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0134★蒼珠の告白

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 躯を震わせ、無意識に手を口元と持って行く蒼珠の前髪を梳きあげて、朱螺は優しい口付けを降らせる。
 額や頬へと感じる、朱螺の優しい唇の感触に、蒼珠は手を口元から外し、大きく深呼吸をする。

 『大丈夫か? 蒼珠』

 落ち着いた声音に荒れた精神が癒されるのを感じながら、蒼珠は頷く。

 「あぁ‥‥あの男(明宏)にされた‥‥こと‥‥
 思い出しちまったセイで‥気持ち悪くなったんだ
 もう‥‥大丈夫だ‥‥朱螺のお陰で‥‥治った」

 蒼珠が落ち着いたのを見計らい、朱螺は自分を真っ直ぐに見詰める双眸を、静かに見詰め返す。

 〔これは かなり 蒼珠の精神に傷があるな
 私の幼少期に負った傷とさして変わらぬ
 大きな傷が‥‥それに 気になることもある〕

 蒼珠の説明と見解を聞き、朱螺なりに納得しつつも、先刻言いかけた言葉が気になり問い掛ける。

 『蒼珠 中途半端な 異世界トリップとは?
 どういう意味なのだ?』

 朱螺からの質問に、蒼珠は覚悟を決めて言う。

 「ああ、小説とかの異世界トリップは、堕ちた
 異世界でパートナーを見付けて、生涯をそこで
 暮らして終えるパターンと‥‥‥

 役目を終えて、元の世界に帰還するパターンが
 有るんだけど‥‥‥‥

 俺の場合は、すごく中途半端で‥‥‥‥
 精神だけ堕ちる時と、肉体をともなってと
 色々な状態なんだ‥‥‥

 こっちの異世界に、精神だけ堕ちたりするし‥‥
 今、朱螺の側にいる状態のように、この異世界に
 躯ごと堕ちてきたのに‥‥‥‥

 意識が、本来の世界で目覚めると‥‥
 そっちでもきちんと躯があって‥‥‥
 その躯を、枷と鎖で自由を拘束されているんだ

 あの男に玩具のように、嬲りもてあそばれて‥‥
 屈辱と羞恥にまみれた現実を突きつけられ‥‥‥
 気が狂いそうになる

 今この時だって、元の世界では、俺の躯は‥‥
 あの男の支配下にあると思うだけで死にたくなる」

 いったんそこで言葉を切り、蒼珠は朱螺の綺麗な顔を見詰めてから、朱螺に捨てられるかもしれないことに脅えながら、その事実を告ける為に口を開く。

 朱螺に‥‥お前など‥いらないって、言われる
 かもしれない‥‥けど、言っておきたい

 「朱螺の腕の中で意識を堕として、目が覚めたら
 元の世界で‥‥‥‥

 あの男の下で、鎖に繋がれて自由を奪われたまま
 恥辱を受けている状態の時だってあった

 だから、俺は朱螺との《契約》内容に、ためらわ
 なかったンだ

 あの男にもてあそばれて、お前の初めては‥‥‥
 なんて、恥辱に泣き喚いたことを、何度も嗤われる
 ぐらいだったらと思って‥‥‥‥

 なにも持っていない、見ず知らずの俺を、助けて
 くれた朱螺に《契約》の代価として性交渉された
 方がずっとイイ‥‥そう思ったから‥‥‥‥」

 羞恥と屈辱にいろどられた、あの密室での行為の数々に嫌悪しながら、朱螺の問いに素直に答える蒼珠は、かなり精神的に追い詰められてしまう。

 『‥‥‥そうか‥』

 ぽつりと言った朱螺に、蒼珠は、なにかを感じてハッとした表情で朱螺を見る。
 そこには、見たこともないような表情の朱螺がいた。

 「しゅ‥朱螺? ‥な‥なにか‥怒ってる?
 俺‥不味いこと言った?

 それとも、こんな俺には《契約》の代価の価値も
 無い‥‥‥朱螺は‥俺を‥嫌いになった‥‥

 やっぱり‥‥‥汚らわしい‥‥‥」

 オタオタと、たどたどしく朱螺の機嫌をうかがう蒼珠に、朱螺は舌打ちする。

 『そうじゃない‥‥私は、お前を嫌ったりしない
 ‥‥蒼珠を汚らわしなどと思ってない‥‥‥
 ただ、ガラにもなく嫉妬しただけだ

 私は、自分が過去にこだわらない性格だと思って
 いたのだがな‥‥‥クックククク‥‥‥

 意外にも‥存外 私は嫉妬深い性格だったらしい』

 朱螺からの言葉に、蒼珠はちょっとだけホッとする。

 「‥じゃ‥じゃあ‥‥話し‥‥おおもとに戻すけど
 なんで、排泄に興味なんて持つんだよ

 朱螺も‥‥あの男みたいに‥‥ひとの垂れ流す姿を
 観るの好きなのかよ‥‥‥

 人が排泄する姿を観るのが面白いのか?
 魔族の特性とて、朱螺は汚辱や恥辱を好むのか?」

 もし‥‥朱螺が、あの男と同じ性癖だったら‥‥‥
 絶対に、厭だけど‥俺に朱螺に逆らう力はない

 それに、そういう《契約》だから‥権利もない
 朱螺がその気で、俺を嬲りにかかったら‥‥‥‥
 耐えられるだろうか?

 朱螺の性癖が、明宏と同じでないことを祈りながら、蒼珠は心配そうに問う。

 『いや 私は純粋に蒼珠を愛しい者として抱きたい
 ただ 人族の者を抱く時に必要不可欠なモノが‥‥
 偶然‥‥昨夜手に入ったのでな

 ソレは 人族の体液を好む生き物で 蒼珠が食べた
 果実に付着していた唾液に惹かれて現れた‥‥‥』

 蒼珠のもっともな訴えに対して、朱螺は首を振って問いに答えてやる。
 そして、昨夜 《檻珠(かんしゅ)》に捕らえ、枕元に放り出しておいた《淫獣》を掴んで、蒼珠に見せた。




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