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広報部の部室で

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「ようこそ、広報部へ。正確には、まだ広報同好会だけど」
 後日、新入生オリエンテーションで各部活動の紹介が行われた。そこで、僕は広報部の部活動紹介を聞くことになるのだけれど、正確には、広報「部」ではなく、それは広報「同好会」であった。どうやら部員は、彼女――東堂叶絵先輩一人で、今年、部員を自分も含めた三人集めて、部への昇格を狙っているらしい。ただ、そんなことは僕にとっては些細な事で、問題は僕がもうすでにその広報同好会に入ってしまっていることだった。
 このままだと何も始まらないし終わらせることもできない。そう思って広報同好会の部室の扉を叩いた。そして、東堂先輩が嬉々とした様子で扉を開けて出てきたわけだ。
「主役は全員揃ったみたいだ。それでは『部』活動を始めようか」
 『部』という言葉を強調して発音すると、先輩は教室の中へと戻っていく。
 教室の中を見れば、そこはどこにでもあるようなごく普通の教室だった。教室としては普通だった。違うのは、教室に丸机が一卓と椅子が三脚のみ置かれていて、その他に机や椅子などは見当たらないという点だった。
 そして、もう一つ特筆すべき点として、教室には僕と先輩以外に、もう一人の人物がいた。三脚置かれている椅子のうちの一脚に、その人物、彼女は座っていた。
 肩ほどまである黒いつややかな髪をもつ彼女は、こちらに顔を向ける。くっきりとした目鼻立ちをしており、間違いなく美人といえるだろう。
「その人は誰でしょうか、東堂先輩」
 春の穏やかな日差しが差し込んでいる教室とは異なり、彼女の声はどこか冷たい氷のように感じられる。
「さっき言ってた、あなたと同じ新入生だよ。窓露見太一くん。あ、太一くんって呼んでもいい?」
 彼女に対して僕の自己紹介をしていると思いきや、突然僕に会話の対象が移る。
「いい? ありがとう」
 いいとは全く言っていないのだが。どうやら無反応は先輩にとって都合のいい方に解釈されてしまうらしい。
「で、こっちが、滝島有希ちゃん。ユッキーだよ」
「先輩、その呼び名はやめてください。恥ずかしいので」
 少し頬を赤らめて、滝島さんは抗議していた。
「よし、では、太一くん、ユッキー。握手をしましょう」
 ……どうやら抗議をしてもスルーされてしまうらしい。
 東堂先輩は右手で僕の腕を、左手で滝島さんの腕をつかむと、そのままぐいぐいと僕たちの手を違づけようと引っ張る。
「ちょ、ちょっと。先輩、やめてください。こんなパッとしない男子と握手するだなんて」
 なんだかすごく辛いことを、まるで心をピストルで撃ちぬかれたみたいに致命的な言葉を、投げ掛けられた気がする。いや、確かに僕の顔は全くパッとしないけれど。「太一の顔って普通だよね。ていうか、平凡だよね」と幼馴染から何度も言われたことがあるけれど、こうも初対面の人に言われると、それはそれでなんだか傷ついてしまう。心のどこかで、僕の顔は平凡でないと言われることを僕の顔と心は待っているのかもしれない。
「確かに、太一くんは、あんまり、パッと、しない、かもだけど」
 僕と滝島さんの手は、東堂先輩の手によって、残り数センチの位置まで近づいている。
「でも、すごく――」
 突然僕の手を掴んでいた東堂先輩の手が離れ、僕は大きく後ろにのけぞった。そのまま床に尻もちをついてしまう。
「いってー」
 手をつくよりも早く床に尻もちをついてしまったため、かなり腰のあたりが強くしびれている。しびれすぎて、痛みを感じているのかよくわからない。それでもつい条件反射のように「痛い」と言ってしまう。不思議である。
 東堂先輩は、僕と滝島さんの両側から引っ張られていたこともあってか、その場で体勢は多少崩れたのかもしれないが、依然としてその場で立っていた。
 そして、僕と同じく大きく後退することになったであろう滝島さんはといえば、中を舞っていた。そのまま、足から床に着地し、両手を斜め上に伸ばした状態で静止する。
「すごい、ユッキー。バック転できるんだ」
 どうやら彼女はバック転をしていたらしい。僕は最後の着地直前のところだけだったけれど、実際にこの目でバック転をする瞬間をみたのは初めてだった。しかも、そのバック転をしたのは女子高生である。
「動作もパッとしないわね」
 広げた両手を下ろす彼女と、立ち上がる僕。どうやら僕は彼女のことをあまり好きになれないみたいだ。もちろん、彼女も同じように思っているのだろうけれど。むしろ、彼女の方が、より強い感情を抱いているのだろうが。
「はい、そこまで」
 東堂先輩は両手を打ち鳴らすと、僕らの方に交互に視線を送る。
「仲がいいのはいいことだけれど、あんまり騒ぐのはよくないかな。ここ三階だし。音が下や隣の教室に響くと迷惑になるから」
 僕が尻もちを、滝島さんがバック転を、僕たちが口論をしているのは――口論と言っても僕が滝島さんに一方的に色々と言われただけだけれど――大方のところ東堂先輩が原因ではないかと思うのだが、もちろんそのようなことを言っても、東堂先輩は何もなかったかのように僕の言葉を受け流すことだろうから、僕は何も言わなかった。滝島さんも何か言おうと口を開きかけたけれど、そのまま何も言わずに口は閉ざされた。
「それに、早く広報『部』の活動内容について説明したいし」
 『部』のところだけ強調して話す東堂先輩。今年部員が三人となり、同好会から部に昇格することに対し、とても喜びを感じているのだろう。
