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第4章「春」
10.きり雲グラデュエーション(3)
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待ちに待った卒業式当日。暖かな春風が吹く中、式が始まった。
送辞、答辞、来賓祝辞が続き、最後は全員で校歌を歌う。今まで一緒に過ごしてきたみんなともう会えなくなるなんて、まだ実感がわかない。私は夢の中にいるみたいにぼんやりしていた。
(いい天気……絶好の風船日和だなぁ)
体育館の天井の窓からは、春霞のかかった空が見えた。
羽合先生が泣いていたけど、私は予想していたから平気だった。でも教室に戻ってきたら、急に泣きたくなった。担任の先生が黒板に書かれたクラス全員の名前を見ながら「みんな、素晴らしいクラスだったよ。明日からはーー」なんて言葉を詰まらせる。私の胸は締め付けられる思いだった。隣では陽菜が涙をこぼし、大地は式に続いてまた大泣きしていた。
私にはまだ、やり残したことがあった。気球。お姉ちゃんと、羽合先生と、そして自分自身との約束。その全てを果たすために、今日という日があった。
式を終えた卒業生たちが続々と校庭に集まってきて、恒例の風船上げが始まった。
色とりどりの小さな風船に混じって、ひときわ大きな私の風船。ヘリウムガスでぷっくりと膨らんだ気球に、みんなは興味津々の様子だ。
「わー、すごい! 文化祭で見たやつだ!」
「まじかよ。こんなのあり!?」
「これ、めちゃくちゃ高く飛びそう!」
私が準備に追われていると、あちこちから驚きと感心の声が聞こえてきた。文化祭の時に「ぼっち天文部」なんて馬鹿にしていたラジオ部の男子たちも、今日は張り切って手伝ってくれている。
「えへへ。一番はもらったよー」
クラスメイトに手を振っては、すぐにまた作業に戻る。
例年は卒業生だけのイベントだった風船上げだが、私の気球プロジェクトのおかげで、今年は在校生も大勢見学に来ていた。校庭の中央で気球を繋ぎ止め、いよいよカプセルの最終チェックを始める。確認項目を読み上げる陽菜とともに、慎重に一つずつ点検していく。
「パラシュート」
「オッケー!」
「ワイヤーのゆるみ」
「うん大丈夫!」
「カメラは?」
「電源オン。赤ランプ確認OK!」
「予備電池は?」
「ばっちり接続!」
「無線機は?」
「電源入れた。設定もOK!」
今日の目標は、高度30キロの「宇宙の渚」に到達すること。いったん手を離せば、風船の上昇は誰にも止められない。たとえカプセルが壊れたり、カメラの電源が切れたりしても、地上に戻ってくるまで何もできないのだ。
「ねえ澪、大事なもの、忘れてるよ?」
陽菜がそう言って手渡してくれたのは、ビニール袋に大切そうに包まれた写真立てと、お姉ちゃんの手紙だった。カプセルの重りにしようと用意しておいたものだ。
「あわわっ、忘れてた! サンキュ!」
両手で受け取ると、無線機の脇の空いたスペースにそっと収めた。最後の最後までドジが治らない自分にちょっと反省。でもそんな私の肩に、陽菜がやさしく手を置いた。
「澪、焦らなくていいからね」
「うん……」
いつものように長い髪を耳にかける陽菜の姿を見つめて、もうこれが見納めかもしれないと思うと、感慨深かった。
送辞、答辞、来賓祝辞が続き、最後は全員で校歌を歌う。今まで一緒に過ごしてきたみんなともう会えなくなるなんて、まだ実感がわかない。私は夢の中にいるみたいにぼんやりしていた。
(いい天気……絶好の風船日和だなぁ)
体育館の天井の窓からは、春霞のかかった空が見えた。
羽合先生が泣いていたけど、私は予想していたから平気だった。でも教室に戻ってきたら、急に泣きたくなった。担任の先生が黒板に書かれたクラス全員の名前を見ながら「みんな、素晴らしいクラスだったよ。明日からはーー」なんて言葉を詰まらせる。私の胸は締め付けられる思いだった。隣では陽菜が涙をこぼし、大地は式に続いてまた大泣きしていた。
私にはまだ、やり残したことがあった。気球。お姉ちゃんと、羽合先生と、そして自分自身との約束。その全てを果たすために、今日という日があった。
式を終えた卒業生たちが続々と校庭に集まってきて、恒例の風船上げが始まった。
色とりどりの小さな風船に混じって、ひときわ大きな私の風船。ヘリウムガスでぷっくりと膨らんだ気球に、みんなは興味津々の様子だ。
「わー、すごい! 文化祭で見たやつだ!」
「まじかよ。こんなのあり!?」
「これ、めちゃくちゃ高く飛びそう!」
私が準備に追われていると、あちこちから驚きと感心の声が聞こえてきた。文化祭の時に「ぼっち天文部」なんて馬鹿にしていたラジオ部の男子たちも、今日は張り切って手伝ってくれている。
「えへへ。一番はもらったよー」
クラスメイトに手を振っては、すぐにまた作業に戻る。
例年は卒業生だけのイベントだった風船上げだが、私の気球プロジェクトのおかげで、今年は在校生も大勢見学に来ていた。校庭の中央で気球を繋ぎ止め、いよいよカプセルの最終チェックを始める。確認項目を読み上げる陽菜とともに、慎重に一つずつ点検していく。
「パラシュート」
「オッケー!」
「ワイヤーのゆるみ」
「うん大丈夫!」
「カメラは?」
「電源オン。赤ランプ確認OK!」
「予備電池は?」
「ばっちり接続!」
「無線機は?」
「電源入れた。設定もOK!」
今日の目標は、高度30キロの「宇宙の渚」に到達すること。いったん手を離せば、風船の上昇は誰にも止められない。たとえカプセルが壊れたり、カメラの電源が切れたりしても、地上に戻ってくるまで何もできないのだ。
「ねえ澪、大事なもの、忘れてるよ?」
陽菜がそう言って手渡してくれたのは、ビニール袋に大切そうに包まれた写真立てと、お姉ちゃんの手紙だった。カプセルの重りにしようと用意しておいたものだ。
「あわわっ、忘れてた! サンキュ!」
両手で受け取ると、無線機の脇の空いたスペースにそっと収めた。最後の最後までドジが治らない自分にちょっと反省。でもそんな私の肩に、陽菜がやさしく手を置いた。
「澪、焦らなくていいからね」
「うん……」
いつものように長い髪を耳にかける陽菜の姿を見つめて、もうこれが見納めかもしれないと思うと、感慨深かった。
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