一之瀬くんは人気者になりたい【R18版】

オヲノリ

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19.あの初恋を逃がさない(春風視点)

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 朝、学校で教室に入って来て席に座ろうとした一之瀬にいつも通りに制服を整えようと手を伸ばした。ネクタイに触れた瞬間にびくっと震えたが、抵抗されずにすんなりと身だしなみを整えられた。
 一之瀬は顔を赤くして僕を睨んでいるようだ。大方、先週の金曜日にした勉強会の事だろうと思う。

「あ、あんな事をしておいて……」

 一之瀬は少し涙目でぷるぷると震えて怒っているようだ。顔は普通の男なのに可愛いと思ってしまうのは異常なのだろうか。

「一之瀬との仲だからな。他の人にはあんな事は絶対にしないようにね」
「す、するかよっ」

 一之瀬は恥ずかしそうに突っ込んだ。そしてその可愛い頭を撫でた。そんな顔も相変わらず堪らない程愛しくてかっこいい。もし一之瀬が他所であんな卑猥な行為をしてたら、本っ当に気が狂いそうになる。誰にも目に映らないようなどこかに一生閉じ込めてやりたい。だから、僕ら以外にしないように約束させる。他所に行かせないよう今週末は前回より刺激強めで溺れさせられる位には頑張らないといけないな。

 そんな一之瀬の顔を見ると、あの日のあの時の思い出が蘇る。一之瀬と初めて出会ったのは高校から……。

 ……ではない。小学校四年生のあの懐かしい日だった。

(一之瀬はきっと覚えていないんだろうな)

 僕は小学生の時は小柄でウェーブがかかった長めの髪をしてたからかよく女の子と間違われていた。でも中身は女の子が大好きな普通の男の子だった。そんな見た目で誤解される事が多かったけれど。

 出会いのきっかけとなったあの日の空は明るくて大きな太陽の日差しでぽかぽかとあったかかった。僕の腕の中にはお姉ちゃんから貰った大切な人形。それを今日も持ち歩いて学校の外で遊んでいた。

「うわー、こいつ男のくせに人形遊びしてる!」
「本当だ! マジで男なのかよ」

 いつも僕に意地悪してくる小学校のクラスメイトの男の子二人が絡んできた。嫌なクラスメイトに見つかったと憂鬱になった。

「もしかしてお前これかぁ?」

 片方の一人が手の動きだけテレビでやってるようなオカマのようなマネをする。

「ちがっ……」

「お前、オカマのように喋って見ろよ」
「あたしぃとか、何とかわよぉとかさー」

 否定しようとしたら、マネをしろと命令された。狼狽えてると、指を差されて。

 ぎゃはは……──、と。

 馬鹿にしたような笑い声が響き渡る。
 いつもの事だ。男の子なんだから泣かないように我慢しないといけない。お姉ちゃんと約束したんだ。もう少しもう少し耐えるんだ。

──その時だった。

「いったぁっ」
「いてっなー、何すんだよ」

 突然に飛んできたサッカーボールが意地悪二人組にぶつかった。二つのボールは跳ねてどこかへとコロコロと転がっていった。
 その後に誰かが来る気配を感じた。

「わりぃな。必殺・超ウルトラ分裂シュートがそっちに飛んじまった」

 そう歩いて現れたのは最近転校して来たばかりの一之瀬くんだった。一之瀬くんは小学生なのに変に大人っぽくて僕にとっては近寄り難い雰囲気の人だった。その性格と頭も良くて運動神経もあってクラスの人気者になってた。僕はそれを遠くでいつも眺めていた。

「てめぇぜってぇわざとだろ!」
「ボール二つもぶつかるのおかしい!」

 それに分裂してねぇぇっ! って意地悪二人組は叫んでた。それに対して一之瀬くんは「そうか?」と平然な顔をしていた。意地悪二人は結構怒ってるようだし、元々暴力的な性格の二人だからこの後は大丈夫なのかな。

「前からムカつく野郎だと思ってたんだよな」
「こーゆー生意気な奴は痛い目に合わせてやる!」

 意地悪二人組はいかにも喧嘩をふっかけそうに手を鳴らしている。予想通りの流れになって凄く慌てた。一之瀬くんは大丈夫なのかな。僕が助けられればいいけど、小柄で力では絶対に敵わないよ。

「お、やんのか?」

 にやりと笑った一之瀬くんも自信あり気でやる気満々のようだった。

(だ、大丈夫なのかな?)

 それから殴り合いの喧嘩に発展して一之瀬くんは頬に一撃されたけど、一之瀬くんは怯む事なく一発ずつグーで反撃して呆気なく決着が着いたみたいだ。意地悪二人は悪い顔をした見た目よりも強くはなかったようだった。
 意地悪二人組はうぅ……覚えてろよ、と悪役のような台詞を吐いて泣きながら走って逃げて行った。

「一之瀬くん、助けてくれてありがとう」
「別に。たまたまボールが飛んでっただけだ」

 一之瀬くんはぶっきらぼうに話す。それでも僕は凄く嬉しい。こんなかっこいい人助けられて。

「そっちのほっぺた赤くなってるよ。大丈夫?」
「……痛くない」

 それ本当かな。赤く少し腫れてて痛そうだと思う。痛くないのかな。心配してると、一之瀬くんは人形の方に視線を向ける。

「その人形、キラキラしてんな」
「お、お姉ちゃんから貰ったの。僕の大切な宝物なんだ」

 僕が持ってた遠い国の人形を見てそう一之瀬くんが聞いた。一之瀬くんもやっぱり気持ち悪いと思ってるのかな。男の子なのに人形持ってるのはやっぱり変だよね。

「お前は偉いな、大事なもんを持ち歩いて」

 一之瀬くんは視線を合わせて頭を撫でてくれた。そして一之瀬くんは俺だったら失くすからそんなの無理だ、と僕に話してた。一之瀬くんは部屋を散らかしっぱなしだったり物を失くしたり壊したりでいつもお母さんに叱られてるそうだ。そういう所が僕らと何ら変わらず子供らしいと思った。大人っぽい一之瀬くんでもそうなんだと。

「僕、女の子みたいで変だよね?」
「別に? お前はお前だろ。文句がある奴には言わせておけばいいんじゃねぇの?」
「一之瀬くん……」

 その言葉が嬉しく嬉しくてしょうがなかった。女の子っぽい自分を否定しないで受け入れてくれたみたいで心の奥が春になったかのようにあったかくなった。

「お、やっと笑ったな」
「え?」

──僕は笑えてるの?

 容姿や人形をネタに意地悪されてからずっと笑う事は出来なかった。そんな生活をしてて学校が楽しくなかったからかな。そんな僕でも今、笑えてるんだ。今日は何だか不思議な気分だった。
 一之瀬くんは腕を頭の後ろで組んで「いい笑顔だな」とにやにやと笑ってた。その笑顔がかっこ良くて、でもどこか子供っぽくてより魅力的に感じていた。

(こんなかっこいい人に僕だけを求めて欲しい……)
 
 あの日のあの出来事は一番大切な宝物が変わってしまった日だった。その笑顔をその全てを自分だけの宝物にしたいと今でも思っている。どんな手を使ってても……。
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