風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき

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第4章「春」

11.虹雲スペーストラベル(3)

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 大漁旗を掲げて港に戻ると、さっそく確認作業が始まった。大地がカッターナイフで慎重に防水ガムテープを切っていく様子を、私はまるでクリスマスプレゼントを開けるときのようなワクワク感で見守った。みんなドキドキしながら中を確かめると、海水が入った形跡は全くない。ほっと胸をなでおろす。小型PCや無線機を入れたタッパーも、学校で詰めたときと全く変わらない。カプセルの中はとってもきれいな状態のままだった。

「大地ーーのお父さんには、ほんと感謝だよね」

 そう言うと、大地は少し照れくさそうに鼻の頭をかきながら「だな」と返事をした。
 メモリーカードが濡れてないことを確かめてから、そっとラップトップに差し込んだ。途端に陽菜と結ちゃんが左右から身を乗り出してきて、食い入るように画面を見つめる。背後では、羽合先生もじっと画面に見入っていた。

「……うう、無理。手が震えちゃって、押せない……」
「もう、澪ってば。いまさら? こんなときだけ臆病なんだから。私が代わりに再生ボタン押しちゃおっか?」

 からかうように八重歯を覗かせる陽菜。私は慌てて「だ、ダメダメっ!」と止めるけど、陽菜は不服そうに「じゃあ、どうするのさ」と突っ込んでくる。

「だって……これを押したら、夢じゃなかったって確信させられるようで……なんていうか、もったいないっていうか……」

 もじもじと歯切れの悪い言い訳をしていると、陽菜はクスクス笑いながら髪を耳にかけて「しょうがないなぁ、澪は」と言いつつ、そっと私の手に自分の手を重ねてきた。

「せーので押すよ。いい?」

 それを合図に、陽菜の指がタッチパッドを軽く叩く。

「ちょ、ちょっと! 今のズルいって!」

 私の制止も空しく、再生ボタンは押されていた。
 画面に映し出されたのは、アップになった私の顔。レンズを覗き込んで「あはは~、ばっちり写ってる!」なんて無邪気に笑っている。そんな自分の姿を見て、思わず吹き出してしまう。

 画面の中の私は、すぐにカメラの存在を忘れたみたいに、真剣な面持ちでカプセルの最終チェックを始めた。そうして次に画面が揺れたときには気球はもう、大地から離れ、ふわりふわりと宙へ舞い上がっていく。

 地上では、校庭に集まった生徒たちが、期待と不安の入り交じった表情で見守っている。私は嬉しさのあまりはしゃいで飛び跳ねていた。大地と陽菜が、まるで我が子を見守る親のような、優しい目で空を仰いでいるのもちゃんと映っていた。そして、打ち上げ時には気づかなかったけれど、空を見上げて穏やかな笑みを浮かべる羽合先生もいた。

 カラフルな風船たちを置き去りにして、真っ白な大気球だけがするすると空へ昇っていく。みんなの願いも、まるでそれぞれの卒業後の人生のように、自由気ままに好きな方向へ飛び立っていくみたいだ。

「きれい……。夢の中みたい」

 陽菜のその言葉に、私も心の底から同意する。

「文化祭の時よりも、ずっとずっときれいだよね」
「ねえ澪、みんなの姿もしっかり写ってるよ。この写真、絶対あとでプリントしよう」

 そう。もうすぐ4月からは、私たち一人一人が新しい道を歩き始める。今日が、こうしてみんなで集まれる最後の機会なんだって、ずっと分かってたけど。

「うん、そだね。卒業式のあと、バタバタしちゃって、写真撮るの忘れてたもんね……」

 みるみる小さくなっていく母校の校舎。まるでミニチュアの模型みたい。窓ガラスが朝日を反射してキラキラ光っている。渡り廊下のコンクリートの壁は、少し薄汚れて見えるけど、今はその古ぼけた風合いまでもが懐かしく感じられる。雨漏りがひどくて、いつもみんなの愚痴の種だった駐輪場の屋根。そのどれもこれも、かけがえのない大切な思い出なんだ。

 気球はまっすぐ、一直線に宇宙へ向かって昇っていく。地上の車の姿なんて、もう米粒よりも小さく見えるほど。それでも学校の屋上にある天文ドームだけは、遠くからでもキラリと目立って見える。まるで帰り道を照らしてくれる灯台みたいだ。
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