 滝島さんは僕が来るまで座っていた席に再び腰をかけると、東堂先輩の方に体を向ける。僕もそれに倣い、近くにあった椅子に座り、東堂先輩の言葉を促すように彼女の方に顔を向ける。
 東堂先輩は教室の前にある黒板のところへと移動し、一本の白いチョークを手に取った。
「まず、広報部についてざっくりと説明するね。それを聞いて、自分の立ち位置を、スタンスを決めてもらえばいいと思う。そして、実際にこの先、広報部で活動を続けていくのかについてもね」
 いつでもやめても構わないということか。それは半強制的にこの場にいる僕にとって、この上ない言葉といっても過言ではない。そして、東堂先輩の言った『立ち位置』、『スタンス』とは一体どういうことなのだろうか。広報部における役職のことだろうか。
「名前の通り、広報に関する活動を主にするのが広報部。だけど、私たちが通う等々力高校の広報部は少し変わっているの。去年、学校側から広報同好会っていう形で発足を促されて、そして興味をもった生徒が私だった。つまり、生徒が自発的に設立した部活ではないってわけ」
 一般的に部活や同好会は、生徒がやりたいと自発的に学校側に申し出ることで、正式に認められ、活動ができることが多い。だけど、広報部はそうではないと。
「だから、広報部の活動は学校側の意向を強く受けているの。そもそも、学校側のお偉いさんたちが広報同好会を作ろうと言い出したのは、生徒の親たちからの提案があったからみたい。学校側が親に配る資料はどれも生徒に寄り添った内容のものではない。実際に自分の子供が通う学校はどのような場所なのか、どんな風に子供たちは学校生活を送っているのか。そういったことを生徒の目線から伝えてほしいという要望が出たみたい。それで、生徒が学校の出来事を描く広報誌、通称、等々力月報をつくる部活の設立に学校側は踏み出したの。だけど、生徒は私一人しか集まらなくて、部活は三人以上の参加がないと正式に部活動としては認められないから、去年一年は同好会という形で、等々力月報を毎月発行してたってわけ」
 つまり、等々力月報を書くことは絶対順守しなければならないと、東堂先輩はそう言いたいのだろう。それに賛同できない者は退部してもらって構わないと。
「だけど、指示されているのはそれだけ。月に一回、学校に関する何らかの記事を出せということだけ。それ以外は、どんな活動をしても自由。学校側も広報部には部費として、一部活としてはとても使いきれないほどの資金を提供してくれている。もちろん、私的な理由で使うのはもってのほかだけど、ある程度の範囲で自由な活動を認めてくれる」
 お金がたくさんあるのは、ないよりもいいことだろうとは思うけれど、それでもどのようにしてそれらのお金を使うのか、僕にはあまり想像ができないでいた。私的な理由であれば、新刊本や新作のゲームソフトなど欲しいものはたくさんあるのだが。
「東堂先輩は、どんな風にお金を使ったんですか」
「私は、コピーライター育成講座の費用とか、夏休みに地方に滞在して求人記事を書くのに必要な滞在費や交際費に使ったかな。それでもたくさんお金は余ったけれど」
 それは、確かに言葉を扱うという観点で、広報に関係のある活動といえるのかもしれない。
「私、将来はコピーライターとか、編集者になりたいと思っているから」
 とても私的な理由だと感じたのは僕だけだろうか。
「とにかく、建前さえうまくつくれば、大概の活動に関してお金は出るって思ってもらっていいと思う。それが、広報部の大きなメリットの一つかな。他の部活だと、実績のない部活は資金自体が削減されることもあるし、広報部ほどお金をもらっている部活なんて片手で数えられるほどしかない。それに、お金の使用目的なんてあらかじめ決まっているようなものだしね」
 野球部だったら、ボールやバット。美術部だったら、絵の具や筆などの画材関係。確かに、資金はあっても用途は決まっているようなものだろう。
 それに比べて広報部は、等々力月報発行以外の活動内容はあやふやで、そもそも去年出来たばかりの団体で、今年正式な部として認められたわけで、今は、水蒸気が水滴に変わる過渡期のように、はっきりと形が定まっていない状態である。ただ、それだけに、今年のお金の使い方が、今後の広報部の部としての方向性に大きな影響を与えることは言うまでもない。
「結論! 金に困らない。これが広報部の魅力第一」
 東堂先輩は右手の人差し指を立てて、僕たち二人の顔に交互に視線を送る。
「そして、第二の魅力は、学校に関する情報の多くが集まってくること。去年、等々力月報として、等々力高校の情報を発信するようになってから、広報部、正確には広報同好会だけど、その存在が学校中に知られるようになったの。だから、学校内で何か面白そうな話題とかがあれば、ここ広報部まで伝えてくる人が大勢いる。そういう意味で、広報部は学校の情報の中心地と言っても過言ではないと思う。だから、新入生とか、まだ学校の情報に疎い学年が入るにはもってこいの部活だと私は個人的に考えている。この価値を君たちがどう判断するのかはお任せする。学校の情報を知ることにそれほど興味のない人もいるだろうし、第二の魅力は人によってその重みは異なってくるでしょうね」
 学校の情報網の中心としての役割。確かに、僕にとって、情報が多く入ってくることは、どちらかと言えばデメリットよりもメリットの方が大きい。しかし、情報は必要となれば、自分の努力次第でいくらでも集めることができると僕は考えているため、この第二の魅力はそれほど僕にとって魅力的とは思えない。
「そして、第三の魅力は――」
 そのとき、コンコンと教室の扉をノックする音がした。
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