだと思う。自分らしさそのものは、考えるようなものじゃないと思う。自分の在り方を考えて実行していけば、自然と和音の言う自分らしさっていうものが出てくるんじゃないかな」
 香織の言うことを俺は十分に理解できていないと思う。
「それよりも今は修学旅行でしょ」
 もう六月。八月にはコンクール、香織の言うように九月には修学旅行がある。
 夏休みの間は修学旅行の準備を進めることができないため、もうそろそろ修学旅行の準備を始めていく時期になるだろう。
「やっぱり知床でしょ」
 霞高校の修学旅行は毎年北海道に行くことになっている。
 北海道のどのあたりに行くのかは、生徒が自由に決めていいことになっているので、毎年、東側に行くのか、西側に行くのかを始めに決めて、そこから知床などの特定の行き先を決める流れになっている。
「和音はどこに行きたい?」
 どこでもいいというのが本音なのだが……それを言うと、「自分らしさがない!」などと言われそうなので、先週旅行番組で見た地名を答える。
「摩周湖」
 摩周湖がどのあたりにあるのかは知らないが、確か北海道にあった気がする。
「いいじゃん! 知床の近くだし!」
 ……うん。今日の俺は冴えているようだ。
 その後も、香織は北海道東部の良さを語り続ける。
「……大丈夫。和音なら自分を見つけられるよ」
 不意に香織の声音が変わった。
「え? なんて?」
「……もうすぐ夏だなって思って!」
 ピアノコンクールに修学旅行。今年の夏は忙しくなりそうだと改めて感じる。
 ちらりと横目で香織を見る。
 その表情を見て、俺は夏が来るのを少しだけ楽しみに感じた。
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